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「これからどうする?」  校庭の片隅。  どれ程時間が経過したのだろうか。最早俺には分からなかった。  何気なく口にすれば、どうやら志摩も同じことを考えていたようだ。 「とにかく、状況を整理するべきじゃないかな」  志摩の言葉はもっともだ。  俺が八木の部屋で手に入れた情報と阿賀松たちの動き、そして会長の反応。それを志摩が手に入れた情報と摺り合わせ、これからの作戦会議をすることにした。  「問題は……やっぱり阿賀松かな。何を仕掛けてくるか分かったものじゃないしね」  溜息混じりに口にする志摩に俺は頷き返した。  何しろ阿佐美もまだ居る状態だ。また身代わりで入れ替わられたところで阿賀松本人を直接潰さなければ、永遠にイタチごっこだ。  今回のことでもう八木のことも裏切ってしまったし、今回の収穫として唯一手元に残ってるのは会長の書類だけだ。  四面楚歌な上にこの切り札も芳川会長相手に使ってしまった状態で栫井のことも匿う必要がある。  いつまでもこんなコソコソしてるわけにはいかない。  ならば。 「俺……朝になったら停学解除してくるよ」  そう告げれば、志摩は驚いたように目を丸くした。 「正気なの?」 「阿賀松の出方が分からない今、いっそ炙り出した方がいいと思うんだ」 「ちょっと待ってよ。それって……つまり齋藤が囮になるってこと?」  僅かに、志摩の声が震えた気がした。  それでも、俺は首を縦に振る。 「俺が八木先輩の部屋から資料を盗み出したのももうバレてる。逃げ回ったところで多分、結果は変わらないと思う」  結局逃げ場を失い、ジリジリ追い詰められていくだけだ。  どちらにせよ捕まってしまうくらいならば、それを覚悟して自分から動いたほうがまだいい。それが寿命を縮めてしまう結果になろうとも。 「……それで、囮になってどうするつもり?」  心なしかその言葉は刺々しい。志摩の表情も到底納得してるようには見えないが、ここで折れるわけにはいかない。 「志摩には……今度、阿賀松が俺に何かした時、その証拠を掴んで欲しいんだ」  恐らく今度は病院送りでは済まないだろう。そんな気はしていた。  怖くないと言えば嘘になる。それでも、何かを残したかった。このまま黙ってやられるのを待っていることだけはしたくなかった――のに。 「悪いけどそんな作戦、俺は賛同しないよ」 「……志摩」 「穴だらけだしガバガバすぎ。それなら齋藤が囮をする必要はない。栫井がいるじゃん」  志摩ならばそう言うと思っていた。使えるものは全て使う、そう俺に教えてくれたのは志摩自身なのだから。  だから俺は志摩に応えた。 「栫井には他に役目があるよね」 「……っ、齋藤」 「阿賀松に栫井を使ったら、誰が芳川会長をハメるの?」  そもそも阿賀松はそれ程栫井に固執している様子はなかった。それは恐らく栫井が会長にとって視界にも入っていない存在と知っていたからだろう。  けれど、今の芳川はどうだろうか。会長からしてみれば栫井は目障りな存在ではあるのだ。会長ならば今度こそ栫井に手を出すだろう。  邪魔だから。用済みだから。そんな理由で、栫井に。  それならば、俺がするべきことは一つしか無い。 「……怖いことを言うね、齋藤」  苦笑混じり、志摩は目を細める。引かれてるのかもしれないが、俺だって出来ることなら穏便に済ませたいと思う。  けれどここまで来てしまった今、正当法では二人に敵わない。  目には目を、と会長は言っていた。今になってその言葉の意味がよく分かる。 「あいつを使うのは悪くないと思うよ。けれど、あまりにも分が悪すぎる」  志摩は俺と違いあくまで慎重だった。 「齋藤、いつも俺に言っていたでしょ? 『落ち着け』ってさ。……今こそ齋藤が落ち着く番だよ」 「そんなこと言ってられる暇はないんだ」 「だからって焦ったところで死に急ぐだけだよ」  まさか、志摩にそんなことをいわれる日がくるなんて思ってもいなかった。  驚いて志摩の横顔を見れば、こちらを向いた志摩は笑う。 「齋藤の考え方は単純明快でいいと思うよ。けれど、別に齋藤である必要はない。要するに阿賀松が誰かに手を出せばいいんだろ?」 「……それじゃダメなんだ」 「どうして」 「阿賀松だけがここに残ってると思っていた。……けれど、違うんだ。阿佐美もまだいる」  二人と少なからず関わった俺でさえ、阿賀松を阿佐美を見分けることが出来なかった。  庭園で会ったあれが阿賀松の可能性もある。  それほど似ている二人に、そこら辺の誰かが見分けられるとは思わなかった。  阿佐美の名前を出した途端、志摩の表情が強張る。 「……あいつと会ったの?」 「分からない。阿賀松が阿佐美のフリをしてるのかもしれないし、阿佐美が阿賀松のフリをしているのかもしれない。……だから、確認する必要があるんだ」 「関係ないよ、この間みたいに今度は阿佐美詩織という人間を退学させればいい」 「そう思っていたけど、それじゃダメなんだ。阿賀松だったらきっと『阿賀松伊織』という人間の勝手にしたことといって全て逃れるよ」 「……だから、齋藤が直接調べるって?」  志摩の声のトーンが下がる。  怒られるだろう、力尽くで止められるかもしれない。それでも、と俺は頷き返す。 「……他に何か方法がないか考えよう」 「志摩」 「俺は、反対だよ。これ以上齋藤を囮にさせることは出来ない」 「どうして……」  志摩のよく口にする効率的な作戦なのに。  俺の言葉に志摩は呆れたように息を吐く。そしてこちらを睨むように見た。 「約束したよね、齋藤……俺と一緒にいてくれるって」 「……っだ、だけど……」 「もう俺との約束を破るつもり?」  約束――その単語に何も言い返せなくなる。  志摩は阿賀松と会長がいなくなったらそれで喜んでくれると思っていた。  そもそもそのために俺達は協定を結んだようなものだ。けれど志摩は喜んでくれなかった。 「とにかく、今日はもう寝なよ。……疲れてるままじゃろくに動くことも出来ないよ」 「……志摩」  志摩は戻らないつもりなのか、と視線で訴えれば志摩は諦めたように微かに笑った。 「わかってるよ、俺もすぐ戻るよ」  その言葉にほっとする。  もしかしたら怒ってどこかへ行ってしまうのではないだろうか。愛想尽かされるのではないか。  そんな不安に駆られただけに、余計。 「齋藤と話てるとド肝抜かれるからね、眠気覚ましには丁度良いね」  そんな軽口をたたきながら立ち上がる志摩。  どういう意味だと聞き返そうと思ったが、延々とネチネチ小言を聞かされてしまう気がして俺は敢えて何も言わずに倉庫へ戻ることにした。

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