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灘から齋藤佑樹をトイレに連れて行くという旨の連絡を受け取ってから数十分。あれから灘からの連絡はこない。
――どういうつもりなのだ、あいつは。
そもそも絶対に部屋から出すなと念を押していたはずだ。
灘は齋藤佑樹がごねたと言っていたが、口を塞いで黙らせた上に手足も拘束していたはずだ。所詮そんな相手にごねられたところで大した影響はない、それなのに。
……まさか、余計な真似をしたんじゃないだろうな、あいつ。
どうもここ最近灘の様子がおかしいことは薄々感じていた。余計な真似はしない、私情を挟まない性格を評価していたつもりだったのだが、その評価は再考しなければならないようだ。
そんなことを考えていたとき、「芳川君?」と生徒会顧問の男に呼ばれ、顔を上げる。
「……申し訳ございません、これから気を付けます」
「いや、君が謝る必要はないよ。君は被害者的立場なんだから」
その顧問の言葉に、ああ、そうだった。と思い出した。何故自分が指導室に呼ばれたのか、その理由を。
――志摩亮太に書かされた生徒会長としての辞任表、それについてだった。
『どうしたのか』と血相変えた顧問にあれこれと根掘り葉掘り話を聞かされ、面倒だったので全て志摩亮太に脅されてやったと言えばあっさりとそれを受け入れてもらえることになった。そして、辞任表の撤退も。
日頃から素行に問題があったようだ、寧ろ気遣われ、憐れまれるハメになったがさっさと解放されるのならばそれでよかった。
失礼します、と頭を下げて指導室を後にする。
まさか生徒会長という役職を手にした今、自分が指導室に指導される側で呼ばれるとは思わなかった。――二度とないと思っていた分、癪だ。
全ては志摩亮太のせいだ。あの男の血が流れているというだけで厄介だとわかっていたが、今まで大目に見てやっていた結果がこれだ。
やはり、出る杭は早々に打つ必要がある。
「かーいちょう!」
「……」
「あっ、ちょっと待って下さい会長ー!」
通路を歩いていると、長身の影が目の前に立ち塞がる。
無視するつもりが、でかい図体で立ち塞がれば反応せざる得ない。
どこから仕入れたのかスカートを翻すその女装した男子生徒は「やっと待ってくれた!」と嬉しそうに笑った。
「――櫻田君」
本来ならば手に余るが、利用価値は大いにある男だ。実際、旧体育倉庫に閉じ込められたときそれを感じた。
呼ばずとも周囲を嗅ぎ回っていたこいつがいたからこそ、こうして迅速に行動することが出来たのも事実だ。
そうでなければストーカーとして警察にでも突き出してやりたいところだったが。
「会長、どうでした? すんげー話し合い長引いてたみたいですけど」
「問題ない。全て片付いた。そちらの進捗はどうだ」
「しんちょく?」
「具合はどうだ、という意味だ」
「さあ? わかんねーけど、どうせあいつのところじゃないっすか?」
「……」
「ちょっ、そんな目で見ないでくださいよ! 俺だって頑張ったんすよ! 取り敢えず、それっぽいやつら捕まえたんすけど、なかなか口割らなくてえ」
――志摩亮太と栫井平佑が消えた。
栫井が消えたのはまだいい。あいつの行動、考えは大抵想像つく。
しかし志摩亮太がいなくなったのは厄介だ。
風紀委員の中に阿賀松派閥の人間がいることは知っていた。それでも風紀として働いているのだから敢えて泳がせておいてやったのだが、どうやらそれが裏目に出たようだ。
本来ならば再びこちらの管理下で閉じ込めておくべきところを、ノコノコと阿賀松の方へと手渡したのだ。
「四の五の言わずにさっさと見つけろ」
――齋藤佑樹に勘付かれる前に、早く。
彼に人質が有効だと分かった今、それを利用するのが一番効果的だ。
それに、齋藤佑樹は何故か志摩亮太に入れ込んでいるようだ。俺の聞いていた話では不仲だったはずなのに、俺の知らないところでなにが起きてどんなやり取りが交わされているのか。
「抵抗するようなら多少荒い真似をしても構わない。――俺が許してやる」
付け足せば、櫻田はにっと唇を三日月形に歪めて笑った。人気のない廊下に、「はあい」と気の抜けるようなやつの声が響く。
時間は有限だ。無駄な真似をしている暇などない。
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