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06
学園とは言えども、やはり、人間界の学校とは大きく代わっていた。
まず、食事だ。学生寮というと基本決まった時間帯に食事を摂るイメージがあったのだが、ここではまず全員の生活リズムがバラバラだと言う。
そして次に食事の内容だ。
食べるものも違えば量も違う。畳ばりの巨大な大広間。
そこには大きな座卓と、各生徒専用の座椅子がずらりと並んでいる。
そして和室その奥、バイキングカウンターに乗せられたのは大小様々の銀皿と、食事たち。
皿の上で蠢く見たことのないような生き物やとてもじゃないが食べ物には見えないような無機物、悪臭を放つ明らかに食べてはダメなタイプのそれに、俺はというと食欲が失せていた。
「……おい、随分顔色が悪いが……大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
正直俺は舐めていたかもしれない。種族は違えど話すこともできるのだからわかり合うことも可能だと思っていたが、まず決定的な違いを見せつけられたような気がした。
慌てて部屋の奥へと避難する。が、すぐ傍にどかりと腰を下ろした泥のような塊が皿に乗った虫を皿ごと食べてるのを見て、気が遠くなった。
「あーあ、まあ、そういう反応だよね」
聞こえてきた声に振り返れば、そこなは銀の皿を手にした巳亦が立っていた。白梅に殴られたのか、右頬に大きな引っ掻き傷があった。
「巳亦さん……」
「あー、巳亦でいいよ。そういう風に呼ばれるとこそばゆいし。……っと、ほら、これ」
巳亦はそういって、銀の皿を俺に差し出した。
ぎょっとしたが、その上に乗っているのは家の食卓でも見かけるような米や肉、野菜に魚という材料を使った和食だった。皿の隅にはデザートにとお萩も乗っている。
「これ……」
「人間はこういうのが好きだろ?だから、取ってきたんだよ。多分曜君のことだからあそこに近付くこともできないんじゃないかって思ってさ」
「あ、ありがとう……!えーと……巳亦!」
「気にしないで、俺も君と好みは似通ってるからね。せっかくならって思って」
「余計なことを……そんなことをせずとも最初から俺がそれをする予定だったが」
「あれ?そうなんだ?ごめんね、黒羽君の仕事取っちゃって」
黒羽も黒羽だが、巳亦も巳亦だ。悪意のなさそうな顔をして当たり前のように煽り返す巳亦にはなかなかヒヤヒヤするものがある。
「あの、巳亦って、和食が好きなのか?」
「そうだなー好きっていうか、しっくり来るんだよ、俺、長い間人間界で生活してたから舌がそっちに馴染んじゃって」
「え、人間界に?」
「そうそう、人間のふりしてるだけで結構多いんだよな、そういうやつ。つっても、大分前の話だけど、人間界で生活してたときはよく近所の街に降りて人間の子供と遊んでは飯奢ってもらってたなー」
懐かしそうに目を細める巳亦。
おとぎ話のような話だが、妖怪であるはずの巳亦と話していて憶えた違和感の正体が分かった。
同世代の友達と話してるような気軽さを覚えるのは、巳亦が人間界で人間と触れてきたからか。
「それでも、ここにきてからは暫く顔も出せてなかったんだけど。……あ、そうだ、曜って呼んでもいい?」
「え、いいけど」
「なあ、曜、俺お前が住んでた時代にすげー興味あるんだ。今外ってどうなってるんだ?な、教えてくれよ」
「おい、伊波様は食事がまだなんだぞ、控えろ」
「……それじゃあ、食べながらでもいいなら」
「い、伊波様……!」
黒羽は怒った顔をしていたが、俺自身巳亦の話には興味があった。不満ありありとした黒羽の目が痛いが、多目に見てほしい。目で訴えかければ、黒羽はやれやれと言わんばかりに大きな溜息をついた。
驚くほど、巳亦とは話があう。
巳亦の話術もあるのだろうが、それでも話していて相手が人間ではないことを忘れさせてくれるのだ。
俺と巳亦が話している間、隣で黒羽は黙々と大福を食べている。
「巳亦って全然人間っぽいよな、話しやすくて、巳亦が友達だったら楽しかったかも」
「どうしたんだよ、いきなり。俺を口説いたところで何も出てこないぞ」
「……巳亦って、なんなの?黒羽が天狗って言うのは聞いて、あーなるほどって思ったんだけど……巳亦は全然分かんないな。……さっき、白梅が蛇とか言ってたけど……」
「あんなの、ただの嫌味だって。……それに、俺の聞いたって面白くないんじゃないか?」
「そんなこと……」
「それより、皿が空いてるみたいだな、継ぎ足してやるよ」
「あ、いいよ、自分でやるし……」
「いいって、曜はそこで座ってろ」
言うな否や立ち上がる巳亦。
露骨に避けられたような気がして、落ち込む。もしかしたら俺は巳亦に失礼な態度を大分取っていたのではないのか。
あまりにも話しやすいものだから調子に乗ってしまった自分の言動行動を思い返し、反省する。
巳亦、あまりそういうことを話したくないのだろうか。
……難しい、どこまで踏み込んでいいのか、黒羽は俺に対してならなんでも答えてくれそうな勢いだが、黒羽のような相手ばかりではないということか。
「おまたせ、ほら、黒羽君の好きな饅頭があったからついでに貰ってきたよ」
「誰もそんなこと頼んではいない、余計な真似をするな」
「はいはい、じゃあ俺が貰うかな」
「別に要らんとは言ってないだろ」
……どっちだ……。
大分黒羽の扱いにも慣れてきた巳亦。その態度は先程までと変わらない。
俺の考えすぎ、というわけではないだろう。俺は、今度は一線を踏み越えぬよう気を付けることにする。
食事を終え、俺と黒羽は巳亦と別れた。
もう少し巳亦と話していたかったのだが、どうやら用事があるそうだ。たくさんの妖怪たちでごった返した広間をあとにする。大分腹が膨れていた。
「伊波様、あの巳亦と言う男、あまり信用してはならない」
「黒羽さん、またそんなことを……」
「……あの男からはきな臭い匂いがする」
「……きな臭い……」
俺は、何も感じなかったが、黒羽の言葉には妙な重みを感じるのは常に俺の周囲に気を張り巡らせていると分かってるからか。
確かに、気になることがないといえば嘘になる。
巳亦は最後まで種族を教えてくれなかったが、だからといってきな臭いとは思えない。
それとも黒羽の嗅覚は何かに反応したというのか。
「伊波様のお役目が他者と親交を深め、模範となることというのは重々承知してるつもりだが……相手には充分気をつけていただきたい。……今まで人間を餌として過ごしてきた連中だ」
「……分かった」
適度な距離感を保つこと。黒羽の目に届かないところへいかないこと。そう、黒羽と約束する。
外は先ほどと変わらず月が浮かんでいた。けれど、心なしか空の紫は色濃くなっている。
懐中時計を確認すれば、表示された月は先程よりも太く、満ちていた。
午後七時半。
午前に比べ、塔内で出会う妖怪たちの印象は大分代わっていた。鬼に獣、大柄なものたちが通路を塞いでいた。
いずれも柄が悪く、俺の姿を見て何かを話し合っていたが、その口元にイヤな笑みを浮かべては与太話を続ける。
感じ悪いな。思いがら、俺と黒羽は一度部屋へと戻ることにした。
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