ずっと志摩と一緒にいたからだろうか、一人になった途端孤独感が強くなる。 　けれど、喧嘩別れしたときとはわけが違う。志摩も協力してくれているのだ、俺も頑張らなければ。 　よし、と口の中で呟く。 　――学園、校舎内。 　本来ならば授業中の時間帯だ。けれども、校内は完全に無人というわけではなかった。 『風紀』――そう刺繍された腕章をぶら下げた生徒たちの姿を時折見かけた。 　もしかしなくとも芳川会長の差し金だろう。それか、会長がいなくなったことで風紀の人たちが探し回ってるのかもしれない。だとすれば余計急がなければ。 　人目を避けるようにして俺はあの空き部屋へと向かった――芳川会長と対峙し、気絶させられたあの空き部屋へと。 　そして、幸い途中で見つかることなく空き部屋まで辿り着くことはできた。 　スライド式の扉をそっと開く。そして念のため扉の隙間から中の様子を確認すれば、人の気配は感じなかった。そのまま扉を開き、俺は空き部屋の中へと足を踏み入れた。 　そこは以前きたときと変わらず薄暗く、静まりかえった空間がそこには広がっていた。散乱する書類までそのまま放置されていたようだ。 　今回は倒れている志摩の姿はない。 　慎重に辺りを調べたところ、栫井どころか人の気配すらなかった。 　……ただ、一点。部屋の奥に取り付けられた扉を除いて。 　その扉は内側から鍵が掛かっているようで、中を確認することが出来なかった。もし栫井が隠れているとすれば、この先だろう。 「……栫井……」 　ひんやりとしたドアノブを掴む。相変わらず硬い手応えはあるが、ドアノブは動かない。 　そもそも本当にここに栫井がいるのか。それを確認することが出来ればまた違うのだろうが、あれこれ試行錯誤するような余裕、俺には残されていない。 　まだ痛みの残った拳を握り締め、俺は目の前の扉を叩いた。 「……栫井、俺だよ、齋藤だよ！　その、助けに来たんだ。だからお願い、出てきてくれ……！」 　もしここにいるのが栫井じゃなかったとしたら。もし外にまで声が聞こえてしまって俺の変装がバレてしまったら。 　なんて、考えたりはしたが、こんなところでぐずぐず燻っている暇はない。 「栫井っ」 　これでも出てこないなら、それでもいい。だけどもし俺の声が届いて、信じて、姿を現してくれるのなら。 　ダン、と強く扉を叩く。しかし、扉の内側からはなんの反応もない。扉が開かれる気配も、ない。 　他のどこにもいないからここにいるものだと思っていたが、やはり、俺では駄目だったということか。それか、会長の言うことが本当か。 　元々低い可能性に賭けた賭けだったので然程ショックではなかった。 　……どちらにせよ、用は済んだわけだ。 　せめて、怪我をしているのなら手当だけでもと思っていたがこうなった今手も足も出ない。そう志摩に連絡しようと携帯を取り出したときだった。がらりと音を立て、窓が開かれた。 「……えっ？」 　誰だ、と振り返ったとき、吹き込む風に前髪が揺れる。そして、目の前の光景に俺は目を疑った。 「――か、栫井？」 　当たり前のように窓枠に乗り上げた栫井はそのまま部屋の中へと入ってくるのだ。 　一瞬夢でも見ているかと思った。だって、なんで。 「なんで、窓から……って、え？」 「あんたが呼んだんだろ。……つか、なにそのだせえ格好」 「あっ、こ、これは……その、見つからないようにっていうか……」 　夢ではない、本物の栫井がそこにいる。 　自分の恰好を指摘され恥ずかしくなったが、今は栫井とまた会えたことがなによりも嬉しかった。何故窓の外にいたのかについては謎だ。というか、聞きたいことがありすぎる。 「それより、えっと、怪我は……」 「あんたに心配されるほどヤワじゃないからな」 「あ、そっか、ならよかった……」 　相変わらず会長に殴られた腕に嵌められたギプスは痛々しいものの、見たところそれ以外に目立った怪我はないようだ。 「……本当、よかった。無事で」 「……」 　緊張が緩み、思わずその場に座り込みそうになる。 　そんな俺の視界に、栫井の靴先が映り込んだ。陰る視界。顔を上げれば、そこには栫井が立っていた。ただぼうっとこちらを見下ろす栫井が。 「……どうしてここに戻ってきたんだよ」 「え？」 「あの人に連れて行かれたんじゃないのか」 　不愉快そうに細められた目。理解できないとでも言うようなその冷たい声。少なくとも、栫井から向けられるそれらからは俺との再会の喜びは感じられなかった。 　あの人、というのは恐らく会長のことだろう。さっき、縁たちを追いかける為にやってきたあの時。待ち伏せていた芳川会長が出迎えてくれたときの記憶が鮮明に蘇る。 「見てたの？」 「ああ」 「どうして……」 　出てきてくれなかったのか。言いかけて、すぐに出てこれるわけないということに気付く。 　栫井は会長に逆らえない。俺だって栫井の立場だったら隠れているはずだ。 　そう考えると、今こうして俺の目の前に現れてくれたことが余計嬉しく思える。だって、栫井はこうして俺の呼びかけに反応してくれたのだから。 「栫井と灘が見つからないって聞いて、こっそり探しに来たんだ」 「……灘は。……あいつは気にしなくていい」 「でも」 「死んではないだろ」 　なんだそれは。むちゃくちゃなことを口にする栫井だが二人のことだ、もしかして連絡を取り合っているのかもしれない。 「つーかそんなくだらないことであの人から逃げて、バレたらどうするつもりなんだよ。……言っただろ、あの人の側にいたら大丈夫だって。大人しくすることも出来ないのかよ」 「……ごめ……」 　呆れ果てた栫井の言葉にそう慌てて謝ろうとして、寸でのところで俺はその謝罪の言葉を飲み込んだ。 　……違う、そうじゃない。 「……俺は、もう、見て見ぬふりはしたくないんだ」 　だからこうして、色んな人に手伝ってもらいながらもここまでやってきたのだ。