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「目的の品も手に入れたし、そろそろ……」
戻るか、と口を開く黒羽に俺は「あの!」と慌てて手を上げる。
「寮に戻る前に、ちょっと……食べていかない?」
「別に構わないが……私はその、巳亦のようにこの辺の良し悪しは分からないぞ」
「それは、いいんだ。行きたいところは決まってるし」
というわけで、黒羽からの許可を貰った俺は、一度大通りに戻ることにした。通りに出ると数体の妖怪たちがこちらを振り返り、そしてこそこそと道の端へと寄る。
あんなに混んでるのに、不自然に道が出来てることからするに、もしかしたら吸血鬼除けのお陰だろうか。
だとすると、申し訳ない気もするが、今はありがたさもある。俺は、朝の記憶を辿りながら、屋台を探した。
そして見つけた。
「……ここは……」
「黒羽さん、何か食べたいものとかある?」
変わらず頑固親父タイプのおじさんが無言でひたすらあらゆる肉を焼いているその屋台。そこは、朝黒羽が興味を示していたそれだ。
それに気付いた黒羽、左目を丸くさせる。
「…………もしかして、私のためにわざわざここを選んだ……のですか?」
「黒羽さん、朝も昼もろくに口に入れてないですし……朝ここ通りかかったとき食べたさそうにしてたので、好きなのかなって思ったんだけど……あっ、えーと、それと俺も食べたかったし……」
あまり気遣わせるのもいけないと思い、咄嗟にそう手を叩けば、黒羽はなんとも言えない顔をする。自己嫌悪と、感動と、そんな相反する感情が同時に込み上げてきたような妙な顔だ。
「……申し訳ございません、自分なんかのために、余計な手間を……」
「余計じゃないですって、あの、なんか食べたいのとかないんですか?あ、そうだ、お金とかって……」
店主にちらりと目を向ければ、店主は首を横に振る。顔パスか、それとも、もともとここでは金銭のやり取りをしないのか。と思ったが、他の店の様子からするに普通に金になるものはあるようだ。ここの学園内通貨の仕組みは未だに謎だ。
というわけで、黒羽は何かよくわからない生き物の姿焼きと、俺は食べられそうな焼き魚を購入することにした。
見た目は魔界の魚ということだけあってなかなか色がカラフルだが、匂いは普通の魚のようにも思える。
一度通りにあるベンチに移動し、俺と黒羽は隣り合って食事をとることにした。とはいえ、学校帰りの買い食いレベルで腹はそれほど満たされないが。
頭からまるごと食べる黒羽を眺めながら、俺はなかなか一口目に踏み出せずにいた。
「……?どうかされましたか?あまり食欲がないのでは……」
「いや、その……黒羽さん見てただけだから」
「私、ですか……」
「……美味しい?」
「……となりに伊波様がいるんです、不味いわけがありません」
そういう意味で聞いたのではなかったのだが、美味しそうに二口目を口にする黒羽を見て俺も嬉しかった。
最初は緊張してるようだったが、次第にそれも解れてくる。気付けば俺も、焼き魚を感触していた。因みに味は普通に美味しかった。
食べ終わって、黒羽は「ちょっと待っててください」といい席を立つ。そして数分もしない内に戻ってきた。
「伊波様、これをどうぞ」
それは水が入ったボトルのようだ。近くの店で貰ってきたのか、「ありがとうございます」とそれを受け取る。
俺が魔界のものに慣れていないことへの配慮か、ボトルには見慣れた文字が書かれている。日本製だ。
俺はそれで喉を湿らせることにした。
「黒羽さん、もうお腹は大丈夫ですか?」
「ええ、元々何日も断食する生活を送ってましたし、三食取らずとも平気です」
「え、それは……」
詳しく聞きたいような、聞くのが怖いような……。
俺は敢えて聞かないようにする。元々妖怪は食事をしないのかと言えば、寮生たちの生活を見るに朝飯からちゃんと食べてる者も多い。本当に疎らなのだろう。
黒羽は性格が修行僧みたいなところあるとは思っていたが、本当、俺の護衛を任される前は何をしていたのだろうが。謎だ……。
「……黒羽さんって……」
「……どうしましたか?」
「……俺、黒羽さんのことなにも知らないなって思って」
「私の話を聞いても面白くもなんともありませんよ」
「……それは、別に、楽しみたいわけではないので……黒羽さん、好きな食べ物とかないの?」
「特別好き嫌いはございません」
「そうなんだ……あ、でも確かに黒羽さん、嫌いなものなさそう。それじゃあ……」
と、何か聞いてみようと思うが、思い浮かばない。というか、どこまで聞いていいのかわからないのだ。家族構成、そもそも妖怪に家族意識があるのか、下手に地雷を踏んでしまうのも避けたい。そもそも、黒羽が自分から話し出さない内容を俺が聞いてもいいものか。急激に不安になってくる。「えーと」と悩んだとき。
「伊波様は、どういったものが好きなんですか?」
「俺?」
「……ええ、今後の参考にしようかと思いまして……。いえ、変な意味はないんですが、食事処を探す際にやはり伊波様が好きなものがある店がいいかと」
いつもとは打って変わって、しどろもどろと話し始める黒羽。業務的な内容だとしても、興味を持ってもらえることは進歩なのではないだろうか。……いや、前からか?
どちらにせよ、嬉しい。
「俺も、黒羽さんと同じで基本なんでも好きですけど、一番って言われたらそうですね……ラーメンとか」
「拉麺、ですか……私は食べたことないですが、伊波様が美味しいと仰るならきっと美味しいのでしょう」
「食べたことないんですか?」
「はい」
「それじゃあ、今度一緒に……あ、でも、ここにラーメン屋ってあるのかな……」
「伊波様、私はお気持ちだけで充分です」
「うぐ……」
どうしてだろうか。ことごとくやんわりと避けられてる感があるのだが……。
やはり避けられてるのかと思ったが、普通に考えれば黒羽が俺に距離を置いても無理はない。けれど、これからの付き合いになる相手だ、少しでも仲良くできたらと思ったのだが……いや変な意味ではなく、純粋に。
いいや、巳亦にラーメンが食べれる場所がないかこっそり調べてもらっておこう。
気付けば時計台の時計の針は6時を回っている。巨大な嘴を持った複数の羽を携えた謎の鳥たちがガアガアと鳴きながら真紫色の空を飛んでゆく。
段々人混みは増し、先程まで閉まっていた一部の店が開店の準備をし始めた。女子供の姿は見えなくなり、昼間見掛けないような恐ろしい姿の魔物たちがよく目につくようになった。
魔の夜が来る。
ひたりと、冷たい風が首筋を撫でた。
俺と黒羽は寮へと戻ることにした。
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