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「っは、ぁ、っ、んんぅ……ッ」  顎を固定されたまま、舌先でピアスを転がすように舌同士を擦り合わされる。逃れようとする度に更に深くまで舌で追いかけられ、先っぽから根本までを絡め取られた。 「……っ、ん、ぅ゛む……っ」 「相変わらず小せえ舌……っ、おい、なに口閉じようとしてんだ?」  舌出せ、と阿賀松に囁かれ、そして言われるがまま舌を出せばそのまま甘く噛まれる。そのまま重ねられる唇にねっとりと先端を吸われれば、呼吸するのが精一杯だった。  酸素が薄れ、ぼんやりとした頭の中。 「っ、殺す、絶対殺してやる……っ!」  聞こえてきた志摩の声に、自分の置かれた状況を思い出す。  ぢゅぷ、と音を立てて舌を抜いた阿賀松は志摩の方を見て笑う。 「おい、物騒なこと言ってんじゃねえよ。つうか、お前なんか勘違いしてねえか? こいつは元々俺と付き合ってんだよ」 「なに言って……」 「邪魔者はお前だろ、亮太」 「……っ、……」  阿賀松の一言に志摩の勢いが失せるのを見て胸の奥が痛くなる。  違う、これはただ阿賀松の戯れだ。そもそも俺と阿賀松の恋人関係だって阿賀松が勝手に言ってるだけで、俺はこの男のことを一度でも恋人だと思ったことはなかった。  そう志摩に伝えたいのに、口を開こうとすれば正面から覗き込んでくる阿賀松と目が合った。にたりと笑った阿賀松は俺の頬を掴んだまま、唇と唇が触れる寸前で動きを止める。  そして――。 「亮太を助けたいんだろ?」 「……っ、そ、れは」 「亮太を振れ」  それは俺にだけ聞こえる声量だった。  聞き間違いなどではない。確かに目の前の唇はそう動いた。  何故そんなことをする必要があるのか。これ以上志摩の精神を追い詰めることで阿賀松になんのメリットがあるというのか。  いや、ない。あるとすれば、阿賀松の加虐欲を満たすことだけだ。――つまり、これはただの阿賀松の悪趣味なお戯れだ。 「っ……」  唇をぎゅっと噛み締める。  阿賀松に逆らうのは怖い。それでもこれ以上、助けてくれる志摩を裏切るような真似をするわけにはいかなかった。  それだけは、できなかった。  そんな俺を見下ろしたまま、阿賀松は気を悪くするどころか「へえ」と楽しげに目を細める。 「灘和真は助けても、こいつは助けねえってか」 「っ、違います……っ」 「じゃあなんだよ」  志摩だったら、『阿賀松に危害を加えられること』よりも『俺が志摩を裏切ること』の方が嫌がる。それは火を見るより明らかだった。  そして、分かっていたからこそ敢えてこの男もそれを命じてきたはずだ。  志摩を解放してほしいが、そのためにまた志摩を裏切ることになってしまえばここまで積み上げたものがまた全て無に帰してしまう。――それだけは、避けなければならない。  他にもまだ選択肢はあるはずだ。今は、阿賀松の興味を逸らすことが優先だ。   「俺がムカつくなら……っ直接、俺にして下さい」 「……っ、齋藤……」  志摩の驚いたような声が聞こえる。無理もない、俺だって驚いている。  あれほど歯向かうことが怖かった男に対し、こんな口を効いているのだから。  阿賀松はただ無言で俺を見下ろしていた。震える指先を握り締め、俺はその目を真正面から受け止める。 「お願いします、俺が代わりになんでもします。だから、志摩を解放してください」 「なんでも? ……は、口ばかりは達者になったな。そいつのおかげか?」 「今出来ねえって言ったばっかだろうが」この口で、と伸びてきた指に唇を掴まれ大きく引っ張られる。痛みもなかった。 「……っ、それは、……志摩を裏切るような真似以外だったら……」 「齋藤、いいから、もう。余計なことは言わないで――」 「っ、よくないよ」 「……齋藤」 「駄目なんだ、それじゃ」  ここまで志摩は身を呈して俺を庇ってきてくれた。それを思い返せば、ここで志摩の言葉に甘えるわけにはいかなかった。それは矜持というよりも最早意地に近いだろう。 「お願いします、……志摩だけは……」  言いかけたときだった。ベッドの上、ゆっくりと起き上がった阿賀松はどこからか取り出した煙草を加え、目の前で着火する阿賀松。火の灯った先端から一本の真っ白な煙が昇っていく。  この流れでのんびり喫煙を始める阿賀松に戸惑っているのも束の間、唇から煙草を離した阿賀松はにっとだらしなく唇を歪めた。 「――上出来だ」 「え、ぁ、あの……」 「少しはましになったじゃねえの、ユウキ君」  こちらへと伸びてきた手に一瞬、殴られるのではないかと硬直したのも束の間。そのまま乱暴に頭を撫で回される。乱れた前髪。    もしかして、全部俺を試すための演技だったというのだろうか。  もしかして、志摩を助けてくれるのだろうか。  もしかして、もしかしてと一人戸惑いとともに期待を抱いたその時だった。 「だけど、零点だ」  そのまま前髪を掴まれたと思った次の瞬間、そのまま頭をベッドへと押し付けられる  大きく暗転する視界。そこ先にはこちらを見下ろす阿賀松がいた。 「ぁ……ッ」 「人が優しくしてやってっからって調子のんじゃねえよ。てめえに拒否権はねえんだよ」  落ちてくる灰に残った熱に思わず目を瞑ったとき、顔面に唾を吐きかけられる。頬へと落ちた唾の塊が流れるのを拭うことすらできなかった。 「っ、せ、んぱ……ッ、ぅ、ぐ」 「つうか、さっきから誰に向かって口答えしてんだぁ? そもそもはこれ、お前が言い出したことだったよな。ユウキ君」  引きちぎる勢いでシャツを引き剥がされ、大きく剥き出しになった胸元に阿賀松の手が伸びる。  その指先に挟まれた煙草を見てぶるりと体が震えた。乳首に触れそうになる火に思わず震えたとき、「なんてな」と阿賀松は笑った。そして、火元を遠ざけると同時にそのまま噛み付くように俺の胸元に顔を寄せる。 「っ、ぅ、んう……ッ!」 「やめろって言ってるだろっ!」 「し、ま……ッ」  大丈夫だから、と言いかけた矢先、そのまま思いっきり乳首ごと乳輪に歯を立てられ、全身が痛みに引きつった。 「うぐっ」と堪らずベッドの上、跳ね上がりそうになる俺の体を押さえつけたまま阿賀松はそのまま赤く血が滲む乳首に舌を這わせる。舌先のピアスが傷口に触れる度に刺すような痛みが走り、ぶわりと全身の毛穴が開くようだ。 「っ、は……っ、ぅ……」 「亮太、テメェがぎゃーぎゃーうるせえからユウキ君の体が傷付いただろうが。あーあ、可哀想に」 「……っ、……」 「ま、騒ぎたきゃ騒げよ。その分、俺のストレス解消はユウキ君がしてくれるらしいからなぁ?」 「よかったな、いいお友達を持って」と阿賀松は笑い、もう片方の胸をシャツの上から摘みあげるのだ。過敏になった神経の束を針で貫かれているようだ。溢れる熱に気付けば全身に汗が滲んでいた。  そんな俺の胸に軽く吸い付いた阿賀松はそのまま上目にこちらを見る。 「なあ、ユウキ君」 「――……っ、は、い……」  最初から多少の痛みは覚悟の上だ。これで志摩の安全を保証できるのなら安いものだ。そう思うのに、体の震えは止まらない。  そんな俺に阿賀松は更に笑みを深くした。

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