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 仁科と志摩に宥められ、時折安久に罵倒されつつもようやく落ち着きを取り戻した時だった。 「でも、そんな格好してどうするんだ?」  ふと、思い出したように尋ねてくる仁科にハッとする。  そうだ、俺も肝心なことを聞いていない。志摩のことだ、ただの悪趣味な嫌がらせでもプレイの一環でもないはずだろう。  そうだよね?と半ば縋るような思いで志摩の方を向けば、目が合った志摩は笑う。 「勿論、他の奴らに齋藤だと気付かれないようにするためだよ」  そんな志摩の言葉に安堵する俺の横、仁科はぎょっとする。 「やっぱりお前ら、さっきの放送も関係あるのか」 「ま、あるっちゃあるけど……それはもう終わった問題だからさ。それよりも仁科先輩、聞きたいことがあるんだけど」 「……? なんだ?」 「栫井平佑は今どこにいるの?」 「えっ?」と、思わず素っ頓狂な声を上げたのは俺だった。まさか志摩の口から栫井の名前が、と驚いたがそもそも栫井を探すと言って志摩を振り回しているのは俺だ。  そうだ。志摩は知らないのだ、栫井がもうこの学園にいないことを。  芳川会長から聞いたとき、あの時はまだ志摩は別室にいたはずだ。 「……志摩、あの、そのことなんだけど……」  そう、恐る恐る口を開いた時だ。 「……なんで俺に聞くんだ?」 「怪我人預けるならあんたのところだと思ってね」 「確かに午前は一緒にいたけど、今どこにいるかはわからないな」  見事に言葉を遮られ、「あ、あの」と声を掛けようとするものの神妙な顔をして話し合う二人を邪魔するのも野暮な気がしてならない。 「そうだよ、仁科がぼけーっとしてるからあいつ逃げちゃったんだ! 伊織さんにあの忍者みたいなのには気を付けろって散々言われてたくせにさあ、仁科の馬鹿のせいで!」  どうしよう、と口をもごつかせている間に安久まで参戦してきた。 「だっ、だって仕方ないだろ、方人さんが無茶するから……」 「いーんだよあの変態のことなんか! 勝手に傷口開いて出血多量で野垂れ死んじゃえばいいんだ!」 「おい、安久!」  この場にはいない縁への罵倒に、流石に見兼ねた仁科は注意する。が、安久は知らんぷりしてそっぽ向いた。  もしかして……忍者みたいなのって、灘か?そこまで考えて、生徒会室を出てすぐに出会った灘と縁のことを思い出す。  あの時、縁は灘を追い掛けていたようだ。やっぱり、あの時か。 「あ、あの、それで縁先輩は……」 「あの変態なら結局怪我悪化して部屋で寝込んでるよ。まあこの調子でさっさとくたばってくれたら万々歳なんだけどね」  ……ということは灘は逃げ切れたということか?  安久の口から灘のことが出てこない事にホッとする。あくまでも希望的観測でしかないが、捕まえているはずなら安久は嬉々として嫌味交えて報告してくるはずだ。 「……自室ね」  胸を撫で下ろす俺の隣。小さく呟く志摩に「志摩?」と呼び掛ければ、聞こえているのか聞こえていないのか志摩は「とにかく」と気を取り直す。 「栫井平佑は逃げたってことでいいの?」 「そうだっていってんだろ。っていうか、もういいだろ。これ以上何させる気なんだよ」  いい加減本題に入らない志摩に我慢の限界が来たらしい。イライラする安久を前に、志摩は小さく笑った。 「そんなに急かさないでよ。ほら、これだよね」  そして、手にしていた件の鍵をぽいっと安久に向かって放る志摩。驚いた安久は、小さなそれを慌てて受け止めた。 「忘れるなよ、阿賀松を助けることが出来るのは齋藤だけってこと」 「わかってるよ、黙ってればいいんだろ」  鍵を握り締めた安久は「仁科、行くよ!」と背後の仁科のネクタイを掴んだ。 「えっ?っておい、引っ張るなって!」と戸惑う仁科に構わず、そのまま安久は部屋を出ていった。  二人がいなくなったことにより静けさが戻った教室の中、志摩はこちらを振り返ってくる。  そして。 「じゃ、俺達も行こうか齋藤」  手を差し出してくる志摩に、思わず俺は息を飲んだ。手を繋ごうということなのだろうが、俺はすぐにその手を取ることはできなかった。  ――その前に、ちゃんと志摩に伝えなければならないことがある。 「……志摩」 「ん?」 「栫井のことで話があるんだ」  肺から声を絞り出す俺になにかを察したのだろう。志摩の表情から笑みが消える。 「――栫井、病院に運ばれたんだって」  やっと言えた。  息苦しくなる胸を押さえながら言葉を紡げば、志摩は表情を変えないまま「へえ」と呟くのだ。まるでだからどうしたとでもいうかのように、興味のなさそうな顔で。 「だから、その……」 「で、証拠は?」  予想だにしていなかった問い掛けに、つい「えっ?」と声が裏返ってしまう。 「その話、誰から聞いたの?」 「えと、さっき、会長が……」  そう、しどろもどろと会長の名前を出した瞬間、僅かにこちらを見下ろしていた目が細められる。そして呆れたような顔。 「齋藤ってば、まだあいつの言うことを信じるわけ?」 「本当に栫井が病院に運ばれたのなら安久たちが知らないはずがないでしょ」そう言い切る志摩に、俺は言葉を飲んだ。  ……確かに、阿賀松の手札である栫井をみすみす見逃すような真似をするはずがないし、それが本当なら血眼になって探すはずだ。  真っ先に学園から逃げる道を封鎖してしまうだろう。でも、そう考えると会長の言葉はあの時俺を部屋から出す気を失くさせるための嘘だということになる。  ショックだったが、今は栫井がまだ無事だという可能性があるという事実に安堵した。 「……じゃあ、まだどこかにいるかもしれないってこと?」 「その可能性は大きいと思う」 「だったら……」  早く、探しにいかないと。  どさくさに紛れて阿賀松たちから逃げたというなら下手に動けないはずだ。  それに、怪我のこともある。早く探さないと、と立ち上がる俺に志摩は「そういうと思ったよ」とわざとらしく息を吐いた。 「志摩……」 「安心して、今度は止めないよ」 「だって、そのためにわざわざ着替えさせたんだから」  笑う志摩に、俺は動きを止めた。  ――まさか、この格好で探しに行けと。

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