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13※
テミッドが用意してくれた食事を平らげ、腹を満たす。些か食べすぎてしまったが、まあきっとどうせ次に目を覚ます頃にはまた腹が減ってるだろう。
ということで、どれほどの時間が経過しただろうか。お腹いっぱいになったお陰であんなに寝たのに少しだけ眠くなってきた。
うつらうつらしていると、部屋の扉の外がやや騒がしくなる。どうやらアヴィドたちがやってきたようだ。
控えめなノックの音とともに現れたのはアヴィドとクリュエルだった。ニグレドは部屋の前で待機しているらしい。
「準備は済ませたか、少年」
「はい、俺はいつでも大丈夫です」
アヴィドの問いに頷き返せば、アヴィドはちらりと壁にもたれかかったまま辺りを探っていた黒羽を見た。黒羽はなにも言わない。
そちらは任せた、そう黒羽に暗に言われてるような気がして俺は一人決意を燃やす。
そんな俺達の様子からなにかを感じたのか、アヴィドは「なるほど、少年も一端の御主人様ということか」と笑う。
「では早速だがまたこれから暫く夢の中に入ってもらう」
「わかりました。あの、俺……このまま寝たままでいいですか?」
「ああ、構わない。目隠しは必要か?」
「いえ……」
「それじゃあ、目を閉じてくれ」
言われるがまま、ベッドの上に横になる。その横に「お邪魔しまーす」とクリュエルが潜り込もうとしていたが、間髪入れずに黒羽につまみ出されていた。
そんな賑やかな外野の中、俺はアヴィドの言うとおり瞼を閉じようとしたとき、ほんの一瞬視界に手袋に覆われたアヴィドの手が翳されるのが見えた。
そして、一瞬にして辺りの音は遠くなる。
変な感覚だった。意識ごとどこか暗闇に放り込まれたような宙ぶらりん。
そんな状態でもなんとか辺りを探ろうとすれば、暗闇だったそこに影が生まれる。その影は俺の周囲からどんどん広がっていき、やがて黒しかなかった世界に色が蘇るのだ。
まず視界に入ったのは見慣れた建物――俺が通っていた高校だ。そして魔界に来てからはもう見ることのないと思っていた眩いほどの太陽、そして青い空。
気が付けば俺の身に着けている制服も、以前のブレザーに変わっていた。恐る恐る首に触れれば、首輪だけは確かに存在していた。
視界が慣れてきたと思えば、今度は世界に音が蘇る。同じ制服に身を包んだ生徒たちが行き交う校門前、俺は一人立ちすくんでいた。
がやがやと話し声が聞こえるはずなのにその内容までは把握できない。生徒たちの顔も靄がかったように表情すら見えない。
知ってるはずなのに知らない世界に来てしまったような孤独感――あのときと同じだ。
「……っ、クリュエル!」
咄嗟に俺は声を上げた。恐らくクリュエルもこの夢の中のどこかにいるはずだ。そう、俺は有象無象の生徒たちの間を縫って学校へと入っていく。
気味が悪い、まるでボタンをかけ違ったような違和感しかない世界の中、とにかく知った人物を探した。
心細さはあったが、それよりも俺にはしなければならないことがある。その使命感が俺の足を動かさせてくれたのだ。
校門を潜り、校舎へと近付く。
前へ進もうとすればするほど足が鉛のように重くなっていくのだ。まるで地面に足が沈むような感覚に、これも件の夢魔のせいなのかと思いながらも半ばヤケクソに足を進めた。耳鳴りが酷い。人の声が鼓膜から直接流れ込んできて、どんどん頭の中を埋め尽くしていく。
「クリュエル……ッ」
そう、再びあの淫魔の名前を呼んだときだった。
先程まで俺の存在なんてなかったかのように通り過ぎていっていた人影が一斉にこちらを振り返ったのだ。目も鼻も口の位置すらも分からないその人影たち、けれどその視線だけが刺さるように突き刺さる。
なんだ、俺、なんかしたのか。
いや確かにクリュエルの名前は叫んだが、さっきだって叫んだはずだ。
なんとなく嫌な予感を感じ、咄嗟にその場から離れようとしたときだった。
「あの喧しいインキュバスなら来ないぞ」
背後から聞こえてきた声に反応するように、俺を囲んでいた生徒たちは一斉に道を開ける。
柔らかく、それでいてどこか掴みどころのない冷たい声――それは、あのとき夢の中で聞いた声と同じものだった。
恐る恐る振り返り、確信する。こいつが例の夢魔なのだと。
表情を隠す靄もなければ、明らかに現実から掛け離れたような整った顔とは対象的に淀んだ目。くすんだ灰色の髪。俺と同じ母校の制服を身に着けているがこんな男、早々人間界でも見ない。
「あんたが夢魔か……っ、人の夢に勝手に入ってきたやつ……!」
「夢を介入されたことに怒ってるのか? 大して良い夢を見てるわけでもない、寧ろお前の夢は不味い。けれど悪夢と呼ぶにはスパイスも足りない、中途半端なものだ」
「……ッ」
なんだ、こいつは。
勝手に人の夢に入り込んだくせに、なんで人の夢にケチをつけてくるんだ。やれやれと言わんばかりの顔する目の前の男に怒りを覚えたが、違う、今はそんな挑発に乗ってる場合ではない。
「クリュエルが来ないってどういうことだよ」
「聞こえなかったか? そのままの意味だ。……人を下級淫魔扱いしやがったあの小生意気な蝙蝠にはちょっとばかし遊んでやっている」
「な……ッ!」
クリュエルが?と血の気が引く。
全くクリュエルが負けてるイメージがつかないのだが、それでも俺に協力してくれている心強い味方……だ。そうなのだ。
「クリュエルをどこにやった」と問詰めようとするが、目の前にいたはずのその夢魔は姿を消した。そして、気付けば俺の背後に立っているのだ。
「聞いてどうする。それとも、まさか助けるとでもいうつもりか?」
「……っ、だったらなんだよ」
「人間らしい愚かで傲慢な発想だ。自分の身の丈に合わない真似はしない方がいい」
どういう意味だ、と振り返ろうとした瞬間。夢魔の姿がまた消える。今度は人垣から離れたところに一人立っていた。
有象無象の生徒に囲まれたままの俺を振り返り、男は無表情のままこちらをじっと見るのだ。湿気を孕んだような薄暗い目。
「……大人しくしておけばいいものを、自らわざわざやってくるのだから救いようがないな」
「どういう……」
「そのままの意味だ。――瑞夢がお気に召さないというのなら、お望み通り悪夢を見せてやる……と言ってるんだ」
夢魔がそう口にした瞬間。あれほど透き通っていた青い空は血のように赤く染まり、見慣れた校舎は半壊していた。そして、俺を囲んでいた生徒たちの顔の靄が取れた代わりにそこに現れた顔を見て息を飲む。かつての友人、かつての知り合いたちがそこにいた。
「……自分の不幸よりも他人の不幸を悲しむきらいがある。損気だな」
俺の夢の中だから、と分かっていても突然の出来事にほんの一瞬でも動揺してしまった。
そんな俺を見て、夢魔は確かに笑ったのだ。
次の瞬間、俺の周りにいたそいつらが一斉に蹲り、うめき声を上げる。何が起きたのかわか、なかった。腕や顔、頭等を抑え呻き出す友人たち。その全身に無数の傷が浮かび上がり、悲痛な声がより一層大きくなる。
「っ、な、やめろ、なにして……ッ!」
一人の友人に駆け寄れば、その目がぎょろりとこちらを睨む。穏やかで優しかった友人の見たことのない形相に思わず身動いだ。それも束の間、物凄い力で腕を掴まれる。
「ッ、な、ぁ……ッ!!」
そのまま剥き出しになった腕に噛み付かれそうになり、俺はとっさに友人――その形をしたものを振り払おうと思いっきり腕に力を込めた瞬間。
「曜……っ、ごめんな……お前にだけ辛い役目を押し付けて」
化け物のような形相していたそいつは確かに友人だったのだ。
苦しそうに泣き出すその友人を拳いっぱい力を込めて振り払う。その動作を一瞬でも躊躇ってしまったことが悪手だった。背後から別の知人の姿をした化け物に足首を取られ、転倒する。
「っ、ぐ、くそ……ッ!」
「そういえば、自己紹介が遅れたな」
足、腿、背中、首、全身を引っ張られ、地べたに這いずらされる俺の目の前までやってきた夢魔はこちらを見下ろしていた。
「俺はアンブラ――下級淫魔じゃない、ナイトメアだ」
「お前に恨みも興味もないが、ヴァイスさんからの頼みだからな。お前の魂と肉体、回収させてもらう」夢魔――アンブラはそうやはり感情のない声でそう静かに続けた。
――ナイトメア。
耳慣れない単語だが、それでもその言葉の意味は分かる。
悪夢、ということは。
「これ、お前の仕業なのか……っ?!」
「誤解をしてるようだが、ここはお前の夢の中だ。……悪夢もすべて、お前の恐怖からできている」
「俺はただそれに手を加えるだけだ」気怠そうにこちらを見下ろし、アンブラは静かに続けた。
伸びてきた一本の腕に制服の上着を引っ張られそうになり、息を飲んだ。
「こんにゃろ……っ、やめろっ!」
そう脱がそうとしてくる腕を振り払おうと藻掻くが、抵抗しようとすればするほど押さえつけられる力は増していく。
シャツまでも千切られそうになり、俺は半ばやけくそに一番近くにいたゾンビに頭突きをかますが、ダメージを食らったようには見えない。
それどころか、粘土細工かなにかのように頭が潰れたまま動くそれに息を飲む。
「っ、な、んだ……こいつら……っ」
「あまり逆らおうとしない方がいい。……夢の中とは言えど、食らうダメージはお前のものだ」
服を乱暴に引っ張られ、そのまま引きちぎられたシャツの下。
直接触れる冷たくガサツいた手に息を飲んだ。
「っ、や、めろ……っ、んん……っ」
顔面を掴むよう、口の中に入ってくる指に堪らず顔を逸らそうとするが敵わなかった。
口をこじ開けられ、尖った爪に引っかかれるように舌を引きずり出される。元は見覚えのある顔のその幻にそのまま舌を噛み付くように顔を寄せられ、背筋が凍りついた。
「っ、は、や゛……っん、う゛……!」
俺の記憶をこんな風に利用されることに対する怒りのあまり、思考がこの現状を受け止めるのを拒もうとする。
舌を絡め取られ、噛まれ、奥の奥、その舌の根本ごと明らかに人のそれとは違う長い舌で口の中いっぱいに犯されるのだ。
「っ、ふ、ぅ゛……ッ!」
舌に気を取られ、抵抗に遅れてしまう。
スラックス、その下腹部の部分を強く引っ張られ、どこからか繊維が裂かれるような音が聞こえて現実に引き戻される。
いとも容易く剥かれる下着の下、ただの幻影に対して羞恥心など感じる必要はないとわかっててもその嫌悪感は強烈で。
何本もの指が肛門にねじ込まれ、息を飲む。
「――ッ、ぅ゛、んん゛……ッ!」
その痛みと苦痛、嫌悪感のあまりに逃げようとするが、全身に絡みつく手は先程よりも増えているような気がしてならない。それほど、膝や脚は地面に縫い付けられたように動かなかった。
「無駄な労力は使わない方がいい。どうせ、助けなんて来ないんだから」
「……っ、ふ、ぅ……ッ」
そんなわけない、勝手なことを言うな。
そう、群がる化け物のその奥、醒めた目でこちらを見下ろしていたアンブラを睨みつければ、やつは視線を逸らすのだ。
「……強情だな」
そして、やれやれとでも言わんばかりに息を吐くアンブラは指を鳴らす。
次の瞬間、鼓動が大きく跳ね上がった。
体内を好き勝手掻き回し、蚯蚓のように這いずりまわっていただけの指に同じように触れられた瞬間、言葉にし難い感覚が体内の粘膜から全身へと広がった。
「……人間、俺はお前に自死されても困る。だから、程々に楽しめるようにしてやった」
「感謝したらどうだ」と、アンブラは呟いた。
その言葉の意味はすぐに理解した。先程まで、ただ不快だっただけなのに腿を撫でられるだけで頭の奥がじんわりと熱くなり、視界が歪む。
器官いっぱいに広がる咥内、その粘膜中を舌で舐め回され、腰ががくがくと震えた。
「っ、ふ、ぅ゛……ッ」
指が、舌が、全身に這わされる。
腿を噛まれた瞬間、痛みにも似た鋭い刺激が脳から全身へと走った。
痛覚を無理矢理快感へと変換されたような、視覚と感覚器官が噛み合っていないお陰で余計頭が混乱しそうになるのだ。
「人間界では、感度は三千倍が基本だと聞いた。……とはいえ、お前は百倍でも保たなさそうだな」
アンブラはぼそぼそと一人喋りながら、地面の上這いずる俺を見下ろすのだ。
やつが何を言ってるのか俺には分からなかった。理解のしようがなかったのだ。
背後にいた化け物に胸を揉まれ、その乳首の先っぽを絞るように乾いた指先で摘まれれば喉の奥から声にならない悲鳴が漏れそうになった。
「っ、ん゛……ッ! ふ、ぅ゛……ッ!」
痛覚だけではない。
すり、と乳頭を指の腹で掠られただけでも、睾丸と肛門の間の筋を撫でられただけでも、まるで性器を扱かれるとき以上の刺激に脳はあっという間にキャパオーバーになってしまう。
震える腰を捉えられ、いつの間にかに自身の先走りでどろりと濡れた性器を握られ、体液を絡めとった指で更に中を掻き回される。
乾いた内壁が突っ張り、痛いはずなのに恐れていた痛みはやってこない。それどころか、もっと奥まで引っ掻き回してほしいと思えてしまうほどだった。
――これは、俺じゃない。
こんなはず、有りえない。
そう思うのに。
ぢゅる、と音を立てて舌を吸われ、口外へと引っ張り出されたまま開きっぱなしになった口の中へとどろりと唾液を垂らされる。
吐き気と拒絶のあまり拒もうとするが、自分の舌がそれを阻害するのだ。
喉の奥まで直接注がれた大量の唾液を吐き出すこともできぬまま、押し流されるそれを喉の奥、粘膜を通って腹の奥底まで流れていくのを感じた。
えずこうとすれば、そのままクラスメイトの顔をしたそいつは再度蓋をするように唇を塞ぎ、更に唾液を絡めた舌をたっぷりと粘膜にこすりつけていく。
「っ、は、ん゛、ふ……ッ」
上と下。両方を内側から責め立てられ、意識を保つことがやっとだった。
これは悪夢だ。現実ではない。耐えろ、クリュエルが来るまで耐えるんだ。
そう自分を鼓舞することが精一杯だったところに、乳輪ごと乳首を噛まれ「ん゛んっ」と飛び上がりそうになる。
ぢゅぼ、と引き抜かれた舌はそのまま俺の唇から頬をべろりと舐め、目尻に滲んだ涙を舐め取り、吸い付く。
「っ、ぅ゛、あ゛……ッ、やめろ、……ッ! ん゛……ッ、ひィ゛……ッ!」
両胸に吸い疲れ、歯と舌、唇を使って執拗に愛撫される。
皮膚を掻き毟りたいほどの感覚に、俺はただ耐えることしかできなかった。
前立腺すら分からぬまま、ただいたずらに体内を犯していた指が引き抜かれると同時に、腰がぶるりと震える。
ようやく解放されたのかと思った次の瞬間、臀部に押し当てられる肉棒の感触と重みに息を飲んだ。
そして、
「……ッ、ぅ、そ……ッ!」
押し当てられるそれが全貌だと思っていたが、違った。
己の下半身に視線を向けたとき、ふざけてるのではないか。そう疑いたくなるほどの巨大な男性器を見て凍りついた。
子供どころではない、俺の腕ほどの大きさはあるのではないか。そう思えるほどの性器を生やし、反り勃たせた化け物を見た瞬間血の気が引いていく。
「……? 人間界では普通じゃないのか?」
「どこの、人間界だそれ……っ! ぐ、う゛……っ、や、嫌だ、やめろ……ッ!」
「……おかしいな。勉強不足だったか? 確か、やつに頼んで取り寄せてもらった教材では“これ”が通常サイズだったはずだがな」
「な、なにをブツブツ……ッ! これは、流石に無理、死ぬ……ッ!」
「あの教材でもそう言っていたが、最終的に悦んでいた。なら問題ないだろう」
だからその教材ってなんなんだよ!という俺のツッコミは言葉にならなかった。
無数の指に肛門を広げられ、そこにぐに、と拳よりも大きな亀頭が押し当てられる。
無理、無理無理無理!絶対死ぬ!流石に死ぬ!
そう必死に身体を捩ったり足をバタつかせてどうにか背後の化け物を退けようとした瞬間だった。
「ぐぎゃあ!」とすぐ背後で獣のような悲鳴が聞こえてきたと思った次の瞬間だった、俺を取り押さえていたその手が離れる。
「――これだから困るんだよなあ、下等雑魚雑魚根暗童貞淫魔君は」
聞き覚えのある、その場違いなほどに弾んだ声とともに、辺りに甘い香りが漂う。
先程まで涼しい顔をしていたアンブラは、俺の背後に目を向け、露骨に顔を顰めた。
「……っ、お前……なんでここに……」
「なんでって、そりゃ曜君の貞操を守るために決まってんじゃ~ん!」
「お待たせ、曜君っ!」そう、地面の上で潰されかけていた俺を抱きかかえたクリュエルは微笑んだ。
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