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②
「……まじかよ」
梨央はずるりと指を抜き、輝雅の顔を覗き込んだ。
くぴーくぴー、と輝雅は可愛い寝息をたてて眠っている。涙とよだれの跡がなんとも間抜けではあるが、それで損なわれる輝雅の美しさではなかった。
あまりのことに腕の力が抜けた梨央は、輝雅の頭の隣に突っ伏した。
「……まじかよー……」
据え膳にもほどがある。なんのためにここまでしたと思っているんだ。美味しくいただくためだ。だというのに、御馳走は目の前で健やかな寝息を立てて、穏やかな寝顔で眠っている。
「……宮、疲れてるもんね……」
ひとりで役員全員分の仕事をしているのだ、疲れているのは当たり前だ。その上宮は今生理だ。眠ってしまう原因なんてそこらじゅうに転がっている。
「…………風邪、ひくから着替えるか……」
これ以上宮の身体を追い詰めてはいけない。ようやく休息を得られているのだから。今は休ませるのが最善だろう。
「……くぅ……っ」
それでも、悔しいのは変わらない。
* * * *
「ふがっ」
「うそだろ」
奇怪な声を出して輝雅はうっすらと目を開けた。梨央はもう一度「うそだろ……」と呟いた。
「ん、んん? ……んー……? ここどこぉ? りょーくんのお部屋ぁ……?」
「んんっ、寝起き可愛いけどりょーくんが気になる……っ。宮、おはよう。ここはりょーくんとやらではなく俺の部屋だよ。ついでにりょーくん誰」
「りょーくんはねえ……おれのいとこでねぇ……よくいっしょにねてるのぉ……」
「そっかあ。宮、今りょーくんにしか反応してないねえ」
「りょーくん……」
「俺は梨央くんだよー」
「……りょーくん」
「なんでだよ」
まだ寝ぼけている輝雅はがくんがくん首を左右にふりながらむにゃむにゃと口を動かしている。正直怖いから首の動きだけでもやめてほしい。
「みーやー、起きるなら起きろよ。もう朝だし、学校行こうぜ。仕事手伝うから」
「……風紀も忙しいじゃん……」
がっくんがっくんと動く首は相変わらずだが、意識はだいぶはっきりしてきたようだ。首の動きをやめてくれないだろうか。
「あとさ、ナプキンとかなんもなかったから取り敢えずトイレットペーパーをまきつけて――」
ばふんっ。
輝雅は顔を真っ赤にして梨央の顔面に枕を叩きつけた。
低反発枕を使っている梨央は低反発でも勢いよく叩きつけられた枕は痛いのだと知った。
「……すごく、いたいです……」
「謝らないからな! トイレットペーパーで処置してくれたことには感謝してるけどっ、根本的なこと考えたら栢木のせいだし! いやっ、ていうか鞄の中にあったはずなんだがっ」
「さすがに勝手に鞄荒らすのはなぁ……」
「ひとの性器とケツの穴に指突っ込んだ奴がなに言ってんの……?」
「おいおい、その上品な顔でケツはやめろよ。お尻って言えよ」
「なんもかわんないし!」
ベッドから立ち上がった輝雅は素早い動きで鞄をひっつかみトイレに駆け込んだ。
「栢木! おれのパンツどこっ」
「乾燥機の中ー。たぶん今終わってるとこかと」
「さっさと持ってきて!」
のそのそと歩き乾燥機から取り出したパンツをトイレの前に置き、少し離れる。「置いたぞー」声をかければ、そっと開かれた扉から白い手が出てきてパンツを素早く拾い上げた。
見届けた梨央は寝室に戻り、血まみれになったシーツを引きはがした。
「あっちゃー……マットレスにもついたか……」
これは新しいものを用意しなくてはいけない。マットレスを新しくするお金はあったかどうか。
戻ってきた輝雅もマットレスの惨状を見て「うわ……」と声を出していた。輝雅のせいだが、輝雅だけのせいではない。
「栢木……半分出そうか……?」
何かを指折り数えている輝雅の申し出を梨央は断った。根本的な原因は梨央なうえ、何も準備しなかった梨央の不手際だ。
「汚しても大丈夫なようにするって言ってなかったか?」
「……風呂場だけで済ませようと思ってたから……ちょっと興奮しすぎたから飛び出したけど」
ちょっとお触りして、ちょーっといろいろしたら終わるつもりだったが、興奮のあまりそれだけでおさめることができなかった。
寮監への言い訳を考えながら梨央は持っていたシーツを顔に――正確には鼻に近づけた。
「――うん、やっぱいい匂い」
「っ、変態!」
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