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14※

憤りを感じる暇もなかった。どれほど経ったのかもわからないが俺にとっては数秒のことのように思えた。危機感で叩き起こし、飛び起きた瞬間、鮮明な朱の世界にいた。 「おお、お姫様のお目覚めだ」 目の前、椅子に腰を下ろしていた猫男が嗤う。 なんでここに、というか、ここは。 混濁する頭の中、自分が長椅子に座らされていることに気付いた。そして、腰に回された骨っぽい腕に気付いたとき。 「ほんま、よう眠っとったわ。待ち草臥れてボク、あれから三回一人でシコシコやらせてもらったんやからな」 「なあ」と、腰を撫でられた瞬間、下腹部がぎゅっと熱くなる。唇を尖らせる能代とは裏腹にその手付きはなまなましく、それよりも、頭に生えた二本の大きな耳に目が行った。狐、と言いかけた瞬間、何か大切なことを忘れていることに気づく。 恐ろしくなって咄嗟に立ち上がろうとするが、痺れるように疼き始めるそこからどろりとしたものが溢れ、思わず足を閉じる。というか、俺、なんでこんな格好してるんだ。 ほぼ下半身丸出しみたいな短い丈のチャイナドレスから剥き出しになった自分の足、その右足首には鉄枷が嵌められており、その先は長椅子の足へと繋がってる。逃げられない、と瞬時にして理解した。 というか。 「な、な、なに……したの……俺に……」 「覚えてへんの?あかん、人間には効きすぎたんかいな」 「な、なに……」 「ほんまに覚えてへんの?」 腰を撫でていた手のひらが降りていき、臀部、その奥の割れ目を生地越しに撫でられたとき、頭の中で電流が流れた。ばちりと音を立て、その瞬間頭の中には忘れていたはずの何かがどっと蘇る。 そして、息を飲んだ。 「ぁ……あぁ……っ」 「ええ、ちょっとフーちゃん。曜めっちゃ怖がってんじゃん、何したの」 「なん言うてん、ボクはこれまでにないほど曜クンには目一杯優しゅうしたんやけど」 舌で、指で、性器で、唇で、視線で、言葉で、あらゆる手段で嬲られたことを思い出し、溢れ出す記憶の渦に心まで持っていかれそうになる。そして次の瞬間やってきたのは死にたくなるほどの自己嫌悪と、そして、隣でニヤニヤと嗤うこの男への怒りだ。 「さわ、るな……っ!」 「なんや、いけずやのう。……閨ではあない可愛かったんに、ちゅーして、もっと奥、って」 「……ッ!」 顔から火が吹き出るのではないかと思うほどだった。あろうことか、黒羽に化けて俺を散々玩具にした狐に俺は唇をぐっと噛む。言い返したいのに、全部思い出してしまったせいで、何を言ってもあのときの自分の醜態を想起してしまっては言葉に詰まった。穴があったら入りたい、どころではない。逃げ出したいのに、逃げられない。 「へーいいなぁ」と羨むマオが余計憎たらしい。 「なあ、オレにも貸してよ」 「あかんに決まってんやろ、アンタ潰すやろ」 「ええ、オレ曜クンなら大切にするのに」 「抱いた女片っ端から潰してきてよう言うわ」 「ちょ、人聞き悪いからそれ!」 「ともかく、曜クンはボクの言うたんはアンタやからな、マオ。ボクがええ言うまでそこで指咥えてなはれ」 なあ、曜クン、と当たり前のように唇を舐められそうになり、咄嗟に胸を反らして逃げようとするが元よりこの長椅子の上で逃げ場などない。唇を塞がれ、ぺろりと舐められる。「能代さん」と慌てて胸を押し返そうとすれば、あつさりと能代は俺から唇を離した。 「なあ、愛らしい給仕はん。ボク、のぞ渇いたんやけど」 そして、彫刻が施されたガラス張りのテーブルの上、置かれた酒瓶とお猪口に視線を向ける能代。 何を言わんとしてるかすぐに理解できたが、こんな状況で、俺にお酌をしろというのかこの男は、どんな神経してるんだ。するわけないだろ、と思うのに、細められた目から覗く瞳に見据えられると逆らうことができなかった。 震える指先でお猪口を取る。酌なんて、生まれてこの方したことない。頭の中のお酌のイメージで、震える指先でとにかく小さいお猪口にお酒を注ぐ。 どのくらい入れたらいいのかわからなくて、結局タイミングを逃して並々と注いでしまったそれを、震えながら能代へと差し出す。能代は愉快そうに目を細めて笑い、そして俺の手ごとを掴んで自分の唇へと寄せた。そのままぐいっと喉奥まで流し込んだ能代は「もう一杯」と囁くように唇を歪める。 なんで、こんなことをさせられてるのだろうか。 情事の痕跡の残るまま、ひたすら狐に奉仕をする。それを二匹の妖怪に見守られるなんて、一年前の自分では想像できなかったことだろう。 二度目は、なんとか適量を注ぐことができたが、それを能代へと運ぼうとしたとき、手が震えてお猪口を落としてしまう。中の透明の液体がばしゃりと能代の胸元を汚した。 「あーあ、やっちゃったな」 「ご、めんなしゃ……」 「ええよ、ええよ別に。これくらい、どちらにせよ汚れてるんやから」 「アンタが綺麗にしてしてくれはんなら」と、ニコニコ嗤う能代に安心する暇もなく叩き落とされる。 「う、え」 「そのおぼこい舌で綺麗にしいや、隅々までな」 僅かに開いたその目は情欲に濡れている。記憶の中で、何度も見てきたその目に全身の熱が呼び起こされる。喉が急速に乾いていく。そんなこと、する必要なんてない。そう思ってるのに、体が自分のものではないみたいに動くのだ。 二人の視線に晒されたまま、能代の膝の上に乗せられた俺は恐る恐る能代の着物の襟を掴む。既に乱れたそこからは生白い能代の胸が顕になっていて、溢れた酒で濡れ、灯籠に照らされ生々しく光る肌が一層厭らしいものに見えたのだ。噎せ返るほどの酒気に目眩を覚えながらも、俺は恐る恐るその濡れた胸元に唇を寄せる。 「っふ、ぁ……んぅ……」 恐る恐る舌を出し、その先が能代の体に触れるのを感じた瞬間、余計全身の熱が増すようだった。黒羽に比べると細いし痩せているが、こうして目の当たりにしてわかる、痩せているだけではなく引き締まった無駄のない体だと。 なるべく意識しないようにと思うのに、どうしても情事のことを思い出さずにはいられなかった。抱き締められ、覆いかぶさってきたこの体を。 「ええよ、そうそう、曜クンはそうちいさい舌忙しのう動かさんと、いつまで経っても綺麗にならへんからな」 頑張りや、と嗤う能代に尻を揉まれ、下腹部が震える。滴る雫を指で受け止め、邪魔をされながらも俺は必死に引き締まった能代の上半身に舌を這わせるのだ。地獄のような時間だった。ほぼ丸出し状態のチャイナドレスの裾を捲くられそうになり、後ろ手に抑えながらもさっさと終わらせようと舌を動かす。 当の能代は少しも気持ち良さそうではない、それどころか、この男、俺にセクハラをしてそれを愉しんでるようにしか見えない。 「っ、は、……ぅ……ん……っ」 「……だめだ、フーちゃん。オレ、もう無理、曜抱かせてくれよ」 「ほんま我慢できひん男やの。あかんいうとるやろ。……やるんなら帰したお姉やんたち呼び戻してしなはれや」 「ええ、無理、絶対集中できねーもん。さっきだって曜の声がエロすぎて全然女の子に集中できなかったし。な、頼むよ。じゃあ、挿入しないから!」 「……ほんまアンタってお人は……」 何を、言ってるんだこいつらは。 混濁した意識の中、ただ恐ろしいやり取りが行われているというのはわかった。舌先から伝わってくる能代の熱に浮かされ始めていたとき。 「ん、ひっ……!」 明らかに能代のものではない手の感触が下腹部に触れる、長い爪で裾を摘み上げられ、剥き出しになった窄みを指の腹で撫でられた。先程まで能代のものを咥え込まれていたにも関わらず既に閉じたそこを擽られれば、全身が跳ね上がる。 「待っ、ぁ、な、に……ぃ……ッ」 「んん?曜はそのままフーちゃんを気持ちよくさせてやってていいから。オレは勝手にするし」 「ぅ、え」 背後から聞こえてくるマオの場違いなほど弾んだ声に気を取られた瞬間、窄みにざらりとした熱く濡れた肉の感触が触れる。長時間の挿入に腫れ上がったそこは掠っただけでも酷く刺激が強く、それなのに、容赦なく入り口を穿る舌先に血の気が引いた 「先に言うときますわ、曜クン。……ボクはほんま紳士やて」 「この男に比べたらな」とどこか憐れみさえも孕んだ瞳で俺を見下ろす能代に、俺は、裾を掴んだまま動けなくなる。

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