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04
そして一通り各自部屋の中の探索を終え、俺達は廊下へと集まっていた。
「馴れるまでが大変そうだな」
「ぼ、ぼく……寝れそうにないです、緊張して……」
「あはは……俺も」
最初見たときはあんなにはしゃいでしまったが
、いざとなると自分の愛用してたベッドと枕が恋しくなってしまいそうだ。
どうやら黒羽もテミッドも同じような部屋になっているようだ。テミッドは絵になりそうだが、黒羽があんなふわふわのベッドで眠るなんて想像できないな……。
「……伊波様も疲れたのではないか? 慣れる為にも少し休憩するといい」
「ぼくも……いつでも、お呼びください。伊波様」
「うん、わかった。ありがとう。黒羽さん、テミッド」
今日はずっとバタバタしっぱなしだったしな。二人も休みたいだろう。
俺はテミッドたちと別れ、自室へと戻ろうとして背後から付いてくる黒羽に気付く。
「く、黒羽さん……?」
「どうした」
「俺、一人でも大丈夫だよ。黒羽さんも自室でゆっくり……」
「貴方を一人残して自室に戻るわけがないだろう」
そうは断言だった。
余程ヴァイスのことが心配なのだろう。しかもちょっと怒ってるし……。
「……伊波様が気になるというのなら以前のように気配も姿も消してお側におります」
「い……いいよ、そこまでしなくても」
まあ確かに元々黒羽は俺のお目付け役だし黒羽からしてみれば役目を全うしているだけだ。
黒羽が一緒にいるのは心強いけど……。
「わかった、じゃあ……どうぞ」
「ああ、失礼する」
ずっと一緒にいるような気がするのに改まって黒羽を部屋に招き入れることに緊張してしまっている自分がいた。
黒羽さんと一緒にいることが嫌だとかそういうわけではない、寧ろ嬉しいし一人でいるよりも安心する。けど、ここ最近の黒羽さんはいつもよりも一層ピリピリしてるように思えるのだ。
ヴァイスのことがあったばかりなのだから神経質になってるのだと分かっていたが、それでもやはりこんな時だからこそ羽根を休めてもらいたいと思った。
部屋の中、立っているという黒羽を「ここは俺の部屋で黒羽さんはお客さんだから」とゴリ押しでソファーに座らせた。……やっぱりヴァイスに捕まっていたことを気にしていたらしい。
気にするなと言っても気にするだろうし、それならばと俺はこっそりと部屋の隅へと移動し、ハウスメイドを呼ぶ。
「えーと、大福と……お茶! 緑茶! ……暖かいやつで」
そう声を掛ければ先程同様側のサイドボードの上にお盆とその上に温かい緑茶が入った湯呑、それから大福が二個添えられた小皿が現れた。
やはり何度見ても魔法のような光景だ。おお……と感嘆の声を上げつつ、それからそれを受け取った俺はソファーで待つ黒羽の元へと向かった。
「伊波様、それは……」
「黒羽さん、よかったら一緒にどうですか」
「……ああ、毒味ならば自分が」
「毒味とかじゃなくて……黒羽さんの好きそうなもの用意してもらったんですけど、あまり好きじゃなかったですか?」
正直俺が大福を選んだのも妖怪だったら和菓子、和菓子と言えば大福が好きなのではないかというなんとも安直なイメージで選んだ結果だ。……それに、俺は黒羽の好物を知らない。
問い掛ければ、少しだけ黒羽は口籠る。いや、と視線を外す黒羽は観念したように息を吐いた。
「……好きだ」
「っ、本当?」
「だが、俺にこういったものは必要ない。貴方が食べるといい」
あくまでも黒羽の態度は頑なだ。警戒の姿勢を崩そうとはしない。これじゃなんだか黒羽の仕事の邪魔をしてるみたいだ。実際そうなのだろう。
けど、黒羽は大福は好きだということがわかったのでも収穫だ。
「……わかりました、ごめんなさい。無理強いして」
「……」
「でも、お茶くらいならいいですよね」
そう、ずい、と半ば強引に黒羽の前に湯呑を置けば、少しだけ鳩が豆鉄砲食らったような顔をしたあと僅かにその口元が緩んだ気がする。そして、「ああ、頂く」と黒羽はそれを受け取ってくれた。そんな黒羽に満足し、俺は大人しくソファーに着席した。
「それにしても、本当に不思議ですよね。……どんなものでも用意してくれるなんて」
「……ああ、そうだな」
「これは駄目とかあるのかな……えと、熱々のカレーパンください!」
試しに空に向かって声を掛ければ、天井からすとんと降ってきたのは紙袋に包まれた熱々のカレーパンだった。
「す、すごい……」
「伊波様、お腹減ってるのか?」
「……えへへ、あ……すごい熱々で美味しいですよ黒羽さん!」
「……すごい匂いだな」
どうやら黒羽はあまりカレーの匂いは好きじゃないらしい。しかめっ面で唸る黒羽にはっとし、俺は急いで匂いの根源を口に詰め込む。
「伊波様、そんなに早食いしては喉に詰まるぞ。水を……」
と言いかけた時、音もなく黒羽の手の中にはボトルの水が現れる。無意識だったようだ、それでも現れたそれに黒羽は驚く。
「……ひとまずこれを」
「ん、ぐ……ありがとうございます」
勢いよく飲んだせいで噎せてしまい、背中を撫でられる。あまりにも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる黒羽にそこまでしなくても大丈夫です、と慌て断った。
「……やはり、この建物内部では頭に思い浮かべたものが顕現するらしい」
「それって、わざわざ口にしなくてもってこと?」
「恐らくは。……試してみよう」
そう言って、黒羽はその隻眼を細める。そして次の瞬間、天井から何かがぼとりと落ちてきた。黒羽が受け取ったそれは刀だ。
俺と黒羽は無言で顔を見合わせた。そして俺も黒羽の真似してとあるものを思い浮かべる。ずしりとした黒光りする銃だ。目を瞑り、地下監獄で発砲したときの記憶を鮮明に呼び起こす。
瞬間、掌の上にずしりとした感触が触れた。目を開けばそこにはあのとき見た獄吏の銃が握られていた。
「っ、う、わ……っ!」
まさか本当に現れるとは思っていなくて、咄嗟に落としてしまいそうになるのを黒羽に取り上げられる。そして、その銃を確認した黒羽は険しい顔のまま「本物のようだな」と呟いた。
「本物って……」
「ここのハウスメイドとやら物を顕現させることに制限がないらしい。……使用した者が現物を知っていればなんでも用意すると」
「……っ」
言われて俺は映画の知識でしか見たことないものをいくつか呼び出そうとするが、一向に本物は出てこない。出てきても玩具のような見た目だけの模型だ。
「ハウスメイドというよりもこの建物全体に強力な具現化魔法が敷かれていると考えた方がいいだろう」
「ぐげんかまほう……」
「つまり、この建物内ならば下手すれば敵も武器を無限に調達でいるということだ」
「で、でも……そもそもヴァイスはここに入れないんじゃ……」
「もしあの男がここの寮生の体を乗っ取った場合正面玄関から侵入することも可能かもしれない。……万全を期す必要がある」
そう、黒羽は刀と銃を壁へと戻す。
他より少しはましというだけで、結果的にはどこにいても同じということか。
それにしても、他にはどんなものが出てくるのだろうか。ふと目を瞑り俺はいつの日か獄長にぬいぐるみのような姿に変えられた黒羽のことを思い出す。そのとき、俺の思考とリンクしたのか頭の上からそれは降ってきた。
大きめのそれにぎょっとした黒羽は俺が受け取るよりも先にそれを捕まえる。そして。
「……っ! 伊波様……これは」
「流石に……生き物は駄目なのかな? ……あ、でもふかふかだ。……ぬいぐるみになっちゃっいましたね、黒羽さん」
そう、ぬいぐるみ黒羽に触れてみれば黒羽は渋い顔のままだ。俺はあのときの黒羽の姿は気に入っているが黒羽はどうやらまだ傷は癒えてなかったようだ。
「……そのようだな」
「あっ、待って黒羽さん返さないで! 俺部屋に置いておくから……!」
「不要だ、人形が欲しいのなら別のものを用意する」
「あ……それは少し欲しいかも……駄目だって黒羽さん!せっかく出したのに!」
結局黒羽ぬいぐるみはハウスメイドに返却させられてしまった。今度黒羽がいないときにこっそり大きいやつを用意してもらおう……そう決意した。
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