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07※

 場所は変わって生徒会室前。  逃げるように保健室を飛び出した俺は、そのまま早歩きで階段を駈け上がりここまでやってきた。  見世物らしい見世物がないせいか、他の階と比べて恐ろしく閑散とした廊下の途中――俺はあらかじめ約束したとおりに阿賀松に今から会長に会うと旨のメッセージを送信する。  そして携帯をしまい、そのまま生徒会室の扉をノックする。すぐに扉が開き、現れた会長に「入れ」と促される。  生徒会室には会長以外の役員の姿はなかった。  ――会長と二人きりだ。  とうとうこのときが来てしまったのだ。震えそうになる手をぎゅっと握り締め、俺は会長に促されるがまま生徒会室へと足を踏み入れた。 「……お邪魔します」 「済まなかったな。バタバタと慌ただしくて。……座れ。疲れただろう」  そう会長に背中を押される。意識しすぎるあまり、ほんの少し触れられただけでも反応してしまいそうだった。  会長に誘導されるがまま、ソファーに腰を下ろす俺。  先程まで会長が使っていたのだろうか、ソファーはほんのり暖かい。そして目の前のテーブルの上には大量の紙とマーカー、新品らしき金槌が散らかっていた。  後夜祭で使うのだろうか。なんて思っていると、生徒会室中のカーテンを締め終えた芳川会長が近付いてくる。 「お茶とジュースどっちがいい」 「え、ああ、あの……じゃあ、麦茶で」 「わかった。すぐ準備しよう。それまでそこでゆっくり寛いでくれ」  言うなり、飲み物を用意しに生徒会室の奥へと向かう芳川会長。  静まり返った生徒会室内に、芳川会長が作業する物音と時計の針の音だけが響く。酷く落ち着かない気分だった。  結局芳川会長に全て任せる形になり、そのまま手ぶらでやってきてしまったが……。  待ってる間落ち着かず、もぞもぞと何度も膝を擦り合わせているとふと芳川会長が戻ってきた。その手には一人分のグラスが乗ったトレーともう片方の手には紙の束が抱えられていた。  芳川会長はグラスを目の前に置き、そのまま俺の隣へと腰を降ろした。僅かにソファーが軋む。  少し腕を動かせばぶつかってしまいそうな距離の近さに芳川会長のことを意識せずにはいられなかった。けれど、芳川会長はあくまで普段と変わらない。  このままで大丈夫なのだろうか。会長のことを疑っているわけではないが、あまりにもいつもと変わらない芳川会長に不安になってくる。  貰ったグラスを手にし、中に入ったお茶に口をつける。ちらりと芳川会長の横顔を盗み見ようとしたとき、不意に視線がぶつかった。  ぎくりとした矢先、「齋藤君」と名前を呼ばれる。 「は、はい……」  声が震える。声だけではない、喉や指先も。  真正面から顔を覗き込まれる。そして、すぐ目の前に迫る芳川会長の鼻先に心臓が暴れ出しそうになるのだ。 「あ、あの……っ、会長……っ?」  どくん、どくん。と、会長の耳にまで聞こえているのではないかと思えるほどの心音が響く。  それでも逃げ出すこともできない。どうすればいいのか分からず、石のように固まる俺に芳川会長はしっと人差し指を唇に押し当てた。  静かにしろ。  そう、確かに芳川会長の唇が動く。  慌てて口を噤んだとき、芳川会長は先程飲み物と一緒に持ってきた用紙を一枚めくった。  そこにはでかでかと太いペン字で書かれていた。 『これからこの紙に書いてある指示に従ってくれ。声を出すな。余計なことも言うな。』  書き殴ったような崩れた字だったが、確かにそう書かれていた。  突然始まった筆談に戸惑うが、俺はただ芳川会長に従うしかない。こくりと頷き返す。  すると芳川会長は二枚、三枚目の紙を持ち出し、俺の目の前に翳した。どうやら既にいくつかの用紙を準備していたようだ。 『今から身体検査をさせてもらう。君が阿賀松と接触したときやつからなにか仕掛けられた可能性がある。それを確認するだけだ。』 『この体勢はキツいだろうが少しの間だけ我慢してくれ。盗聴されている場合会話を途切れさせると怪しまれる可能性もあるので普段通り話してくれるとありがたい。』  相変わらず読みにくい字ではあるが、そこに書かれていた内容にただただ背筋が冷たくなる。  盗聴。  聞き慣れない、聞き慣れたくないその単語に緊張が走る。  通りで先程から芳川会長がなかなか本題には入らないと思えばそういうことだったのか。  ……確かに、阿賀松にはべたべた身体を触られたがまさか盗聴機なんて。そう思いたかったが阿賀松のことだ、ないと断言することもできない。  言葉に詰まっていると、更にもう一枚芳川会長は用紙を取り出した。 『わかったら、小さく頷いてくれ』  先程の用紙にあった『身体検査』という単語が妙に気になったが、ここは素直に芳川会長に任せていた方がよさそうだ。カンペの豊富さに驚きながらも、俺は小さく頷き返す。  そんな俺に、会長は手にしていたカンペをテーブルへと置くのだ。  そして次の瞬間、手にしていたグラスを会長に取り上げられた。そのままテーブルの上へと置く会長。あ、と思った次の瞬間だった。  芳川会長が俺の膝の上に乗り上げてくる。 「……っ!」  膝の上に会長の体重を感じるよりも先に、伸びてきた手にネクタイを掴まれる。  なんで、とか、近い、とか。言いたいことは色々あったが、形のいい会長の指先がしゅるりとネクタイを解くのを見て息が止まりそうになる。 「っ、ぁ、の……っ」 「……随分と具合が悪そうだな。大丈夫か?」  脈絡のない『それらしい』会話。合わせろということなのだろう。「はい」となるべく自然に答えるつもりだったが、会長の指が第一ボタンに触れ声が上ずってしまう。  確かに身体検査とは言っていたが、会長に脱がされるとは予想していなかった。  せめて自分で脱ぎます、と会長にジェスチャーして伝えるが止められた。どうやら阿賀松が本当にになにかを仕掛けてるとしても、それに気付いてるのが芳川会長だけだと思わせなければならない……ということのようだ。  声の距離、動き、物音。全て聞き耳を立てている阿賀松に怪しまれないようにする。それならばもう実践した方が早いという結論に至ったようだ。  そう、先ほど見せられた芳川会長のカンペには書かれていた。凄まじい準備の良さだった。  ……確かに阿賀松が盗聴器を仕掛けたときのことを考えれば最善の方法かもしれないが、もしそうでない場合を考えたら生きた心地がしない。  けれど、会長のことを頼ると言ったのは俺だ。恥ずかしいのは俺だけではない。ぐっと堪え、なるべく会長を意識せず済むように目を閉じる。これが悪手だった。  静かな場所と自分の置かれた状況のせいか、芳川会長の動作を意識せずに入られない。 「ふ、……ッ」 「………」 「……ん」 「……」  ぷちぷちと丁寧に外されていくボタン。胸元が緩められるのがわかり、薄く目を開けばすぐ側に芳川会長の顔があって息が止まりそうになる。 「大丈夫か」と小さく尋ねる芳川会長。その指は腹部のボタンを外す。それも演技なのか、それとも本当に聞いてくれてるのか。どちらにせよ、俺は「はい」と答えることしかできなかった。  どうやら、全てのボタンを外し終えたようだ。  そのままシャツを脱がされれば、その下に着ていた薄手のインナーシャツ一枚になってしまう。  そのシャツにまで手が伸び、まさかこれも脱がされるのかと身構えたが芳川会長は軽く服の上から体を調べるだけで終えた。それでも、こんな薄着で会長に触れられるだけでも冷静ではいられない。  俺は検査を終えると慌ててシャツを着直した。  顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしい。阿賀松の前で脱ぐのとはまるで訳が違う。  いそいそと袖に腕を通していたとき。 「そういえば今日は十勝の手伝いもしてくれたそうだな」  芳川会長の手が下腹部に手が伸びてきたと思った矢先、ベルトを掴まれぎょっとする。 「……っ」  脱がされそうになり、思わず会長の手を掴もうとしたがすぐに先程のカンペの内容を思い出す。  ――あくまでも平静を装え。  あのカンペにはそう書かれていた。  つまり、この場違いな世間話に合わせろということだろう。 「手伝いっていうか……その、着いていっただけで……」 「いや、それだけでも十分助かった。一人いるだけでも十分だ、あいつには」  器用にベルトを緩められる。もうここまできたらされるがままだった。  気付けばソファーの上に芳川会長に押し倒されるような体勢になっており、そのまま腿を撫でるように掴まれれば息が詰まる。 「っぁ、あの……」 「すまなかったな、せっかくの学園祭なのに」 「いえ……っ、気にしないでください。あの、俺も楽しかったですので……」  いつもと変わらない他愛ない会話、なのに芳川会長の一言一言、一挙手一投足にかき乱される。  ベルトを引き抜いた会長はそのままそれを調べ、テーブルへと置く。その間、心許ない気持ちのまま芳川会長を見つめてると、ふと視線がぶつかった。 「君がそう言ってくれて助かるが……してもらうばかりでは悪い。今度また正式に礼をさせて貰おう」  会長の指が下腹部の奥、熱を持ち始めていたそこに触れる。そのままファスナーを摘み、下ろそうとしてくる芳川会長に「そんな、大丈夫です」と俺は小さく首を振るが芳川会長はそれを無視する。金属音の擦れるような小さな音を立て、そのまま摘みを下ろされた。  窮屈になっていた前を緩められ、顔をあげることもできなかった。  あろうことかこんな状況にも関わらず、否こんな状況だからだろうか。緊張のあまりに、下着の中で僅かに膨らみ始めていた下腹部が顕になる。  会長もこんな近くで見れば分かるだろう、それでもそんな俺を見て会長は眉一つ動かすことはなかった。  その代わり。 「別に遠慮しなくていい。……俺がしたいと言ってるんだ」  するりとスラックスのウエストを掴まれ、そのまま両足から引き抜かれる。身に着けてるものが靴下と下着と上だけになり、下着丸出しの下腹部に体が震えた。 「か、いちょう……っ」  流石に耐えきれず、必死にシャツの裾を引っ張って下腹部を隠そうとする。  こんなことならもう一サイズ大きめのサイズを用意してもらうべきだった。  そう後悔していると、伸びてきた会長にやんわりと手首を掴まれる。そのまま手をシャツの裾から離される。剥き出しになる下半身、膨らみに息を飲む。 「で、でも……っ、か、会長も……忙しいと思うので……」 「気にしなくてもいい。……君のためなら時間ぐらい用意する」  ああ、頼む見ないでくれ。耐えきれず、首を横に振って拒もうとするが会長はそのまま下着のウエストのゴムを引っ張られる。 「っ、会長……っ」 「不満か?」 「い、いえ……会長が、そう言うなら」  俺は構いません。口にはするが、流石にこれ以上はまずい。そう必死に会長の手を掴む。骨張った指先は力強い。俺の指先が震えてしまっているだけなのか。  だめです、会長。そう首を横に数回振れば、会長は諦めたように俺から手を離す。そしてテーブルの上から一枚のカンペを手にとり、それを突き出してくる。 『過度の抵抗は相手に悟られる可能性がある』 「……っ」  確かに会長の言葉は最もだ。これはあくまで身体検査なのだ。なにもやましいことはないはずだ。そう思うが、本当にこれ以上する必要あるのかという疑問が湧き上がる。  それ以上に、恥ずかしい。締め切られた部屋の中とは言え、明るい照明の下。必死に会長の手を握ったまま固まってると、会長は俺の耳元に口元を寄せた。  そして。 「……すぐ済ませる。少しの辛抱だ」  それはカンペではない、芳川会長の言葉だった。  俺にだけ聞こえるような囁く声に、その距離の近さに呼吸が浅くなる。  そうだ、わざわざ自分のためにしてくれている相手に対してこんな態度を取るのは失礼じゃないのか。いつもと変わらない芳川会長の優しい声に、こんなことくらいで恥じらっている自分が惨めな存在のように見えた。  ……そうだ、勿体ぶるようなものでもない。 「……わかり、ました」  声が震える。必死に羞恥心を押し殺し、俺は会長の腕から手を恐る恐る離した。  芳川会長の手には、先程自分が身に着けていた下着が握られている。その事実だけでも耐え難いというのに、これ以上は本当に自分がどうなってしまうのか恐ろしかった。  ソファーの上、俺は限界まで制服の裾を引っ張ったり膝を重ねては下半身を必死に隠そうとした。それでもどうしても限界がある。  それどころか。 「お礼の件だが」  そう、俺の下着をテーブルの上へと置いた芳川会長はそのまま閉じた膝に触れてくるのだ。硬い掌の感触に思わず息を飲んだとき、そのまま足を開かれる。 「……ッ、ぁ……ッ?!」  最も人に見られたくない部分を見られている。  よりによって、それも芳川会長に。  レンズ越し、芳川会長の目線は股の奥、伸ばした裾の下へと向けられていることに気付けば余計全身の血液が熱くなった。唇が震える。慌てて掌で隠そうとすれば、手首を掴まれるのだ。  そして、 「なにがいい?」 「ぅ、っえ……?」 「やはり、ここは本人に決めてもらった方がいいと思ってな」  会長の言葉も、会話も、正直頭になにひとつ入ってこなかった。  ただの身体検査で勃起している、それを芳川会長にしっかりと見られたのだと思うと、その視線を真正面から受け止めることすらも耐えられなかった。  けれど、芳川会長はそうではない。いつもと変わらない、それどころか冷ややかなその目が俺を幾分か落ち着かせてくれる。  ――そうだ、これは……身体検査なのだ。  会長だって、やましいことをしてるのではない。 「ぉ……俺は……会長がよかったら、なんでもいいです」  平静を、平静を装わなければならない。  最早自己暗示だった。緊張のあまりみっともなく震える声を誤魔化す余裕すらもない、俺はただ手足の力を抜くことに務める。  そんな俺を見て、僅かにレンズの下の芳川会長の目がすっと細められた――そんな気がした。 「俺が、か。……君もなかなか殊勝な性格をしているな」 「っ、……そ、れは」 「それでは礼にならないだろう」  再度伸びてきた芳川会長の手に、そっと膝を掴まれる。また開かされるつもりなのだ、それがわかったからこそ俺は目をぎゅっと瞑る。  半ば、やけくそだった。ここまで見られておいて、今更隠したところで会長の手を煩わせるだけなのだとわかっていたからだ。  ならば、と俺は息を飲む。震える指先で、自分で自分の膝小僧を掴むのだ。そして、恐る恐るそれを左右に開いた。 「……ッ、俺は……会長にお任せします……」  指先から冷たくなっていくのに、全身が熱い。自分の下半身を見ることすら恐ろしかった。  自分から芳川会長に下半身を曝すような真似、痴漢や露出狂と変わらない。それでも、会長がそれを望むなら。  硬く瞑った瞼の向こうで、僅かに芳川会長が息を漏らす。笑った、のだろうか。それでもそれを確認することなどできなかった。  そんな中、伸びてきた指先に手の甲を撫でられるのだ。 「……ああ、本当に――君の気遣いには痛み入る」  会長の声がすぐ側から聞こえてくる。目を開けることができなかった。それでも、おそらく鼻先には会長の顔があるのだ。そう思うと心臓は痛いほど脈打つ。苦しい。 「か……っ、会長……ッ」 「そのままだ」 「……ッ!」 「……そのままじっとしていろ」  俺の手ごと膝を握る芳川会長。その有無を言わせぬ言葉の圧に圧し負けた俺は、言われるがまま「はい」と情けない声で返すことで精一杯だった。  早く終われ、早く。  頭の中で何度も繰り返す。固く目を瞑ったとき、不意に下腹部に濡れた感覚が広がる。 「ッ、あ……ッ?」  一瞬、何が起きているのかわからなかった。  思わず目を開いて自分の下腹部へと視線を落とせば、ボトルを手にした芳川会長と視線が合った。  そして、あっと思った矢先だった。俺の下腹部同様透明な液体に指先を絡めた芳川会長はそのまま固く閉じていた肛門に触れるのだ。 「ッ、か、いちょ」  待ってください、と喉元まで出かかって言葉を飲み込んだ。  この行為にやましい意味はないのだ。  現に芳川会長は顔色のひとつも変えずに俺の顔をじっと見つめてくる。  濡れた音とともにず、と会長の指が中に入ってくるのが分かった。 「ふ、ぅ……ッ」  潤滑油のお陰か、圧迫感こそはあるものの中を濡らすように侵入してくる指先による痛みはなかった。  だからこそ余計、芳川会長の指の形、骨格、太さまでがより鮮明に伝わってきて耐えられなかった。  会長はあくまでも義務的だった。淡々と課された作業をこなすように潤滑油で肛門の付近と浅いところをまずたっぷりと濡らしながらも肛門括約筋をほぐすように黙々と指を動かすのだ。その都度、己の体内から響く水音に顔がただただ熱くなる。  性行為とは違う。意識してはいけない。  そう考えれば考えるほど意識は会長の指を飲み込んだ内部へと向いてしまうもので、会長から見れば俺はたかが身体検査で感じている変態もいいところだろう。それでも、会長は俺が勃起していようが先走りを垂らしていようがなにも言わない。  ただ肛門をほぐし、体に負担がかからないようにと丁寧に、着実に奥へと進んでいくのだ。 「……ッぅ、んぅ……ッ」  会長は、阿賀松が俺の体内になにかを仕掛けたと思っているのか。  そう考えるとショックだったが、否定しきれないのが答えも同然なのだ。  会長の指先をただ受け入れる。呼吸が荒いと思われないように自分の口を塞いだ。  潤滑油でたっぷりと濡らされた芳川会長の指は、緊張した内壁を濡らすように触れる。そして、内部が奥までぐちゃぐちゃに濡らされたのを確認すると先ほどまでとは打って変わって指先の動きは大胆になる。  臍の裏側や浅い部分まで何かを探るように意志を持って動き出す指にたまらず俺は芳川会長の腕を掴んだ。その一瞬、芳川会長の視線はこちらを向いた。 「君は本当に真面目だな」  ――芳川会長が、笑った。  そう思った次の瞬間、会長の指、その根元まで奥深くに挿入される。  ぐずぐずになるまで丹念に解されたそこをぐ、と指をくの字に折るように押された瞬間悲鳴が漏れそうになるのを何とか寸でのところで堪えることができた。  できたものの。 「遠慮せず、欲しいものがあったら言ってくれていいんだぞ」 「俺としてもそっちの方が嬉しい」一瞬、会長がなんのことを言っているのかわからなかった。  耳元、ささやくような低音が会長の指伝いに腹の奥、ぐぷ、と濡れた音と混ざる。  いつもと変わらない口調とは裏腹に遠慮なしにナカを掻き混ぜ、刺激される。  違う、これはただ会長は何もないか確かめているだけなのだ。唇が切れそうなほど噛みしめ、声を押し殺す。継続的に与えられ続ける快感に耐えられず、力むせいで内腿に負荷がかかってしまうのだ。  耐えろ。感じるな。心を無にしろ。  会長に阿賀松との関係を疑われる俺が悪いのだ。今日は阿賀松にはそんなところは触られていませんと、その一言が言えない俺が。全部。 「ふ、ぐ」  現実逃避。ああだこうだ頭の中でそれらしい理屈を並べたところで芳川会長にケツ弄られていることは事実だし、根本まで突っ込まれて抜き差しされてまるで愛撫するように腹の中掻き回されてるのも事実で、その指の動き感触が心地好いのも事実。おまけに体の芯が熱くなって脳味噌まででろでろに蕩けそうになっているのも全部全部事実だ。  こんなの可笑しい。やりすぎなんじゃないんですか。もういいんじゃないですか。  そう思ってるのに、抵抗出来ない。 『抜いてください』と、もしその一言をうっかり口にでもしてしまえば最悪阿賀松の耳にまで届いてしまう可能性がある。もしそうなったら。  前日、予め芳川会長から聞いていた言葉を思い出す。  謹慎処分、もしくは退学。それは俺だけではなく、芳川会長もだ。  そうだ、わざわざ芳川会長は自分が処分される可能性があるにも関わらずこうして俺に協力してくれている。指一本くらいがなんだ、肛門破損されるよりか遥かにましじゃないか。  そう必死に自分に言い聞かせ、俺は会長の腕を掴んでいた手を緩めた。 「齋籐君」  ぐるりと内壁を指の腹で優しく撫でられ、たまらず小さな声が噛みしめた奥歯の奥から漏れ出てしまう。  不意に名前を呼ばれる。合わせろ、と言っているのだろうか。こんな状況下、それももしかしたら聞き耳を立てているかもしれない阿賀松に悟られないようにいつも通り喋るなんてできるわけがない。  そう思ってわずにはいられなかったが、ここまで来たんだ。やるしか俺の未来はない。  緊張のあまり、意識せずとも喉が絞られてしまう。  それを無視して、「俺は」と声をあげた。 「ッ……っおれは、会長が喜んでくれるなら、それだけで……っ」  十分です。そう言いかけたときだった。  ぐるりと視界が暗転する。視界には芳川会長の顔。  ソファーの座面に押し倒されたのだと気付くのに時間はかからなかった。 「ああ――俺はその気持ちだけで充分嬉しいよ」 「ありがとう、齋藤君」こんな状況にも関わらず、いつもと変わらない真面目な顔でそう口にする芳川会長。それが演技か素なのか、今の俺にはそれを判断することはできなかった。  呆けていたとき、ずぷ、と音を立てて指が引き抜かれる。関節の部分が引っ掛かり、そんな些細な刺激にも跳ね上がってしまうほど、俺の体は芳川会長の手によって性感を高められていた。  散々根元まで咥えさせられていた決して細くはない異物がなくなり安堵の息を漏らすのもつかの間、芳川会長は解れ、口を開けたまま潤滑油を零すそこを左右に大きく広げた。 「ッ、な、にを」 「――それと、すまない」  その言葉は確かに演技でもなく俺自身に向けられていた。  なんで謝るのだ。羞恥と混乱の中、恐る恐る顔を上げたとき。視界いっぱいが影に覆われる。そして、芳川会長は俺の口元を掌全体で覆い、塞いだ。 「んんっ」  一瞬、なにが起きたのかわからなかった。  座面に後頭部を押し付けられるように口元を覆われ目の前の会長を見上げるが、会長の表情からはその感情はまるで読み取ることができなかった。  瞬間、性感帯に触れていた指が動き出す。柔らかく、それでも逃さないというかのように撫でられればそれだけで別の生き物のように腰が跳ねるのだ。  思わず自分の腿から手を離した俺は、咄嗟に覆い被さってくる芳川会長の胸を突っぱねようとする。が、体勢が体勢だからか。ただでさえ性感帯をぐりぐり弄くられて爪先から指先、指先から体の芯まで脱力しかけるこの体で会長の力に勝てるわけがなかった。 「っん、んんぅ……ッ」  前立腺を執拗に責め立てられ、無数の虫が腹の底から這いあがってくるような感覚に耐えられず、堪らず芳川会長の腕にしがみ付く。  ほんの一瞬芳川会長が息を飲んだ。そして、じんじんと甘く痺れるような快感は愛撫を重ねるごとにどんどん重なっていく。それを逃すこともできず小刻みに痙攣を起こす腰を掴まれ、そのまましこりをほぐすかのようにさらに執拗に指の腹で転がされ、撫でられ、揉まれ、無意識のうちに逃れようとするが、長い会長の指先にあっという間に追い立てられてしまうのだ。 「ふッ、んむぅ……ッ」  気持ちいい、なんて考えてはいけない。そういう行為ではないのだ。  そう必死に言い聞かせようとするが、無理だ。こんなこと、こんな。  腹の中、会長の指にかき回され潤滑油がぐじゅぐじゅと音を立てるのが恥ずかしくて堪らないのに、それ以上に萎えるどころかこれでもかと限界まで張り詰めた自分の性器が視界に入る方が恥ずかしかった。  腰の揺れに合わせ、まともに触られていないというのにも関わらずだらしなく先走りを滴らせ、揺れるそれは滑稽以外の何者でもない。  せめて、萎えてくれ。そう思うのに、目を瞑っても芳川会長を感じてしまい余計に駄目だった。 「っ、ふ、ぅ、く……ッんんぅ……ッ!」  会長に見られてる。会長の前なのに。我慢しなきゃいけないのに。  腿を掴まれ、指が食い込むほどの力で固定される。持ち上げられた下腹部にぎょっとしたが、それも一瞬。すでに柔らかくなっていた肛門に指を追加され、根本まで飲み込まされる。  そのまま更に執拗に内壁を愛撫される。逃げようとソファーの座面にしがみつこうとするが、会長に腰を掴まれて更に中をかき回されるのだ。 「ふー……ッ、ぅ、く……ッ!!」  駄目だ、これ以上は本当にまずい。  やめてください、と声をあげてしまいそうになってしまいそうになるが口を塞がれたままではくぐもった声しか出すことはできない。  首を横に振り、会長を止めようとするが会長はなにも言わない。それが余計怖くなって、必死に会長の手を止めようとするが敵わなかった。  腰が大きく浮き、ぴんと勃起していた性器からは勢いよく精液が飛び出した。それが芳川会長の制服にかかってしまうのを見ながら、そのまま力尽きた俺はへたり込む。  俺が射精したのを確認し、そこでようやく会長は指を引き抜いたのだ。ぐぽ、と音を立てローションが溢れ出す。開いたままの足を閉じる気力すら残っていなかった。  芳川会長は俺の口を塞いでいた手を外す。瞬間、ようやく息苦しさから解放された俺は新鮮な空気を取り入れようと呼吸を繰り返した。  何が起こったのか、未だに頭で整理することができなかった。ソファーの上、横たわったままの俺を残して立ち上がった会長は汚れた手を拭う。 「また改めて欲しいものがあったならなんでも言ってくれ。――なんたって、君へのお礼なんだからな」  その言葉に含まれるものがなんなのか、俺には分からない。それでも。 「……っわかり、ました」  荒い呼吸を落ち着かせながら、俺は辛うじて声を振り絞った。  全ての衣服を調べ終え、出てきた盗聴器は一つ。  どうやらスラックスのベルトループに付けられていたようだ。  芳川会長は予め用意していた金槌を使ってテーブルの上に置いた小さな機械を叩き潰す。  そして、 「ご苦労、齋籐君。これで盗聴盗撮の心配はなくなった。……もう我慢する必要はない」  凄まじい破壊音とともに木っ端微塵になったそれを片付ける芳川会長。  服を着直し、ソファーの上で丸まっていた俺は「ありがとうございます」と頷き返す。  正直な話、今の今まで芳川会長とのやり取りをあの盗聴器が拾っていたというだけで生きた心地がしなかった。そして、それを阿賀松が聞いていたということも。 「お茶飲むか?」 「いえ、大丈夫です。お構いなく」  会長なりに俺のことを気遣ってくれているのだろう。けれど、俺はそんな芳川会長の顔をまともに見ることもできなかった。  何故、芳川会長はこんなにいつも通りなのか。  普通に考えれば芳川会長が先ほどの行為に対して深く考えてないのかもしれない。本当に、ただの善意で俺の射精を手伝ってくれただけなのだと。  それにもしかしたら会長自身も同じことを思っているのかもしれない、なんでこいつはあのくらいでこんなに意識してるのだろうかと。  考えれば考えるほど芳川会長のことが分からなくなってくる。  再び火照り出す顔を隠そうとしたときだった。 「さっきは悪かったな」 「いくら状況が状況とは言え無断でああいう行為に出たことは謝ろう」目が合わないようにするためか、俺に気を使った芳川会長は視界に入らないよう場所を考えながらソファーに腰を下ろす。 「いえ、あの、大丈夫です……慣れてますから」  芳川会長に余計な気は遣わせたくなくて、考えるよりも先に口が動いた。そして数秒後、俺は自分の言葉に激しく後悔した。 「そうか。それはすまなかったな」  そして、そんな俺の言葉に芳川会長はバツが悪そうに小さく咳払いをする。  ああ、本当になにを言ってるんだ俺は。馬鹿じゃないのか。自分からそんなこと言ってどうするんだ。  脳内で自分を罵倒しながらも、その微妙な間に耐えられず俺は膝を握りしめた。 「そ……そういえば、その、このあと……俺はどうしたらいいでしょうか」  あまりの気まずさに耐えられず、強引に話題を転換させる俺。芳川会長は用意していたカップに口をつける。甘ったるいココアの匂いがふわりと漂ってきた。 「君はなにもしなくてもいい。このあとはもう待つだけだ」 「待つ?」 「ああ。一時間……いや、二時間ほどここに居てもらうことになるかもしれないが構わないだろうか」 「はい、それは大丈夫です。……その、誰か来るんですか?」  そう尋ねれば、芳川会長はふっと微かに目を細めて笑った。 「違う。……俺たちがここを出る時間のことだ。念のため、阿賀松にはそういうことをすると思わせるためにはそれらしい時間ここに籠っていた方がいいだろう」 「な……なるほど」 「しかし……やはり一時間くらいが相応か? あまり長すぎても君に迷惑がかかってしまうからな」  生徒会室に長時間籠る――つまりは性行為を想定した時間、と言うことなのだろうか。  つまり長すぎるとなると、と考えたところで顔に熱が溜まっていく。そんな俺を他所に、「君のせっかくの自由時間を制限するわけにはいけないからな」と会長は続ける。  ……なんだそういう意味か。  先走り、まっピンクの妄想を繰り広げてしまった俺は思考回路をぶんぶんと振り払う。 「まあ、あとはリラックスしてくれ」  そう会長は言うが、普通に考えなくともあんなことあった後で寛げるはずがない。  が、あとは野となれ山となれというやつだ。半ばヤケクソになりながらも俺は会長に頷き返した。  とにかく、やれることはやったはずだ。  あとは阿賀松の出方を待つだけだ。そう会長と二人きりの生徒会室、リラックスをすることに努めることにした。  どれくらい経っただろうか。  不意に、制服の中に入れたままになっていた携帯端末が震え出す。  電話がかかってきたようだ。恐る恐る端末を取り出し、画面を確認した俺はそのまま固まった。 「誰からだ」 「あ……阿賀松先輩からです」 「そうか、じゃあ無視しろ。恐らくそれはカマ掛けだろうからな」  なるほど、と納得する反面本当に阿賀松をこのまま無視して大丈夫なのかと不安になってくる。  おずおずと持っていた端末をそっと机の上に置いた。暫くしてその着信も止む。 「……あの、本当に大丈夫なんでしょうか」 「不安か?」 「会長を疑ってるわけではないんですが、やっぱり、その……阿賀松先輩がちゃんと約束守ってくれるかどうか……」  本心だった。  俺にとって阿賀松は理解から掛け離れた人間であり、大きな不安定要素だった。  もしこの場を上手く誤魔化せたからといって阿賀松が大人しくしてるとは思わない。それに、盗聴器が壊されたことにも阿賀松も既に気付いてるはずだろう。  そんな俺の心配を汲み取ったのか、芳川会長は俺を見据えたまま「大丈夫だ」とはっきりと告げるのだ。 「君はなにも気にしなくてもいい。全て俺に任せてくれ」 「そのために、俺がここにいるんだ」そして、芳川会長はそう微笑むのだ。  どこからそんな自信が出てくるのか。そんな確証はあるのか。だとしたら、それはなんなのか。  胸を張ってここまで力強く返されれば、先程までの不安も僅かに薄らぐ。  会長はすごい、会長にそう言われると本当に大丈夫な気がしてくるのだ。 「君が不安になるのも無理はない。しかし、そういうものだ」 「は、はい……」 「一先ず、暖かいものでも飲んで気を休ませるといい。君も疲れているだろう、なんなら仮眠室を自由に使ってくれても構わないが」 「い、いえ……大丈夫です……っ」  仮眠室にはあまりいい思い出はない。  咄嗟に首を横に振れば、「そうか」と会長は頷く。 「ここから先は耐えのときだからな、あまりそう気は張らないほうがいい」  そう、会長がココアに口をつけたときだった。  生徒会室の扉、そのドアノブがガチャリと音を立てる。生徒会室の扉には予め芳川会長が内側から二重でロックしてるので開かないはずだ。  鍵が掛かっていることに気付いた来訪者は乱暴にドアノブを捻り出すのだ。  扉が壊れるのではないかと思うほどの音に驚いて思わず会長の方を向けば、会長は相変わらず落ち着いた様子で。 「っ、会長、今、外から……っ」 「ああ、もう来たようだな」  中のココアを一口飲んだ芳川会長はそのまま静かにカップをテーブルに置く。 「安心しろ、ここのセキュリティシステムは完璧だ」 「っ、でも……」 「君も大概心配性だな」  寧ろこの状況で眉一つ動かさない会長も会長だと思うが。  扉を蹴られたのだろう。みし、と嫌な音が聞こえてきて俺は「会長」と思わず会長に縋りそうになったときだった。  どうやらあまりにも不安がる俺を見兼ねたようだ。小さく笑った芳川会長は、そのままソファーから立ち上がる。  そして、壁に取り付けられたインターホンを操作した。 「芳川です。どうやら生徒会室前にハメを外した生徒が暴れているようです。……ええ、よろしくお願いします」  どこに掛けているのだろうか。芳川会長は簡潔に用件だけを述べる。その通話はものの数分もしない内に終わった。  小さく息を吐いた会長はこちらを振り返るのだ。 「もう心配しなくていい。――なに、すぐに静かになる」  そして、芳川会長は俺に向かって優しく微笑んだ。

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