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志摩からの報告はシンプルなものだった。
五味と十勝は外出してる。志摩曰くただのサボりだろうから気にすることはないとのこと。
五味のことは気になっていた。俺を逃がしてくれたあと、芳川会長に何かされたのではないかと心配していたが志摩は「普通に登校はしてたらしいからその心配はなさそうだね」とのこと。
そして、灘和真は現在休学扱いになっているという。表向き体調不良ということで処理されているらしいが、これも阿賀松がそういう風に届け出を出させたのかもしれない。
『栫井のやつは丁度休学解除してたね。あいつが職員室にいたの見付けたよ』
「……そっか」
栫井、大丈夫だろうか。そう心配していたが、志摩の言葉を聞いてただ安堵する。
「でも、すごいね。もうそこまでわかったんだ?」
『そりゃ、齋藤が逃げ出す前に済ませなきゃなんないからね。……って言いたいところだけど、あいつら目立つからさ。すぐ分かるんだよね、動きとか。人伝で十分にね』
それは、なんとなく分かる気がする。
その反面、志摩の口からまだ出てきてないあの人の名前に不安になってくる。
けれど、その不安もすぐに解消されることになった。……最悪の方法で。
『それと、芳川のことだけど……ちょっと気になることがあってさ』
「……どうかしたの?」
僅かに落ちた志摩の声のトーン。どうやら良い話ではないようだ。俺はソファーの上、座り直す。
『通常通り授業に出てるみたいだったけど、授業が終わってからさ、教室出てあいつと会ってたんだよね』
「……あいつって?」
『――壱畝遥香』
志摩の口から飛び出したその名前に、ドクンと心臓が大きく跳ね上がる。思わず落としそうになった端末を握り直した。
……会長が壱畝と?
嫌な予感がしたが、なるべくそれを志摩に気取られないよう「それで?」と先を促した。
『話の内容までは分からなかったけど、妙な組み合わせだったから気になってね。齋藤、何か心当たりある?』
「……」
『齋藤?』
考える。どうして壱畝と芳川会長がいるのか。どうして。
そう言えば、前にもこうやって二人が一緒にいることが理解出来ず苦しんだ記憶がある。それは確か――。
「……そう言えば学園祭の時、一緒にいた」
あの時、あいつが転校してくる前のことだ。壱畝は会長と一緒に居た。
けれどあれは確か学園の案内を含めたようなものだ。……もう、その必要はないんじゃないのか。
胃が締め付けられるような気分だった。
『……取り敢えず阿賀松たちの方も探ってみるよ。俺がそっちに戻るまで、絶対、何があっても部屋を勝手に出ちゃダメだからね』
「わかった。……ごめんね、志摩」
ぢくぢくと痛み出す腹部を抑えながらそう呟けば、端末の向こうから志摩の笑う声がした。
『謝るくらいならお礼がいいな。なんならキスでも構わないよ』
「……なんか、志摩、縁先輩に似てきたね」
『わりと本気で傷つくから勘弁して』
そんな他愛ない会話を最後に、俺は志摩との通話を終わらせた。
端末をポケットへとしまう。
……それにしても、壱畝と会長がどうして。
親しげに話す二人の姿が脳裏を過り、その都度必死にその幻覚を振り払う。
まさかそんなはすがない。そう思うのに、どうしても昔の記憶が蘇ってしまうのだ。――沢山の友人に囲まれ、楽しそうに笑う壱畝の記憶が。
あいつは、俺の友人だった人間も全員自分の味方に付けたのだ。今まで友人だと思っていた相手に掌を返され、馬鹿にされ、殴られ、辱められる気持ちなど思い出したくなかった。
「……」
……とにかく、落ち着こう。現時点ではまだハッキリと二人の繋がりが決まったわけではない。志摩の報告を待とう。
けれど、やはりじっとしていると悪いことばかりを考えてしまうのが人間という生き物らしい。
消音でテレビでも付けようか、とサイドボードに放られたままになってたリモコンに手を伸ばしたときだった。
静まり返った部屋の中に、ドンドンと乱暴なノック音が響き渡った。
思わず落としそうになったリモコンをサイドボードにそっと置く。そして、俺は玄関口に目を向けた。
志摩だろうか。――いや、志摩なら鍵を持ってるはずだ。だとしたら、誰だ。
固まっていると、再び乱暴に扉を叩かれた。
『平佑、居るんだろう』
そして、聞こえてきた声に冷や汗が滲んだ。
抑揚のない低い声。聞き間違えようがない、その声の持ち主のことを俺はよく知っていた。
なぜ、芳川会長がここにいるのだ。普通に考えれば栫井に会いに来たのだろうが、それは俺にとって最悪のタイミングでもあった。
咄嗟に辺りを見渡す。このままやり過ごせば会長は諦めて立ち去るのではないだろうか、そんな甘い考えが過った矢先だった。
ドアノブが捻られる。無論志摩が施錠した鍵がかかってるので開かないはずだ。と、そこまで考えたとき、解錠音が響いた。
まさか合鍵を持ってるのか。
考えるよりも先に俺は玄関口へと駆け寄り、扉の内側からチェーンを掛けようとした。が、それよりも会長の手によって扉を開かれる方が早かった。
「ぃ゛……っ!」
勢いよく開かれる扉にぶつかり、そのまま反動で尻餅をつく俺。そして、扉の向こうに人がいるとは思わなかったようだ。足元に転がっていた俺を見つけた芳川会長は、何事かと目を丸くした。
が、それもほんの一瞬のことだ。会長の顔面は困惑で引き攣る。
「なぜ君がここにいるんだ。――齋藤君」
全身から汗が吹き出し、指先が冷たくなっていく。
旋毛に突き刺さる、氷のような会長の視線がひたすら痛かった。
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