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     某学園で風紀委員会、委員長を務める栢木梨央は野生の動物並みに鼻のきく男だった。  栢木家が華道の家元で、父親は華道家で師範をしており、母親は元調香師。においに囲まれて育っていたうえに、鼻炎など鼻に関する病気等々にはなったことがなく、とても通りのいい鼻だった。おかげで味にも敏感だ。  そのせいか、で梨央は立派な匂いフェチになった。父親が生けた花の調和のとれた香りも、母親が作ったひとを癒すお香も、すべてがすべて、梨央のお気に入りだ。  匂いフェチなど、普通のひとからすればなんて性癖か、となるが梨央はひとの目をひく超絶男前な顔立ちだったので、ものすごくスケベであっても顔で得をしてきた。誰ひとり梨央の性癖にひくことはなかった。顔の良し悪しは人生を左右する。  様々なかおりのなかで、梨央がひときわ好きなのは常に甘い匂いのする女の子たちだった。試しに飲まされた薄めた酒も飲めぬ生粋の甘党である梨央にとって女の子の匂いはどんなお菓子にもかなわぬ最高のものだった。中学まで常にまわりに女の子を侍らせ、毎日毎夜女の子の匂いを堪能していた。堪能していたら、さすがに奔放すぎる、と梨央は全寮制の男子校である某学園に入学することとなった。なんてこったい、と言いながらも好き勝手やってきた自覚はあり、困った顔をする両親をこれ以上困らせるのは本意ではない梨央は逆らうことなく某学園へ。  入学してみればあらびっくり、女の子にも勝ると劣らぬ甘い匂いを漂わせた男たちがそこらじゅうにいるではありませんか。梨央は嬉々として男子校でも通じる顔を駆使して周りに甘い男たちを侍らせた。さすがに女の子たちのように夜にまで堪能することはなかったが、それでも充分だった。  と、まあ、この学園でも好き勝手していれば風紀に目をつけられ、監視対象と称して風紀委員に囲まれ、度々風紀室にお邪魔していたら、気が付いたら、風紀委員会に所属することとなり、自ら風紀を乱すことなかれ、と周りに男を侍らせることができなくった。これは嵌められたな、と気が付いた梨央だったが、気にすることなく風紀の仕事に従事した。やるときはやる男、栢木梨央である。  風紀の仕事をするようになってから、今まで殿上人に近しかった存在、生徒会執行部と接する機会が増えた。そこで梨央は大変興味のひかれる人物と出会った。  この学園の絶対的存在、宮輝雅。  美しい見目のその佳人は、見た目にあったとても洗練された匂いをまとっていた。その匂いは梨央の好みドストライクで、一瞬にして梨央は虜となった。しかし、警戒心の強い輝雅とその取り巻きたちは仕事外で話すことを許してはくれない。あまりにも高嶺の花すぎた。梨央は必要以上の接触を諦めて、遠くから眺めることにした。見た目も美しいので眼福だ。  二年に進級し、一か月たったある日、変な転入生がきた。とうてい食指がはたらきそうもない、見た目の小汚いやつだ。一目見て梨央は顔をしかめて近づかないようにしようと心にきめたが、その生徒は転入してきた初日から問題を起こし続けてくれた。二年にあがって委員長に昇格した梨央はそれを無視することができないため、厭でもかかわることになってしまった。  転入生が起こした問題――まず、生徒会執行部の機能停止。なぜか会長以外の役員が転入生に骨抜きになり職務を放棄しはじめた。身近にあんなにも綺麗で美しい輝雅がいるというのにその役員どもは転入生を「可愛い、なんて綺麗な心なんだ。君はこの学園の花だ」と褒め称えた。大変気持ちの悪いポエムである。それにトキメク転入生の底が知れる。その場面に居合わせた風紀委員のひとりは失笑し、ひとりはあまりの気持ち悪さにトイレに駆け込んだ。副委員長から素直すぎる反応を報告された梨央はどう反応すればいいのかわからなかった。  次に、その生徒会執行部の役員の親衛隊からの制裁行為に対する過剰防衛。  最初から親衛隊は転入生に制裁行為をしていたわけではない。初めは親衛隊から転入生への懇願だった。「君に夢中になるあまり、あのひと達は職務放棄をしていて会長ひとりに負荷がかかっている。だから、どうか君から仕事をするように頼んでくれないだろうか」と、丁寧に頭をさげた。だというのに転入生は「お前らがそうやってあいつらを仕事仕事で孤立させてきたんだろうっ。最低だ!」と話を聞くことなく親衛隊の隊員をひとり突き飛ばした。制裁行為ではないことを確認し見届けるためについていた風紀委員のひとりがその場面をきっちり録画していたため、転入生は反省文と三日間の謹慎処分を下されたが生徒会役員がそれを突っぱねた。「彼は悪くない。悪いのは親衛隊のやつらだ」と口をそろえて抗議をしてきた。なんて愚かな。睥睨する梨央に、役員たちは半泣きになっていた(ならば反論をするな)。  それからも親衛隊はめげずに頭を下げていたが転入生は聞く耳持たず。とうとうしびれと堪忍袋の緒がきれた親衛隊は実力行使に出た。正直その気持ちはわかるが、暴力よくない。  増える風紀の仕事と滞り始める生徒会の仕事。生徒会の方は先生たちと輝雅の取り巻きがどうにかしているが重要書類等は一般生徒はもちろん、何故か教師ですら触れることができず、やはり効率が悪くなっている。日に日にやつれる輝雅に取り巻きと全校生徒は嘆いた。そして日に日に募る他役員と転入生への不満。これはいつか戦争が起こるな、と梨央は深く深くため息を吐いて生徒会へ書類を届けるべく廊下を歩く。  生徒会室についてきっちり四回ノックをしたが反応がない。ドアノブをひねれば鍵がかかっていない。なんて不用心な。ここには重要書類がわんさかあるというのに。豪奢な扉を開いて入った室内には誰もいなかった。 (――や、でも誰かの匂いが残ってる……さっきまで誰かいたな)  匂いフェチのなせる業か。くんくんと鼻を動かす。部屋をぐるりと見まわし、仮眠室の扉がかすかに開いていることに気づく。書類をローテーブルに置いて近づけば、より濃い匂いが漂う。甘くて、梨央が好きな匂い――高校に上がるまでに散々かいだ、ある時期の女の子の匂いに似ている。なんで、この学校でこんな匂いがするのだろうか。  扉を引いて中をのぞけば、大きなベッドに横臥しているひとがいた。ここからでも身体のラインが綺麗なのがよくわかる。  ふわふわと漂う匂いに誘われるように、梨央はそのひとに近づく。 「――みや、てるまさ…………」  すよすよと可愛らしい声で寝息をたてて寝ているのは、生徒会執行部の会長、輝雅だった。  こんなにも近くでこの美貌を見れる日がくるとは思わなかった梨央は自分の鼻と輝雅の鼻がくっつきそうなほど近くに顔をよせてまじまじと見つめた。なんて綺麗な肌だろうか。めちゃくちゃに嘗め回したい。下心全開なことを考えながらも、輝雅の顔色が悪いことに気づく。仕事に追われていれば、体調も悪くなるだろう。ならば邪魔をせずに寝かせるべきだろう。――しかし、先ほどから、輝雅からかおる匂いが気になって仕方がない梨央は、鼻を近づけて輝雅の身体をなぞるように下半身のほうへ動かす。 「……ここか……?」  かすかに、血の匂いがする。鼻をそこにくっつけて匂いをかぐ。 「これって……」  “あの匂い” と同じだ。  顔を股からはずして、佳人の顔を見遣る。梨央はあがる口角をとめることなくニヤニヤといやらしく、笑った。  

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