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「っ、はぁ……ッ、あ゛ーッ! クソ……ッ!」
ドサドサドサ。
そんな音を立てて、安久は抱えていた段ボール箱を放った。
積み上げられた箱は全部で三箱。中々の大きさのあるそれに凭れるように、汗だくの安久はその場にへたり込む。
「だ……大丈夫……?」
「……これが大丈夫に見えるんならあんたの目は節穴だね」
気になって声を掛ければ、返ってくるのは相変わらずの気の強い声。
言い返す元気があるなら大丈夫そうだ。
「ご苦労様、早かったね」
「……これでいいんだろ」
尋ねられ、箱の中身を確認していた志摩は「うん、上等」と頷き返した。
「志摩、これって……」
一体なんなのかまるで予想つかず、尋ねてみれば志摩に「見てみたらいいよ」と促される。
その言葉のまま、一番上に乗せられた段ボールの箱を開ける。そしてその中を覗いた俺は目を丸くした。
ウィッグから始まり、どっかの貴族みたいなシルクハットにそこら辺で売ってそうな帽子、ちょんまげから女物のウィッグまでその箱には様々なパーティーグッズが箱詰めされていた。
「これくらい盗って来たんだから一つくらい似合うのがあるはずじゃないかな」
「盗ってって、もしかして」
「ん? まあ丈夫だよ、ちゃんと返すから」
なんかさらりととんでもないことを口走る志摩。
盗ってきたということは、演劇部とかあの辺りだろうか。安久が荷物を取りに行って戻ってきた時間を考える限りそう遠くはない場所のはずだ。どちらにせよ、人の物には変わりない。
それを無断で持ち出してきた志摩に「でも」と口を開いた時、急に視界が暗くなった。
「ほら、これとか良いんじゃない?」
吃驚して顔を上げれば、笑う志摩の顔が視界に入った。どうやら帽子を被せられたようだ。
「……っちょ、ちょっと、志摩」
「悪くないけど、顔が見えるね」
「変装したいんならこっちとかの方がいいんじゃないの?」
言いながら、安久が段ボールから取り出したのはどこぞの世紀末のようなモヒカンのズラだった。
「む、無理だよ……そんなの。普通にしてるより目立つって、絶対」
パーティーのときでも被りたくないようなものを勧めてくる安久。本気なのかただの嫌がらせなのかわからないが、そんな冒険はしたくない。
「嫌がるなよ生意気だな」と半ば強引にズラを押し付けてくる安久から逃げていると、志摩は思いついたように手を叩いた。
「でもカツラはいいかもね」
「……志摩?」
「ほら、これとかどう?」
そう言うなり、志摩が段ボールの箱から取り出したのは長めのウィッグだった。
女物なのだろうが、それを躊躇いなく俺に被せてくる志摩についされるがままになる俺。
「齋藤、どう?」
「……頭が重い」
「すぐに慣れるよ。ほら、顔を上げて?」
軽く髪を掬われ、顎を掴まれた。少しぎょっとしながらも狭くなった視界の中、恐る恐る目の前の志摩を見上げる。
こちらを見ていた志摩と安久は、目を丸くしたまま固まった。
「……」
「……」
「あの……志摩?」
「齋藤って……死ぬほど長髪が似合わないんだね」
「だな」
「……!」
――そして数分後。
あれやこれやと散々着せ替え人形の如く色々試された結果、ようやく志摩は「よし」と納得したように頷いた。
けれど。
「…………ほ、本当にこれで大丈夫なの? おかしくない? 絶対バレない……?」
「大丈夫大丈夫。齋藤知ってるやつら皆気づかないよ」
「……っくひ……うん……大丈夫なんじゃない……っ?」
そんな笑い堪えながら言われても全く安心できないんだけど。
にこやかな笑みを浮かべる志摩の隣、口を必死に抑えながら同調してくる安久になんだかもう居た堪れない。
「うぅ……」
そもそも、なんでこんなことになっているのだろうか。
どこから用意してきたのか、全身鏡に映った自分の姿になんだかもういたたまれなくなってしまう。
志摩の手により、街に出たら彷徨いてそうなホストかナンパ男みたいな格好をさせられた俺は鏡を直視することすらできなかった。
こんなチャラチャラした格好、親に見られたら怒られてしまう。親だけではない、もし他の奴らに見られたりしたらどうなることやら。間違いなく安久同様笑われるだろう。
いち早く着替えたかったが、志摩がそれを許してくれるはずもない。
「うう」と邪魔と恥ずかしくなって顔を覆ったときだった、空き部屋の扉が開く。
「悪い、今戻っ……」
「……ッ!」
なんというタイミングだろうか。通話を終えたらしい仁科が帰ってきてしまった。
咄嗟に隠れることができなかった。固まる俺を前に、一瞬驚いたような顔をした仁科はそのままじっとこちらを見る。
そして。
「ぁ……えと……」
「…………齋藤?」
あんなにたっぷり大丈夫とか言っていたのに、あっさりバレてしまっているんだけどこれはどういうことなのだろうか。
速攻仁科に名前を呼ばれ、顔から火が噴きそうになる。
「や……やっぱり着替えるよ、俺」
「大丈夫だって、ほら、逃げないの!」
慌ててウィッグを外そうとすれば、志摩に背後から羽交い締めにされ止められる。
揉める俺たちを見て、仁科はハッとした。
「あ、あれっ? やっぱり齋藤なのか?」
「おい、仁科のくせに空気読めよ!」
「いや、姿見当たらねーから適当に言ったんだけど……そうか、本当に齋藤だったのか」
感心するように頷く仁科だったが、恥を忍んで必死に変装していた身としてみれば適当に当てられるなんて冗談じゃない。
「ほら齋藤、仁科先輩全然気付かなかったんだって」
「う、嘘だ……っ」
「本当だって。だって、お前がそんな格好するようなキャラに……くっ、ふ……ッ」
言いかけて、とうとう吹き出す仁科になんかもう生きた心地がしなかった。
恥ずかしさとかやるせなさとか居た堪れなさとか色々なもので頭がぐちゃぐちゃになって、「き、着替えてくるよ……!」と志摩の腕から逃げようと身動ぐ。
しかし、志摩は宥めるように笑うばかりで俺を離してくれない。それどころか。
「大丈夫大丈夫、齋藤があまりにも可愛いから仁科先輩笑っちゃったんだよ」
それっておかしいってことではないのか。
フォローにすらなっていない一言に返す言葉も見当たらない。
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