104 / 126

05

 暫く黒羽と一緒に部屋でまったり寛いでる内にうとうとしてしまい、夢現の中「伊波様、ここで寝ると風邪を引くぞ」という黒羽の声が聞こえてくる。  そのあとなにか返事をしようとしたのだが意識はそこで途切れてしまった。  そして、目を覚ませば俺はベッドの上にいた。 「んぁ……ぁえ、くろはさん……?」  微睡む意識の中、俺は薄暗くなった部屋の中を見渡す。黒羽がいない。姿を消してるのだと思ったが、もう一度「黒羽さん?」と宙に向かって呼び掛けても黒羽からの返事はない。  ……どこかへ行ってるのだろうか。  伸びをし、身体を起こした。よく眠っていたお陰で節々がバキバキだ。  一度ベッドから降りようとして、置いた手に何かごろりととしたものに当たる。よく目を拵えて見てみれば、そこには日本人形があった。ビックリしすぎて一人で「うわっ!!」と叫んでしまったときだ、バタバタと扉の外で足音が聞こえてきた。そしてすぐに、どんどんと扉が叩かれる。  そのノック音にも驚いて飛び上がりそうになる。 『っ、いなみ、さま……大丈夫ですか……っ?!』  ――テミッドだ。  どうやら俺の悲鳴がテミッドの部屋にまで届いていたようだ。慌てて俺は日本人形を抱き抱え、扉へと向かった。 「て、テミッド……悪い、煩くして……」 「だ……大丈夫、ですか……?顔色が……よくない、です」  そうおどおどと俺の頬に触れてくるテミッドだったが、そこで俺が抱えているものに気づいたらしい。日本人形を見て、テミッドは目を丸くした。 「か……可愛い……」 「え、か……可愛いのか?」 「はい……伊波様みたいで、愛らしい……です」  にこーっと微笑むテミッドだがすごいぞ、テミッドに褒められてるのに微妙な気持ちになっている。 「それ、どうしたんですか……?」 「黒羽さんがいなくなった代わりにこいつがベッドにいたんだ……あ」  そこまで言って俺は眠る前、黒羽がぬいぐるみの代わりに別の人形を用意すると言っていたことを思い出す。  ……まさか、黒羽さんが用意したのって。 「黒羽、様……流石いいお趣味……」  うっとりとしてるテミッドに俺は敢えて何も言わないでおく。 「……あ、そうだ。テミッド、黒羽さん見てないか? 寝てる間にいなくなってて……」 「黒羽様……? いえ、僕は……見てないです」  ごめんなさい、としゅんとするテミッドに「いやそれならいいんだ」と慌てて首を横に振った。  黒羽のことは気になったが、二十四時間常にいるわけではない。黒羽さんにだって色々事情があるのだ。  そもそも俺、どんだけ寝てたんだ。 「こんな夜中にどこ行ったんだろ……」 「……でも、黒羽様の匂い……近いです」  流石グールの嗅覚と言うべきか。「探しますか?」と小首を傾げるテミッドに、俺は「いやいいよ」と断った。近くにいると分かっただけでもいい。それに、黒羽はああいっていたもののこの学生寮内はひとまず安全だと解っているからこそそこまで心配そうにはならなかった。  不思議そうにしながらも「わかりました」とテミッドはこくんと頷く。  そんなときだった。  下の階から扉が開く音が聞こえてきた。  俺とテミッドは顔を見合わせる。 「誰か帰ってきたのかな」 「かも、しれないです……」  言いながら俺達は部屋を抜け出し、こっそり下の階へと繋がる階段からロビーを覗き込んだ。  そこには……。 「アヴィドさん!」 「アヴィド、様……っ!」 「……君たち、まだ起きていたのか」  どうやら帰宅したばかりの用だ。アヴィドと、その背後には見慣れない男がいた。  全身を包帯で巻かれたその男には見覚えがある。確か、何度か文学部の教室で一緒になったことある。白髪混じりの灰色の髪、そして包帯の隙間からぎょろりと覗く目がこちらを睨んだ。特徴的な、白目の部分が変色した左目。 「あ、あの……その人……」 「ああ、ボイドか。……おい、自己紹介してなかったのか?」  ボイドと呼ばれたミイラ男はそっぽ向いたまま何も言わない。やれやれ、とアヴィドは肩を竦めた。 「こいつはボイドだ。……口は付いてるがこの通りのやつでな。一応こいつもこの寮の生徒なのだが……」 「…………」 「おい、ボイド?」  いきなりアヴィドを無視してずい、と急に詰め寄ってくるボイドにぎょっとする。口元の包帯を指で下ろしたボイドは俺をじっと見据えるのだ。突然のことに反応に遅れたときだった。テミッドが俺とボイドの間に入ったのと、アヴィドがボイドの首根っこを掴んだのはほぼ同時だった。 「……っと、悪いな少年。こいつ、……お前に興味があるらしい」 「きょ、うみ?」 「…………」  思わず目の前のミイラ男を見上げる。  距離が近付けば近付くほど何かが腐ったような匂いに思わず顔を顰めそうになるのを必死に堪えた。濁った眼球がこちらを見下ろす。 「…………」 「…………」  沈黙が流れる。どうすればいいのかわからない。というか、じゃあ別に嫌われてるわけではないってことか……? 「ぼいど……」  さんって付けた方がいいのだろうか、と思いながら恐る恐る名前を呼んだとき。 「――……伊波」  顔を寄せられる。薄く開いた口元。耳元で俺にだけ聞こえる声量でボイドは確かに俺の名前を呼んだのだ。驚いて顔を上げたとき、テミッドに引っ張られ、ボイドから引き離される。 「わっ、て、テミッド……?」 「ちかい、です……」  そうか細い声で、それでもボイドに対する警戒心は拭えていないらしい。テミッドはじとりとボイドを睨む。ボイドはそれに対して特に反応するわけでもなく、再び無言に戻った。  妙に張り詰めた空気が流れたときだ。 「ボイド、気は済んだか?」 「そろそろ俺達も行くぞ」とアヴィドが声を掛ければ、ボイドは無言で頷いた。特に怒ってる様子もない。睨まれていると思っていたが、ただ単に目付きがよくないだけかもしれない。  ……それに、名前を呼んでくれたし。  悪いやつではない、なんてそれを判断材料にする俺は黒羽の言うとおり甘いのかもしれない。 「じゃあな、少年たち。……探索もほどほどにしておけよ」 「あ、はい……っ! おやすみなさい」 「おやすみなさいか……久し振りに言われたな」  何が可笑しいのか一人くつくつと笑い、アヴィドはボイドを引き連れて奥の部屋へと進む。  ……どういう関係なのだろう、あの二人。友達?には見えないし……。  うーんと考えてると、くいっと服の裾を掴まれる。テミッドだ。 「ん? どうした、テミッド」 「……ぁ、その……」  もしかしてボイドのことを気にしてるのだろうか、俯いて何かを言い出そうとするがテミッドはそのまま押し黙ってしまった。そのとき。きゅるると腹の音が響き渡る。  俺……ではない。ちらりとテミッドを見上げれば、その頬が赤くなっていくのではないか。 「テミッド、お腹減ったのか?」 「あ……う……ごっ、ごめんなさ……」  こんな時間にか、と思ったが相手は人間ではない。まあ、俺も寝起きで喉乾いたしな。 「じゃあなんか食うか?」 「……っ! は、はい……っ!」  先程までが嘘のようにぱあっと明るくなるテミッドにつられて俺も破顔する。  ここまで純粋に喜んでくれる相手がいると嬉しいというか、可愛いというか……。思わず照れながらも俺は辺りを見渡した。 「そうだ、ここって食堂みたいな場所ないのかな」 「食堂……あ、あの、僕の寮にはありました……」 「じゃあ流石にあるだろ。なんかこういうところの食堂ってすごそうだよな、ちょっと探してみるか」  こくこくと頷くテミッドに、よし決まりだと俺達は早速SSS寮の探検に出ることにした。

ともだちにシェアしよう!