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「……そういうことか」 「伊波様をこんな場所に一人取り残し、おまけに危険な目に合わせるなどとは言語道断……あの男、絶対に許さん……ッ!!」静かに口にしたらかと思えば、愛らしい姿からは想像できないほど怒りで煮え滾る低い声が嘴から漏れてくる。 目の前に巳亦がいれば今すぐに飛びかかってそうな勢いだ。 「……黒羽さん、けど、巳亦は……」 「伊波様、貴方はあの狡猾な男がやすやすと死ぬと思うか」 「っ、でも……」 「あの男は、死なん。……というよりも、カガチは死ぬことはない。信仰者を喪えど、あの男は蛇神だ。力は衰えてることがあっても、完全に絶えることはない」 その言葉を聞いて、全身の力が抜け落ちそうになる。 巳亦が死ぬことはない。 俺たち人間とは違う種族だとはわかっていたが、それでも、恐れていた。あのとき巳亦がいなくなるのを見て、強烈な不安が襲いかかってきたのだ。 「ほ、本当に……?本当の本当に……?」 それでも、念を押すように何度も確認すれば、黒羽は何度も「ああ」と頷いてくれる。「残念ながらな」とも言った。 「っ、良かった……」 「しかし、不死だからといってあの変態獄長がただ閉じ込めておくだけとは思えない。……それに、こうしてる間にもあの男はのうのうと過ごしてると思うと実に不愉快だ」 かなり私怨も含まれているが、黒羽の言葉には一理あった。 そうだ、ユアン獄長。あいつの存在が危険因子そのものだ。あいつの王国であるこの地下牢獄にいる限り、何一つ安心できない。 「っ、黒羽さん、どうにかして巳亦を助けられないかな」 「……伊波様、何を……」 「だって、黒羽さんも言ってただろ、『あいつがいれば』って。……巳亦がいれば、ここから出ることも獄長から逃げることも出来るんじゃないか?」 実際、巳亦は獄長から俺を連れて逃げてくれた。 あのとき、巳亦が獄長に捕まったときだって、自分から追い込まれて捕まろうとしていた。 巳亦が何を企んでいるのか分からないが、全て巳亦の意志だったことは間違いないだろう。 黒羽さんは眉間の辺りの羽毛が微かに動く。眉を潜めてるのだろう、わかりにくいが、あまりいい反応ではない。 「伊波様、本気ですか」 「本気だよ、巳亦も助けられるし、逃げられるし、一石二鳥じゃん」 「確かにそれに関しては同意します。が、今の自分たちでは力不足が否めない。……テミッドの馬鹿力は頼もしいが、私がこの姿である今、テミッドに頼ることになるだろう。そして、テミッドの体力消耗したところを狙われればどうなるか……火を見るより明らかだ」 黒羽は、至って冷静だった。 あの黒羽がこうして己の非力を認めるのはかなり歯痒いことだろうと思う。 それでも俺を諭すために静かに続ける黒羽に、なにも言い返せなかった。 「せめて、黒羽さんが元の姿に戻れたら……」 黒羽は何も言わないが、それは誰よりも黒羽本人が強く思っていることだろう。 しかし、この姿にした張本人、獄長、もしくは獄吏たちにしか変化を解く方法を聞くしかない。 そして聞けたとしても、それに素直に答えてくれるとは思えない。 「あっ……伊波様、黒羽様……いた」  どうしたらいいものか、と悩んでいたときだった。 扉だったらしき穴からひょっこりと覗くテミッドは俺たちを見つけ、歩み寄ってくる。 「テミッド……なにかあったか」 「た、大したものはないです……けど、あの獄吏の人の服漁ってたら見つけた……です」 これ、とテミッドは大きめの輪に引っかかった鍵束を差し出した。それは、確かに獄吏たちが牢獄の施錠に使っていたものだ。 「……これ、ぼくがさっき別の人からもらったこの鍵とちょっと違う」 そう、テミッドは制服から血がこびりついた鍵束を取り出した。ぎょっとしたが、俺は敢えて深く突っ込まないことにしておく。 それよりも、と2つの鍵束を見比べる。 確かにテミッドが持っていた鍵束に比べ、今見つけた鍵束は明らかに量が多い。そして、特殊な形をしている鍵が三本あった。他の鍵に比べ、大きなそれには見たことのない文字が模様のように刻まれている。 「……明らかに怪しいな」 「……もしかしたら、宝箱の鍵かも、です」 「はは、そんな馬鹿な……」 言いながら、その三本の鍵に触れようとした瞬間だった、手袋越しにビリッとした痛みが走り、「おわっ!」と慌てて手放した。 「伊波様?!」 「だって、この鍵……呪いが掛けられてます……」 「テミッド……そういうことは先に教えてくれ……」 まだビリビリしてるような感覚の指を服の裾で拭いながら俺は思わず突っ込んだ。 「大丈夫ですか伊波様!」と心配して俺の手元に飛んでくる黒羽の頭を撫でつつ、俺はテミッドに向き直った。 「けど、こんな仕掛けが施されてるってことは……よっぽど重要な場所の鍵だったりして」 「……その可能性は高いな。しかし、脱獄不可能だかなんだか偉そうに掲げてる割にはガバガバだなこの監獄は」 確かに、それは思っていた。 獄吏たちが持ち歩くこの鍵だって、こうして何らかの事故が重なって落としてしまう可能性もあるわけだ。それなのに、こうしてわざわざ形のある鍵にしてるのは逆に危なくないのだろうか。 ……罠か、それとも、脱獄不可能と謳われるのはまた別に理由があるからか。 まさか、二度と地上に戻れないなんてことはないよな、なんて悪い想像してしまい、慌てて俺は頭を振った。 「取り敢えず、この鍵がなんの鍵なのか調べてみようよ。もしかしたら、獄吏たちだけが使える秘密通路の鍵だったりするかもしれないし」 死臭が漂うこの場所にいるのも気が遠くなるだけだ。 今は悲観的になってる場合ではない、俺の言葉にテミッドと黒羽は頷いた。

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