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03※
以前とはまるで違う、染め直したようなほど真っ黒な髪は未だに見慣れることはない。
それでも、いくら髪を染めようが俺はやつを見間違えることはないだろう。
「ッ、なんで……」
――お前が、ここに。
そう口にするよりも先に、伸びてきた壱畝の手に腕を引っ張られてバランスを崩す。瞬間、無防備になった腹部に壱畝の膝蹴りがのめり込む。
「ん゛ぐ……っ!」
「なんで? ……本当に、なんでだろうな」
腹を突き破るほどの鈍痛に耐えられずによろめきかけたところを足払いされる。崩れかけていた身体は呆気なくよろめき、俺は体勢を立て直すこともできぬまま尻餅を着いた。
しまった、そう思うが身体はろくに動けない。
扉を足で開いた壱畝はそのまま咽ていた俺の胸倉を掴み、強引に視線を合わせる。
「ん、ぐ……ッ」
「本当……よくこんな馬鹿なことしたよな。いや、馬鹿すぎでしょ。……俺から本気で逃げられると思ったんだ?」
「っ、は、るちゃ……ぁ゛……ッ」
襟首ごとぎりぎりと首の根を締め上げられる。
呼吸器官は狭まり、阻害される呼吸に頭に血が登りそうになった。
慌てて壱畝を引き離そうとその手を掴もうとするが、息が苦しくなればなるほど指先が痺れ、ちゃんと掴めているのかわからなくなる。
「これで何度目だよ。……本当、逃げるなら国外にしろっていつも言ってるのにね。あぁ、無理か。ゆう君にそんな行動力ないし」
「まあ、とろいゆう君がどんなところに隠れが追いかけて追い詰めて引きずり出してとっ捕まえてやるんだけど」襟首から喉元まで這い上がってきた壱畝の掌はそのまま直接首を鷲掴みする。覆うように掌全体で締め上げられ、益々息が苦しくなった。全身の血液が頭に集まっていくようだった。
「か、は……ッ」
「ごめんなさいは?」
「ぅ゛、が」
「――謝れよ、ほら、なんも聞こえねえよ」
「それとも……わざとやってる? それ」食い込む指先。
片手で気管を握り潰されるというのはかなりの苦痛で、皮膚に突き刺さる壱畝の長い爪先が与える裂けるような鋭い痛みなんて気にすらならなかった。
壱畝の手を無理矢理剥がそうとすればするほど爪は深く刺さるばかりで。
「……ッ、ごめ、んなさ……っ」
何故俺は謝ってるのか、何に対する謝罪なのか。
朦朧とする頭の中ではなにも考えられなくなって、ただ求められるがままにその言葉を口にすれば壱畝は笑った。
「やだ、許さない」
――そして、喉仏を押し潰した。
「ん、ぎ……ッ」
「酷いよゆう君、黙っていなくなるんだもんなあ? 俺、死ぬほど心配したんだよ。もしかしてゆう君、あはっ、自殺しちゃって、ふふ、どっかでのたれ死んでんじゃないかなってさぁ?」
「でもお前、まだ生きてたんだ。俺からコソコソ逃げ回ってさ……本当、どうしようもねえよな」とうとう圧迫された気管からはまともに酸素が入らなくなり、壱畝の手から逃れるように藻掻いている内に気付けば壱畝に押し倒されるような体勢になっていた。
後頭部ごと床に押し付けるよう、更に首を手のひらで押されれば苦痛に喘ぐことすらままならない。
目の前が、視界の縁がどんどん赤く染まっていく。奥歯が欠けてるのではないかと思う程食いしばった口元から溢れる唾液を拭うこともできないまま、とうとう声すら出なくなった俺を見下ろす壱畝。
やつは、ふと興味失せたように俺の首元を緩めた。そして、咽せ返る俺の首をなぞる。
壱畝に引っかかれた首の傷を指の腹で触れられ、ピリッとした痛みに全身が硬直した。
「は、るちゃ……ッ」
「ゆう君のくせに生意気だよね、本当」
「……ッ、……」
「……そこまでして、俺から離れたかったわけ?」
慌てて喉を守ろうと手で覆い隠そうとすれば、絡めるように指の隙間に指を滑り込ませた壱畝はそのまま喉仏に触れる。最初はこりこりと感触を楽しむように、そして次第にその指先には強い力が加えられるようになる。息苦しさとこの先の恐怖に藻掻く俺を見て、「答えろよ」と壱畝は低く吐き出すのだ。
「ゆう君のくせに、俺から本気で逃げれると思ったわけ?」
何を答えたところでこいつが納得するとも、喜ぶとも思えなかった。
だから、何も言えなかった。黙り込む俺に壱畝は再度首を締める指先に、掌に体重をかけるのだ。
「……ッ、う゛、が」
「腹立つんだよな、本当……お前のそういうとこ。一人じゃ何もできねえくせにそういう知恵だけはあるのな」
「っ、う゛……」
「ゆう君は昔からそうだよな、……他のやつに媚びることだけは上手いんだもん、本当」
人が苦しむ姿を見て楽しんでいるのだ、この男は。
本気で殺すつもりはない、甚振るつもりなのだとわかったとき。俺は壱畝が次に手を緩めた瞬間思いっきり壱畝の腹を蹴る。
まさか蹴られるとは思わなかったようだ。ほんの一瞬、それでも出来た隙きを狙って俺はそのまま壱畝を思いっきり突き飛ばした。
「チッ、クソ……ッ!!」
そして、俺は壱畝の下から這いずり逃げ出した。
靴を履き替えることも忘れ、無我夢中で走り抜ける。
背後を振り返って壱畝の顔を確認する余裕などなかった。
本当にやばいと思ったとき、自分がなにしてるかわからなくなるらしい。それは本当なのだろう。
事実、今現在俺はただ死に物狂いで震える足を動かして廊下を走っていた。目的地なんてなにも考えずに、ただひたすら。
「は、ぁ……っは……っ」
呼吸の仕方すら忘れ、開いた口からただ酸素を取り入れる。幸いか不幸か、通路に人影はない。
そんな中、背後から足音が追い掛けてくる。
「待てよ、おいッ!」
背後から掛けられる壱畝の声に背筋が凍りつく。
しかし、相手は壱畝遥香だ。確かに壱畝は足が速いが、あくまでも昨日今日やってきた転校生である。そして同じ転校生でも、俺と壱畝には決定的な違いがあった。
それは、俺の方が数ヵ月も先にここで暮らしているということだ。
「はっ、……ひ……ッ」
無駄に広く、同じような通路が続く学生寮三階。
ひとまず壱畝を撒くことにした俺は入り込んだややこしい通路に入りそのまま駆け抜けていく。
このまま逃げ切るか、疲れさせて相手を諦めさせるか――最悪の場合、俺のスタミナが切れる方が先か。
どちらにせよ永遠に追いかけっこしてるわけにはいかない。
どうしたらいい、と考えたときだった。
とある部屋の前を通りかかったとき、その扉がいきなり開いたのだ。目の前にぬっと現れる人影を避けることなどできなかった。
そのまま俺はその人影に真正面から衝突する。
「ぅあっ!」
「……ッ」
そのままバランスを崩し、尻もちをつく。
慌てて顔をあげ、ごめんなさいと言いかけたときだ、俺はそこに立っていた人物を見てぎょっとする。
そして、それは相手も同じだった。
「お前……」
固まる俺の目の前、栫井は俺を見下ろして面倒臭そうに舌打ちをする。
なんで栫井がここに。……いや、よく考えたら一応やつもここの学生寮で暮らしている生徒だ。
あまり会いたくない相手だったが、背に腹は変えられない。
「栫井……っ、助けて……」
「は?」
「お、お願い……説明は後でするから……」
今だけ匿ってくれ。
そう、咄嗟に栫井の足元に縋りついたときだった。遠くからしていた壱畝の足音がこちらへと近付いてくる。
しまった、あいつがやってくる。
ダメ元だったが、栫井に断られてあいつにも捕まるのは最悪だ。栫井、ともう一度栫井を見上げたときだった。伸びてきた白く細い腕に腕を掴みあげられる。
「か、かこ……っ」
栫井、と顔をあげようとした瞬間。
栫井に引っ張られ、半ば乱暴に俺は栫井の部屋の奥へと詰め込まれた。
質素な玄関口。
咄嗟に受け身を取り、なんとか顔面を床に打ち付けることにはならずに済んだ。
そのまま部屋へと入ってきた栫井は扉を施錠する。そして閉じた扉の向こう、壱畝の足音が響いた。
咄嗟に口元を手で覆い、呼吸を止める。
栫井はただこちらを見下ろしていた。何を考えているのだろうか。まさか、本当に助けてくれたのか?
暫くしない内に壱畝の足音は段々遠くなっていく。
その足音が完全に聞こえなくなるまで俺も栫井もその場を動かなかった。
そしてどれほど経っただろうか。流れる沈黙を破ったのは栫井の方からだった。
「いつまでいるつもりなんだよ。さっさと出ていけ」
そう吐き捨てるように栫井は口にする。
栫井相手に優しい言葉や気遣いを求めているわけではない。寧ろ、こうして匿ってくれたことが奇跡に近いくらいだ。
それでも、「はい、わかりました」と大人しく外へと戻ることはできなかった。
身体が拒否するのだ。まだ外に壱畝がいるのではないかという恐怖心に足が竦んで動かない。
「おい……」
「っ、ご、ごめん……」
「ごめんってなんだよ」
「……っ、お、俺……出て行きたくない」
「はあ?」
ますます栫井の顔が不快そうに歪む。
「意味わかんねえよ」と無理やり立ち上がらせられそうになったとき、伸びてきた栫井の手が止まる。
どうしたのだろうかと恐る恐る栫井を見上げれば、栫井の手が俺の首に触れる。
「お前、これ」
「……っ、!」
そのまま襟を乱暴に開かれ、先程締められた首を触れられそうになった瞬間、脊髄反射で俺はその手を振り払った。乾いた音が響く。
そして、栫井が小さく呻くのを見て血の気が引いた。
「あ、ご……ごめんなさ……っ」
手を抑える栫井を見て、自分がしでかしたことに後悔した。栫井のシャツの下、傷だらけの身体を思い出したのだ。
「あの、傷もしかしてまだ……」
「お前には関係ないだろ」
栫井の手に目を向ければ、制服の裾から覗く手の甲に白いガーゼが貼られている。
どうやら俺は相手が怪我している箇所を叩いてしまったようだ。はっとして栫井を見上げれば、俺の視線に気付いたらしい栫井は咄嗟に手の甲のガーゼを裾で隠した。
「ごめんなさい」
「謝るくらいならさっさと出ていけよ」
「……っ、……」
「おい」
「っ」
聞こえないフリしてやり過ごせないかと思ったが、やはり無理だった。
再度栫井に肩を掴まれたとき、今度はその手を振り払うことはできなかった。
真正面、向かい合うように栫井の方を向かされる。こちらを射抜くような栫井の視線がひたすら痛い。今すぐにでも視線を逸したかったが、ここで栫井から逃げたら駄目だ。そう自分に言い聞かせる。
「……っ、栫井、お願い。もう少しだけでいいから……俺を匿ってください」
懇願するこちらをじっと見据えてくる栫井。その目はこちらを探っているようだった。
震えそうになるのを堪える。お願いだ、と頭を下げれば、暫くその場に沈黙が流れた。
そして沈黙の末、先に痺れを切らした栫井だった。はあ、と大きな溜息を吐いた栫井は俺から手を離す。
そして、そのまま俺の横を通り抜けて自分の部屋の奥へと歩いていく。
「あの、栫井」とその背中を視線で追いかければ、栫井はこちらを振り返った。
「包帯変えるから手伝え」
そしてそう一言。栫井は静かに吐き捨てた。
「お……俺が?」
「出来ないなら今すぐ出ていけ」
「手伝うっ、手伝うから……怒らないで」
「……」
まさか栫井の方からこんなこと頼んでくるなんて思ってなくて、内心戸惑いながらも俺はやつに従うことにした。
一先ずは俺を部屋に置いといてくれるということなのだろうか。
栫井の真意は見えなかったが、下手に逆らって追い出されるような真似だけはしたくない。
栫井を追い掛け、俺は栫井の部屋へとお邪魔することになった。
栫井の部屋は酷く殺風景だった。
ベッドやテレビなど最初から備え付けられている家具だけがあるだけで、阿佐美のように私物で溢れている部屋に慣れていたからこそ余計寂しい部屋だという印象を受けた。
まるでただ寝泊まりをするためだけの部屋、そんな感じだ。
そしてそんなベッドの縁に腰をかけた栫井。栫井はこちらに背中を向けていた。
以前見たときより赤みは引いていたが、だからこそ余計皮膚の裂傷がより目立っていた。
――包帯を巻き直す、と言ったけども。
栫井から手渡された市販の包帯片手に俺は固まっていた。
「……おい、まだかよ。寒いんだけど」
「ご、ごめん……」
確かに、いつまでも栫井を上半身裸のまま放置するわけにはいかない。俺は恐る恐る栫井に近づき、まずその腕に触れる。
「……ッ」
「あ、ごめん。……痛かった?」
「……別に」
本当だろうか。
栫井の皮膚は焼けるように熱い。俺は傷口に触れないよう、既に貼られているガーゼの上にひたすら巻いていく。
その間栫井もなにも言わなかった。真剣に巻いてる俺を見てるのだろう、視線を感じたけどそれを確かめる勇気はなかった。
「……おい」
そしてガーゼが緩まないよう、尚かつぐちゃぐちゃにならないように必死に巻いてると栫井に呼び止められるのだ。
「キツすぎ。……血ィ止める気かよ」
「あっ! ご、ごめんね……すぐ緩めるから……」
「……」
目のやり場に困り、視線を彷徨わせながらもなんとか再び腕の包帯を巻き直そうとしたときだった。
手から離れた包帯がそのままコロコロとベッドの上に落ちていく。
慌ててそれを拾おうとしたとき、伸ばしかけた手を栫井に掴まれた。
「え……」
どうしたのかと顔を上げたとき、思いの外すぐ側にあった栫井の鼻先にぎょっとする。
「……お前、本当馬鹿だろ。学習能力ないのかよ」
一瞬、栫井の言っている意味がわからなかった。
どういうことだと聞き返そうとしたとき、そのまま顎を掴まれる。そして、唇を塞がれるのだ。
「……っ、ん、んん……ッ!」
なんで俺は栫井にキスをされているのか。
咄嗟に逃げようとしても後頭部を掴まれれば退くこともできず、そのままベッドの上に押し倒さ
れた。覆い被さってくる栫井の無造作に伸びた髪が顔に触れ、そこで自分の置かれた状況に気づいた。
「っ、栫井……っ、待って……ッ!」
「匿ってくれって言ったの、お前だろ」
「そ、それは……そうだけど……」
「なら、なんでもするんだろ?」
「でも、ほ、包帯……巻き直さないと……」
せっかく巻いたのにはらりと落ちる包帯を手にすれば、栫井は呆れたような顔をした。
「……そんなの、後ででいいだろ。どうせまたすぐ外れる」
それがどういう意味か理解したとき、顔が熱くなった。
「っ、栫井……」
「騒いだら服ひん剥いてここから放り出す」
「俺にはわざわざお前を匿ってやるメリットも義務もないからな」お前がどうなろうがどうだっていい、と栫井は口にした。
ほんの先程まで俺は栫井にも優しさがあって、それなりの情もあり、だからこそ俺を助けてくれたのだと思っていた。けど、分かっていたはずだ。栫井はこういうやつなのだと。
好きな方を選べ。そう栫井は言うのだ。
選択肢を与えてるように見せかけて、実際は一択のようなものだ。
俺は逆らうことなどできなかった。寧ろ、それくらいで済むのなら。そんな風にすら思ってしまう自分が恐ろしかった。
「脱げよ、服」
「……っ、わ、分かった……分かったから、追い出さないで」
その言葉に対して栫井は何も言わなかった。ただじっと、向けられる視線が絡みつくのを感じながらも俺は震える指先でシャツのボタンを一つ一つ外していく。
どこまで脱げばいいのかわからないまま、とにかく言われた通りに身につけていたシャツをするりと脱げば、栫井の手が伸びるのだ。冷たい指先が背筋を伝う。声が漏れそうになるのを堪え、俺はベルトを掴んだ。
「っ、か、栫井……」
「なんだよ」
「し、下も……?」
震える声で尋ねれば、栫井は「当たり前だろ」と素っ気なく返してくるのだ。そこまで言い切られてしまえばどうすることもできない。
半ばやけくそにベルトを緩め、下を脱いでいく。恥ずかしさもあったが、あれだけ必死に走ったあとだからだろうか。正常な判断もできなくなって、一種のハイの状態になっていた。
履いていたスラックスを脱ぎ、ベッドの下に落とす。もしかして下着もだろうか、とちらりと栫井の方を向けば煙草を咥えたまま栫井はじっとこちらを向いていた。
何も言わずに火を着ける栫井。下着も脱げ、ということなのだろう。観察されるような視線がただ居心地悪いが、文句を言える立場ではない。ええと半ばやけくそに下着を脱ぐ。流石に丸出しでいるのに抵抗を覚え、萎えた性器を手で隠そうと覆えば「隠すな」と栫井は言葉を投げかけてくる。
「お前、そのままオナニーしろよ」
「……え」
「前は触るなよ」
「これ使って自分で解すんだよ」できるだろ、それくらい。そうなにか小袋を放ってくる栫井に慌ててそれを受け取った。
「これ……」
「ローション、やるよ」
「……ッ!」
「いらねえなら別にいいけど」
「い、いや……」
ありがとう、とは素直に言えなかった。
顔がひたすら焼けるように熱くなる。こんな状況で興奮などできるのか、と思ったが多分栫井の目的は最初からこっちなのだろう。
使い方なんてわからなかったが、取り敢えず袋を開ければいいのだろうと半ばやけくそに開ければ中からとろりとした液体が溢れてくる。
「……っ、……ぅ……」
「こっち向いてやれよ」
「わ、わかったよ……」
煙が広がる部屋の中。先程から注文が多すぎるが、逆らうことができない。
無心になるんだ、俺。そう必死に落ち着かせ、膝立ちになったまま濡れた指先を自分の下腹部へと持っていく。そもそも自分で尻の穴を弄ることなんてなかったのでどのような姿勢が普通なのかもわからない。性器には触れないようにすれば自然と腰が引けるような体勢になり、そのままくちゅりと音を立て濡れた指が肛門に触れた瞬間喉が震えた。
「……っ、ん、……」
「…………」
力加減も分からない。でも痛いのは嫌で、恐る恐る指の先に力を込めれば、ぐぷ、とゆっくりと指先が奥へと沈んでいくのだ。
「……は……ッ、ん……ッ」
気持ちいい感覚などまるでない。他人に弄られているのとはまるで違う。
奥へと挿入を進めるたびに異物感は大きくなっていく。声を出したくないが、力が入れば自然と呼吸が乱れてしまうのだ。
「……っ、ふ……」
「……お前、自分ですんのも下手なのかよ」
「っ、そんなこと、言われても……」
「自分でやんねえの」
「や、やらないよ……っ、こ、んな……ところ……ッ」
ただみっともないところを見られてるという恥ずかしさだけが膨れ上がる。それでもポーズだけでもそれらしくしなければ、と見様見真似で指を動かして中にローションを塗りこもうとすれば、体内に恥ずかしい音がより一層大きく響いた。
「……っ、ん、……」
「……はあ」
人が言われたとおりに頑張っているというのになんで溜息吐くんだ、とショックを受けた矢先だった。煙草を手にしたまま、栫井はベッドの縁に腰を掛けた。
そして、白く骨張った手が俺の腰に触れた。そのまま尻の肉を鷲掴むようにぐに、と肛門を開かれ息を飲む。
「っ、ま……っ」
「お前に任せてたら朝になる」
「な、に言って……ひ、ッ!」
そう言うや否や、俺の手に重ねるように指を更にねじ込んでくる栫井にぎょっとした。
蛇のように絡みついてくる指から逃げることもできず、細く長い指はそのまま濡れそぼった肛門の奥へと進んでいく。
「ッ、は、ま、ッ……ッ! ん、く……ッ!」
「キツすぎ。……力抜け」
「そ、そんな、こと……ッ、言われても……ッ」
煙草を咥えたまま人の肛門をぐちぐちと弄る指は自分のものとはまるで違う。予測できない動きに体の奥、隅々までローションを塗り込まれ、逃げようと腰を引けば舌打ちした栫井に腕を引っ張られた。
あっとバランスを崩したところをそのまま栫井の膝の上へと引っ張られる。
「っ、か、栫井……ッ、待っ、ぁ……ッ、んぅ……ッ!」
「自分の気持ちいいところくらい覚えとけよ、お前」
「ぁ、あ゛ッ、ん゛、う……ッ!」
「逃げてんじゃねえよ。……ここ、前立腺の位置な」
「今度から一人でやるとき覚えとけよ」と栫井が頭の上で笑う気配がしたがそんなところではない。
前立腺を執拗に揉まれ、逃げようとベッドシーツを掴もうとするがこの体勢では栫井から逃げることなどできなかった。更に間隔を短くした愛撫で責め立てられれば、先程までの行為などママゴトだったのではないか。そう思えるほどの比べ物にならない強い刺激に堪らず栫井にしがみついた。
「っ、ちょ、ま、ぁ゛ッ、……待って、まっ、かこ、ッ、栫井……ッ、まって、ま゛、ッで」
「しつけえよ」
「ッ、ひ、ぅ゛……ッ!!」
「イキたいならさっさとイケ。……こっちも慈善事業でやってねえんだよ」
「ぁ゛ッ、は、ぎ……ッ!!」
下腹部が跳ね、逃げようとする下腹部を押さえつけるように抱き込まれる。瞬間、下腹部に押し当たる栫井のものの感触に息を吐く暇もなかった。
中を押し広げ、圧迫された状態で複数の指に執拗に責立てられた次の瞬間呆気なくその時はきた。
白く視界が点滅し、魚のように腰と内腿の筋肉がびくびくと痙攣する。
声をあげることもできず、そのまま固まる俺を見て栫井は指を引き抜くのだ。
「っ、は、ぁ゛……っ」
支えを失い、そのままくたりと栫井の膝の上に落ちる俺の身体を掴んだやつは咥えていた煙草をサイドボードに置かれていた灰皿に押し付けるのだ。そして、「なに休んでんだよ」と俺をベッドの上に引きずり落とす。
「っ、ま……っ、か、こい……」
「これだけでへばってたらこの先どうすんだよ」
そして、開いたまま閉じることもできない腿の間、膝立ちになったやつは覆いかぶさってくるのだ。ローションで濡れそぼったそこに押し当てられるものがなんなのか、自分の目で確かめる勇気はなかった。
「脚、自分で掴んでろ」という栫井に命じられるがまま膝裏に手を回す。自然と腰が持ち上がるような形になり、栫井からどう見えてるのか考えるだけで恥ずかしくてどうにかなりそうだった。
会話などない。栫井の指が腿に食い込み、そのまま開いた肛門にぬるりと押し付けられる亀頭に息を飲んだ次の瞬間、ずっと肉が埋まるような感覚に全身が震えた。
「ふっ、ぐう゛ぅ……ッ!!」
声を抑えようとするが間に合わなかった。
解されたそこは腰を進める栫井をただ受け入れようとして、堪らずベッドの上を這いずって逃げそうになるのを掴んで引き戻され、その代わりに深く挿入される。
「っ、ん゛、ぅ……ッ!」
「……なに逃げてんだよ」
「っ、か、こい……ッ」
「お前がやるって言い出したんだろ、自分で」
腰を掴まれたまま、肉壁を割り開き進んでくる性器の圧迫感に耐えられずに藻掻く。
それに構わず、腰を掴んだまま栫井は一気に残り根本まで挿入していくるのだ。
「っ、ひ、ぅ゛……ッ!!」
あれほど念入りに慣らされたのだ、いつものような痛みはない。ないが、その分余計快感が強く脳に、全神経に伝わってくる。
息苦しさはあるが、それにも次第になれてくる。ゆるゆると腰を動かす栫井に奥を柔らかく突かれる度に喉の奥から声が溢れそうになり、膝裏を掴む手に力が入った。
「っ、ん、ぅ……ッ! ふ、ぅ……ッ!」
どうしても声が出そうになり、咄嗟にシーツを噛めば、そんな俺を見下ろしたまま栫井は冷ややかに笑う。
「なに、それ……っ、声我慢してんのかよ」
「っ、ぅ、んん……ッ!」
一瞬、栫井の唇が『生意気』と動いたような気がした。次の瞬間、俺の腰を掴んだ栫井は再び一気に奥まで挿入させる。
「ッ、ふ、ぅ゛……ッ!!」
「……声、我慢すんなよ。汚え声聞かせろ」
「んむ、ぅ゛、ッ」
囁き、栫井は俺の顎を掴んで口に指をねじ込ませる。
骨っぽい指が噛んでいたシーツを外し、そのまま俺の口にねじ込まれてくるのだ。噛んでしまいそうになるのを堪えるがそれもつかの間、栫井は構わず抽挿を再開させる。
遮るものを失ってしまった今、栫井に腰を打ち付けられる度に無理矢理開かされた喉奥から声が溢れ出す。
「ぅ、ぁあっ、ぁ、や、っ……っ!」
「……ッは、馬鹿そうな声」
「っや、ぁあ……っ!」
見下ろす栫井に鼻で笑われ、かっと顔が熱くなる。
「っ、う、ぁ、やへ、へ……ッ」
もう、やめてくれ。せめて指を抜いてくれ。
そう懇願するように栫井から顔を背けようとするが、そのまま舌を掴まれる。指を噛むこともできないまま、性器を根本まで抜かれそうになり亀頭で内壁をねっとりと摩擦されれば開いた口から唾液が溢れた。
「っ、ひ、あ……ッ!」
「……なんて言ってんのかわかんねえよ」
「ぁ……ッ、あ、ぁ……ッ!」
長いストロークから奥を突かれる。そのまま隙間なくねじ込まれた状態で更に突き当りを亀頭で圧迫されれば、腹の奥にじわりと熱が広がった。
冷たい言葉と嘲笑とは裏腹に、腹の中で確かに栫井のものは大きくなっている。苦しくて、それでも潤滑油の助けもあって痛みが伴わない挿入はある種の拷問でもあった。
栫井が楽しいのならいい、そう割り切るには俺にはまだ開き直ることができない。
「ぃ゛……ッ、う゛……ッ!!」
何度も執拗に奥を責められれば我慢などできるわけなかった。どろりとした精液が溢れ、栫井は笑いながら指を抜く。そして唾液でどろどろになった指を俺にしゃぶらせるのだ。掃除しろと言わんばかりに。抵抗する気力などなく、そのままくたりとベッドの上にへたれる俺の腰を抱き寄せる栫井。
「……なにへばってんだよ、まだ終わってねえだろ」
分かっていたが、それでも少しくらいは休ませてくれ――そんな俺の要求は受け入れられることはないのだろう。
もう好きにしてくれ、そう半ばやけくそになりながら俺は栫井に身を任せた。
が。
「……っ、は、ぁ゛……ッ! う゛、ぅ゛、ひう゛……ッ!」
栫井が一度イクまでに何度イカされたのか分からなかった。
最初は栫井のシーツが自分の精液で汚れてしまうことを気にしていたが、時間が経つにつれそんなことすら考える余裕はなくなっていて。
「っ、か、こい、栫井……ッ、も、む、り……ッ、無理……ッ」
「無理じゃねえよ。……なに逃げてんだよ」
「ぁ゛、ひッ、ぎ」
体位を変え、ベッドの上、這いずるように栫井の下から抜け出そうとすれば苛ついた栫井に腰を掴まれ、そのまま深く犯される。
これならばまだ、乱暴にされた方がいい。重なった皮膚が熱く、溶けてしまいそうになりながらも顎を掴まれ顔を覗き込まれる。そのまま戯れにキスをされ、息を飲んだ。
「……っ、ふ、ぅ……ッ」
何故、俺は栫井とキスをしているのか。そもそもなんで俺は栫井とセックスをしているのだったか、熱と快感で朦朧とする頭の中、最早ものを考える頭はなかった。
ただ咥えさせられる舌を受け入れながら、ぐずぐずになった肛門を犯され俺は何度目かの射精をした。
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