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√α:ep.5『最後まで一緒に』

 友達だとか、仲間だとか、信じるとか信じないとか、馬鹿馬鹿しい。  都合のイイときばかり味方面して人が困れば見てみぬふり。言葉ばかりの薄っぺらい関係には正直、うんざりしていた。 『亮太、俺達友達だろ? どうしてーー』 『……』 『亮太ッ!』 『……友達? 友達ってなに?』 『……は?』 『俺が助けてって言った時、お前が助けてくれたことなんて一度もないよね?』  助け合って、協力して、一緒に喜んで。  少なくとも、友達というのはそういうものだと思っていた。なのに、蓋を開けてみれば中には何も入っていない。  手を伸ばしても、届かない。こんな虚しいもののために必死になるなんて馬鹿馬鹿しいと思った。 『亮太、またお前問題起こしたんだってな。さっき電話が掛かってきてたぞ』 『……』 『亮太、聞いてるのか』  家に帰れば兄がいて、いつも遅いくせに、と思いながら無視しようとしたら目の前を塞がれた。  兄のことは、ずっと嫌いだった。  お気楽で脳天気で何も考えていない。押し付けがましい正義感が、優しさが、鬱陶しくて堪らない。 『ああ、ごめん。聞いてなかった。風呂入りたいから退いてくれない?』 『亮太』 『大丈夫、俺は怪我してないから』 『……亮太!』  昔は兄に憧れていたこともあった。  皆に優しくて、皆に尊敬されていて、どんなに辛くても笑って自分よりも周りを気遣って。  けれど他人の悪意が分かるようになってから、兄がただ利用されていることに気付く。  自分から進んで何事もする兄の姿は滑稽で、それを見て『ありがとう』だなんて笑う周囲にも吐き気がした。  兄が生徒会長に選ばれたとき、兄が興奮気味に電話をしてきたときのことを思い出す。利用されてるだけだよ、という言葉を飲み込んで『そう』とだけ返した。  どうしてそんなに喜ぶのか分からなかった。都合の良い用に面倒ごと押し付けられる役職にしか思えないのに。  そして、兄が生徒会長に就任して数ヶ月後――兄が入院した。  入院先は都内のでかい病院で、その中でも関係者以外見舞いが出来ない物々しい病室に隔離されていた。  見舞いに行ってやった時、兄の友人らしい赤髪の男が案内してくれた。  赤髪の男――阿賀松は兄は可愛がっていた後輩に校舎の窓から突き飛ばされたと言った。 『証拠はあるんですか』 『あったと言った方がいいな。消されてる』 『は?』 『お前の兄貴が落ちた時の監視カメラの映像がなくなってるんだよ。……心当たりはある。あいつしかいねえよ』  その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。そして笑いが込み上げてくる。  俺はああなりたくない。ならない。利用されるだけされて捨てられるような人間にはなりたくない。  眠る兄の横顔を眺め、頭の中で何度も繰り返す。  人は信用できない。腹の中で何考えてるのか分からない。分かりたくもなかった。  そんなやつらを信用するなんて俺には出来ない。そう思っていたしこれからもずっとそのつもりだった。  なのに。  ――友達に、嫌われたくないから。  あいつも『友達』という言葉に固執していた。  ちょっと優しくしてもらえば友達か。単純だと呆れる反面、いつの日かの愚かな自分を見ているかのようで目が離せなかった。  少し優しくしてやったら友達で、それならばもっと優しくしてやったらどうなるのだろうか。齋藤の中で俺は神格化でもするのだろうか。  だったらもう少しだけ友達ごっこに付き合ってあげようか。  そう思っていたのに。  ――知ってます、そんなこと。それでも、俺の友達なんです。  ――数少ない、友達なんです……っ、お願いだから、そいつにだけは手を出さないで下さい……っ!  夢現の中聞いた声、今ならばそれが夢ではないと分かっていた。  聞こえてきたのは芳川と齋藤の声。  人の約束破って侵入してきた上、今になってもまだ俺のことを友達と呼ぶ齋藤に呆れる。  それも、……俺なんかをわざわざ庇う齋藤に笑いが込み上げてくる。  ああ、馬鹿だなぁ齋藤。俺なんか無視して逃げてたらよかったのに。そうしたら芳川に会わずに済んだのに。  思いながらも、喜んでいる自分が確かにそこにいた。気づいてしまった。  ――志摩、俺、やるよ。……ちゃんと、最後まで諦めないから。  齋藤は一人では何も出来ない。それは俺も同じだ。  ――それで安心するなら……何度も約束するよ。俺は、志摩を裏切らない。絶対に。  いつからだろうか。逃げないように掴んでいた齋藤の手が、逆に俺の手を握り締めてくれるようになったのは。  ――……俺のこと、見捨てないで。  そう口にする齋藤に、ああ、と胸の奥の中のなにがが溢れ出しそうになるのを感じた。  今は、今だけは、なんとなく兄の気持ちが分かった。誰かに必要とされることが、信頼されるこの重みが、酷く心地良いのだ。  見返りもなく人の信頼に答え続けてきた兄は愚かだと思っていた。  けれど今は、齋藤が『ありがとう』と言ってくれるだけで、俺の側に居てくれるだけで嬉しくて、自分としての存在が認められてるようになったのだ。  齋藤が俺を必要としてくれているのなら、俺はそれに応えるだけだ。  体育倉庫前。  奥から聞こえてくる二人分の寝息を聞きながら俺は自分の掌を見つめる。  齋藤が囮になるくらいなら、俺がなる。そう思う反面、齋藤の隣に居られなくなることを考えると寒気がした。  人に必要とされる喜びを知ってしまったせいだろう。今までどうでもよかった自分の体が傷つくのが怖くなった。齋藤が傷つくのも嫌だ。また、前みたいに……いや、今度はちゃんとした友人として齋藤の隣に並んでいたい。  そのためには俺と齋藤、どちらが欠けてもダメなんだ。 「…………」  あいつなら――兄なら、どうするのだろうか。  きっと誰も傷つかない方法を選ぶのだろうが、きっと俺がそれをするには手遅れな場所まで来ていることはわかった。  二人が無理でもせめて齋藤だけでも、いや駄目だ、齋藤は一人では何も出来ない。俺がいないと。  ならば、と拳を握り締める。  既に汚れきったこの身、落ちるところまで落ちてやろう。  せめて、その時は齋藤も一緒に。

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