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「俺が阿賀松の部屋で目を覚ました時、栫井もいたんだ」 「だけど、齋藤が来る前にはどこかへ引き摺られていたみたいだったね」と、興味無さそうに志摩は続ける。  先程目を覚ましたとき、なぜ栫井が病室にいるのかわからなかった。けれどそうだ、栫井は元々阿賀松に捕まっていたのだ、一連の交渉の材料として。    会長の暴行の被害者という立場である栫井の存在は、やはり阿賀松にとって利用価値が高いのだろう。  だけど、栫井が阿賀松たちと繋がっているということがやはり今となっては不可解でもある。  栫井はあれほど会長を庇おうとしている。その裏で会長と敵対している阿賀松たちと繋がっているのだから。  ――栫井と阿賀松、二人に共通するものはなんなのか。  そこになにかヒントがあるのではないかと考えてみるが、ぼんやりとしたそれがハッキリとした形で浮かぶことはなかった。 「志摩、栫井と阿賀松先輩は仲がいいの?」 「良さそうに見える?」 「いや……でも、だとするとどうして栫井は先輩に協力するのか……それがわからなくて」 「協力だって?」と目を見張る志摩。  どうやら志摩は栫井と阿賀松の関係については知らなかったようだ。俺は安久に殴られたあの日のこと、学園祭前日の盗聴器のことを志摩に伝えた。 「栫井が阿賀松に……」  唇に指を当てたまま、志摩はじっと何かを考え込んでいる様子だった。  考えているところ邪魔しないでおこうと志摩の言葉を待っていると、志摩はこちらを振り返る。 「それって弱味を握られているとかそういうこと?」 「……いや、わからないけど、いくら弱味を握られていても栫井は会長を陥れるとは思えなくて」  盗聴器のことに関しては、あの時会長が盗聴器を見付けることが出来なければ最悪芳川会長が処罰されている可能性だってあったわけだ。  身を呈してまで殴られてまで会長を庇おうとしている栫井が、他人から脅された程度で言う事を聞くとは思えない。  もしそうだとしても、栫井を動かす程の弱味とはなんなのか見当も付かない。……少なくとも、芳川会長絡みであることは間違いないだろうが。 「本当、考えれば考えるほど意味がわからないやつだね。でも、まさか栫井がね」 「うん……」 「ま、そのことも含め聞いてみたらいいんじゃない?」 「聞くって、本人に?」 「勿論。それ以外に誰がいるの?」 「けど、栫井が素直に話してくれるかどうか……」 「何言ってるの齋藤、誰が馬鹿正直に仕掛けろって言った?」  そう志摩は不敵な笑みを浮かべる。  なんだろうか、志摩の笑顔から嫌な予感しかしない。 「毒には毒、目には目を、へそ曲がりには変化球。これ基本でしょ」とにっこりと笑う志摩の笑顔。こんなに嫌な予感はするのに、そんな志摩の笑顔に一種の心強さまで感じてしまっている俺も大分毒されているのかもしれない。 「ぜ……絶対無理、無理だよ……っ!」 「無理? どうしてそう決め付けるわけ?」 「決め付けるとかじゃなくて、だって、そんなこと……っ!」 「齋藤、さっきの決意はどうしたの? 二人を潰したいって言ってたよね? あれはただの出任せだったの?」 「お、俺は、別に潰したいんじゃなくて止め――」 「どっちにしろ変わらないよ。今、俺達に必要なのはあいつの立場なんだから」  病室の椅子に腰を掛けた志摩は、「分かるよね」と馴れ馴れしく俺の肩に手をかけてくる。 「で、でも……そんな、こと……俺……」 「大丈夫だよ、栫井の手癖の悪さは有名だから。齋藤でも興味くらいは惹けるでしょ」  まるで他人事のように、いや実際に他人事だからそんなことを言えるのだろう、志摩は。  ――だってそんな、栫井に色仕掛けだなんて。  正直、栫井の手の速さは既に知っている。  現に栫井に何度か襲われたこともあったし、実際に最後までしたことあった。  と、そこまで思い出して顔がかっと熱くなる。 「わ、分かるけどさ……きっと他にもやり方はあると思うんだ。これだけじゃなくて」 「へえ、例えば?」 「正直に話すんだよ、協力してほしいって」 「それこそ無理でしょ。齋藤、さっき自分が言った言葉忘れちゃった?」 「……ぅ……」 「そういうこと。とにかく今は芳川のことは伏せておいて、栫井の懐に入るのを優先すべきだね。 これが一番手っ取り早いし、あのむっつり野郎のことだよ、少し優しくしたら絶対ボロ出すって」 「そんな、志摩じゃあるまいし……」 「齋藤、何か言った?」  小声で呟いたはずなのだがどうやら志摩の耳に入ってしまっていたようだ。慌てて「なんでもない」と誤魔化す。  理屈は分かっていてもやはり、それでも色仕掛けは無理だ。というかそもそも色仕掛けってなんだ。志摩はただ面白がっているだけではないのか、もしかしなくても。 「あの、志摩……悪いけど今は冗談に付き合ってる暇は……」 「冗談? 齋藤は冗談だっていうの? 俺はこんなに真剣に考えてるのに」 「だってそこまでする必要はないよね。……第一、色仕掛けなんてわかんないって、俺」 「なら仕方ないね、俺がやるよ」  そう言って腕まくりをする志摩。  さらりととんでもないこと言い出す志摩に思わず「えっ?!」と声が裏返ってしまう。 「齋藤が嫌がるからと思ってやめようかと思ったけど、まあ栫井くらいなら骨の一本や二本……」 「だっ、ダメだって! 何言ってるんだよ!」 「だって齋藤は嫌だって言うし」 「だからってそんなこと……」  このままでは埓があかない。  志摩に任せておけばなにが起きるかわからない。ただでさえ栫井は怪我人だ、志摩に任せるくらいなら俺が穏便に済ませるしかない。 「わ……わかった、やるよ、やればいいんだろ」  色仕掛けなんてしなくても、栫井から聞き出してやる。実力行使しなくても解決することは出来るはずだ。  早速私怨に走ろうとする志摩を引き止めるため、俺は栫井と接触することを決意する。

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