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02
結局、栫井はそれから俺と目を合わせてくれなかった。なんとも気まずい空気の中朝食を済ませた俺達はそのまま栫井を残して旧体育倉庫を後にすることとなる。
栫井のことだ。このままどこかへ行くことはないだろうけれど、やはり気になるものは気になる。
「何あいつ、ムカつくな」
「志摩、もう良いから」
「齋藤が良くても俺が嫌なんだよ」
やっぱり二人の相性の悪さは問題だ。そもそも志摩が素直に朝食を渡せば良かっただけの話な気もしないでもないが、志摩だしな、という諦めすらもあった。
きっと遅かれ早かれまた揉めるだろう。そうなったら栫井を利用することも難しくなる。
せめて志摩が折れてくれたらと思うが、それも無理だろう。この関係が崩れるまで時間の問題なのは明らかだ。
……その前になんとか決着をつけなければ。
「……志摩、聞いて欲しいことがあるんだ」
「囮の話なら聞かないよ」
校舎へと向かう途中の道、志摩はこちらを見ずに即答する。
……やはり勘が鋭い。が、志摩がこういうことも予め想定していた。
だから敢えて「違うんだ」と首を横に振る。
「昨日、あれから志摩に言われた通り他に何か良い案がないか考えてみたんだ」
「それで?」
「阿佐美を尋ねようと思う」
パックジュースを手にストローを咥えたまま、志摩はピタリと動きを止めた。
「……俺の聞き間違いかな」
志摩の声がワントーン落ちる。
ああ、怒っているな。と思ったが、ここで折れるなら最初から持ち出していない。
「阿佐美なら話も分かるし、阿賀松がなにをしようとしてるのかも分かるかもしれない」
「……齋藤、それ本気で言ってるの?」
突き刺さる志摩の視線を受けながら、俺は頷き返す。
「驚いたよ、齋藤がここまで馬鹿だとは思わなかった」
容赦のない言葉だが、志摩のこの反応は粗方想像出来ていた。
志摩は阿佐美を警戒している。無理もない、阿賀松と通じているのは間違いないのだから阿佐美と接触するということは阿賀松本人ともそれ程近付くということだ。
それでも、それ以外確実な方法は思いつかないのだ。
「皆が皆話し合いだけで分かり合えるような人間だと思ってるなら考えを改めるべきだね」
「でも」
「でもじゃない」
「志摩……」
「とにかく、様子を見るべきだと俺は思うね。俺達には時間もだけれど情報もない。下手に動いたらやつらの思う壺だよ」
見誤るな、と言っているのだろう。志摩の言葉は最もだ。けれど、悠長に構える暇はないのだ。
……だからこそ、なのだろうが。
手っ取り早い方法があるというのに、それを許可してもらえないというのはなかなか焦れったい。
それほど志摩が俺の身を案じてくれていると思えばいいのかもしれないが、そうしている内に志摩の首まで絞められているような気がしてならないのだ。
「昨日、齋藤が言っていたあれ」
志摩を納得させる方法がないだろうか。そんなことを考えていた時だった。
ふと、思い出したように志摩は口を開く。
「停学を解除っていうのはいいと思うよ」
「……本当に?」
「嘘はつかないよ。けれど、自分から阿賀松たちの元に行くのは許さない。だから、俺の目の届く範囲で授業に復帰するだけ」
「少なからず奴らの動きを確認する必要は出てくるし、それにいつまでもコソコソ逃げ回ってる暇はないんだしね」驚く俺を見て、志摩は笑った。
「志摩……ありがとう」
「このくらいのことでお礼なんてやめてよ。まるで俺がすごい心の狭いやつみたいじゃん」
茶化すつもりなのだろうが、実際問題志摩は結構変な所で厳しいことには違いない。敢えて俺は流した。
「それと八木先輩のこと。あいつのこと、それとなく芳川に伝えてみたらどうだろう。表向き阿賀松側だって隠してるんでしょ? なら今下手に齋藤に手を出せないと思うし、芳川に牽制させておけば大分こっちも行動もしやすくなるんじゃないかな」
志摩の提案はあくまでも冷静なものだった。
芳川会長には例の書類の出所についての詳細は伏せていた。
それを利用するということは、八木を利用するということだ。生徒会と風紀委員の信頼関係にも関わって来るだろう。もっとも、芳川会長が俺のことを信じてくれればの話だが。
……八木のことは、威圧感あるし怖い人だと思っていた。けど、実際俺を匿ってくれていたし、世話をしてくれたのも事実だ。
罪悪感に胸がチクリと痛むが、それに目を瞑る。
「……そうだね」
余計なことを考えるな。いまは、目の前のことだけを考えろ。後ろを振り向くな。
自分に言い聞かせるように、俺は頷いた。ふ、と志摩は小さく笑い、そして「それと」と思い出したように口を開く。
「壱畝遥香のことだけど」
「……何かわかったの?」
「やつが転校してからは芳川が面倒見ていたみたいだけど、特別仲がよさそうなわけじゃないみたいだね。副会長候補という話が出てきたのも最近の……齋藤が入院した頃の話みたいだ」
「……」
壱畝遥香――あいつの名前を聞きたくもなかったが、避けては通れない道だ。それよりも、ずっとこの組み合わせの違和感が胸に引っかかっていた。
不自然なのだ、色々。なによりも急すぎる。栫井の退学にしても全てが円滑に進みすぎているのだ。
恐らく、裏で会長と壱畝の間でなんらかの取引が行われているのは一目瞭然なのだけれど、肝心の内容が不明ときた。
全て予測でしかないが、会長の裏を知ってしまった今、会長は壱畝のために敢えて生徒会の――副会長の席を空けるためだけ栫井を陥れたような気がしてならないのだ。
そして俺も栫井も用済みになった。……壱畝がいるからだ。
二人を繋ぐものがなにかまでは分からないが、だとすれば栫井の退学理由が作為的なものだということを証明することができればまた変わるのだろうか。
でも、どうやって?妊娠したという子に会って「本当の父親は誰なんですか?」と問い詰めろということか?……無理だ。
ならば話を聞くだけでも出来ないだろうか。
しかし肝心の女子については他校の女子ということしかしらないし、やはり志摩の言うとおり情報量が少なすぎる。
そこまで考えて、ふと閃いた。
そう言えば一人いるじゃないか、他校の女子ともある意味深く交流がある人物が。
「……そういえば、十勝君は栫井のこと知ってるんだよね?」
「そりゃ耳には入ってるでしょ、同じ役員なんだし」
「少し……話聞けないかな」
十勝ならば、十勝ならば女子相手に俺よりも上手く聞き出すことも出来るかもしれない。
前提としては、俺達と同じように栫井の退学のことを疑問に思っていなければならないのだけれど。
「今度は何を企んでるわけ?」
「企んでるわけじゃないよ。……けれど、気になったんだ。生徒会の皆は会長のこと、栫井のことをどう思ってるんだろうって」
それに今まで一緒にやってきた仲間だ。あまり仲が良いようには見えなかったが、それでも十勝の性格を考えれば何か疑問があれば見過ごさないだろう。……少なくともそう思いたかった。
「齋藤ってば……本当におめでたいよね」
志摩の嫌味にもそろそろ慣れてきた。
おめでたくてもなんでもいい。いくら小さくても可能性があるならそれを無視することは出来ない。
「確かに、栫井のことはどうでもいいんだけど壱畝遥香の件は確かに不愉快だもんね。いいよ、俺の方からあいつに連絡とってみるよ」
「いいの?」
「お礼はキスでいいよ」
「ありがとう、志摩」
「あ、スルーなんだ? ……まあ、いいけどね」
とにかく、芳川会長については栫井の退学問題の方から生徒会方面で探りを入れてみることにした。
そして阿賀松については様子見。闇雲に手を出すには厄介過ぎるという志摩の意見だ。
栫井は――このまま暫く旧体育倉庫に置いておくことにした。
念の為別の朝食を用意し、届けることになった。
逃げないようにと念のため柱と腕を縛ることになったが、食べ物は片手で食べられそうなものを用意したから許してくれるだろう。
栫井は終始一貫不機嫌顔だったが、一緒に校内を彷徨くよりはここのが安全だろうと判断したのだ。
逃げられるんじゃないかという可能性も考えたが、俺達と行動する方が安全だと栫井も分かっているはずだ。……逃げたくなるほど志摩がムカつくというのならどうしようもないが。
そして、それから俺達はそのままの足で職員室へ向かった。
……俺の停学を解除するために。
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