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02
というわけで、地下へとやってきた俺たちだったが、正直、想像以上だった。
てっきり洞窟のような空間が広がってるのかと思いきや、そこには地上と変わりない、洋館の一室にもよく似た造りの部屋だった。玄関口、というべきか、目の前には五枚の扉がずらりと並んでいた。
「……これは……」
「俺もこっち側に来たのは初めてなんだけど、恐らくこれはそれぞれの監獄塔へ繋がる扉みたいだね。……黒羽君がどこに行ってるかわからないし、全部当たるとしても時間すごいかかっちゃうだろうし……それに、危険すぎるな」
「……だとしたら、誰かに聞いたりするってのも難しいか?」
「……話通じそうなやついたらいいと思うけど、どうだか……」
そんな話をしているときだった。
テミッドがなにやら部屋の隅でコソコソしていた。
「……?テミッド?どうかしたのか?」
カリカリと壁の隅っこ辺りで地面を引っ掻いていたテミッドは、俺の声に反応し振り返る。そして。
「……伊波様、なんか見つけた……」
長く尖った爪の先、まるまると太ったネズミをつまみ上げ、テミッドはそれを見せびらかしてきた。
それだけでも驚いたのに、そのネズミは立派な洋装に身を包んでおり、おまけに杖まで持っていて、テミッドに揺さぶられ「やめなさい!降ろしなさい!」と喚くのだ。
って、え……?!喋るネズミ……?!
「ネズミが喋っ……」
「……鼠入(そいり)さん?」
「あっ、誰かと思いきや……巳亦!巳亦ではないか!またお前は勝手にここの扉使ってきたんだな!」
「……そーりー?」
「鼠入さんだよ。この人は……えーと、一応、芸術科の先生で……ま、俺が世話になってる人かな」
「一応とはなんだ!私がどれほどお前に手がかかってるかと……おい!プラプラ揺らすな!吐く!戻ってくるから!」
「鼠入先生……美味しくなさそう……」
「だから私は食い物ではないと言ってるだろうが!無礼者!」
……なんというか、すごい元気のいい鼠だった。
どう見ても鼠なのに発せられる声はおっさんだし、この人も先生なのか。やはり想像つかない。
ようやくテミッドから解放された鼠入はぐっだりとしていた。床の上にくたりと寝転んでる姿はまんま鼠なのでついもふもふしたくなりたくなるが、中身はオジサンだ。ぐっと堪える。
「……あの、大丈夫ですか……?」
「……おお、すまないね少年……。って、おや、まさか君は……噂の伊波少年か?」
「あ、はい……伊波曜です。よろしくお願いします」
そう、座り込んで鼠入に視線を合わせれば、鼠入は慌ててぴゃっと立ち上がり、姿勢を正す。
「いやはや、すまないねみっともない姿をお見せしてしまい。私は鼠入……芸術学部、芸術科全般を見ている。気が向いた芸術科にもくるといい。他の学部とはまた違う授業をお見せすることができるはずだ」
そういって、「宜しく」と小さな手を差し出してくる。
俺はそれにそっと触れる。ぷにっとした感触につい何度も触ってしまいそうになるが堪えた。
「そして、親善大使もここにいるとはどういうことか説明してもらおうか、巳亦」
「えーと、説明したら長くなるんですけど、実はですねー曜のお付きの黒羽君って子がここに落ちちゃって、それを探しに来たんですけどどこにいるのかわかんないんですよね。鼠入さんなんかわかんないです?」
「落ちたってことは、監獄入りしたということか?」
「ええ、ビザールで他の生徒と揉めて……」
「ああ、なるほどな。……それならば表通りにいく必要がある。ここは獄吏たちが出入りするための通路だ。何遍も言ってるが、一階の銅像はあそこは一般生徒の入り口ではないので二度と使うな」
「はーい、気をつけまーす」
「お前は毎回それを言ってるが全然直さないからな、もう信用しておらんよ」
「こっちだ、ついてこい」と、鼠入は巳亦にプリプリ怒りながらも五枚並んだ扉の一番左側の扉を潜る。その扉の足元、ペット用みたいな小さい扉潜って中に入る鼠入。俺たちは普通に扉を開け、その奥の部屋へと移動することにした。
扉の向こうにも似たような景色が広がっていた。五枚の扉が並んで、そしてまた左側の扉を潜る。そして更に部屋の向こうにも五枚の扉があり、そんなことを繰り返してるとやがて、見慣れない景色が目の前に広がる。
細い通路。無造作に敷き詰められたような石畳の床。剥き出しの天井。照明代わりの炎の精霊。そして、どこからともなく聞こえてくる獣の咆哮。
そして、
「鼠入先生、その者達は」
黒尽くめのその男は、現れた俺たちにすぐに反応する。
あの時と同じ仮面。間違いない、あのときと同じやつだ。
反応しそうになれば、隣にいた巳亦に腰を掴まれ、「同じ格好だけど中身別だよ」と耳打ちされる。読まれてた。
「……すまない、私の生徒たちだ。面会を希望したいんだができるか確認してもらってもいいか。『黒羽』という生徒だ」
「了解した」
鼠入の言葉に、獄吏は短く返した。感情を感じさせない無機質な声は聞いてるだけで胸に引っかかる。
「クロハという生徒は部屋番号A1589にいるそうだ。……案内する」
「ああ、頼む」
獄吏は必要最低限の会話しかしないらしい。歩き出す獄吏の後をついていく俺たち。
変な感じだった。どうしてすぐにわかったんだろうか。どこかに連絡した様子もなかった。本当に信用していいのか不安だったが、鼠入が率先して前を歩いてくれるので俺もそれについていくことができた。
巳亦もテミッドも何も言わない。静まり返った空間に俺たちの足音が響く。
獄吏たちはたくさんの鍵でこの地下を管理しているらしい。腰につけた輪っかにはびっしりと様々な形の鍵がぶら下がっていて、重厚な鉄の扉の前へとやってきた獄吏は迷わず一つの鍵を中から取り出し、それを鍵穴に差し込んだ。「こちらだ」と言い、先に行く獄吏。
瞬間明らかに空気が変わるのが分かった。
聞こえてくるのは獣のような唸り声。その空間には大中小様々な無数の檻が規則的に並べられていた。牢獄というよりは、動物園といった方がしっくりくる。けれど、中にいるのは動物よりも恐ろしいものばかりだが……。
人の形をした者はいない。中には目があった瞬間檻に噛み付く獣もいたが、獄吏はどこからともなく取り出した警棒で乱暴に殴り、瞬間獣はぎゃんと吠え、檻の片隅で丸まるのだ。
「本当に……こんなところに黒羽さんが……」
「ここだ」
え、どこ?と辺りを見渡す。が、どこを見ても獄吏を警戒する獣たちしかいない。そして、獄吏が示す方向、そこには俺の身長よりも低い檻が一つ転がっていた。それも、すんごい雑に。
いやいやいや、サイズからして黒羽さん入らないだろこれ。呆れながらも覗いたときだった。檻の中心部、そこには黒い物体がちんまりと横たわっていた。
「っ、く、黒羽さん……?」
もしかして黒羽の体の一部だけとかそんな恐ろしいことないだろうな、と焦ったときだ。俺の声に反応するかのように、中心部の影がもぞもぞと動き出す。そして。
「い、なみさま……?」
「黒羽さん……っ!」
聞き覚えのある低く重い声。間違いない、黒羽だ、と慌ててその檻にしがみついたときだった。
「……っ、て、あれ……?」
黒羽の声帯を持ったそれは正確には人の形をしていなかった。烏を模したような愛らしくファンシーなゆるキャラのような姿になった黒羽に、俺は思考停止する。
「く、黒羽……さん……だよな……?」
「そうです、この不肖黒羽、伊波様を守ると言いながら校則を守れなかったせいでこの不始末……ッ!貴方に合わせる顔が……」
「えーと、じゃなくて……その……見ないうちに黒羽さん……可愛くなりましたね……?」
「…………私が可愛い?何を戯れを……」
と、言い掛けて黒羽は羽でぺたりと自分の顔に触れる。と、そこであるはずの腕が羽になってることに気付き、触れたそこにも羽毛でもこもこになってることを察したらしい。「なんだこれは!!」と檻の中から黒羽の野太い悲鳴が聞こえてきた。
「その姿で三日過ごすことが貴様に与えられた罰だ」
「な……ッ三日もだと……!」
「使い慣れない体でいることの苦痛、というやつか……」
「鼠入せんせーも罰受けてるの……?」
「私は罰ではない!持ち前の体だ!!」
「わっ!怒った……!」
言い争ってる鼠入とテミッドは置いておいてだ。檻の中、ショックのあまりワナワナと震える黒羽。正直、俺は、その姿の可愛さに話の半分くらい頭に入ってこなかった。
罰を受けるというから手酷い拷問を受けると思っていただけに、予想の斜め上をいく黒羽の罰に正直、本人には悪いがそれはそれで有りと思ってしまう。……触りたい衝動に駆られるがそんなことしたら獄吏に怒られかねない。ぐっと堪える。
「まあ、でも元気そうで安心したよ。……ずっと曜、黒羽君のこと心配してたんだからな。黒羽君助けなきゃ!って」
「……い、伊波様……申し訳ございません、自分なんかのためにここまで来ていただき……」
「いや、いいんだ、けど、三日もここに閉じ込められっぱなしっていうのは……」
流石に、心細いというかお付きである黒羽がいないと俺一人では何もできないのも事実だ。
「そうだな、確かに親善大使が一人身でこの学園を歩くのは心細かろう。どれ、獄長には私から話をつけておこう」
「鼠入先生……!ありがとうございます」
「とは言え私も一介の職員。国の決まりに逆らうことはできない。あまり期待はしないでくだされ」
こほんと胸を張る鼠入。相変わらずどっからどう見てもネズミだが、俺から見てみればすごい頼りになる紳士だ。和光に直接話ができれば早いとは思うが、どうやって連絡取ればいいのかも分からない。
それにしても……獄吏たちを束ねる獄長か。どんな人か気にはなるが、黒羽をこんな姿にする罰を思いつくくらいの人だ。もしかしたら案外……。
「……どうだかな」
そんな中、一人あまり芳しくない表情の巳亦。
何か引っかかるのだろうか。「難しいのか?」と聞いてみれば、巳亦はうーんとやっぱり歯切れの悪い返事しかしない。
「学園を管理してるのは学園長だけど、この地下を管理してるのは獄長なんだよ。そんな獄長が学園側の意見を素直に聞き入れる気がまるでしないんだよなあ……」
「そ……そんなに怖い人なのか?」
「……ま、大丈夫だよ。もし黒羽君が三日いなくても、俺が代わりに曜のこと守るから」
「み、また……」
「……ぼ、くも……僕も、伊波様……助ける……頑張ります……」
「テミッド……!」
「巫山戯るな!貴様らのような伊達男に伊波様の面倒を見ることができるはずなかろう!」
「……その姿で言われるとちょっとほんわかするな」
それに関しては同意だが……俺は二人の言葉に少しだけ安心した。そうだ、黒羽だけではない。俺のことを気にかけてくれてる人は。黒羽ほど一緒の時間を過ごしたわけではないが、俺にはその気持ちで充分だった。
ともかく、今は鼠入に任せるべきだろう。
獄吏に頼めばこうして面会を行うことも可能だとわかったし、なにより黒羽が元気そうで安心した。それが一番だった。
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