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足音の持ち主から逃げるように、俺と栫井は回り道をして志摩との約束場所へやってきた。
院内四階、薄暗い通路の奥。裏口へと続く扉の前には一つの人影があった。
――志摩だ。壁に凭れかかった志摩はこちらを見た。
「ちょっと齋藤、遅すぎ……って」
「…………」
「ご、ごめん、走ったんだけど……誰かが追い掛けてきてるみたいで……」
そして志摩は俺の後ろに立っている栫井を見た途端露骨に不快そうな顔をする。が、流石に志摩も今はそんなことで揉めている場合ではないということを察したのだろう。微妙そうな顔をして「まあ、そんなことだろうと思ったよ」と付け足した。
「……じゃあ、いらないオマケも着いてきたところだしさっさと出ていこうか」
「どっちがオマケだろうな」
「はあぁ? なにい? なにか言いましたぁ?」
……と、思ったがそんなことなかった。
「し……志摩、早くしないと……」
今にも栫井に掴み掛かりそうな気配すらある志摩を慌てて止める。何か言いたげな目をこちらへと向けた志摩は、そのまま小さく息を吐いた。
「そうだね、文句は後のためにとっておくよ」
そう言って、関係者用のカードキーを取り出した志摩はそのまま扉に取り付けられたスキャナーにカードを押し当てる。これで大丈夫なのだろうか。
「それじゃ、行こうか。……後ろはなるべく見ないようにね」
それまるで俺に言い聞かせるようでもあり、自分に言い聞かせているかのようでもあった。
それから、俺達は開いた扉から非常通路を通り、階段を降りていくこととなった。
真っ暗な階段で何度か段差を踏み外しそうになっては、前を進んでいた志摩と後ろからついてきていた栫井に支えられる。その都度二人の間に見えない火花が散っていたようにも見えたが、俺は「ありがとう」とお礼だけを言って深くは突っ込まないことにした。
それから、ようやく俺達は病院の裏口から外へと脱出することができた。
もしかしたら裏口の扉の横に阿賀松が待ち伏せしているかもしれない、なんて思っていたがそれも杞憂に終わる。
しかし、万が一のこともある。誰かに見つかる前に病院の敷地内を出て、そして更に少し離れた公園まで向かうこととなった。
なんとか警備員の監視を潜り抜け、俺達は夜の公園までやってきた。道中、会話はなかったが、人気のない公園までやってきてようやく息が吐つけるようだった。
少し空気が冷たい深夜帯。久しぶりに吸う外の空気というものはこんなにも美味しかったのか。
都内の薄汚れた空気ではあるものの、壁のないだだっ広い公園がこんなにも開放感に満ち溢れてると感じるなんて。
……入学してから久しぶりの外出というのもあるからかもしれないが。
「齋藤、大丈夫?」
「な……なんとか……」
ベンチに腰をかける俺の横、近くの自販機でドリンクを買ってきたらしい志摩は缶を開けて俺に手渡した。お茶だ。
ありがたくそれを頂くことにした。
ふと、栫井が公園の外の方を気にしてることに気付いた。
「……どうかしたの?」
そう声をかければ、「別に」と栫井はすぐに視線を外す。そして、そこで俺は気付いた。栫井の視線の先には先程で居た病院が見えた。
もしかしなくても、灘のことが気になるのだろう。
栫井は口では何も言わないが、二人は親しいように見えたし心配してるはずだ。……いや、本当に親しいかはどうかは怪しいがどちらにせよ同じ生徒会の仲間だ。そりゃ気になっても不思議ではない。
「……灘君なら大丈夫だよ、きっと」
「は?」
「え、いや、だから……」
「んなことどうでもいいんだよ。……だけど、静か過ぎる」
どうでもいいとバッサリと切られ、ぐうの音も出ない俺だったが、確かに栫井の言葉には一理あった。
それは先程から俺も引っ掛かっていた。だって、あの阿賀松がすんなり出してくれるとは思わない。
たまたま病院にいなかったのか、それとも敢えて俺達の脱走を見逃しているのか。だとしたら、阿賀松のメリットは。
……なんだろうか、すごく嫌な予感がする。
「ま、出られたらどうでもいいよ」
そんな俺達とは対照的に、あくまで前向きな志摩。
遅かれ早かれ俺達がいなくなったことはバレる。それ前提の行動なのだから気にするなということなのだろう。開き直りでもあるが。そんな志摩に、栫井は深く息を吐いた。
「なに、その溜め息」
「……相手にするのも馬鹿馬鹿しい」
そう、ふらりと公園の出入り口へと向かって歩き出す栫井に慌てて立ち上がる俺。
「あっ、ちょっ……栫井!」
そして、慌てて栫井の服の袖を掴めば、「なに」と鬱陶しそうに栫井は目を細めた。
「……どこに行くの?」
「どこでもいいだろ」
「まだ、約束守ってもらってないよ」
「…………」
押し黙る栫井。「栫井」ともう一度その名前を呼んだとき、栫井は面倒臭そうに髪を掻き上げる
「……このままこんなところを彷徨いてるわけにはいかないだろ」
確かに、この時間帯なら校門も閉まっているだろうし、学園にも寮にも戻れない。
だからと言ってホテルの部屋を借りるにしても今の俺たちは無一文に等しい。
――野宿。
脳裏に浮かぶその二文字にごくりと固唾を飲んだときだった。
「それなら、いい場所があるよ」
そう口を開いたのは志摩だった。
「こんなこともあろうかと用意してたんだよ、齋藤」
「え、用意って……」
「まあ、ちょっとしたツテがあるってこと」
そう微笑む志摩。褒めて、と言わんばかりに畳み掛けてくる志摩の笑顔になんとなく嫌な予感がしたが、野宿して警察に補導される可能性がなくなるなら……まあいいのか。
「わかった、じゃあ……志摩お願いするね」
「いいよ。俺に感謝すべきだね、二人とも。今夜はゆっくり休めるから」
本当だろうか、と思いつつも先を歩いていく志摩に俺も着いていく。そして、後ろから栫井が着いてくるのが見えた。
取り敢えずまだ俺達と行動してくれるらしい栫井に一先ずほっとした。
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