結局、その夜はそのままマットの上に座って眠ることになった。 　そして翌朝、朝日の眩しさに目を覚ますことになる。目を開いてすぐ隣で丸くなっている栫井を見つけた。 　確か眠る前は跳び箱に凭れ掛かっていたような気がするが……まあいいか。 　志摩はどこだろうか。なんて思いながら起き上がり、辺りを探す。しかし、そこに志摩の姿はなかった。 「か、栫井……栫井っ！」 「……うるっせえ……」 「志摩が、志摩がいないんだよ」 「知らねえよ、あんなやつ」 　そう言って、ごろりと寝返りを打つなり再び眠り始める栫井。 「栫井……！」 　栫井の反応はご尤もだが、俺からしてみればそれだけで済まされる事態ではない。 　どうしよう、まだ外にいるのだろうか。もう明るくなっているのに。外を探してみるか。でも、誰かに見付かったら。 　そんなことを考えては一人百面相していたときだった。旧体育倉庫前、外れた入口に人影が浮かんだ。 　はっとして顔を上げれば、そこには探していた人物の姿があった。 「ちょっと栫井、何齋藤イジメてるわけ」 「し……志摩！」 「おはよう、齋藤」 「あ、おはよう……じゃなくて、どこに行ってたんだよ」 「どこって……ほら、お腹減っただろうって思ってさ。ご飯、買ってきちゃった」 　そう言って志摩は手にしていた袋を軽く掲げる。見覚えのあるそれは学生寮一階に併設されたコンビニの袋だ。 　どうやら学生寮まで戻っていたようだ。 「はい、これ齋藤の分。こっちは俺ね」 　大丈夫だったのだろうか。一人どぎまぎしながらも、志摩に手渡された袋の中を楽人する。 　袋にはパックジュースとパンが入っていた。 「あ、ありがとう……」 「……」 　丁度お腹が減っていたのだ、とつい頬を綻ばせたとき、隣でのそりと栫井が起き上がった。 　――そうだ、栫井の分。 「あ、あの……ありがたいんだけど……栫井のは……？」 「ああ、忘れてた。そういやお前もいたんだったね」 「……」 「し、志摩……」 　またそんな小学生みたいな煽り方を、と冷や汗を滲ませた時。志摩は袋の中からガサガサと何かを取り出す。 　そして、 「ほら、お前の分だよ」 　言いながら何かを栫井の前へと放り投げる志摩。渡し方には些か問題があるものの、俺は素直に驚いた。だって、あの志摩がちゃんと栫井の分まで用意しているなんて。 　じんわりと感動しつつ、栫井の前に転がるそれに目を向け……凍り付いた。 「箸もらうの忘れたから素手で食えよ」 　……前言撤回。 　置かれたそれは缶詰だった。こんな状況で非常食、確かに非常時ではあるがなんという嫌がらせじみたチョイスだろうか。 「か、栫井、俺の箸使っていいよ」 「いらねえ」 「でもそれじゃあ食べれないよ」 「いらねえって言ってんだろ」 「こんな不味そうなもの食えるかよ」と吐き捨てる栫井。 　ほら機嫌が悪くなってしまっているではないかと志摩にアイコンタクトを送れば、何を勘違いしたのか「こんな時にまで我儘言える立場？」と余計煽り始める志摩。 　何故喧嘩を吹っ掛けるのだ、と慌てて俺は栫井と志摩の仲裁に入る。そして、手にしていたパンの袋を開けた。 「栫井、それなら俺のパン半分あげるよ。……これなら食べられるよね」 　言いながらパンを千切ってその半分を差し出せば、栫井は興味なさそうにそっぽ向いた。 「……つか、余計なことしてんじゃねぇよ」 「え？」 「優しいんだな、アンタは」 「本当、ムカつく」と、吐き捨てられたその言葉に思わず固まる。 　優しいというのは個人的に褒め言葉だと思っていた。けれど、栫井の口にするその単語は酷く冷たくて、なんとなく刺々しい。 「か、栫井……？」 「なに、その言い方は」 　あっちが気を損ねればこっちも気を損ねる仕組みになってるらしい、どうやら。 　今にも栫井に掴み掛かりそうな気配すらある志摩のネクタイを引っ張り、「志摩、いいよ」と慌てて宥める。 「気に障ったんだったら……謝るよ。けど、何か口に入れた方がいいよ」 「……」 「栫井……」 「ほら、栫井もいいってよ。齋藤のは齋藤がちゃんと食べなよ。食べないと体力つかないのは齋藤もなんだからね」 「……わ、わかったよ」 　……昨日少しは分かり会えたかもしれない、と思ったが俺の考え過ぎだったのかもしれない。 　栫井の食糧は、また後でこっそり用意するか。 　そんなことを考えながら、俺は取り敢えずこのやり場を失ったパンを食すことにした。