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「で? 何が目的だよ」 「え?」 「下手過ぎるんだよ、演技。……それで騙せると思ってんの、ムカつくんだけど」  もしかしたら信じてくれたのかもしれない、なんて淡い期待も呆気なく叩き潰される。 「ご、ごめん。……でも、本当に感謝はして――」 「そんなのはどうでもいい」  るんだ、と言い終わる前にきっぱりと切り捨てられてしまえば取り付く島もない。  とうとう何も言えなくなってしまう俺を横目に栫井は浅い息を吐いた。 「……志摩亮太を使ってまで何してんだ? あんた」  向けられたそれは疑いの目そのものだった。  最初から完璧にこなせるはずないとある程度覚悟はしていた。だからこそ、ここまで堂々と指摘されてもそう狼狽えずに済んだ。  が、それはつまり栫井にはなんの誤魔化しも通用しないということだ。  一か八か、ギャンブルのような真似は好きではないけれど、ここで退いてしまえばチャンスは来ないかもしれない。とどのつまり、栫井が俺の話を聞いてくれる今しかなかった。 「……あの、栫井、ここを出る方法があるんだ」 「志摩亮太だろ」  そこまで知っていることは驚いたが、入院患者ではない志摩がこの院内に彷徨いてる時点で栫井も察したのだろう。俺は無言で頷いた。 「志摩には、俺からも栫井を出してもらえるようお願いする」 「……」 「だから、その……教えてもらいたいことがあるんだ」 「……」 「……あ、あるんだけど、その……」  先程から何も言わない栫井に不安になり、ちらりと栫井の表情を伺えば、目があった栫井は不快そうに眉間に皺を寄せる。 「……早く言え」 「イライラするんだよ、その勿体ぶり方」どうやら無視していたわけではないようだ。大分苛ついているようだったが、その栫井の言葉からするに少しは聞く耳は持ってくれているらしい。  いける、そう直感で感じた。 「風紀委員のこと、教えてもらいたいんだ」  そう、その名詞を出したと同時にさっと栫井の顔色が変わるのを見た。  確かな手応えを感じつつ、俺は栫井が止めない内に続ける。 「会長のことをよく思っていない、風紀委員の人を。……いや、阿賀松先輩と繋がってる人って言ったほうがいいのかな。……そういう人を、教えてほしいんだ」  栫井の表情に浮かんだのは呆れにも似た表情だった。  ――栫井のこんな顔、初めて見たかもしれない。 「……お前、何企んでんだ?」 「……」 「おい」 「……栫井は知ってるよね。……そのために、先輩と関わってたんだから」  確証はなかった。けれど、これしか考えられない。――栫井が阿賀松と関わることで得られるメリットなんて、これしか。 「…………」 「あの、栫井の邪魔をするつもりはないんだ」 「…………」 「……栫井」  押し黙る栫井。やはり本当のことを話してはくれないのか。そう諦め、俯いた時だった。 「聞いて……どうするんだよ、そんなこと」  感情を押し殺し、呻く。吐き出される言葉は何かを恐れてるようだ。それが何に対する恐怖なのか、俺には分かった。  だからこそ考えるよりも先に、俺は栫井の腕を掴んでいた。服の下、栫井の腕が僅かに跳ね上がる。 「違うんだ。聞いて、栫井。俺は……会長を陥れるつもりはないよ。本当に……っ」  冷たい手だ。栫井は触れられることを嫌がるだろうとわかっていたが、こうしておかないと逃げられてしまいそうだった。だから、自然と栫井の腕を掴む手に力が籠もる。 「会長を止めたいんだ」 「だけど、その為には阿賀松先輩を――」本当は、順番とか前後とかそんなことは考えてなかった。  けれど、どちらにせよ今の俺にとって一番の障壁は阿賀松であることは間違いないだろう。  阿賀松の名前を出したとき、「お前、」と栫井は目を見張った。  嘘をついたつもりはない。けれど、俺は説得なんかで会長を止めることは無理だろうと確信していた。それでも栫井にそんなことを言えるはずなんてない。今は会長寄りだとアピールすることが最善だろう。  そう、栫井、ともう一度促すようにやつの名前を口にした時だった。 「齋藤! 買ってきたよ!」  ガラリと勢い良く開く扉。そこから、袋を掲げた志摩が入ってきた。  ――本当に、なんというタイミングだろうか。  志摩が戻ってきた瞬間、栫井に手を振り払われる。「栫井」と慌てて呼び止めるが無視。そのまま栫井は志摩と入れ違いになるように病室から出ていこうとする。 「気が向いたらでいいから、お願い、気が向いたらまたここに――」  せめて、と声を上げるが、俺が言い終わるより先に容赦なく扉は閉められた。  栫井の出ていった後を何事かと呆然と眺める志摩。 「齋藤、何かしたの?」 「……いや、何もしてないよ。……でも、栫井は気付いてたみたいだ。俺達がしようとしてること」 「ふーん、なら余計なことされる前に口封じしておこうか」  さらりと物騒なことを口にするやつに「志摩」と咎める。しかし、志摩は悪びれた様子もない。 「だって、あの様子じゃ乗る気無さそうだしね? 阿賀松たちにチクられる前にさ、先手打たなきゃ」  志摩が言うことにも一理ある。  もしかしたらと希望的観測を抱き栫井に本当のことを話したが、もし栫井が俺についてきてくれなかった場合を考えたら相当な痛手になる。  最初からハイリスクな駆け引きだとはわかっていたが、少なからず栫井ならば分かってくれるのではないかと思っていただけに、痛い。 「……今晩だけ、待って」  それでも諦めるわけにはいかない。  栫井の性格なら、良くも悪くも今日中に結果が出る筈だ。白か黒か、はっきりと。 「齋藤がそういうならそうしたらいいよ。けれど、引き伸ばしのお願いは聞かないから」  笑う志摩。志摩にとって栫井の意思はどうでもいいのだろう。手段が選べない状況だ、それでも少しでも可能性があるのならそれを信じたかった。  俺は無言で頷き返す。 「あーでもわざわざ買いに行った意味なかったな、このジュース」 「……ごめん、ダシに使ったりして」 「そうやって先に謝られると嫌なんだよね。思いっきり文句言ってやろうと思ったのに回り道されたみたいでさ」  てっきり怒られると思っていたが、やはり本人もそのつもりだったようだ。詰るようなその言葉に耳が痛かったが、「まあいいけど」と志摩は笑う。  え、いいのか。と思わず顔を上げれば、にっこりと微笑む志摩と目があった。 「それより齋藤、あの事なんだけどさ」 「……え?」 「なんでも言うこと聞くって言ったよね?」  なるほど、通りで先程からやけに飲み込みが早いと思えばそれが理由だったのか。  正直、あれは咄嗟の思いつきのようなものだ。こんなすぐに改めて追求されると思ってなかっただけに狼狽える。 「いや、あの……それは……」 「まさか、その場凌ぎだなんて言わないよね。ここ炭酸ないからわざわざこんな暑い中走って隣のコンビニまで行ってきたのに、嘘でしたなんて鬼みたいなこと」 「……う」  しかも、誤魔化しは利かないようだ。  仕方ない、自分から言ったことだ。いくら口約束とはいえ、それを無下にすることは信用を傷付けてしまうことになる。 「わかってる……嘘じゃないよ、俺の貯金、五百万までならなんでも買えるから……でも、現金は今は降ろせないからここを出てからじゃないと」 「はい、ストップ。ちょっと待ってよ齋藤、俺が齋藤にタカるようなやつに見える?」 「てか、サラッと五百万って出たね」と志摩は笑顔を引つらせる。  もしかしたら提示した金額が悪かったのか。  カードを使ってもいいけど、使用した痕跡が残るから親に何か言われたときのことを考えるとやはり俺の貯金を削るしかないのだ。 「えと、ここに来る前に少し使ったから少ないけど……もう少し待ってくれるなら上限も……」 「いいって、もう。それ以上聞いたら俺のプライド砕けそうだから」  慌てて再提案しようとするが、それすらも志摩に制されてしまう。金でも物でも駄目だというのならどうすればいいのか。  押し黙っていると、志摩は少し考え込む。 「でも、もう少ししたらか……」 「え?」 「今の『なんでも聞く』ってやつ、取っとってもらっていい? 無期限で」  突然の申し出に「無期限?」と聞き返せば、志摩は頷いた。そして微笑む。 「うん、すぐに使うのも勿体ないからね」  その笑顔に、そこはかとなく嫌な予感がした。 「でも、俺が覚えてられるかどうか」 「その心配はないよ」  そう言って、どこからとも無く取り出したのは掌サイズの機械――ボイスレコーダーだった。  ミステリー映画やらでよく見かけるそれを当たり前のように所持してる志摩に慄く。 「なんなら手記も残しとく?」 「……いや、いいよ、もう」 「じゃ、約束ね」  いつから盗聴していたというのか。  聞きたかったが、恐ろしい返答が返ってきそうだったので俺は敢えてそれについて追及することはやめた。

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