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「た、まご……?」
なんの話をしてるのか分からなくなってきた。
というか卵ってなんだ?いやわかるけど、巳亦の言ってる意味がわからない。わかりたくない。
卵って、俺の知ってる目玉焼きとか卵焼きとかそういう黄身と白身のあれ……だよな?それと何故自分が結びつくのか。ほんの一瞬いつの日か授業の一環で見たウミガメの産卵の映像が浮かぶが慌てて振り払う。
「待って、巳亦、なんか話変じゃないか?」
「そういう質問じゃないのか?」
「だっ、だって卵って……」
「人間同士なら子を宿すのに子宮が必要らしいけど、俺の場合は母体になる肉体があれば問題ないから」
「……、……」
真面目な顔してそんなことを言われても俺は何も言えなくなる。
ツッコミ待ちなのか、本気か。妖怪ジョークなのか、相手が人間でないだけで実際有り得そうで笑えないのだけれど。
「曜、どうした?」
「い、いや……なんでもない。取り敢えず、ここから……」
出よう。
この話の流れはなんとなく危険な気がして俺は強引に話題を変えようとする。
巳亦は「それもそうだな」と頷いた。
「……全部地上に戻ってからだな」
あの、巳亦さん?なんかさっきから発言が怖いんですけど。
なにが地上に戻ってからなのか、聞くのが怖かった。あわよくば俺の考え過ぎであってほしいが、向けられた目が、絡み付く視線が以前のものとはまるで違ってなんか、なんか、酷くむずむずする。
「取り敢えず、黒羽さんとテミッドと合流したいけど……大分離れてるな」
「……えっ?分かるのか?」
「まあ、振動しかわからないからそれらしい動きの位置ならって感じだけどな。当てずっぽうに探すよりはいいだろ?」
「すげー……」
「曜からしたらそうかもしれないけど、別にこの世界じゃ大したことでもないよ」
「すごい世界だな本当……」
「曜からしてみればそうだろうね」
「こっちだよ」と、巳亦は歩き出す。
当たり前のように指を絡め、手を繋いだまま歩く巳亦に慌てて「待って待って」と声をあげれば、巳亦は不思議そうな顔をして振り返った。
「どうした?」
「いや……手……」
「……手?ああ、痛かったか?」
「そーじゃなくて、別に手を繋がなくても……歩きづらくないか?」
「曜は好きじゃないのか?」
「えっ、いや、好きか嫌いかって言われても……」
「嫌だったか?」
「……う……」
なんだろう。さっきから巳亦の様子がおかしい。それは十二分に分かっていたことだけど、スキンシップが露骨さを増してる。
けれどリューグみたいに強引というわけではない、あくまで俺の様子を見てるのだ。だからこそ余計むず痒くなって、はっきり拒否することができなかった。
「嫌じゃないけど……」
「そっか、なら良かった」
なんて言って、巳亦は手のひらを擦り合わせるように重ね、指を深く絡めた。恋人繋ぎ。実際にされたことは初めてだっただけに余計ぎょっとする。
「みみみ巳亦……っ?」
「曜の手は小さいな。……皮も薄くて柔らかくて、骨が細すぎるのがちょっと心配だけど」
「や……やっぱり手、離して……」
「……怒ったのか?」
「そういうわけじゃないけど……く、黒羽さんに見られたら……なんか言われる、かもしれないし……」
黒羽には悪いが、こういうことでしか巳亦を納得させることができないような気がした。
ゴニョゴニョと唇を尖らせれば、巳亦は黒羽のことを考えてるのだろう。「あー……」とだけ言い、そして、名残惜しそうに指を離す。
「そうだな。……あの人曜のことになると途端に沸点低くなるからな」
一応納得してくれたらしい巳亦にほっとする。
「……でも何れはちゃんと説明しないとな」
やけに神妙な顔して独り言のように口にする巳亦に「何が?」と思わず聞き返した。
「何がって、俺の番になることだよ」
「……つがい?」
「俺の子供産んでくれるんだろ?」
その一言でようやく俺は合点が言った。
巳亦の言動行動の違和感、いやさっきからその気配はあったものの俺は考え過ぎだろうと思い過ごそうとしていたが、これは本気だ。肌でそう感じた。やつはジョークでもなんでもなく本気で言ってる。
それを確信した瞬間、頭が酷く痛くなった。
さっきからやけに距離感が密接というか優しいのは優しいのだけれど明らかに以前の優しさとは違うのだ。
「巳亦……」
「どうした?」
「俺、そんなこと言った?」
「え?」
なるべく傷つけないように、恐る恐る聞き返す。
瞬間、巳亦の目が見開かれるのを見て、思わず声を上げそうになった。
「赤ちゃんとか、そういうのは流石に、考えてなかったってか……」
「……ああ、そういうことか。確かに考えられないようなことだろうけど、そのときは俺に全部任せててくれていいから」
安堵したように微笑む巳亦。
巳亦も巳亦で食いついてくる、というかしぶとい。結構ハッキリと言ったつもりだが、まったく気にした様子はない巳亦に俺は益々危機感を覚える。
「巳亦……あのさ」
そう、いいかけた矢先だった。伸びてきた腕に腰を抱かれる。ぎょっとして顔を上げれば、すぐ側には巳亦の顔があって。やつの胸に抱き寄せられるように腕を回され、そして、薄い手のひらは俺の下腹部をなで上げる。
「っ、な」
「曜のここ……お腹に卵を産み付けるんだ。……そして、卵の中の赤ちゃんが大きくなるまで曜の中で育てて、そして孵化する」
「っ、……」
「俺と曜の子供なら、綺麗な鱗の黒蛇になるだろうな」
髪に鼻を押し当てられ、巳亦は吐き出すように声を絞り出した。
俺には見えない何かを見てるのか、楽しげに語る巳亦の指先は遊ぶように俺の下腹の辺りを這い、そして、離れる。
「そろそろ行こうか。これ以上曜を連れ回してたら怒られそうだしな」
「それに、戻るまでに我慢できなくなりそうだ」なんて笑う巳亦に俺はもう何も言えなかった。
俺は蛇の親になるつもりは毛頭ないのだが、結局ハッキリ断るタイミングを逃してしまう。
巳亦の言うとおりだ、このまま二人きりでいるのは正直怖く感じてしまったのだが、巳亦にそれを悟られてはいけない。それだけははっきりと感じた。
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