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「っい……ッ!」  どん、と強い力で突き飛ばされた体を支えることなんて出来なかった。  受け身もろくに取れぬままその部屋へ転がされた俺は慌てて起き上がろうとするが、背後の風紀委員によってすぐに扉も閉められた。  学生寮四階、阿賀松の部屋――だろう。二つの部屋を強引に壁を壊して作ったようなその広い部屋は見間違えようもない。  鼻腔から肺に堪っていくヤニと香水の匂いはあっという間に俺の具合を悪くさせる。  それにしても、どういうことなのだろうか。  阿賀松が風紀委員と繋がっていて、だけど、確か風紀委員は生徒会の命令でも動いていたはずなのに。  あまり考えたくはないが、表向き生徒会に従っているだけで内部に阿賀松の息が掛かった人間がいると考えるのが妥当なのかもしれない。  だけど、なぜ風紀委員が阿賀松に?  風紀そのものを乱しているような阿賀松だからか、脅迫でもされたのだろうか。……どちらにせよ、どちら側でもない俺からしてみれば厄介なことには変わりない。  体勢を立て直すよりも先に不意に背後の扉が開かれる。現れたのは阿賀松たった一人だった。 「待たせたなぁ、ユウキ君。灘のことはもう気にしなくていいからな」  もしかしてちゃんと灘の応急処置でもしてくれたのだろうか、と顔を上げるのも束の間。 「だから、今度は自分の心配をしろよ」  どういう意味かと聞き返すよりも先に、伸びてきた阿賀松の手に首根っこを掴まれる。  締まる首元に声が漏れた。阿賀松はそのまま俺の体を引き摺って奥にある寝室へと移動するのだ。 「っ、ぐ、ぅ」  阿賀松に見つかったときから、この男に頼み込んだときからある種の覚悟はあった。  それでも、やはり実際にそのときになると嫌でも構えてしまう。  寝室の扉を開いた阿賀松。寝室の中は薄ぼんやりとした照明だけがついていた。薄暗い寝室の中、そのまま俺の体を寝室のベッドへと放り投げるのだ。二度目の着地に失敗したが、下がベッドだったお陰で大分衝撃は緩和されることとなった。   「っ、ぁ、あの……っ」  せめてお風呂に入らせてください、とベッドの側に立つ阿賀松を見上げたときだった。 「――齋藤?」  薄暗い寝室の奥、どこからともかく聞こえてきたその声に一瞬心臓が止まりそうになった。  聞き慣れた、聞きたかったその声を聞き間違えようもない。  どうして、もしかして幻聴か?  そう思った矢先、突然部屋の中の照明が切り替わり、先程よりも大分目が利くようになった。  そして、寝室の奥――その柱にぐるぐるに括り付けられたそいつの姿を見て俺は「志摩っ?」と声をあげた。  ベッドの上、予期しない転がったまま驚愕する俺同様に志摩もこちらを見て驚いていた。 「亮太、てめえユウキ君に会いたがってたよなぁ? 連れてきてやったぞ」  混乱する俺たち。そんな中、一人全てを把握してあるであろう赤髪の男は笑った。  感謝しろよ、と。 「意味わかんないし、いいから齋藤から離れろよ……っ!」 「ったくよお、テメェはアリガトウゴザイマスも言えねーのかよ? ユウキ君でも社交辞令で言うぞ?」 「なにが感謝だよ、あんた、どういつつもりで――」 「どういうつもりって、そりゃ決まってんだろ」  状況が飲み込めないまま志摩と阿賀松を交互に見ることしかできずにいたときだ。ベッドの上に乗り上げてきた阿賀松にそのまま肩を掴まれ、ベッドの上に押し倒される。 「せっかく喜ばせてやろうと思ったのによぉ、つまんねえ奴らだな、ホント」  薄暗い部屋の中、赤みがかった照明の下で阿賀松は確かに笑っていた。  その笑顔を見て確信する――俺と志摩の間に立つのが芳川会長ではなく、阿賀松になっただけだと――厄介な状況は変わらないのだと。 「おいっ!」 「うるせえ、てめえは柱と同化してろ」  伸びてきた手にネクタイを引き抜かれる。  まさか、ここで。志摩がいるここでやるつもりなのか。  阿賀松を裏切った今、多少の痛みは我慢出来るつもりだった。それでも、それとこれとは別だ。 「ま……待って下さい、先輩……っ」 「待たねえよ」 「な、……っん、ぅ……ッ!」  シャツのボタンを外され、そのまま胸ぐらを掴むように引き寄せられたと思えば頬を舐められた。  舌に埋まったピアスの感触に驚いて、つい声が漏れてしまう。 「っ、ふ、ぅ……ッ、んうぅ……ッ」 「齋藤……っ!」  志摩の声が遠く聞こえてくる。  志摩に見られているというだけでここまで自分の意思が揺らぐのかとも驚いた。  ――一度は裏切った阿賀松に縋りつく真似をした時点でなにをされるか覚悟したつもりだったのに。 「どうした? ……今日は随分と頑固じゃねえか」  必死に唇を閉じ、顔を逸らそうとする俺に阿賀松は俺にだけ聞こえる声量で囁いた。  分かっているはずだ、分かってて試しているのだろう。俺の顎を掴み、力尽くで正面を向かせた阿賀松は「話がちげえな」と笑うのだ。  ――そうだ、俺と志摩の問題だけではないのだ。  阿賀松の元にいる灘の顔が浮かぶ。“こんなこと”で狼狽えている場合ではない。 「いつもみたいに口を開け、ユウキ君」  囁かれる声に背筋がぶるりと震える。志摩の視線が突き刺さるように痛い。それでも、俺は目を伏せてそれを必死に見ないふりをして口を開いた。 「ん、む……っ!」  瞬間、噛み付くように唇を塞がれる。

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