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 結局、流れで志摩と半分こしながらなんとか食事を食べ終わることになった。 「ご馳走様」 「お粗末様でした」 「……」  別に志摩が作ったわけではないだろうに、と思わず心の中でツッコミかけ、前もこんなやり取りをしていたことを思い出す。そして、なんだか懐かしい気持ちになる。  まさか、またこんな風に志摩と一緒にいられるなんて。  以前に比べ、大分状況は変わったが。 「本当にそれだけで足りるの?」 「うん、大丈夫」 「またお腹減ったら良いなよ。いくつか余ってるから」  念の為何度か食事を取ろうとしたが、やはり固形物のものは口にすることはできなかった。志摩が買ってきてくれた大量のご飯たちの殆どに手をつけられなかったが、志摩がいくつか残しててくれたのだ。 「ありがとう、志摩」とお礼を言えば、志摩は「当然のことだよ」と言わんばかりに微笑む。  それからテキパキとテーブルの上を片付けていく志摩。出会ったばかりのときも思ったが、改めて志摩って世話好きだなと思う。やや強引ではあるが、まだ完全復活できていない現状志摩の存在は素直にありがたく感じた。 「齋藤、ゴミ箱どこ?」 「あ、そこのテレビの台の横……」 「ああ、これね」  ゴミをまとめた袋を手に、立ち上がった志摩がそのままサイドボードの方へと歩いていったときだ。そのままピタリと志摩が動きを止めた。 「……齋藤」  先程よりも明らかにトーンダウンした声。  どうしたのだろうかと視線を志摩へと向けたとき、志摩の手に握られているものを見て息を飲んだ。――その手に握られていたのは、先程阿佐美が持ってきてくれたあの微妙なぬいぐるみだ。  見つからないとは思っていなかったが、思いの外目敏くて驚いた。  とは言えど、ただの見舞い品だ。……志摩は嫌がるかもしれないが。 「これ、どうしたの?」 「ああ、それ、さっき阿佐美が一緒に持ってきて……」  くれたんだよ、と言いかけた矢先だった。志摩の手の中、そのぬいぐるみが握り潰される。  あ、と思ったときには遅かった。 「っし、志摩……っ!」  窓際へと歩いて行く志摩。そのままカーテンを開いはそのまま窓へと手を伸ばす志摩に、慌ててベッドから降りようとするが間に合わなかった。  ガラリと開かれた窓、射し込む明るい空の向こうへと綺麗なフォームでぬいぐるみを投げ出す志摩に俺は文字通り絶句した。 「……っ、な……」  なんとかベッドから起き上がり、窓際までやってきた俺。下を除き込めば、裏庭の緑はたくさん見えたが、志摩が投げ捨てたあの微妙な表情のぬいぐるみは見当たらない。 「ベッドに戻りなよ、齋藤」 「なんで、こんな……」 「なんで? 随分と面白いこと言うね、齋藤は。言ったよね、『阿佐美は信用できない。気を許すな』って」 「言ったよ、言ったけど、こんな酷い真似……」 「盗聴器」 「……っ!」 「カメラも入ってるかもしれない。もしかしたらもう既にこの部屋自体に色々仕掛けられててもおかしくないってのにさ、安易にあいつから物を受け取るなんて……なんで俺がわざわざ病院食を食べさせなかったのか聞いてたよね?」  淡々と畳み掛けてくる志摩に、俺はぐうの音もでかった。  志摩の言動行動はやり過ぎでもあるが、正論だ。危機感が足りないのは俺だとわかっている。  だけど、それでも、あの阿佐美の嬉しそうな顔を思い出すと胸が痛んだ。 「なに? そんなにぬいぐるみが欲しかった? それなら俺が買ってあげるよ、齋藤が好きなやつ。ここから出たら一緒に探しに行くのも楽しそうだね」 「……」 「……齋藤、まさかあいつのことまだ『信じたい』だとか『話せばわかってくれる』なんて生温いこと言わないよね」  図星だった。極力態度に出さないようにしたつもりだったのに、その沈黙がかえって余計志摩の不信感を煽ってしまったようだ。  志摩の目の色が変わると同時に、肩を掴まれる。 「……ッ、志摩……」 「ねえ齋藤、俺がいない間に阿佐美のやつになにか吹き込まれたの?」 「ちが、……そうじゃない……」 「ならなんで俺の目を見ないんだよ」 「……っ、志摩が、掴んでくるからだよ」  そう声を上げれば、志摩は動きを止める。  そして、肩を掴んでいた志摩の指が幾分和らいだのを感じた。 「……志摩は、間違ってない」  頭では理解できてるが、やはり今すぐに志摩みたいに情も何もかも切り捨てて物事を考えることは出来ない。  わかっていたことだ。志摩とは考え方もなにもかも違うということを。  覗き込んでくるその瞳を見詰める。  見詰めれば見詰めるほど飲み込まれてしまいそうな、深いその瞳は僅かに揺らいだ。 「だけど、俺はすぐには志摩みたいにはなれないよ」  だから、とそれ以上言葉は出てこなかった。  そのまま俯く俺に、志摩はわざとらしく溜息をついた。そして、呆れたように髪を掻き上げる。 「……そうだね、俺も齋藤の平和ボケっぷりを忘れてたよ」 「志摩……」 「試してみようか、齋藤」 「試すって……何を」 「あいつらが何かを仕掛けてるかどうかだよ。……齋藤はあのぬいぐるみも、あいつのことも気に入ってたみたいだけど、ここでハッキリさせておいた方がいいと思ってね」  再び伸びてきた手に肩を掴まれる。先程のような乱暴な仕草ではない、肩のラインを撫でるように腕へと降りてくる志摩の手にぞくりと全身が粟立った。 「待って、なに……考えてるの?」 「まだ分からない?」 「え――」  なにが、と言いかけた矢先、そのまま近付いてきた志摩にキスをされた。

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