33 / 126

03

面会と言っても無限というわけではないらしい。「時間だ」という獄吏により、俺達は黒羽と別れさせられることになる。檻が並ぶその監獄部屋を抜け、再びたくさんの扉が並ぶ通路へと出てきた俺達。 そこには地上と太い鎖一本で繋がった檻がある。これがエレベーターの代わりとなっているようだ。 鼠入とはそこで別れた。どうやら鼠入は鼠入でなにか用事があるという。本来ならば面会には面倒な手続きやらが必要になるようだが、今回は鼠入のお陰でそれらが省かれたらしい。次回からはちゃんと受付で手続きをしろと鼠入には注意を受けた。 ……それにしてもだ。 遠くから金属が擦り合うような重厚な音が響く。浮遊感。下手すれば吐いてしまいそうになるほどあまり乗り心地がいいとは思えない。 「それにしても、黒羽君思ったよりも元気そうで良かったよ」 「……そうだな」 「あれ、曜さっきまでの元気はどうしたんだよ。もしかして、もう寂しくなった?」 「……う、そ、それは……」 「……い、伊波様……寂しいの……?元気出して……」 言いながらするりと手を掴んでくるテミッドはぎゅと俺の手を握り締めてくれる。妙にひんやりとした手だが、優しさは嬉しい。「ありがとう」と口にすれば、テミッドは嬉しそうに微笑んだ。 「……きっと、大丈夫……だと思う、黒羽さん……真面目だし……伊波様のためならきっと……大人しくしてると思う……」 「どーだろうな。逆に、曜に会うために抜け出したりしてこなきゃいいんだけど……」 「「………………」」 有り得そうだからなんとも言えない。俺とテミッドはつい黙り込んだ。 「それにしても……随分と地下深くまできたんだな……全然着く気配ねえな」 「そりゃここは相当深いからな。監獄エリアだけでもかなり階数あるし、多分最奥部までいくとなったら一週間は掛かると思うよ」 「い、一週間……最奥部って何があるんだ?」 「監獄の最奥部と言ったら極刑囚たちが暮らしてるんだよ」 そう、なんでもないように巳亦は口にする。 極刑囚。授業で聞いたことはある。死よりも重い刑が極刑という。ずっと監視された状態で死ぬまで生きなければならない。あくまでもそれは日本での極刑だが、この魔界ではもしかしたらまた違うのかもしれない。 「ま、表向きは極刑囚なんて呼んでるが……実際は手に負えないから厳重に封印してるってのが合ってるかもな。……そういえば、知ってるか?この地下牢獄は学園が建つより前から存在していたんだ」 「そ、そうなのか?」 「ああ、囚人たちを働かせ矯正する施設として建てられたのがこの学園だ。そして規模も大きくなり、昔よりは大分暮らしやすくなったが最初は本当酷いものだったよ」 その話は、黒羽からも聞いたことはあった。 けれど、大規模な地下牢獄を見てしまったせいか、本当にこの建物がただの学園ではないことを知り、血の気が引く。 地下深くに行けば行くほど手のつけられない魔物たちがいる。ここにきてから会うやつらは皆癖はあるものの話の通じる人たちばかりだと思っていたが、それは地下牢獄があるお陰だったのか。そう思うと、急に不安になってきた。 「……ま、でもそんな不安になる必要はないよ。獄吏たち見ただろ?あいつらが四六時中監視してるお陰で比較的平和だ。あの人形、特殊な魔法だかなんだかでできてんだと、並大抵の連中なら逆らえない」 「人形?でも、すごい人間っぽい感じが……」 「獄長が作った土人形だよ、倒しても倒してもやつら無限に湧いてくるから手を出すだけ無駄ってこと。一体潰したところで十体湧くから」 「……巳亦ってすごい詳しいな……」 「俺も試したことあるから」 予想外の言葉に、俺とテミッドは「え」と声が重なってしまう。だって、そうだ。おとなしそうな顔をしてあっさりと白状する巳亦に驚かずにはいられない。 「あ、大分昔だけどね」 「じゃあ、地下牢獄のことにやけに詳しいのも……」 「うん、俺は元々学園できる前から地下牢獄に突っ込まれてたから」 「…………」 なんでそれを先に言ってくれないのか。いや、言われたところで困るかもしれないけど、だからと言って、こう、なんだろうか。これは相手が人間ではないから仕方ないのか。もやもやする。 「……えと、巳亦はどうして地下牢獄に……?」 「……んー、曜にはちょっと難しいかもしれないね。まあ、別に大したことじゃないよ」 「こ、こういうときだけ子供扱いやめろよ!」 露骨に話をはぐらかされる。少しくらいなら難しくても大丈夫だと言っても、巳亦は「聞いても楽しい話じゃないから」としか言わない。 ……でも、監獄に入れられる内容となると確かにあまり他言できるようなものではないかもしれない。俺も、それ以上聞くのはやめた。 それにしても、地下牢獄か。この学園にとってなくてはならないものだとしてもだ、やはり存在を知ってしまえば今までのように知らぬ顔して歩けなくなる。 それから巳亦とテミッドと今日のご飯について話し合っていたときだ。そろそろ地上につく頃だろうかと檻の天井を見上げた矢先。 大きく視界が揺れた。 違う、揺れたのは俺だけじゃない。この空間全てが、揺れている。 「っ、う、わ!」 地震か?地鳴りか?どちらでもいい、檻が傾き、思いっきり転びそうになったとき。巳亦に抱き寄せられた。 「み、また……」 「……厭な予感するな。曜、テミッド、大丈夫か?」 「……こっちは、大丈夫……けど、多分、まずい……気がする……」 特にビビるわけでもなく、あくまで冷静な二人のお陰で俺も落ち着けたのかもしれない。足元が大きく傾いた中、下手すりゃ檻の鉄棒から地下へと真っ逆さまになり兼ねないこの状況。文字通り地に足が着かない中、俺は支えてくれる巳亦にしがみつくしかなかった。辺りに目を向けたテミッドは「来る」と微かに唇を動かした。 その次の瞬間だった。 例えるなら、鼓膜を突き破るほどの轟音。地鳴り。咆哮。頭が真っ白になり、あまりの轟音にすべての音が聞こえなくなる。軋む機体。どこかで何か崩れるような音がするとともに、エレベーターもといそのチャチな匣は落ちていく。 デジャヴ。 「テミッド、抜けるぞ!」 「……わかった」 瞬間、テミッドが、檻の鉄柵を思いっきりひん曲げた。嘘だろ、と思う暇なんてなかった。抱きかかえられたまま、俺は、俺達は、落下するから抜け出す。 「嘘だろ」と思わず叫んでしまった。まだ檻の中にいた方が安全ではないのかと焦ったが、俺の声はすぐに掻き消される。 「落ちっ、巳亦、っ落ちる、やばい!み、みま……っ!」 「大丈夫大丈夫、落ち着けって」 「んな、んなこと……ッ」 言われても。 矢のように飛ぶ景色。エレベーターが停止する予定でもある他階層の入り口の明かりが下方に見えた瞬間、巳亦は思いっきり壁を踏み、落下の勢いにブレーキを掛ける。もちろんそんなことを俺を抱き抱えたままやりだすので近い岩壁との距離にいつ身が削れないか不安でそれどころではなかったが、それもつかの間のことだった。入り口が見えた瞬間、巳亦はそこに飛び込んだ。 「っ、死ぬ゛ッ!!」 情けない悲鳴とともに投げ出されそうになったところを巳亦に再び抱き抱えられた。 無事、着地できたらしい。 「ほら、言っただろ」と巳亦は相変わらず爽やかに笑ってみせるが、俺はというと本日二度目の落下にそろそろグロッキーになっていた。 というか。 「……っ、テミッドは……?エレベーターは?」 「エレベーター?」 「あっ、あの、地上に帰るための……あの檻……」 声が震える。まだ助かった実感沸かなくて、膝がガクガクなっていた。俺は、先程まで上がってきていたその穴を見下ろす、けれどそこにテミッドの姿はなかった。まさか、一緒にそのまま落ちてしまったのではないか。 「まあ、テミッドなら大丈夫だろ」 「……っ、でも、最奥部まで行ってしまったらテミッドが……」 「それはないって、普通に面会できるエリアは限られてるし。そんな心配しなくても……」 と、巳亦が言い掛けたときだった。 どこからともなくサイレンのような音が響く。 劈くようなその音は不快感でしかない。堪らず耳を塞いだとき、巳亦の唇が「まずいな」と動いたのを俺は見逃さなかった。 「この警報は……どうやら脱獄者が出たようだ」 流石、元囚人なだけある。警報でそんなことがわかるのかと感心する暇なんてなかった。なんだって、と硬直する俺。その事実に焦る隙もなく、今度は天井からぱらりと土が崩れてきた。それだけではない、床も、大きく揺れる。 瞬間、先程まで太い鎖で地上と繋がっていたそこから大量の岩が崩れてきて、それが勢いよく地下へと落ちていくのを見てしまった俺は音を立てて全身の血の気が引いていくのを感じた。 「っ、巳亦、これ、まずいんじゃないのか」 「まあ、数年に何度かはあることだから……けど、ラッキーだったな曜、こんなタイミングに居合わせれるなんてなかなかないぞ」 感心してる場合かよ。機能してないはずの胃がキリキリと痛み出す。というかそんなに頻繁に脱獄が行われてるのか。 どうなってるんだ地下牢獄……!!

ともだちにシェアしよう!