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 とにかく、せめてこの部屋から脱出することができなければなにも始まらない。  こうなったら、と縛られていた頭の中で稽えていた作戦を実行に移すことにした。  そもそも、この拘束がある時点でなにもできない。  ならば、と俺は必死に床の上で身を捩り、なんとか灘の方を振り返った。  まず視界に入ったのは灘の靴先だ。そして「どうかされましたか」と座り込む灘は視線を合わせるようにこちらを覗き込んでくるのだ。 「ふっ、ぅう……ッ」 「……」 「ほ、ほひへひ……ひひはひへふ」 「……」  無表情。突き刺さるような灘の視線に、そういえば灘から見れば俺は上半身裸で地面の上ではしゃいでるやつなんだよなと今更考えてしまって酷くいたたまれない。けれど、ここで退くわけにはいかない。  負けじと灘を見上げ返した俺は「ほひへ!(トイレ)」ともう一度声を上げた。トイレ連呼で申し訳ないが、とにかくトイレという単語を伝えたいのだ。 「トイレ、行きたいんですか?」 「……!」  ――よかった、伝わった!  本当だったらついでに猿轡も外してもらいたかったが、この際伝わっただけでも良しとすべきだろう。  こくこくこくと何度も首を縦に振れば、灘は再び黙り込む。  生徒会室には、仮眠室はあっても便所はなかった。  最寄りのトイレでも生徒会室を一度出る必要があり、多少歩かなければならない。  そのためにはこんな猿轡に拘束、おまけに半裸という格好で出歩くわけにはいかない。  この作戦はそこまで見込んだ上の作戦だ。つまり、どの段階がひとつ欠けてもいけない。  ――なのに。 「大ですか、小ですか」  そう制服の内ポケットからビニール袋と手袋を取り出す灘に一瞬思考回路が停止した。  ――え、ちょっと待った。え?  ……え? 「……小ですか?」  不思議そうにする灘にハッとし、慌てて首を横に振る。 「では」と続けようとする灘に、「ひはふ」と声を荒らげた。 「すみません。何を言ってるのかわかりません」  なら猿轡を外してくれと死にそうになりながら訴えかければ、流石に灘にも俺の必死さが伝ったようだ。渋々ながらも噛まされた猿轡を外された。  瞬間、咥内に溜まっていた唾液が溢れる。 「そんなにお腹の調子が悪いのですか?」 「ち……違う……っ、違う……」 「齋藤君?」 「トイレに……っ、トイレに行かせてほしいんだ……!」  このままではベッドので排泄処理を行われることになる。  それだけは、なんとしてでも避けなければならない。 「トイレの、トイレじゃないとダメなんだ……俺、立ってからじゃないと、その、出来ないから……っ!」  最早自分が何を言っているのかわからないが、それほど必死だったのだ。  恐らく相当酷い顔になっているに違いない。が、灘は相変わらずの無表情で俺の顔をじっと見る灘。  暫く、というほど長くはないものの沈黙が流れた。  そして、 「わかりました。トイレですね」  そう言うなり取り出した携帯端末を何やら操作する灘。恐らく芳川会長に報告したのだろう。  一旦灘からの許可が降りたことに安堵するのも束の間、「では、行きましょう」と俺の肩を掴み、体を起こそうとする灘に固まる。 「……え?」 「トイレまでご一緒します」 「ちょ……ちょっと待って、灘君……今、なんて……」  狼狽える俺を無視して背後に移動した灘はそのまま首の拘束を外した。それだけでも大分楽だが、肝心の両足首は繋がったままだった。  なんとか床に手をつき、背後の灘を振り返ろうと体を捩ったとき。視界が奪われる。どうやら替え 服を頭に被せられたようだ、「わぷ」と顔を出せば、至近距離で灘と目があった。 「ですから、トイレ。行くんですよね」  ご一緒します、と先程と変わりない高揚のない声で続けながら灘は俺の服の乱れを直してくれる。  あまりにも当たり前のように答える灘にこの間、俺に協力してくれた灘と同一人物なのか思わず疑ってしまいそうになったが間違いなく本物だ。  灘に気を取られてると、またすぐに両手の小指を掴まれる。そして小指同士をなにかバンドのようなもので固定される。確認しようとしても、決して柔らかくはない節々の関節が悲鳴をあげて諦めた。  手首をがっちりと固定されるのもキツかったが、少しでも拘束を外そうと力もうとしても全く力が入らない。 「っ、な、灘君、これは……」 「会長から何があっても拘束は外さないように、と言われていましたので」 「負担は軽くなったのではないですか」と灘は続ける。  確かにそうかもしれないが、一人では絶対に外せない拘束にただ血の気が引いた。  そして、俺を逃がす気もない芳川会長自身にも。 「では、行きましょうか」  どこからともなく取り出したナイフで灘は足首の縄を解いた。  ずっと吊るされたような体勢からようやく解放されたはいいが、溜まっていた血液が一気に末端へと流れ始める感覚に暫く動けなくなる。  そんな俺に構わずそのまま灘は俺の体を掴み、立たせるのだ。 「あっ、ちょ、待って……っう、わ」  まだ手足の感覚も戻り始めていない状態で歩かされ、すぐに動けるわけがない。案の定ろくに力が入らずにバランスを崩しかけた時、伸びてきた手に体を支えられる。  顔を上げればすぐそこには灘の無表情があった。 「ご、ごめん……ありがとう」  そう、しどろもどろながらにお礼を口にしたときだった。すっと、体を支えていた灘の手が離れる。 「……」 「……灘君?」 「行きましょう。……時間がありません」  そう言って、代わりに俺の手を取った灘はそのまま歩き出した。まだ足は縺れそうだが、先程よりも幾分感覚は取り戻しつつあった俺は引っ張られながらもなんとかそのあとについていった。  ――時間がない?  それは会長が戻ってくるまでということなのだろうか。  しかし、なぜ灘がそんなことを言うのかわからないが、気安く聞けるような雰囲気でもなかった。  ――生徒会室前廊下。  窓の外はすっかりと暗くなっており、人気のない廊下には二人分の足音が静かに響く。  本来ならばこの時点で灘を振り払って逃亡する手立てだったはずなのに、何故こうなってしまったのだろうか。  灘に引っ張られるように歩くだけで精一杯だというのに、灘から逃げるなんて無理難題に等しい。  ……一先ずは、仮眠室から脱出することができただけでもよしとしよう。  そしてやってきた男子便所前。  相変わらずピカピカに磨かれた床のタイルが眩しい。  立ち並ぶ小便器の前まで俺を連れてきた灘はそのまま立ち止まり、こちらを振り返った。 「では、どうぞ」 「え……」 「……? されないのですか?」 「い、いや……」  冗談なのかボケなのか、はたまた天然なのか。  戸惑う俺に気付いたようだ、灘は「ああ」と納得したように顎の下を撫でるり 「……いえ、そのままでは無理ですね」  失礼しました、と灘は小さく呟いた。  どうやら天然だったようだ、言いながら制服のポケットからなにかを取り出す灘。  もしかして手の拘束も外してくれるのだろうかと胸を躍らされた矢先のことだった。  半透明の薄手のゴム手袋を取り出した灘はそのままそれを手に嵌める。それだけでも青褪めものなのに、そのまま背後へと回ってくる灘に更に嫌な汗が滲んだ。 「え、ちょっと、待って……灘君、なに……っ!」 「したいと騒いでいたのは君ではありませんか」  確かにそうだ。トチ狂ったようにトイレ連呼したのは俺だ、俺だけども。  下腹部へと灘の手が伸びる。咄嗟に腰を引こうとすれば、背後の灘に背中からぶつかってしまう。手を動かそうとするが、ままならない。それどころか、背後から抱き竦められるような形でファスナーを下ろしてくる灘に息を飲んだ。 「っ、ぁ、や、やめて灘君……ッ!」 「漏れそうですか」  違う、と反論するよりも開けさせられたそこに指を捩じ込まれる方が早かった。  あっさりと下着の前開きへと辿り着いた灘の指は躊躇なく奥へと進んでくる。  ゴム越しとは言えど他人に下着の中を弄られている感触はあまりにも生々しい。  恐怖と戸惑いのあまり縮こまっていたそこを摘むように頭を引っ張り出され、「ぅ」と鼻から息が漏れそうになる。  そしてそのまま、亀頭を掴んだまま小便器へと頭を向けさせた灘は耳元で「どうぞ」と囁くのだ。  どうぞ、ではないのだ。 「っ、ぅ……うぅ……っ」 「しないのですか?」 「で、出るわけないよ……っ! こ、こんな状況で……っ!」  思わず声が情けなく裏返ってしまう。  恥ずかしいという段階をとっくに越えている。顔が熱い。  みっともなく頭を出した性器を、よりによって灘に見られ触れられている。それだけでも耐え難い羞恥だというのに、灘は真顔でここで用を足せというのだ。  こんなの、できるわけがない。 「も、いいよ……っ、俺、トイレいいから……」  こんなことになるのなら、こんな作戦を考えるのではなかった。  灘の石頭っぷりを頭に入れてなかったのは間違いなく俺の戦略ミスだろう。それでも、だからって、こんな、こんな。  とにかく灘に離してもらうよう頼もうとしたときだった。軽く摘まれた性器の先端、ゴム手袋を付けた片方の灘の指が触れ、「ひっ」と声が震える。 「えっ、ちょ、なに……し……っ……!」  先端部の窪みを柔らかく指の先で穿られ、ひくりと喉が震えた。 「出ないのなら、お手伝いしますよ」 「……っ、ぇ、な」 「漏らしそうで苦しいんですよね」 「い……いいって、ほんと、灘君……っ!」  俺、我慢するから。  慌てて灘の腕から逃げようと身を捩ったときだった。指先で擽るように尿道口を撫でられ、ぞわりと全身の毛がよだつ。 「や、め……っ」 「動かないで下さい」 「……っんぅ……ッ」  さらさらとゴムの感触がただ違和感を産むだけのはずなのに。  灘にそのまま執拗に尿道口を弄られている内にくちゅ、と濡れた音が下腹部から響く。確認するのも恐ろしかった。下半身に熱が集まり、頭を擡げ始めたそこに滲む粘性のある体液が灘の指先に絡むのだ。 「っ、……ふ、ぅ……」  我慢する。絶対に出さない。そう思うのに、意識すればするほど下腹部に全神経が集中する。  その都度亀頭から滲むカウパーの量は増し、濡れたような音が次第に大きくなるのがわかったからこそ余計恥ずかしかった。  過敏な場所を執拗に弄られ、尿意とは別のものを催し始めている俺に気づいたのか、「まだ出そうにありませんか」と灘は耳打ちしてくる。  その低めの声、吹き掛かる吐息にまで反応してしまいそうになりながら俺はこくこくと何度も頷いた。  無駄だと分かれば灘も諦めてくれるはず――そんな俺の願いが伝わったのか、性器を握っていた灘の手が一旦離れた。  もしかして諦めてくれたのだろうか、と安堵した矢先だった。  灘が右手のゴム手袋を外した。 「な、に」  なんで外したんだ、と灘を見上げた矢先だった。そのまま直接性器を握る灘の手に、緊張と驚きのあまりに跳ね上がった。 「ま、待って」 「どうしましたか」 「手、は、なして……っぅ、……っ、ん……ッ!」  言い終わるよりも先に、溢れる先走りを指に絡め、腫れ上がった亀頭をそのまま柔らかく揉まれればその先を言葉にすることなどできなかった。  ぬちぬちと音を立て、尿道口を潰すように頭を柔らかく揉み扱かれる。それだけで腰が震え、全身の体温が上がっていくのが分かった。 「は、ぁ……っ、や、やめてっ! な、灘く……ひ……っ、ぅ」 「男性器が勃起した状態のままですと排尿時に上手く出すことが出来ない、と聞いたことがあります。なので、一度先程までの通常の状態に戻すのが先決だと判断しました」 「な、に言って」 「君にはこのまま射精していただきます」  ――本当に、何を言ってるのだ。  先程までと変わらないトーンでそんなことを言い出す灘に、俺はただ硬直した。

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