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俺は言われた通り、志摩が部屋を出ていってからのことを伝えた。言われた通り、全て。
「やっぱりね、そんなことだろうと思ったよ」
全てを話し終えた俺の手を握った志摩は、そのまま「ごめんね、遅くなって」と呟いた。
申し訳無さそうな志摩に、俺は慌てて首を横に振る。
「謝らないでいいよ。それに、志摩が近くにいるって分かったから……俺一人だったら、諦めていたかもしれない」
「齋藤」
「……志摩のお陰だよ」
こうしてまた志摩と会えたことに酷く安堵してる自分がいる。
こっ恥ずかしいこと言ってるという自覚はあったが、それでもきちんと言葉で伝えたかった。
それに、志摩だったら俺の言葉を受け入れてくれる。そう分かっているからだろう。すんなりとその言葉は口にすることはできた。
けれど。
「…………」
志摩は口元を抑えたまま押し黙った。
せめて、いつものように皮肉るかいっそのこと笑ってくれたらいいものを、そのまま流れる沈黙不安になった俺は「志摩?」と恐る恐るその顔を覗き込む。
その一瞬、確かに志摩の口元が歪に釣り上がるのが見えた。
「……っ、え?」
しかし、それも瞬きをした瞬間には消えていた。その代わり、照れたように笑う志摩がそこにい。
「……相変わらず嬉しいこと言ってくれるね」
見間違いだろうか。いつの日か見た志摩の不気味な笑顔と重なり、嫌な汗が滲む。
俺の考え過ぎだろう。大体志摩はいつも笑っているじゃないか。別に気にすることでもない。
そう思うが、どうしても網膜に焼き付いてはなかなか消えない。
言葉に迷う俺に構わず志摩は続ける。
「芳川は齋藤のことを用済みだと言ったんだよね」
「……うん」
「栫井のことは? 何か聞いてない?」
「……栫井のことを、庇う必要はないって……そんな価値もないからって……」
思い出したくもないが、あのときの会長の言葉、冷たい目はしっかりと俺の記憶に残っていた。口にする度に心臓が締め付けられるように苦しくなった。
志摩は「なるほどね」と少し考え込むように俺から視線をはずす。
「だとしたら、やっぱり本当みたいだね。あの噂は」
「……どういうこと?」
なんとなく嫌な予感がする。それでも確かめずにはいられなかった。
そして、ゆっくりと志摩の視線がこちらへと向く。
「――栫井平佑が副会長を解任された」
そう、なんでもないように続ける志摩。その口から吐き出される言葉を理解するのに時間がかかった。
それでも、俺の知らないところで何かが動いているのは確実で。
「解任って……なんで」
「邪魔になったからじゃない? 職員室で聞いた話だから嘘ではないと思うけど」
「……っ」
「驚くのはまだ早いよ。面白い話はまだあるんだ、齋藤」
「面白い、話って」
「栫井がいなくなった後釜、そこに今度は誰が座ると思う?」
その問いかけに、俺は先程電話で聞いた志摩の報告が頭を過る。
そんなはずはない。そうあってはならない。分かるのに、何故か栫井の部屋の前にいたあいつの顔が浮かぶ。
全身から血の気が引き、手足が冷たくなっていく。そんな俺を見て、志摩は笑った。
「壱畝遥香」
「……嘘」
「俺も聞き間違いだと思ったんだけどね」
けれど、志摩は撤回することも冗談だとネタバラシしてくれることもなく、ただ深い溜め息を吐く。
つまりは本当なのだろう。有り得ないと思う反面、ああ、と納得してしまっている自分がいた。
「でも、どうして壱畝が? あいつ、まだ来たばかりなのに」
「さあ? 二人の間でどんな取引があったのか知らないよ。けど、そうなると考えられることは一つだよね」
薄く笑う志摩。その言葉に、先程別れたばかりの栫井が脳裏に浮かんだ。
「……っ、栫井が危ない」
咄嗟に動きだしそうになる俺。志摩は「それと」と呟き、俺の手を取る。
「阿賀松たちの様子のことだけど」
その言葉に動きを止める。
焦れったくはあったが、最も気になるところでもあった。続けて、と俺は志摩を見上げれば志摩は微笑んだ。
そして、そのまま言葉を続ける。
「阿佐美……というか阿賀松は相変わらず不登校のまんま、校内にはいないみたいだから多分あっち……病院にいるんじゃないかな。安久も元気そうだったよ。喧しいくらいにね。仁科も安久と保健室にいるみたい」
「……縁先輩は?」
「自室で安静中だってさ。大丈夫だよ、前に暫く歩けないようにしといたから、もう少し大人しくしてると思うよ」
「歩けないようにって……」
「細かいことはいいよ。問題は他にあるでしょ」
「……」
「それで? ここからどうする? 齋藤」
ここから。これから。大体の人間の置かれた状況は理解した。
会長に歯向かってしまった今、下手に表立って動くことは出来ない。けれど、もたもたしている時間すらも惜しい。
――まず栫井から聞いた風紀委員の八木、そして十勝と五味に会いたい。
どうして壱畝が副会長候補に上がっているのかが、それを確認しなければならない。だけどまずは目の前のことからだ。
「栫井は? ……まだ職員室にいるの?」
「さあ? どうだろうね。そんなに時間は掛からないはずだから多分、部屋に戻ってるんじゃないかな」
「手分けして探そう」
「は?」
「栫井を、会長たちより早く探すんだ」
会長にとっては捨て駒だとしても、俺にとっては貴重な頼みの綱だ。簡単に使い物にされなくなるのは困る。
栫井を見つけ出す。そう決意を固めた。
……固めたはいいが。
「待って、齋藤。どうして栫井を探す必要があるの? 芳川が言った通りあいつはただの役立たずになるんだよ? わざわざ俺達が探す必要はないよね。それともなに、あいつを助けて恩でも売るつもり?」
志摩が簡単に認めてくれるわけがなかった。
案の定突っ込んでくる志摩。その声は先程よりも刺々しい。
けれどここで怯むわけにはいかなかった。
「俺は恩を売るつもりはないよ。けど、このタイミングで栫井まで潰されたら会長の弱味も何もわからなくなるよね」
「……」
「栫井は何か知ってるはずだよ、間違いなく。……会長の秘密を」
「どうしてそう思うわけ?」
「栫井はこの学園に来る前の会長を知ってる。……そして、わざわざ会長を追いかけてこの学園に入学してるんだ」
「へえ、それは……」
「何も理由がないわけがない。……少なくとも、あの二人の関係からして何もないとは思えない」
友情でもただの先輩後輩でも利害でもない、もっと切っても切れない後ろ暗い絆で繋がれていることには違いない。
「……利用、しないと勿体よね」
少しでも手札が欲しいのは俺も志摩も同じだ。
相変わらず不服そうな志摩ではあったが、数秒ほど見つめ合ったあと、志摩は諦めたように小さく息を吐いた。
「……分かったよ、気に入らないけどあいつだって盾くらいにはなるだろうからね。探すの手伝うよ」
「志摩」と、驚いて顔を上げた時。「その代わり」と志摩は釘を刺す。
「二手になるのだけは反対するよ。齋藤を一人にすることは出来ない。俺と一緒に行動してもらうからね」
「志摩、でも、もし会長たちに見つけられたら……」
「危険性の話をしてるんだったら、俺達が二手になったところで変わらないよ。芳川たちはいくらでも人を使えるんだからね、それなら俺たちも一緒にいた方がまだ安心だ」
志摩の言い分はもっともだ。いくら俺達二人が走り回ったところでこの広い校内、圧倒的に有利なのは会長だ。
鋭い指摘に口籠った時、「齋藤」と優しい声に名前を呼ばれる。
「あいつは職員室に行ったんだ、休学を解除するためにね。それが終わったらどうすると思う?」
その問いかけに、校門の前で栫井と交わした会話を思い出す。
「……生徒会室……」
そうだ、栫井は生徒会室に顔を出すと言っていた。ハッとする俺に志摩は微笑んだ。
「なら、職員室を出て生徒会室へ向かうためのルートを絞るのは簡単だね。そこへ先回りしよう、あいつらよりも先に」
慌てて頷き返せば、志摩は満足そうに目を細める。
「どう? 齋藤、俺も少しは役に立つでしょ?」
ずっと役に立ってくれてるよ、という言葉の代わりに「そうだね」と俺は笑い返した。……上手く笑えただろうか、自分ではよくわからなかったが、志摩が満足そうだったのでよしとしよう。
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