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俺が休んでいた場所は、役所の客室間だったようだ。 部屋を出てまず出迎えてくれた様々な種族の職員達に度肝を抜かれることになる。 俺の二倍はある大男もいれば、俺の膝よりも小さな小人もいて、喋る植物、宙に浮かぶパソコンのような機械に向かって長い爪でブラインドタッチをする獣。 雰囲気は人間界の役所に似ていた。それぞれ統一した仕事着を着用し、オフィス内で各々の職務を全うする。 ただ違うことと言えば、そこで働く種族の多さと、意志を持ったように動く小物たちか。 「この世界で夜が明けることはない」 役所を後にすれば、大通りへと出る。 深い紫色の空は、金平糖を零したようなカラフルな星星で彩られ、その真上には、笑みを浮かべた三日月が浮いていた。 三日月型に細められたその目はぎょろりとこちらを見てきたので、一瞬体が強張る。 「一日の時間は月齢で判断することになっている。伊波様の過ごされていた人間界での午後零時は新月……月が完全に欠けた状態を示し、午前零時は満月を差す」 「へぇ……すごいロマンチックだね」 「……ここで生活していく上で、満月時、月が満ちている時間帯には出歩かないようにしていただきたい。……月が満ちている時間帯は魔力が高まり、己を制御出来なくなる魔物が多い」 「……制御出来ないって……黒羽さんも?」 「自分は、他の魔物とは違う。……と言いたいところだが、薬を飲まなければ危ういところもある。それほど、満月は危ういものだと思っていただきたい」 大きな道路を空飛ぶ箒に首無の馬が駆け抜けていく。 もう一度月を見上げた。まだ月の形からして満ちていない。「因みに今の時刻は午前8時だ」そう、黒羽が付け足す。 「伊波様、これを」 そして、どこからか懐中時計を取り出した。鈍色の懐中時計は表面に石が嵌め込まれている。 「これ……」 「盤面が人間界と同じものを用意したから、恐らく問題なく使えると思うが……」 「ありがとう、黒羽さん」 「自分は、当たり前のことをしたまでです」 言ってから、敬語で話したことに気付いたのだろう。少しハッとして、すまない、と黒羽は頭を下げる。 少しだけ笑いそうになりながら、俺は黒羽からもらった懐中時計に目を向ける。 アンティーク調のデザインは、嫌いじゃない。 なんとなく、秒針の進み方がゆっくりのような気がするが、気のせいだろうか。 「それでは、ここから先は車で移動するか」 「車って……この世界にも車があるの?」 「ああ、とは言っても、ガソリンで動くわけではないが……」 黒羽がトン、と足を慣らしたときだ。 どこからともなく全面黒塗りの車が走ってくる、そして、俺達の目の前で急停車し、後部座席が開いた。 「あの、これ……」 「自分の愛車だ。……伊波様は後ろに乗ってください」 「は、はい……」 窓すらも真っ黒のその車は町中で見かけたら近寄りたくないタイプのそれだ。黒羽は前方、左側の扉を開き乗りこむ。 外車なのだろうかと思いながら後部座席に乗り上がり、驚いた。その車にはハンドルとなる部分が存在しないのだ。 「進め、目的地はカルネージ学園だ」 そう黒羽が告げたと同時に、車体は走り出す。 どうやって、とか、動力はなんだ、とか気にしてる暇もない。座席が肉肉しいというか、天井がやや湿ってるとか、生き物みたいな声や息が奥から聞こえてくるとか、そんなもの気にしてる余裕もなかった。 凄まじいスピードで走る車。真っ黒な窓の外の景色は矢のように飛んでいく。 込み上げてくる吐き気を必死に抑えながら、俺は、いち早く目的地へとつくことをただ願っていた。 国立カルネージ学園。 そこが、俺がこれから人間代表として生活していくことになる施設だという。 学園とは名ばかりの魑魅魍魎蠢く無法地帯の収集所。 そう、黒羽は口にした。 俺は、その言葉にすぐに納得した。 車を降り、見上げる。 まず視界に入ったのは、巨大な壁だった。 街の中央、嫌でも目につくその壁には見たことのない文字が赤黒い絵の具で無数に書き殴られていた。 辺りを見渡す。 先程の役所周辺と打って変わって辺りは閑散としていた。壊れた建物に、転がる肉塊、腐ったような悪臭に具合が悪くなった。足元をネズミのような形をした魔物が走っていく。 巨大な壁、その門の前では凡そ人間とは掛け離れた容姿をした二人組のスーツの門番がいた。 盛り上がった筋肉に、開いた顎から覗く尖った牙。 額を突き破るように生えた太い角。 赤い色と青い色の肌をした鬼は、俺たちの姿を見るなり大きな足をどすどすと慣らしながらやってくる。 食われる、と、直感で恐怖を感じたときだ。 二体の大鬼は、腰を深く折り、頭を下げる。 「「お待ちしておりました、伊波様」」 低く、地を揺らすようなその声に似つかわぬ、丁寧な言葉に俺は驚愕する。 「この度は我がカルネージ学園を滞在場所と選んでいただきありがとうございます。こうして伊波様と共に生活できることができるとは、恐悦至極に存じます」 赤鬼は、深々と頭を下げた。 その隣、青鬼はつられてぺこりと頭を下げる。 「迎えを寄越すことも出来ず申し訳ないっす。なんか、クソガキ共が暴れ回って皆手一杯だったんすよ。長旅ご苦労様です……って、いてえ!!」 そして、青鬼は赤鬼に殴られていた。 「青崎、お前口の聞き方にはあれほど気をつけろと言ってるだろうが!伊波様に向かってご苦労様とはどういう了見だ!」 「な、なんだよ……ちゃんと敬語で話せてるじゃんかよ……っておい!殴るのやめろ!お前の棍棒まじでいてーんだよ!」 青崎と呼ばれた青鬼をボカスカと容赦なく太い棍棒で殴りつける赤鬼。俺は今何を見せつけられてるのだろうか。 黒い血をどくどくと流す青崎に見兼ねた黒羽が仲裁に入る。 「赤穂殿、それまでにしておけ。……それと、我が主は疲れている。早速だが伊波様の部屋まで通して貰いたい」 「……これは見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。畏まりました。直ちに門を開きましょう。……青崎!」 「はいよー」 あれだけ殴られたにも関わらずどこか抜けてる青崎に、赤穂と呼ばれた赤鬼は今にも殴り掛かりそうだったが堪えていた。 大きな門の左右端、並んだ青崎と赤穂。二人が何かをしたと同時に、石造りの門はゆっくりと上部へと持ち上げられていく。 そして、現れたのは闇夜に広がる巨大な建物だ。 古めかしいレンガ造りの城に、白い石で出来た様々な植物に包まれた神殿。そして、吊るされた提灯に照らされる五重塔。 その3つの塔の中央、巨大な施設がそこにはあった。 和洋折衷全て取り入れたような歪な建物。それこそが。 「カルネージ学園……」 矯正が必要な魔物を全員隔離するための施設。 俺が、これから生活することになる場所だ。

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