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巳亦曰く、地下の最下層はそう広くはないという。
そこに或るのは人成らざるものを処刑する施設と、その死体を処理する施設。そして処刑を待つ罪人たちが閉じ込められる特殊な独房だ。
巳亦は幸い、その独房に移動させられる前だったという。
弱っているとはいえ、獄長が巳亦を放置していたのは巳亦が逃げないと思っていたからだろうか。そのお陰で助けることは出来たが、そう考えるとやはり巳亦に力が戻ったというのは本当なのかもしれない。いくらなんでも重罪人を簡単に脱獄できるような檻に入れておくとは考えられないからだ。
ちらりと先を歩く巳亦を見る。
……巳亦は、何者なんだ。
只者ではないのは違いないだろうが、巳亦のことを知れば知るほどわからなくなっていく。少なくとも俺の理解の範疇を越えた存在であることには違いないのだろうが……。
「曜、どうした?」
「本当に、もう大丈夫なのか?……怪我とか」
「ああ、そのことか。大丈夫だよ。……なんなら、見てみる?」
言いながら背中を制服を脱ごうとする巳亦に「いや、いい、大丈夫」と慌てて首を横に振る。
なんだろうか、さっき巳亦に変なことを言われたせいで落ち着かない。なんとなく巳亦との距離を気にしてしまい、つい離れてしまうのだ。
巳亦はそんな俺のことに気付いてるのか気付いていないのか、「こっちだ」と先を歩いていく。
「それにしても……静かだな、誰もいない」
気まずい沈黙が耐えられず、それを誤魔化すように俺は辺りに目を向ける。上階とは違い、俺たちだけの足音が響くその通路には地下特有の重苦しいじっとりと湿気を孕んだ空気が広がっていた。
「この階層は普段獄長が管理している。だからだよ、獄吏の姿が見えないのは」
「そうなのか?……でもここって、一番悪いことしたやつらがいるんだろ?……その、獄長いなくなって大丈夫なのか?」
「逆に考えるんだよ。鍵を開ける人間がいなくなったってことは扉は開かない。……上層階の檻とは違って作りも全部強固だ。獄長本人にしか解けない呪いがかかった鍵は或る意味最強の保安策になるかもしれないな」
「獄長がいなくなってどうなるかは知らないが、どうせ連中の房の扉が次開かれるとしたら処刑されるときだろうしな」紡がれる言葉はどこか他人事だ。
俺は巳亦の話を聞いてるとどうしても巳亦で考えてしまい、もしあのまま巳亦がそんな房に入れられるとしたらと考えると生きた心地がしない。
そう考えると、そんな檻をいとも容易く壊してしまう巳亦は何なんだと思ったが、聞くのが怖かった。
そんな話をしながら長い通路を歩いていると、一枚の扉が視界に入る。
「ここかな」と、巳亦は足を止め、扉に手を伸ばす。
重厚な扉は巳亦の手により鈍く音を立てながら開いた。
瞬間、生ぬるい突風とともに濃厚な血の匂いが溢れ出し、周囲に広がった。穴という穴から流れ込んでくる腐臭に吐き気が込み上げる。咄嗟に口を手で覆ったとき。
「伊波様っ!」
聞き覚えのある声がした。低く、無骨なその声に俺は慌てて顔を上げる。
「黒羽さん……!」
その部屋は解体するための部屋なのだろうか。様々な刃物が並んだ壁と、赤黒い染みがこびり付いた床や天井。そこにいた黒羽の姿を見てホッとするのも束の間、俺の横にいた巳亦に掴み掛かった。
「ちょっ、黒羽さん……!」
「巳亦……ッ!貴様よくもぬけぬけと伊波様の前に顔を出せたなッ!」
躊躇なくその襟首を掴む黒羽に、巳亦は逃げるわけでもなくされるがままになる。
まるで最初から予想できてたかのような落ち着きを払う巳亦だが、反面、その表情は申し訳なさそうでもあり。
「伊波様を守るといっておきながら、貴様の我儘のせいで伊波様を危険な目に合わせるとは……ッ」
「……そうだな、黒羽さんとは貴方が不在の間、曜を守ると約束をしていた。……それを守らなかったのは俺だ」
「最初から伊波様を餌にするつもりだったんだろう」
「待って、黒羽さん、そのことについては俺も全部巳亦から聞いたから……その……もういいんだ……!」
このままでは本当に巳亦に斬りかかりそうな気配すらあった。見過ごすことができず、慌てて黒羽の腕を掴んで止めれば、「伊波様」と鋭く細められた双眼がこちらを睨む。
本気で言ってるのか、そう言いたげな目に怖気づきそうになったが、ここで圧されるわけにはいかない。
「黒羽さんたちにはたくさん助けてもらったし、多分俺一人じゃ巳亦を助けるのは無理だった……その点は、すごい感謝してる……巳亦の我儘だっていうなら、俺だって我儘だ」
「……伊波様」
「全部俺の自業自得だよ、だから……巳亦よりも俺を怒って」
自分でも何言ってるのかわからなかったが、とにかく黒羽の矛先を巳亦から自分へと向けることに必死になっていた。
黒羽に怒られるのが平気というわけではない。こうして黒羽に睨まれるだけでも正直蛙みたいな気分になるくらいだが、それでも全てを巳亦のせいにするわけにはいかなかった。
だって、巳亦が捕まったあとからの行動はすべて俺の独断だ。巳亦を見捨てるという選択肢もあったのだから、危険を踏まえた上で俺は獄長を敵に回した。
「……貴方の選択に従うのが私の役目だと知っててそう仰られるのか」
「俺も……虫のいいこと言ってると思う」
黒羽は何も言わない。眉間に深く刻まれた皺が一層濃くなる。その心中を計り知ることはできない。
黒羽は俺に逆らうことができない。それを知っててこんなことを言うのは狡いと思ったが、そうでもしなければ、本当に巳亦に手を下しそうな気配すらあるのが怖かった。
けれど、対する巳亦は俺のそんな思案すら裏切るのだ。
「黒羽さん……こういう言い方は良くないかもしれないけど、貴方の気が済むまで俺のことを殴ってくれて構わない」
「巳亦、何言って……」
呆れる俺の横、巳亦の首を掴む黒羽の手にぐっと力が入るのを見てぎょっとする。黒羽さん、と慌てて止めようとした矢先だった。
黒羽は巳亦を突き放すように手を離す。
体制を整えるように後退した巳亦は目を丸くして黒羽を見た。
「……話にならんな。不死者を痛め付けたところで所詮徒爾であることに相違ない」
「それに、お前が詫びる相手は俺ではないだろう」煮え滾る感情を押し殺すかのようなその黒羽の言葉に、巳亦は「黒羽さん」と名前を呼ぶ。許してくれるのか、そう、驚いたような目。
黒羽は巳亦に背を向け、苦虫を噛み潰したかのような苦渋に満ちた表情を浮かべた。
「……それに、全ての発端は己自身の欠缺に要因がある」
……黒羽も黒羽で捕まったことを気にしていたのだろう。人一倍自責の念が強い黒羽のことだ、巳亦を叱咤すると同時にその矛先は自分にも向いていたのだろう。
そんなことない。黒羽さんは俺のこと助けてくれたし、寧ろ俺は黒羽さんがいてくれたから踏み切ることができた。
そう言い掛けて、言葉を飲んだ。そんな言葉、黒羽にはなんの意味も為さない、寧ろ黒羽を傷つけてしまいそうな気がしたからだ。
命懸けで俺を守ってくれた黒羽を、その失敗を守られるべき立場の俺が甘受し、それどころか気にしなくてもいいなんて安っぽい慰めを口にしてしまえば黒羽を否定したのと同じだ。
何も言えなかった。押し黙る俺に、巳亦も何も言わない。重い空気の中、「とにかくここを出よう」と提案しようと思った矢先だった。
乱暴に扉が開かれる。扉が外れる勢いで吹き飛び、その向こう、華奢なシルエットが浮かぶ。
「……あ……いた……」
鮮血のような真っ赤な乱れ髪。長い前髪から覗いた鮮やかな翠眼が俺たちを捉え、無邪気に笑みを浮かべる。
「テミッド!」
「……匂いが途絶えて、心配しました、けど……ここが一番臭かったから……」
「良かったです」と、テミッドは俺の手を握り締め、ホッとしたように微笑んだ。濡れた手の感触にぎょっとする。ベタついたそこに目を向ければ、テミッドの手は真っ赤に染まっていた。よく見れば手だけではない、テミッドの全身が血だらけなのだ。怪我はないようだが、明らかに返り血の量が増えてる気がしてならない。
すぐに黒羽によってテミッドの手はやんわり引き離された。
「……テミッド、無事だったか。ここにきてから気配すら感じなかったがどこにいたんだ?」
「ん……分からないです……」
「わからない?」
「……というか、テミッド、どうしたんだよその血……っ」
「……分からない、です」
「ほ、本当に怪我とか……」
「……はい、えと、真っ暗なところに出たからひたすらあがってきて……そこが……死んだ人の体とか、捨てる場所だったみたいで……」
しどろもどろとしたテミッドの説明を聞いた巳亦は間髪入れずに「死骸処理場だ」と口にした。
「よくあんな場所通って来れたな……」
「……?……確かにちょっと、臭かった……かもです」
すんすんと自分の袖口を匂うテミッドは、「まだ臭いですか?」と俺を上目に見てくる。正直この部屋もこの部屋で血腥いので嗅覚壊れかけていたが、言われてみればテミッドも発臭源になっている。
頷き返せば、テミッドは「ごめん、なさい」と慌てて俺から離れた。……凹んでるようだ。
「……しかし、こうして全員揃ったのならもうここに用はない。ここから脱出するぞ」
「でも、出来るのか?獄長がいなけりゃここの門は開かないんじゃ……」
「それについては問題ない、ダムド様から鍵を頂いた」
「……死神か」
鍵を手にした黒羽に、巳亦は少しだけ思案した様子だった。それが引っかかったが、それよりもここを脱出することに越したことはない。
ただでさえ空気が悪い場所だし、なんだろうか、ここが獄長の私物と化した空間だとわかったからこそ余計落ち着かないのかもしれない。
まるで、どこからか獄長が見ているような、そんな嫌な感じが肌にじっとりと絡みついては離れないのだ。
ダムドに連れさられたのを見ているのにも関わらずだ。
「……曜?」
ソワソワと落ち着かない俺を不審に思ったのか、巳亦に覗き込まれてハッとする。
「どうした?」
「……大したことじゃないんだけど、なんか……変な感じがして」
「変な感じ?」
「なんか……胸の奥がざわつくというか……」
不安の糸のようなものが無数に絡みついてくるような、不快感。まるで自分の中に他人の一部が入り込んでいるようなこの感覚には身に覚えがあった。
考えてはいけない、意識してはならない。そう本能が叫ぶが、異物感は影を濃くするばかりで。
……リューグじゃない、これは。
「……もう俺を忘れたのか、餓鬼」
自分の口から出てきたその言葉に、血の気が引く。咄嗟に口を塞いだ。汗が溢れ出す。心臓が爆発寸前の爆弾みたいに加速し始めた。
今のは、俺じゃない。
だったら、『何』なのか。
そう考えた瞬間、黒衣のあの男が浮かんだ。
「……曜?」
益々不審そうにする巳亦に、俺は助けを求めようとする。何かがおかしい。獄長はいないはずなのに、まるであの時みたいに獄長に体を乗っ取られたみたいな感覚に襲われるのだ。
「巳亦」何かがおかしいんだ、と続けようとしたとき。
「悪い、大丈夫だ。……ちょっと、くらくらしてきただけだ」
口から出た言葉は俺の意志と反したものだった。
ぞくりと背筋が凍りついた。間違いない、獄長がまだいる。どこかにいる。恐ろしいほど近くにその気配を感じると同時に、正反対の言葉を口にする自分自身に震えた。
「そうだな。伊波様の体ではここにいるのはお辛いだろう。……そろそろ移動するか」
「……あっち、臭いなかったです……」
「そうか、じゃあ行ってみるか。曜、一人で歩けるか?」
「あぁ、大丈夫」
なんて、手まで振り返す自分の体に慄く。
先を歩いて部屋を出る三人、残された俺は部屋を振り返る。獄長、どこだ。どこにいる。探すが人の気配はない。全部、俺が過剰に意識したことで生み出した幻覚というのか?
そうだとしても、何かがおかしい。自分の喉に触れ、重ねて巻かれた首輪に触れた瞬間だった。背後から伸びてきた白手袋に覆われた手、手のひらを重ねられる。
え、と思ったときには遅かった。体が浮く。抱き寄せられ、何がなんだか分からず振り返ったときだ。
「……相変わらず人らしく愚鈍な餓鬼だな」
「ご、くちょ……なんで……っ」
「器が一つなくなったところで痛くも痒くもない。……とはいえ、俺の欠片を持った貴様が俺のこの最下層へ来てくれたお陰でもある」
「感謝しよう、愚かな人間よ」くつくつと喉を鳴らして笑う男は見間違えようもなかった。ユアン獄長は確かにそこにいた。けれど、咄嗟に振り払おうとすれば、感触がなくなる。気が付けば獄長の姿もない。
あたりをキョロキョロと見回していたときだ。
「伊波様、どうかされましたか」
中々部屋から出てこない俺を呼びに来たらしい、黒羽が戻ってくる。
俺は獄長のことを伝えようとするが、「なんでもない」と俺の口は勝手に言いやがるのだ。
『無駄だ。……連中に俺の姿は見えない』
頭の中、どこからともなく獄長の声が響く。それはすぐ耳元からでもあり、自分の体の中からのような気もした。
『声も聞こえない。俺の操り人形である貴様だけが俺の存在を認識することができる。俺を主だと認識している。この意味はわかるか?』
わかるわけないだろ、と心の中で吐き捨てる。
獄長が笑う気配がした。そして、黒羽が扉から離れたところを見て、俺の体は俺の命令もなく壁に掛かった短刀を手にした。
待って、何をしてる。
ずしりとした金属の感覚に焦る暇もなかった。俺の体を支配した獄長はそれを制服の下に隠すのだ。
『何を恐れている?……死刑囚を処刑するだけのことだ。ただそのために貴様の体を借りるだけだ。何も恐れる必要はない。貴様はただ見ていろ。あの愚かな蛇の末路をな』
抵抗して刀を捨てようとしても指先一つ動けない。それどころか難なく俺の体を自分の体のように動かし、涼しい顔して黒羽たちの元へ向かうのだ。
「もう用は済んだのか?」
「あぁ、悪いな……待たせて」
「構わないが、具合は大丈夫なのか?」
「……少し休んでたら楽になったよ」
「……それなら、良かった……です」
当たり前のように三人に混ざってる俺を模した獄長に汗が滲む。誰か気付いてくれ。俺じゃないと。
そう思うのに、声は出ない。それどころか、どんどん隅に追いやられているような感覚に襲われるのだ。
「それじゃあ、門を開こう。……先のこともある、どこに出るか定かではないようだから伊波様はもし一人の場合その場から動かないように気をつけてくれ。なるべく早く合流するように務める」
黒羽の言葉に、「あぁ、わかった」と口は動く。
違う、何一つわかってないし大丈夫じゃない。門を開ければまた獄長が復活するような気がした。けれど、先程の言い分からして見るとこの最下層に来たから俺の意識の一部を乗っ取ることができたという口振りだった。
ならば、獄長が動くタイミングは。
何もなかったただの壁だった場所に黒い穴が浮かび上がる。先程飛び込んだのと同じワープゾーンだ。これに飛び込めば、或いは獄長の呪縛から逃れられるのか。
そう思って我先にと飛び込もうとするが、爪先が動かない。それどころか。
「……っ、つぅ……」
「伊波様っ?!」
「曜、どうした、大丈夫か?」
「悪い……ちょっと目眩がして……その扉、開いてる時間はそう長くないんだろう?悪いけど、先に行っててくれないか」
黒羽とテミッドに目配せする俺の体。痛いところなんてない。それでも、俺の言葉を無碍にすることができない二人だ。躊躇う黒羽を諭したのは俺を演じる獄長ではない、他でもない、巳亦だ。
「曜には俺が付き添うよ。……二人は先に行ってて。曜を治癒したらすぐに追い付くから」
黒羽は何か言いたげだったが、ゆっくりと閉じかける扉を見て迷った末、苦渋の判断をする。
「わかった。……伊波様を頼んだ」
それを巳亦に託すのは、黒羽としても不本意だったのかもしれない。それでも、黒羽は巳亦を信じた。テミッドはちらりとこっちを見て、そして扉を潜る。その姿はすぐに闇に飲み込まれ、見えなくなった。
駄目だ、いてくれ、そして俺を止めてくれ。そう声を上げるが裏腹に口は「黒羽さん、また後で」と敢えてその背中を押すのだ。釈然としない様子だったが、黒羽は俺に従って扉を潜る。その黒い影が飲まれたとき、一層扉が小さくなったような気がした。
そして、巳亦はゆっくりとこちらを振り返る。
その表情には先程までの柔和な雰囲気はない、鋭利な刃物のような冷たい相貌を前に、俺は怖気づくことも許されなかった。
「……それで?ああして強引に二人を追い返してまで俺と二人きりになりたかった理由は『それ』か」
隠し持っていた刀を構える俺に驚くわけでもなく、巳亦は冷たく言い放つ。その言葉は俺に吐かれたものだったが、向けられた先は俺の中にあるもう一つの存在であった。
「……ここまで来ると非人道此処に極まれり、だな」
「それをいうなら貴様も大概だろう。俺がいると気付いていてあの二人を帰らせたのか。自殺願望は未だ健在のようだな、死にたがり」
「……勘違いするなよ。俺の問題に二人を巻き込みたくなかっただけだ」
「今すぐその子の体から出ろ」そう、静かに口にする巳亦だが口調とは裏腹に纏う空気は重くのし掛かってくる。別人のような巳亦に、体が震えそうになる。もし中に獄長がいなければ、俺の体は呆気なく崩れ落ちてたかもしれない。それほどの圧迫感だった。空気が震えるほどの渦巻く感情に、獄長は怖気づくどころか楽しげに笑う。
そして取り出した短刀のその先端を指の先でくるりと返し、自身――俺の首へと向けた。
「貴様は自分の立場が分かっていないようだな。貴様が従わなければこの少年の首を刳り取るだけだ」
「……その子に手を出すな……ッ!!」
「出さん。……勿論、貴様が俺に逆らわなければの話だが」
刃が近付き、皮膚の薄皮を一枚裂く。一筋の線から流れる熱の感触を感じた瞬間、巳亦が青褪めた。「やめろ」と喉奥から低く吐き出すように叫ぶ巳亦に、獄長は笑う。
「貴様のような男がこのような青臭い餓鬼に執心するとは、世の中何が起こるか分からんな。……否、貴様は最初からそうだったか。人間がいなければなんの役にも立たない、地を這うことしか能のない蛇なのだから」
「……俺を処刑するのが目的なんだろ。……なら、その子を開放してさっさと処刑台まで連れて行け」
「ああ、そうだな。と言いたいところだが……この餓鬼に対する貴様の反応は中々面白い。簡単に終わらせて手放すのは勿体無いな」
「……ッ!この……」
「……時間も有限だ。どうせここで終わらせるのならば最後まで楽しもうではないか、なあ……巳亦」
滑り落ちる血の感触に痛みは感じない。
けれど、悲痛な巳亦の顔だけが見てられなくて、ああ、俺のことなんか気にしなくてさっさと逃げ出してくれてたらと思わずには居られなかった。
最初から、獄長は巳亦を嬲り殺すつもりだったのだ。
わかっていたはずだ、けれど、その手助けをするような真似になることは耐えられなかった。
……そして、俺が耐えられなかったところで逃げ出すこともできなかった。突き付けられた短刀の切っ先に反射して映る自分と目があった瞬間、俺……もとい獄長は笑った。
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