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04

 それから担任に見送られらような形で職員室を後にしようとしたときだった。  ――職員室前廊下。 「……齋籐君?」  背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。咄嗟に振り返れば、そこには休日にも関わらず制服を着込んだ芳川会長が立っていた。  まさかこんなタイミングで会うなんて。  咄嗟に抱えていた資料を抱き締める俺の横、芳川会長に気付いた担任は「おお、芳川じゃないか」と朗らかに笑った。芳川会長は担任にどうも、とだけ小さく会釈をし、それからこちらへと視線を向けた。 「……なにかあったのか?」  休日にわざわざ理由もなく職員室にやってくる俺を不思議に思ったのだろう。静かに尋ねられ、えと、と口籠る。 「そうだ。丁度よかった。芳川お前も一人部屋だよな」  まさかここで芳川会長に尋ねるつもりなのか。担任のフットワークにぎょっとする俺の横、会長は「ええ」と頷いた。 「そうですけど、それがどうかしたんですか?」 「いやな、今こいつが一人部屋の新しいルームメイト探してたんだよ」 「ルームメイトを?」  あまりにも口が軽い担任にハラハラしたが、確かに今が良い機会であることには違いないだろう。  もしこの場で会長が承諾してくれれば今すぐにでも部屋を変えることが出来るのだから。 「どうだ芳川」  胸の鼓動が高鳴り、無意識に全身が緊張した。  促すように尋ねる担任の声がやけに大きく響く。心臓が痛い。担任に相談したときよりも緊張する自分がおかしくて、俯きながら恐る恐る会長の反応を伺った。  そしてその場に短い沈黙が流れる。 「……すみません、ちょっと考えさせてもらってもいいですか」  芳川会長はそう、静かに続けた。  ……当たり前だ。いきなり言われて快く受け入れられるはずがない。そんなこと、わかりきっていたはずだ。  なのに何故だろうか、心の奥底で会長ならばきっと受けてくれるのではないか。そんな風に思っていた自分がいたことに気付いた。 「まあこっちもまだ相談段階だから本格的に決まったらはまたそのときよろしく頼むな」 「ええ、わかりました」 「では失礼します」と芳川会長は告げ、そのまま職員室前の廊下を歩いていくのだ。その後ろ姿を見送りながら担任は「おお、勉強頑張れよ」と手を振った。  もしかして急いでいたのかもしれない。だからこの場では即決できなかったのだ。……なんたって、会長は暇ではないのだ。  そう言い聞かせるが、暫く俺は顔を上げることができなかった。 「学園祭終わってすぐに試験だもんなあ。生徒会長だと尚更大変なんだろ」  周りに人気がなくなり、そんな譫言のような担任の声が廊下に響いた。 「そうですね」と相槌打つ自分の声が落ち込んでいることに気付き、俺は咳払いをする。  なにを落ち込む必要があるのだ。諦めるのはまだ早いだろう。そう自分を鼓舞する。 「……あの、先生、資料ありがとうございました」  資料を落とさないように両手でしっかりと抱え、担任に向き直った俺は改めて礼を言う。 「ああ。こっちこそ正直に相談してくれてありがとうな。できることは協力してやるから」 「……っ、はい、ありがとうございます」  恐らくまたすぐに担任にはお世話になることになるだろう。思いながら、俺は担任に小さく笑い返した。  取り敢えず、一度この書類を確認した方が良いだろう。そう考えた俺は担任と別れ、そのままの足取りで一度学生寮へと戻ることにした。  ――学生寮自室。  恐る恐る扉を開き、壱畝の姿がないことを確認して深く息を吐いた。  それからすぐに鍵を掛け、俺はそのまま自分のベッドへと腰を下ろす。それから、先程担任からもらった資料に目を通した。  やはり、一人部屋から相部屋になってもらうのは特例中の特例のようだ。  ルームメイト変更や一人部屋になるための条件などが書かれているばかりであまり参考になるようなものはない。ここはやはり担任に任せて一人部屋の生徒にお願いしてもらうのが最善だろう。  全ページに目を通し終えた俺はそのまま膝の上に資料を置いた。  担任の言っていた通り、今日一日でどうにかできることは難しいだろう。ここは、早めに部屋を出た方がいいかもしれない。  ――壱畝が戻ってくる前に。  そう考えていたときだった。玄関口、扉の施錠が外れる音が聞こえた。 「……ッ!」  壱畝が帰ってきたのだ。  咄嗟に膝の上の資料を掛け布団の中へと押し込み隠したとき、同時に扉が開いた。  そして開いた扉からやつが現れるのだ。 「ただいま、ゆう君」  別れたときと変わらない、対人用の胡散臭い笑顔を貼り付けたやつがそこにいた。 「……っ、お、かえり……なさい」  今にも心臓が破裂しそうだった。噴き出す汗を拭うことすらもできなかった。掌の下、布団越しに一人部屋の資料を抑えながら俺は座り直そうとしたとき!隣に壱畝は腰を掛けてきた。二人分の体重にベッドは軋んだ。 「いや本当、ここの料理って色々あるんだな。向こうの料理は俺の口に合わなかったから安心したかも」 「……っ、そう……」  無視するわけにもいかない。ベッドの下の荷物に気付かれるわけにも。  なんで今に限って隣に座るのだ。普段ならば俺の顔を見ることも嫌だとか抜かしていたくせに。  早くどっか行け、と念じていたとき。やつがこちらを見ていたことに気付いた。  つい視線を向け、目があってしまったときだった。壱畝の口元が歪んだ。 「……お前、本当変わんないよな」 「……え……」  何を言い出すのだ、と目を見開いたときだった。  伸びてきたやつの手に、布団を抑えていた手を手首ごと取られる。 「……っ、な」 「今、何か隠しただろ。……ゆう君」  そう、静かに笑う壱畝。けれど、こちらを真っ直ぐと見据えるその目は笑っていなかった。  ほんの数秒、それなのに俺にとっては長い時間のように思えた。俺は壱畝に睨まれたまま動くことができなかった。  耳元で鼓動が大きく響く。その音すらやつに聞こえてしまうのではないかと思うとただ恐ろしく、全身から熱が引いていく。 「……っ、してない……」 「本当に?」  握られた手首にがり、と壱畝の爪が食い込む。そんな痛みなど、この状況下ではなにも感じなかった。  動揺を悟られるな。いつも通りでいろ。いつも通りってなんだ。俺は、どんな風に壱畝と接していた?  ぐるぐると忙しなく思考は巡る。  とにかくやり過ごさなければ、そう思ったときだった。  壱畝はぱっと俺から手を離した。  そして、興味の失せたような顔をして立ち上がった。 「ま、どうでもいいや。……それよりゆう君、俺喉渇いたんだけど」 「――え?」 「飲み物」と、部屋の片隅。段ボール箱の奥に佇むもとから付属の冷蔵庫へと目を向けた壱畝は「早く持ってこいよ」と顎でしゃくる。  そしてそのままふんぞり返ってソファーに腰を下ろす壱畝は携帯端末を取り出しのだ。  ――もしかして、ごまかせたのだろうか。  そう思ってからようやく、遅れて手首に痛みがやってきた。ずきずきと痛む手首を抑え、俺は恐る恐る立ち上がる。  その際にそっと布団を引っ張り、さり気なく更に見つかりにくくなるよう細工した。  そのまま冷蔵庫の前まで移動し、俺は言われたとおりさっさと麦茶を用意する。それを壱畝に渡そうと振り返ったときだった。  先程まで俺が座っていたベッドの前、座っていたはずの壱畝がそこに立っていた。  大きく捲れ上がった布団。壱畝の手には見覚えのある紙束が握られていて、それを見た瞬間血の気が引いていく。  手元からグラスが落ち、中に入った麦茶が床の上にぶちまけられる。それでも、じっとしてることなどできなかった。  咄嗟に壱畝に駆け寄り、その手の中の資料を取り上げようとしたが、遅かった。それを持ち上げ、避けた壱畝にそのまま腕を捻りあげられる。 「ッ、う……!」 「……なにこれ、一人部屋?」  資料の裏表を確認する壱畝、やつは変わらないゆったりとした口調で続ける。それが余計不気味だった。  冷たい汗が滲む。壱畝は資料を手にしたままこちらへ視線を向けた。 「へえ、ゆう君一人部屋にでもするつもりなのか」 「ちが、違う、違う……」 「違うってなにが?」 「は、……ハルちゃんが、俺と一緒の部屋なの嫌なんじゃないかと思って……ッ」  言い終わるよりも先に、腕を強く引っ張られた。  すぐ鼻先には壱畝の顔があり、その距離に驚くよりも先にその目に息を飲んだ。 「……誰がそんなことしろって言った?」  低く、唸るような声だった。壱畝の目には確かに怒りの色が滲んでいて、まずい、と思ったときにはなにもかもが手遅れだった。  腹、鳩尾を殴られ。堪らず蹲る。朝食を食べそこねていてよかった。そう思えるほどの一発だった。  腹を抑えてその場に蹲りそうになるが、腕を掴んでいたままの壱畝によってその場を動くことも逃げることもできなかった。 「俺と一緒が嫌なのはお前じゃないのか? なあ、ゆう君」 「っ、ち、が……ッ、ぉ、俺は……ッ」 「酷いよなあ、せっかく会えたってのに普通こんなことするか? お前ってまじでデリカシーないよな」  お前にだけは言われたくない、という言葉は寸でのところで留まった。けれど、俺の表情からなにか汲み取ったのだろう。壱畝に前髪を掴まれれ、無理矢理顔を上げさせられる。 「……お前、なにか勘違いしてるよな。俺はゆう君とまた会えて嬉しいと思ってるんだよ」 「……ッ、い゛……っ」 「なのに……本当に軽薄なやつだよな、お前って。昔からなにも変わらない。コソコソ俺から逃げようとする算段立ててんだもん」 「っ、や、はるちゃ……ッ」  痛い、千切れる。そう壱畝の手をつかもうとしたとき、「触んなよ」と壱畝に体ごと振り払われた。突然掴まれ、そして突然放られる。そんな状態で受け身など取れるはずもなく、尻餅を付く俺の目の前。こちらを見下ろしていた壱畝は無言で無防備になっていた腹部を踵で思いっきり踏み抜くのだ。 「う゛……ッ、あ゛……ッ!!」  そのまま体重をかけるようにしゃがみ込む壱畝は、痛みのあまり悶絶する俺の顔を覗き込み、笑った。あの嘘臭い笑顔を貼り付けて。 「無駄だってわかんねえのかな……いい加減。お前みたいな性悪馬鹿、相手してやれんの俺しかいないだろ」 「っ、ぅ゛、は、るちゃ……ッ」 「ははっ、ひでぇ顔だな。……本当、泣けば許してもらえると思ってんのか?」  ぺちぺちと頬を手の甲で撫でられ、全身が強張る。殴られる。そう、こみ上げてくる全身の震えを殺すことなどできなかった。  けれど、壱畝はそれ以上殴ることはしなかった。  ――その代わり。  びり、と大きく紙を割くような音が響く。目の前で、資料たちが歪な紙片へと変わり果て降り注いだ。 「――お前が俺から逃げようとするなんて、許されるわけたいだろ」  なあ、ゆう君。そう壱畝は笑った。  俺は、なんだか酷く疲弊していた。壱畝を止めることなどできなかった。踏みつけられた腹部、外部から与えられる内臓の圧迫にただ嗚咽しか漏れなかった。  ――資料が破かれたところで痛くも痒くもない。  全てはもう、担任に託したあとだ。  その事実がただ俺の救いだった。やつがなにを言ったところで、俺を罵ったところで、殴ったところで、事は止まるわけではない。  今はただ耐えるしかないのだ。そう自分に言い聞かせ、平静を保つことが唯一俺にできることだった。  痛みには大分慣れた方だと思っていた。けれどそれは思い違いのようだ。  その後、やつの気が済むまでサンドバッグのように蹴られ、殴られる。顔は殴られなかったのは優しさのつもりか。いや違うな――保身だ。  そして俺を殴ることにも飽きたあいつはさっさと部屋を出ていった。どうやら食堂で知り合った人間と会うと言っていたが、詳しくは聞いていない。少なくとも志摩のことではない、それがわかっただけでよかった。  そして一人取り残された俺は、着ていた服の裾を持ち上げて自分の身体に目を向けた。  阿賀松に負わされた分の傷と相俟ってより一層見るに耐えない身体になっていた。  ――正直な話、阿賀松に対して感謝などしたくなかったが、阿賀松のお陰で壱畝からの暴行に耐えられたのも事実だ。  性行為を伴わない暴行の方が遥かにましだ。そんな風に思えたのだ。  ……それでも、痛いものは痛いのだが。  暫く身体の痛みが和らぐまで横になっていたときだ、ポケットに入れたままになっていた携帯端末が震えだした。  それを手に取れば、志摩からメッセージが入っていた。  どうして志摩が、となんとなく嫌な予感がしたが、内容は『ご飯食べた?』という簡素なものだった。少し迷ってから俺は『まだ』とだけ返す。  朝からバタバタしてたおかげでまだろくに食事を取れていないことに気がついた。  一先ず壱畝から開放されたことにほっとするのが精一杯で、端末をサイドボードに戻そうとしたとき再び振動し始める。画面を確認すれば、そこには志摩の名前が表示されていた。  反応早いな、と思ったが気付いてしまった手前無視するのも申し訳ない。俺はそれに出る。 「……なに?」 『一緒に夕食食べない?』 「……今から?」 『勿論』  もしかしたらまだ胸の奥で壱畝が会いに行った相手に志摩もいるのではないかと思っていた。 「ハルちゃ……壱畝君と食べるんじゃなかったの?」  そしてもしかしたら、壱畝が隣にいてからかうために電話をしてるのかもしれない。  思い切って尋ねれば、『は?なんで?』と志摩は素っ頓狂な声を上げる。 「……だって」 『壱畝がいるなら齋籐誘うわけないじゃん。絶対来なさそうだし』  だって、壱畝と仲良さそうだったから。そう口を開こうとしたときだった、志摩の言葉に遮られる。  “まさか壱畝のやつが志摩になにか吹き込んでないだろうか”という心配が過ぎった。  しかし対する志摩はいつもと変わらない。 『まあいいや、今から迎えに行こうか』 「……部屋に?」 『もちろん。っていうか、本当はもう部屋の前なんだけど』 「え?」 『壱畝出ていくの待ってたんだ』 『ねえ、扉開けてよ』いきなりそんなこと言われても。というか誰も一緒に夕食を取るなんて言ってないのに。  いきなりすぎる。俺が断るとは思わなかったのか。コンコンと玄関口の扉が叩かれると同時に、通話の向こうからも同様のノック音が響いた。  本当に、扉の外にいるのは志摩のようだ。 『せっかくご飯用意してきたのに、冷めるよ』 「わ、わかった……すぐ開けるから待ってて」  つい流され、俺は急かされるがまま扉を開いた。  そこには昼間と変わらない志摩が立っていて、目が合うと志摩は「こんにちは」と柔らかく微笑む。それから、手にしていた端末を制服のポケットにしまうのだった。  咄嗟に辺りを確認するが、壱畝の姿はない。  本当に志摩一人のようだ。 「んじゃ、お邪魔します」  そして俺の言葉を待つよりも先に、勝手に来客用のスリッパを取り出した志摩はそのまま部屋へと上がっていく。  俺は慌てて扉を閉め、まだ片付け終えてない部屋へと戻った。 「へえ、あの転校生が同室になったって本当なんだ」  ソファーに腰を下ろす志摩は中身の詰まったビニール袋をテーブルの上へと乗せ、手際よく中身を取り出す。どうやら購買で買ってきたようだ。弁当と、それから緑茶の入ったペットボトル。  並べられる二人分の夕食を一瞥した俺は、適当な椅子を寄せて腰をかけた。 「……壱畝君から聞いたの?」 「まあね。って言っても、同室になったことしか聞いてないんだけど」  そして、志摩は「随分仲がいいみたいだね」と笑う。  志摩特有の皮肉だろう。毎度のことながら笑えない冗談だが、今回ばかりは返す言葉もなかった。 「はは。すっごい嫌そうな顔。気をつけた方がいいよ、齋籐って自分で思ってるよりかなり顔にでるから」 「……」  志摩に言われたくない。 「はいどうぞ」と夕食を寄越してくる志摩に「ありがとう」とだけ呟きそれを受けとる。仄かに暖かい。 「珍しいね、齋籐がここまでご機嫌斜めだなんて。他人にへつらうことだけが取り柄だと思ってたんだけど」  確かに、間違いではないかもしれない。無難に生きたいと願う以上、人間関係に荒波を立てないのは常識だろう。  しかし、今となってはその俺の行動になんの意味があるのかわからなかった。なにをしたところで多少なりとも波は立つのだ。  例えば、今も。 「壱畝遥香ってなんなの? 初対面だったようには見えなかったんだけど」  詰問。自分の手元の食事に手をつけるわけでもなく、詰るような視線をこちらに向けてくる志摩。 「齋藤、まただんまり?」 「……前に、ちょっと話したことがあるだけだよ」 「へえ。それがこんな時期に転校してくるなりいきなり同室ってすごいね。運命じゃない?」 「……」 「本当、酷い顔。なんか俺が虐めてるみたいで気分悪いな」  まるで自分は虐めてないとでも言うような口調が気になったが、実際今回ばかりは壱畝が元凶だ。否定する気にもなれず、渡された箸を手にしたまま固まってると珍しく志摩の方が折れたようだ。 「まあいいや。冷えたら美味しくなくなるし、先に食べちゃおうか。……はい、飲み物」  手渡されるボトルを受け取る。  ちゃんと未開封品のようだ。志摩には前科があるので、ついくせで確認してしまうようになっていた。 「本当はさ、今夜、ここに泊めてもらおうと思ったんだけど」 「……どうして?」 「部屋で打ち上げするからだとか言って、生徒会の連中が来るんだよ」  その言葉に四月頃、志摩たちの部屋に行ったとき十勝たちが騒いでいたことを思い出す。  会長たち、仲直りしたのだろうか。なんとなく気になって「全員?」と尋ねれば、志摩は「さあ?」と小首傾げた。 「ま、いつもごちゃごちゃ入り乱れてるからわざわざ人数確かめないけど今回は学園祭の打ち上げだもんね。結構来るんじゃない?」 「他行くか外行けばいいのにわざわざこっち来るんだもん、おまけに散らかすし」よっぽど嫌なのが言葉の端々から伝わってくる。  まあ、一緒になって騒げば違うのだろうが、志摩みたいな関わりのない第三者からして見れば煩わしくて堪らないのだろう。しかも志摩だからな。 「会長の部屋でやればいいのに」 「それは……」  そう呟く志摩に、どう答えればいいのかわからず俺は苦笑した。  確かに、それもそうだ。しかし、生徒会のメンバーを見る限りやはり十勝が自分から言い出したような感じがする。  空腹を満たしたお陰か逆だっていた神経は和らぎ、少しばかりか凝り固まっていた緊張も大分揺らいだ気がする。不安はまだ根底で燻っているが、一旦は切り替えることができそうだった。 「その調子じゃ、齋籐は誘われてないみたいだね」 「うん、まぁ……」 「意外だな、会長のことだから齋籐誘うかと思ったんだけど」  また、この話題か。よっぽど芳川会長を目の敵にしているのか、まるで挑発するかのような白々しい口調と言葉に俺は素直に困惑する。 「一応……俺は部外者だし」  そもそも打ち上げのことを知ったのは今が初めてだ。  会長と会ってもそんなこと聞かなかったし、それに俺はというと今回の学園祭の運営にもほれほど関わっていないのだから仕方がない。 「でも付き合ってるんだよね」 「……だから、それとこれとは」 「馬鹿だなあ、会長は。俺なら一分一秒でも離れないよう捕まえて連れ回すんだけど」  この手の話題になると毎回こうだ。  会長に向けてる言葉が、会長通り越してこちらへとまとわりついて来るようだった。  段々料理の味がしなくなりながらもなんとか食事を終える。空いた容器を片付けようと立ち上がったとき、そんな俺に気付いた志摩は簡易ゴミ箱を手に取った。 「ああ、そっち渡すよ」  そう、ゴミ箱に目を向けた志摩だったが、そのまま動きを止める。  そして何を思ったのか、そのままゴミ箱の中に手を突っ込むのだ。  え、と思った矢先、その中から紙片を取り出した。  その中には先程壱畝がビリビリに破いた資料たちを捨てていたのだ。 「……一人部屋?」  そして、記載された見出しをなぞるように口にした志摩に全身に冷や汗が滲んだ。

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