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分岐点:現れる過去※
『齋藤佑樹、齋藤佑樹……ゆうき……』
『それじゃ、ゆう君だな』静まり返った教室の中、あいつは閃いたように笑う。
今まで人からあだ名で呼んでもらえるほど親しくなった相手はいなかった。だからだろう、初めての呼び名になんだかくすぐったいような、むず痒さを覚える。
『ゆう君……』
『嫌?』
『ち、違……その、なんか……そういう風に呼ばれたことなかったから、変な感じ』
『じゃあ俺が初めてなんだ』
こくりと頷き返せば、あいつは笑った。屈託のない、人好きしそうな顔でこちらを見据えるのだ。
『じゃあゆう君も俺にあだ名付けてよ』
『えっ? 俺が?』
『そうだよ、ゆう君が。その方がなんだか友達みたいだろ?』
『……と、友達……』
その単語に眼球の奥が熱くなる。
そうだ、あいつは確かに俺に初めてできた友達だった。
『……でも、やっぱり思い浮かばないよ……』
『じゃあ、ハルちゃんって呼んで』
壱畝遥香――ハルちゃん。
転校前はよく、そう呼ばれていたから。そうあいつは笑った。
ハルちゃん、と口の中で呟く。人をこんな風に呼んだこともなかっただけに、恥ずかしさが勝る。
それに、壱畝のことをハルちゃんと呼ぶ人なんて周りにはいなかった。
『や、やっぱり……僕は今まで通りで……』
いいから、と言いかけたとき。詰め寄ってきた壱畝に『駄目』と手を掴まれる。当時身長が伸び悩んでいた俺とは対象的に壱畝はクラスの仲でも身長は高く、自然と見下されるような形になって思わず身が竦んだ。
『駄目だよ、ゆう君もちゃんと呼んでくれないと』
『でも、周りの皆はそんな風に呼んでないのに、ぼ、僕だけがそんな風に呼んでたら変だよ……恥ずかしいし……』
『恥ずかしくないよ、ゆう君。俺はゆう君だから呼んでほしいんだよ。――初めてこの学校で出来た友達だから』
友達、と言う言葉に胸の奥がとくんと脈打つ。無意識のうちに復唱していたようだ、壱畝は『そうだよ』と頷いた。
『あだ名で呼び合うのは友達の特権だろ? だから、ほら。俺のこと友達だと思うんだったらちゃんと呼んで』
『ゆう君』と子供をあやすような優しい声で促される。恥ずかしい。けれど、友達。その言葉だけでおかしなほど浮かれている自分もいた。
『……ぅっ……、は、ハルちゃん……』
そう、必死に声を振り絞る。風の音に掻き消されそうなほど小さく、情けない声だったが、しっかりと壱畝の耳には届いていたようだ。
壱畝は『うん、良くできました』とにっこりと笑う。
『やっぱり、ゆう君は優しいな。俺、ゆう君と友達になれて嬉しいな。……ゆう君は?』
『……え?』
『ゆう君は俺と友達になれて嬉しい?』
昔から、自分の思いや考えていることを言葉にすることは得意ではなかった。
でも、壱畝といると話しやすいのだ。それはきっと、壱畝の話術と――壱畝が俺を受け入れてくれたから。
『っ、う……嬉しい……です』
声が震える。恥ずかしくてたまらなくて、頬が熱くなる。それでも伝えたかった、自分の気持ちを。
そんな俺に壱畝は笑って、俺の手を握るのだ。
――じゃあ、俺たち親友だね。
そう、目の前の壱畝が唇を動かした。
そして、その映像は途切れる。
「……ッ!」
飛び起きる。
全身が汗で濡れていた。窓の外では鳥が囀り、カーテンの隙間から溢れる木漏れ日を見てここが矢追ヵ丘学園学生寮の自室であることを思い出した。
ずっと、忘れようと思っていたのに。
もう二度とこれから先関わらないと思っていたのに。
口元を抑えるが、込み上げてくる吐き気に耐えきれず俺は便所へと向かった。
――壱畝遥香。
――ハルちゃん。
俺の初めての友達で、親友で――俺を虐めた主犯の男だ。元々転校生だったあいつは俺達のクラスにやってきて、そして卒業前には転校した。
親の仕事の関係で海外の学校に通うことになったと聞いていたのに、なんで。
あいつのことなんて一秒足りとも考えたくもないし思い出したくない。それでも、あの学園祭で再会してからずっと押し殺していた記憶の蓋を引き剥がされてしまったようだ。
溜まっていた胃液を吐き出し、リビングへと戻ってくる。そして全身の嫌な火照りを冷ますため、部屋の冷房を入れた。
無事、学園祭が終了して数日経つ。
今日は学園祭の振替休日で、本当は昼ぐらいまでゆっくり休むつもりだったのだが悪夢に邪魔されたお陰で眠気はどっかへ行ってしまった。
二度寝する気力もなく、俺は取り敢えず水分を補給することにする。
芳川会長に協力してもらい、阿賀松の命令を聞かせてもらうという作戦を実行したあの日のことを思い出してはまた癒えていない全身が痛み始めた。
会長が内線をかけたあのあと、頃合いを見て生徒会室を出れば廊下には阿賀松が立っていた。
今でもあのときの阿賀松の顔を思い出すことはできた。
あの時の二人のやり取りを思い出すだけで止んだと思っていた汗が滲みだすのだ。
学園祭一日目――暫く生徒会室で過ごし、「そろそろいいだろう」と促してくる芳川会長とともに生徒会室を出た瞬間、横から伸びてきた手に思いっきり胸ぐらを掴まれる。阿賀松だ。
「テメェ、どういうつもりだ?」
「っ、え、」
「こいつと組んだだろうが」
こいつ、というのは言わずもがな芳川会長のことだろう。
てっきりもう誰もいないと思っていただけに俺はいきなり現れた阿賀松に心底驚いた。同時に血の気が引いていくのを感じた。
固まる俺の横、阿賀松の手を振り払ったのは芳川会長だ。
「なんのことだ? 散々生徒会室前で暴れた挙げ句これか、被害妄想も甚だしいな」
「盗聴器ぶっ壊したやつがいうことか?」
「盗聴器? ああ、なにか彼の服にゴミがついてるなと思ったら盗聴器だったのか。悪いな、気付かなかった。――しかし盗聴器か、確か法律で規制されているはずだが」
「規制されているのは不法侵入、電波法、恐喝、ストーカーだけだ。知ったかしてんじゃねえぞ眼鏡猿」
「ならば貴様はストーカーだな、当たっているじゃないか。これ以上彼に付き纏うようならこちらも相応の処置は取らせてもらうが」
「言うようになったな、お前。その言葉そっくりそのまま返してやるよ」
俺の入り込む余地など最初からなかった。
一触即発とはまさにこのことだろう。表面上、冷静に芳川会長と対話しているがいつ掴みかかってもおかしくないほどの阿賀松の怒りを感じ取った。
俺はこれから先の展開を考えただけで生きた心地がしなかった。
阿賀松が来るだろうと言うことは予め芳川会長から言われていたので覚悟していた。けれど、実際前にするのとでは変わってくる。
生徒会室に籠っている間、芳川会長には阿賀松が来たときの対処法を聞いた。どう立ち回るかなど、複数のパターンに応じ教えてもらったはずなのにいざとなると全部飛んでしまいそうになるのだから仕方ない。
「被害妄想もここまでくると一層清々しい。これ以上お前に用はない。邪魔だ、そこを退け。それともまた警備員を呼ばれたいのか」
「ああ、俺もお前に用はねえ。ユウキ君、こっち来い」
ああ、と思った――芳川会長の言っていたとおりだ。
阿賀松に睨まれた瞬間、全身が竦む。歪む口元、浮かぶ笑み。その目は笑っていない。
このパターンは俺が最も避けたかったルートだった。
「齋籐君に絡むなと言ったばかりのはずだ」
そんな俺を庇ってくれる芳川にそのまましがみつきたかった。助けてくださいと。
――だけど、それは無理な話だ。
「……あの、俺なら大丈夫なので」
俺は、止めてくれる芳川会長の手をそっと離す。そして、阿賀松の元へ向かう。
何一つ大丈夫ではない。芳川会長の腕に縋りつきたい。それでも、無駄だった。
だって、こうなったときの最善のルートは。
「齋籐君……っ」
「だってよ、会長さん。ユウキ君からのお許しが出たんでちょっと借りるぞ」
阿賀松は笑い、俺の肩を乱暴に抱き寄せる。食い込む指先に声が漏れそうになる。
青ざめる芳川会長。阿賀松に引きずられそうになり、会長はそれでも止めようとしてくれた。
が、しかし。
タイミングを見計らったようにスピーカーから一人の生徒を呼び出す放送が流れ始めた。
『繰り返す。三年C組、芳川知憲。至急職員室まで来なさい』
取り付けられたスピーカーから流れてくる淡々とした声は生徒会顧問の声だ。
そう、呼び出されたのは芳川会長本人だった。
「ほら、行ってこいよ。生徒代表の生徒会長が一分一秒でも待ち合わせに遅れていいと思ってるのか?」
恐らく、この呼び出しも阿賀松が仕組んだものなのだろう。阿賀松はさして驚くわけでもなく、寧ろ楽しげに芳川会長を挑発するのだ。
そして芳川会長はそれに気付いてるだけに、判断が遅れる。責任感があり、真面目な芳川会長のことだ。後ろめたさを感じているのだろう。
だとしたら、俺が出来ることはただ一つだ。
「俺は大丈夫です。だから、構わずに行ってください」
相手を安心させるために、強張る筋肉を動かし無理矢理笑みをつくった。歪なそれに構わず、俺は「俺のことは心配しないでください」と小さく付け加える。
申し訳なさそうに、脱力するような芳川会長。こうなることをわかって発言したのだが、やはり、胸が痛む。
「……すまない、齋籐君。この埋め合わせはまた今度必ずする」
そう謝罪する芳川会長。そう頭を下げ――そして口許に笑みを浮かべた。
阿賀松は気付いていない。寧ろ、阿賀松からは芳川会長が仕方なく俺から離れようとしている姿しか目に入っていないのだろう。
そして、その場から立ち去る芳川会長に阿賀松は笑う。あいつ、お前のことあっさり見捨てたな、と。
遠くなる芳川会長の背中とその言葉に、俺は酷く息苦しくなる。
否、作戦とはいえ阿賀松と二人きりにならないといけないというこの事実にだ。
正直、芳川会長がこの場で離脱することは予め知っていた。まさか呼び出しの放送までかかるのは予想外だったが、会長からしてみれば離脱しやすくなり寧ろ好都合だっただろう。
阿賀松が接触を計ってきた場合の対処法。
芳川会長は自主的に盗聴器に気付いていたということにする。
性行為はしたと言い張る。ただしその場に阿賀松以外の第三者がいる場合は口を割らない。
この上記二点を必ず守れば、阿賀松を裏切ったことにもならず、なお且つ俺と芳川会長の処分も免れることはない。そう、芳川会長は言った。
芳川会長の言葉は間違いない。
けれど、言葉にするのは簡単なことだったが問題は阿賀松に連れて行かれたあとのことだ。
怒り心頭の阿賀松に引きずられたその先の対処法までは芳川会長は提示してくれなかった。
引っ張られて連れ込まれたのは阿賀松の部屋だった。途中、何事かとぎょっとする生徒もいたが阿賀松の顔を見るとなにも言わずに廊下の隅に寄り道を開ける。
助けてくれ、なんて言えるわけがなかった。
これから先、自分の身に何が起こるのかもある程度予測していた。そして、それは避けられない道なのだと。
――学生寮、阿賀松の部屋。
玄関口。扉に押し込められたかと思えば、後ろ手に扉を閉めた阿賀松はそのまま俺の胸倉を掴む。
緩めたネクタイを引き抜かれ、阿賀松の手によって服を文字通りひん剥かれるのだ。
「っ、あ、の……ッん、ぅ……ッ!」
ブレザーを捨てられ、着ていたシャツを託しあげられたと思えば、俺の体を見て阿賀松は眉間に皺を寄せた。
「随分とお綺麗な体じゃねえか。――本当に抱かれたのか?」
「っ、……は、い……ッ」
乳首を抓られ、息を飲む。恐怖のあまり全身がガチガチに固まっていた。
阿賀松は「へえ」と呟いた。
「どうやって」
「え」
「何されたかくらい覚えてんだろ、普通」
阿賀松の言う普通が俺の思う普通と決定的に食い違ってることは今に始まったことではない。
この男は口で説明しろと言うのだ。
「っ、そ、れは……ッ、ぉ、俺……わけわからなくなって……」
「それほど良かったって?」
「……ッ」
顔が熱くなった。阿賀松に疑われてることもわかったから余計なにも言えないでいると、痺れを切らした阿賀松の手が下腹部に伸ばされる。
「ッ、ぁ……ッ、ま、待ってくださ……ッ」
「うるせえな、縛られてぇのか」
「……ッ」
ベルトを緩められ、下着ごとスラックスを脱がされる。恥ずかしかった。
芳川会長との行為の余韻がまだ色濃く残ったそこを阿賀松に見られてる。阿賀松は震える俺の腰を掴み、躊躇なく肛門に触れてくるのだ。
「っ、ぁ、待……っ、ぅ……ッ」
「………………」
「っ、ひ、ぅ……ッ、く……ッ!」
散々芳川会長に弄られ、柔らかく解れていたそこにねじ込まれる阿賀松の太く骨っぽい指先。芳川会長とは違う、阿賀松の指に中をかき回されればようやく収まりかけていたと思っていた熱があっという間に広がる。
「ッ、ひ、ぅ、……ッ、せ、んぱ……ッ、ぁ……ッ」
なにも言わない阿賀松が怖かった。
仮眠室のシャワーで汗も体を洗い流したお陰で分からないようにはなってるはずだ。それでも、怖かった。
腫れ上がったままの粘膜にとって、阿賀松の荒い愛撫は拷問に等しい。前立腺を引っかかれただけで腰が震え、堪らず阿賀松の腕にしがみつく。
「っ、ぁ、ふ……ッ、ぅ、……ッ」
「言えよ、あいつに何された?」
「……ッ、」
「こんなにケツん中腫らして、何もなかったわけねえよな」
阿賀松の腕にしがみついていないと立っているのも困難だった。緩急付けて中を摩擦されれば、じんじんと熱の集まっていた下腹部からは再び水っぽい先走りが滴り始める。
震える腿に必死に力を入れ、崩れ落ちないように体勢を保つことで精一杯だった。
「っ、い、れて……ッ、もらいました……ここに……ッ」
「ここってどこだよ」
「ぉ、お尻……に……ッ、ぃ゛……ッ!」
「それで?」と再び張り出す玉の皮を引っ張られ、目を見開いた。冷たい阿賀松の視線を浴びながら、痛みと快感の間、俺はまるで悪い夢を見てるような気分になる。
「っ、い、痛くならないようにって……ぃ、いっぱい……濡らしてもらって……ッ、ぇ゛ッ、ふ、っ、う゛……ッ!」
「犬見てーにケツ舐めさせたのか?」
「っ、ぁ、あ゛ッ、ち、が……ッ、ん、ぅ……ッ、ろ、……ッ、しょ……で……ッ」
「なんて言ってんのか聞こえねえよ、ちゃんと喋れよ」
「っ、ローションを……ッ、い、いっぱい……塗り込んでもらいました……ッ!」
中を阿賀松に犯され、込み上げてくる声までを我慢することはできず、悲鳴のような声が漏れてしまう。それでも怒られたくなくて応えれば、阿賀松は「だろうな」と鼻で笑う。
「ゴムは」
「……ッつけ、てました……」
そう答えろ、と言ったのも芳川会長だった。
答える俺に阿賀松は舌打ちをする。そして、俺の中から指を引き抜いたのだ。
中途半端に高められたままの状態で開放され、俺はそのままずるりと床に座り込む。
「んだよ、お前ただセックスして満足して帰ってきただけじゃねえか。役に立たねえな」
「っ、ご、めんなさ……」
ごめんなさい、と続けるよりも先に、阿賀松に前髪を掴みあげられる。引っ張られるような痛みに耐えられず顔を上げれば、目の前には阿賀松の股間があった。
「口開けろ」
余程憤っているのか、その苛つきを俺で発散するつもりなのだろう。この展開も、想定範囲内だ。
ぶん殴られるよりかはまだましと思えるのだから俺も大分この男に毒されているのだろう。
テント張ったそこから取り出される性器に息を飲む。勃起した性器を鼻先、唇へと押し付けられ、視界いっぱいに広がる肉の色に頭の芯が痺れていくような感覚を覚えた。
「……っ、は……い……」
俺は阿賀松に促されるまま唇を開く。瞬間、隙間へとねじ込むように咥えさせられる亀頭。俺は歯を立てないように、息が苦しくないように必死に鼻で呼吸しながら喉奥まで挿入されるそれを受け入れた。
阿賀松の目的は物的証拠だ。盗聴器が使えないとなると、俺に中出しした痕跡か、或いは芳川精液が入ったコンドームを探すはずだ。けれど会長は俺の体に跡はつけていない。制服も脱がされたお陰で体液も残っていないのだ。
阿賀松が苛ついているのは分かった。だから、俺にできることは阿賀松の怒りを受け止めることだけだった。
そして熱りが冷めるのを待つ。それが芳川会長が俺に告げた作戦だった。
阿賀松も分かっていた。
もっと理不尽な目に遭わされるのだと思ったが、言う通りにはしてきたのだということで罰ゲームと称した二度と学校へ来れないような真似を実行されることはなかった。
しかしその代わりその日一日中、俺は阿賀松の部屋から出されることはなかった
そしてそれが一昨日の話だ。
結局、阿賀松に解放されたのは昨日の昼頃で、出掛けるという阿賀松に半ば強引に部屋から追い返された俺は歩けるのもやっとの状態で自室まで帰ってきた。
そして風呂に入り、速攻布団にはいった。そして今朝のあの悪夢だ。
せっかくの学園祭二日目も後夜祭もろくに楽しめなかった。
それでもまあ、阿賀松との約束は果たしたということで肩の重荷がなくなったのも本当だ。
本当に、束の間の平穏ではあるが。
身支度を済ませた頃にはすっかり空腹になっていた。そういえば昨日もろくに食事をしていなかった。
食堂へ朝食でも取りに行こうかとしたときだった。
不意に、自室の扉が叩かれる。
『おーい、おはよう佑樹。起きてるか?』
聞こえてきたのは担任の声だった。
こんな時間からどうしたのだろうか。今日は休みだったよな、と思いながらも俺は玄関口へと向かう。
そして恐る恐る扉を解錠した。
「おはようございます。……あの、こんな朝からどうしたんですか?」
「ああ、おはよう佑樹。いやちょっとな、こいつを運びに来たんだ」
そう、担任の腕に抱えられたのは大きな段箱。そしてもう片方の手にはキャリーバッグが握られていた。
それだけではない、扉の外には他にもいくつかのダンボールが積み重ねられている。まるで引っ越しの荷物のようなその量に、胸の奥にぢり、と嫌な予感が込み上げた。
「っ、あの……この荷物……なんですか……?」
いや、まさかそんなはずがない。
そう騒がしくなる心音を必死に落ち着かせながら尋ねれば、「ああ」と担任はからりと笑うのだ。
「ほら、この前相部屋になるって言っただろ。その荷物だ」
「あ……相部屋……っ?」
「あれ? 話してなかったか? 悪い、先生勘違いしてたみたいだ」
悪気もなく笑う担任。俺には何一つ笑うことができなかった。
――相部屋。よりによってこのタイミングで。
ただの思い過ごしだと思いたい。それに、阿佐美の可能性だってまだ捨てきれない。
そうだ、阿佐美。そう顔を上げた俺だが、その淡い期待はすぐに断ち切られた。
「まあ、いい。丁度よかった。――おいハルカ、こっち来い」
そう廊下の奥に目を向ける担任。つられてそちらに目を向けた俺は、そのまま固まった。
担任に呼ばれ、現れたのはつい先日『再会』した元同級生だった。
黒く染め直した髪。ぴんと伸びた背筋。
壱畝遥香はあのときと変わらない涼しい笑顔を浮かべ、俺の前に立った。
「こいつが今日から一緒に共同生活を送ることになる齋籐佑樹だ。そんでこっちは新しいクラスメート、壱畝遥香だ」
「二人とも、仲良くな」そんな俺の気も知らず、間に立つ担任は俺と壱畝の背中を叩くのだ。その痛みや衝撃は今の俺にとっては些細なもので、俺は壱畝を見上げたまま固まった。
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