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07【side:阿佐美】

 ゆうき君の行動にはたまに驚かされることがある。  内気で引っ込み思案かと思えば、形振り構わない行動に出る。――例えば、今がそれだ。  薄暗い部屋の中、ノートPCのディスプレイに映る監視カメラの映像を確認していたときだった。俺はそこに写ったゆうき君の姿に息が止まりそうになった。  右下に表示された撮影時間は十時過ぎ。なにかから逃げるようにこそこそと生徒会室の扉から出てきたのは間違いなくゆうき君だ。 「……ゆうき君」  君はなにをするつもりなんだ。  あの完璧主義者な会長なら、今こんな状況でゆうき君を部屋から出すような迂闊な真似はしないはずだ。  少なくとも、俺が会長の立場ならそうする。  なのに、こうしてゆうき君は自由に出歩いているというということは、会長にとって予想外のやり取りが交わされたということだろう。  現に、この映像が記録された時間帯には芳川会長が会議室に入っているのを確認した。  会長には同情する。が、本心では自分から動くゆうき君を眩しく思う自分も居るのも事実だ。……いや、羨ましいのかもしれない。  ゆうき君にはただ、無事でいてもらいたいという気持ちは嘘ではない。あっちゃんよりもゆうき君に肩入れをするつもりはない。  だけど阿賀松伊織の身内ではなく齋藤佑樹のルームメイトとして――俺個人として、助けたい気持ちはあった。  だから、ほんの少しだけ手を貸そう。別に頼まれたわけでもない、俺がそうしたかったから。  生徒会室から出ていくゆうき君の映像に細工し、そこには誰の出入りもない生徒会室の扉の映像を上書きする。  出ていったゆうき君の痕跡ごと消す。 「……」  これは裏切りではない。冒涜でもない。あっちゃんは関係ない。  高鳴る胸を必死に落ち着かせながら、そう自分に言い聞かせる。  俺は友達を助けただけだ。込み上げてくる罪悪感と自己嫌悪に必死に蓋をし、暗示を掛けるように繰り返した。大丈夫、問題ない……俺は間違っていない、と。 「……」  滲む汗を拭い、キーボードの脇に置いていたエナジードリンクの缶に手を伸ばす。舌の上で弾ける微炭酸と甘味が脳の血管を開いていくようだった。  そんなときだ、部屋の扉が開く。俺は目の前のノートPCを閉じた。 「うわ、なんだよ、いつも電気点けろって言ってんじゃん!」  玄関口から聞こえてきたのは安久の声だった。   「あれ? 伊織さんたちは?」  先程までいた人間がいないことを不思議に思ったようだ。ずかずかと部屋へ上がり込んでくる安久はそのまま俺の横まで来る。 「……あっちゃんは理事長から呼び出しがかかって出ていったよ」  どれくらい前だろうか。ゆうき君と電話で話したあとやってきた教員にあっちゃんは呼ばれていた。  理事長とはいっても、あっちゃんにとってはお祖父ちゃんだ。なにも心配することはないだろう、そう周りのやつらは言っていた。  おかしな話だ。傍目に見てもあっちゃんの身から出た錆だ。それなのに、教員たちは叱るどころか苛つくあっちゃんを寧ろ宥めようとするのだ。  けれど、安久は他の奴らとはまた違う考えのようだ。 「理事長から? ……いや大丈夫か、理事長なら。……うん」  必死に自分に言い聞かせようとする姿からして、安久も本当は気付いているのだろう。  いくら大好きな家族だとしてもそれ以前に相手は一つの学園を仕切る教育者だということを。  ――だから、敢えて俺はそれに気付かないふりをする。 「……安久、そういうえば方人さんが安久のこと探してたよ」 「あいつは別にいい。それより詩織。あんた、齋藤佑樹と仲良いんだよな」  唐突に安久の口から出てきたゆうき君の名前に、つい俺は「え」と手元の缶を倒しそうになる。  慌てて缶を手に取った俺を見て、安久は「トロそうなの同士気が合いそうだしピッタリだもんな」と皮肉な笑みを浮かべた。減らず口は健在のようだ。 「……ゆうき君がどうしたの?」 「あの、その……あいつがなにが好きとか知らないか? 食べ物とか……」  今度こそ自分の耳を疑った。  ――安久がゆうき君の好物を?  理由がわからない。目の前でゆうき君の好物をぶち撒けて嫌がらせでもするつもりなのだろうか。それなら教えるわけにはいかない。 「どうしてそんなこと聞くわけ」  どことなく歯切れの悪い安久に尋ねれば、安久は「伊織さんには言うなよ」と渋々と口を開いた。 「……なるほど、ゆうき君をね」 「絶対伊織さんに言うなよ!」 「言えないよ、そんなこと。第一、今更ゆうき君の機嫌取ろうとなんて無理だ」 「で、でも、あいつはちゃんと考えるって言ったんだから」 「そりゃ、安久に言われたら誰だってそう言うよ」  まどろっこしいことを嫌う安久にはハッキリとものを言った方がいいと記憶していたが、やはりここまで言われると安久も傷付くらしい。 「どういう意味だよ」と顔を強張らせる安久。 「……そういうところがだよ。第一、ゆうき君があっちゃんを助けた場合メリットがない」 「あっちゃんはゆうき君を許さないだろうし」と呟くように続ければ、僅かに青褪めた安久はそのまま視線を落とした。 「でも、じゃないと伊織さんが……」 「無理だよ、あっちゃんの処分は誰でも避けられない。君だって知ってるんだろ、二年前のこと」 「二度目は留年だけじゃ済まない」そう、元々はそういう約束だったんだ。  それはあっちゃんもよく知っているはずだ。俺たちにとって、少なくともあっちゃんにとっては安易に忘れられるようなことでもない。  だからこそ、今回あっちゃんが落ち着くことができているのだろうが。  そんな俺の態度が気に入らなかったようだ。  目尻を吊り上げた安久は俺の胸ぐらに掴み掛かってきた。相変わらずの馬鹿力。 「お前、伊織さんの弟のくせにどうしてそんな言い方出来るんだよっ! 自分の兄に濡れ衣着せられてさ、ムカつかないわけ? 僕ならムカつくね! 濡れ衣着せたそいつを八つ裂きにして臓物刻み込んでも許せないッ!」 「別に、ムカつかないとは言っていないよ。だけど今回の落ち度はあっちゃんの方にある。会長の方が上手だったんだ」 「詩織ッ」  吠える安久の手を振り払い、立ち上がった俺はテーブルの上に置かれたビニール袋を手に取った。 「それに、濡れ衣を着るのはあっちゃんじゃない」 「俺だよ」と袋の中、薬品と一緒に入っているニードルを手に取った。  ――そう、だからなんの問題もないのだ。

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