113 / 126

14※

「っ、く、クリュエ……ル……」  本当に駄目なんじゃないかと思っていた矢先現れたクリュエルに安堵するのも束の間、その片手には先程の巨根化け物の一物がもぎ取られていたのを見て俺は別の意味で青ざめるのだ。 「く、クリュエル、ソレ……」 「ほんっと、分かってないよねえ童貞根暗オタク君はさ~」  言いながら、お姫様だっこしたまま俺の股の間に指を這わせてくるクリュエルに息を飲んだ。 「っ、待っ、クリュエル……ッ、なに……ッ、ぃ……ッ」 「でかけりゃいいってもんじゃないでしょ。淫魔なら、ちゃんと相手が気持ちよくいっぱい射精せるように相手の体質や体格、好みに合わせなきゃ」 「っ、ひ、う……ッ」  謎の液体を纏った華奢な指はぬぷりと肛門に沈んでいく。突然の感覚に驚いて、思わずクリュエルの首にしがみつけば、「そう、そのまま」と額にキスを落とされた。  長い指は傷付き、腫れ上がったそこを優しく撫でるように中をよしよしと撫でていく。 「っ、ぁ、……っ、ん、ぅ……ッ! く、クリュエル……っ、待って、待っ……ッ、ぅ……ッ!」 「可哀想な曜君、こぉーんなに震えちゃって」 「っひ、ぅ……ッ」  前立腺、その周りから徐々に詰め寄るように中の筋肉を愛撫され、堪らずクリュエルの胸元に身を寄せたときだった。  先程まで高みの見物をしていたアンブラが俺たちの前に立ちはだかる。  涼し気な顔はどこへ行ったのか、その顔に浮かぶのは明確な怒り、或いは不快感だった。そして、やつは俺を抱いたクリュエルを睨みつけていた。 「おい、黙って聞いておけば……っ、好き放題言いやがって……ッ! 大体、なんでお前が無事なんだよ……っ! あんな――」 「あんな悪夢見せられたくせにって? ……馬鹿だなあ、僕に悪夢なんてあるわけないでしょ?」 「……は?」  意味がわからないと固まるアンブラを前に、クリュエルはニッコリと微笑んだ。  それは俺に見せる無邪気なものではなく、悪魔を連想させるような笑顔で。 「自分も騙せないのに、他人を騙せるわけないでしょ。普通」  そう、クリュエルが踵を鳴らす。鋭いヒールがかつんと音を立てた瞬間、辺りの景色は一変した。  先程まであんなにどす黒かった空は姿を消し、現れたのはどこかの洋館だった。 「っ、こ、こは――」  そして、アンブラの頭上。天井から落ちてくる巨大な鳥籠はアンブラを閉じ込める。  檻の細い鉄柵にしがみついたアンブラを前に、クリュエルは俺の頭を撫でるのだ。 「ここは僕たちの実家のお屋敷だよ」 「おいっ、ここから出せ……っ!」 「出たきゃ出ればいいじゃん。えーと、なんだっけ? ――自称ナイトメア君? だっけ?」 「誰が……ッ」  そう噛みつくアンブラに、クリュエルは更に踵を鳴らす。次の瞬間、鳥籠の底からそれは生えてきた。  無数の女の形をした、或いはそれらを一回溶かして混ぜ込んだようだ歪な肉塊が。 「く、クリュエル……!」 「……ひ……ッ!」 「マーソン家の使い魔たるもの、どんな悪夢も飼いならさなければならない。アヴィド様は特にスパルタだからねえ、淫魔ならばどんな相手も籠絡できなければ“躾直し”は基本でしょ」 「っ、ぉ、お前……ッ!」 「童貞君には刺激強いかな? でも、優しくて包容力のある僕のとっておきの女友だちを用意してきてあげたから筆卸、してもらいなよ」 「ああそれと、君の精力尽きたら食べられちゃうかもしれないけどナイトメアの君が僕の悪夢に負けるはずないよね~?」そう、躙りよるぶよぶよの肉塊から逃げるアンブラを檻の外から眺め、声高らかに笑うクリュエルにぞっとした。  少なくとも、檻の中のアンブラは俺でもわかるほど怯えている。  檻の外にいる俺が凍り付くほどの化け物相手だ。  わかっていたけども。 「く、クリュエル……っ!」  そう、咄嗟にクリュエルの胸を押し返し、降りようとするがクリュエルの細い腕は俺から離れない。それどころか、ぐちゅ、と音を立て、過敏になった中を柔らかく刺激され声が上擦りそうになった。 「ん? ああごめんね、早く気持ちよくなりたかったよね? すぐイカせてあげるね?」 「っ、ぁ、ち、が……ッ、ん、……ッ!」 「――違う?」  きゅるん、と大きなクリュエルの瞳がこちらを覗き込む。  キラキラと無数の小さな星を散りばめたかのように輝くその曇りない目が、今はただ不気味にすら思えた。 「っ、クリュエル……、だ、駄目だ……っ、殺す必要は……ッん、う……っ」 「えー? 何言ってるの? 大丈夫だよ、よほどの雑魚じゃない限りはすぐには死なないから。雑魚だったら、搾取され続けながらも生きたまま食べられていくだけだけど」 「っこ、怖いこと言うな……っ、ぁ! ん、ぅ……ッ!」  前立腺を撫でられた瞬間、内腿はびりびりと痙攣し、堪らず中のクリュエルの指を締め付けてしまう。俺を見つめていたクリュエルの口元に笑みが浮かび、見悶える俺に顔を寄せたクリュエルはそのまま半開きになっていた俺の唇に吸い付くのだ。 「っ、ん……曜君って本当可愛いー……っ、自分だって怖い目に遭ったくせによくそんなナマッちょろいこと言えるねえ?」 「っ、な、ま……っ、ん、ぅ……ッ」 「ムカつかない? 曜君の思い出もこいつに見られて、暴かれて、利用されたんでしょ?」 「仕返ししてやりたくなるでしょ」と薄い舌で唇から垂れる唾液を舐め取られる。くるくると前立腺を撫で続けられれば、頭の中は白く染まり、自分がイッてるのかイッていないのかわからない状態が続いた。  爪先に力が入り、眼球の奥が熱くなっていく。  それでも、証拠が必要なのだ。  ――生きた証拠が。 「っ、く、りゅえる……ぉ、お願い……っ、アンブラを、こ、ろさないで……っ」 「じゃあ僕が受けた屈辱は曜君で晴らしていいの?」 「っん、ぁ……っ!」 「君は優しいからそれでいいかもしれないけど、僕はこういうやつが一番ムカつくんだよねえ~~。こそこそやってさあ、自分は安全地帯から見てんの」  檻の中、肉塊にのしかかられ、その内側に取り込まれそうになっているアンブラを見て俺は堪らず「いいよ」と叫んでいた。 「い、いいから……っ、俺が、クリュエルの発散相手になるから……ッ! だ、から、あの肉塊を止めてくれ……っ!」  クリュエルは笑った。先程よりも激しくなっていく愛撫に息継ぎをする隙もなかった。  限界まで張り詰めた性器の先端から止めどなく体液が滴り落ち、ぴんっ!と伸びた全身はそのまま小刻みに痙攣して止まない。  はあっはあっと、胸で呼吸を繰り返す俺を見下ろし、クリュエルは濡れた指先を引き抜いた。そして、その指を俺の唇に這わせ、そのまま舌に塗り込むように擦りつけてくる。 「っん、ぅ……ッ」 「曜君さあ、駄目だよ? こんなに簡単に悪魔と契約しようとしちゃ」 「っ、クリュエル……?」 「……本当、外野がいなけりゃ危なかった」  そう笑って、クリュエルは俺を抱え直すのだ。  先程までのお姫様だっこではなく。抱きしめ合うような抱き方だ。  囁かれた言葉が気になったが、この体勢ではクリュエルの表情を確かめることはできなかった。 「っ、た、助け……ッ」  そうアンブラの悲鳴が聞こえてきたと思った矢先だった。ぎょっと振り返ろうとすれば、その檻の中、先程までいた肉塊が地面へと吸い込まれていく。  そして、へたり込んだアンブラの元へとクリュエルはツカツカと歩いていくのだ。 「よおヘタレ、曜君が大天使ちゃんで良かったねー!」 「っ、な……んで……」 「――お前を甚振るのは夢から醒めてにしてやるよ」  背筋が凍り付くほどの低い声だった。  ひっ、と青褪め息を飲むアンブラ。ただならぬ気配を察知し、慌てて「クリュエル、下ろしてくれ」と間に入ればクリュエルは「ええ~」と不服そうな顔をしながらも言うとおり下ろしてくれた。  その衝撃にまたびくんと反応しそうになる身体が今は疎ましくて仕方ない。息も絶え絶えに檻に近付き、俺は「おい」とアンブラに声をかける。 「ぉ、お前……っ、なんでこんなことしたんだよ……」 「……っ、なんでって……お前には関係ないだろ」 「ある、大アリだ、っていうか俺の夢だここ……っ!」  咄嗟に言い返せば、アンブラは舌打ち混じりに視線を外すのだ。  そんな態度をクリュエルが見逃すはずもなく、「曜君、処す? 処す?」と腕に絡みついて耳元で囁きかけてくるクリュエルを必死に止める。  そして、アンブラと視線が合うように俺も座り込んだ。 「……お前が言うつもりないなら、このまま連れ帰ってアヴィドさんたちに引き渡すからな」 「……っ、……別に、勝手にしたらいいだろ……」 「だってよ曜君、こいつは口を割る気はないので魂ごと抜き取ってアカレコ化決定~!」 「あ、アカシックレコードって……」 「あれ? お前まじでなにも知らねえの? 曜君に手を出したやつは漏れなく重罪人なんだからそれくらい普通じゃない?」 「しかも、お前はヴァイスを匿ってるんだし」大きな目を更に丸く見開き、クリュエルは二つのツインテールを揺らしてクスクスと笑う。  悪魔である。淫魔も悪魔の仲間なのだと突き付けられたようだった。  クリュエルなりの脅しだとは思いたいが、いつの日かの和光とのことを思い出した。  ユアンは死罪にはならなかったが、それでもヴァイスに直接協力しているアンブラの対処は完全にアヴィドたちの役目だ。  灰色の髪の下、アンブラの視線が右に左にとぐるぐると泳ぎ出す。 「っ、勝手にしたらいいだろ、そんな風に脅されても……俺はヴァイスさんのことを売るつもりはない……っ」 「あははっ、ガクガク震えちゃって健気~。……ま、いーや。もう僕飽きちゃったし、さっさとアヴィド様に引き渡すか」  ころころと変わるクリュエルの表情。そして、クリュエルが指を鳴らした瞬間、檻の金属部分が溶けたようにぐにゃりと変形する。そのままアンブラの全身を覆う拘束具へと変形するその檻だっもの、頭からつま先まで覆われたアンブラ専用の棺桶はごろんと転がり、クリュエルはそれを腰掛け代わりにどかりと座るのだ。 「く、クリュエル……それ、大丈夫なのか……?」 「もちろん! ここは僕の夢だし、それにこいつのメンタル雑魚オブ雑魚だから楽ちんだよ~。このままアヴィド様たちのところに戻るけど、曜君はなにかやり残したこととかない?」 「な、ない……ないです……」 「……オッケ~」  なんだその一瞬の間は。  どこからともなくロリポップキャンディーを取り出したクリュエルはそれを齧り、尖った歯で一欠片砕いた。  瞬間、ロリポップキャンディーのように水色と白の渦が辺りを渦巻く。先程までの洋館は何処へ、カラフルなあまり網膜が焼け付きそうなほどの極彩色の世界に落とされた。  そしてそれもほんの一瞬のことで、落ちる、と錯覚した次の瞬間俺は受け身を取ろうと起き上がった。 「……ッ、は……ッ!」  見覚えのある部屋の中、ふかふかのベッドの上で目が覚めた俺をまず出迎えてくれたのは黒羽だった。 「……っ、伊波様……ッ」 「あ……く、黒羽……さん……」  険しいその顔は、俺が名前を呼ぶと幾分安堵したように緩んだ。そこで、俺は右手がなにかを掴んでることに気付いた。  視線を向ければそこには黒羽の手が繋がれていて、しっかりと握り締められたその手に息を飲む。  そして黒羽も俺の反応で気付いたらしい。  慌てて黒羽は手を離そうとし、俺は咄嗟にその手をもう片方の手で掴んだ。 「い、伊波様……」 「ただいま戻りました、黒羽さん」  そうぎゅっと手を握り締め、目の前の付き人の顔を覗き込む。  色々あったが、ちゃんと黒羽のところに戻ってこれた。今はそれを伝えたくて笑いかければ、黒羽は目を伏せる。 「……ああ、よくぞ戻って参られた」  そして微かにその口元を緩めたのを俺は見逃さなかった。 「そ、そうだ……黒羽さんっ、アンブラは……」  黒羽との再会に耽っている場合ではなかったことを思い出す。  そもそもどれくらい眠っていたのか。クリュエルはちゃんと戻ってきているのか。  色々聞きたいことはあった。  慌てて起き上がろうとする俺の体を支え、「ああ、あの不届き者か」と黒羽は低く口に吐いた。 「あいつならば捕らえられたあとだ。今は、拘置されている」 「……拘置」  最初はアンブラを捕まえて褒められることを頑張っていたが、何故だろうか。夢の中でのアンブラの弱々しい姿を見てしまったからか、心の底から喜ぶことはできなかった。 「あの、もう一度アンブラに会うことはできないのかな」 「……伊波様」 「無理にって言わないけど、アンブラはなんか……話したら話が分かるんじゃないかって気がして」 「…………」  黒羽の眉間の皺が益々深く刻まれていくのを見て、口にせずとも黒羽の言いたいことが伝わってくる。 「く、黒羽さん……」 「……良いだろう」 「やっぱり駄目……え?」 「構わないと言った。……それに、あの様子では力を使うことはできないだろうからな」  まさか承諾されるとは思ってもいなくて、黒羽の言葉に俺は「本当に?」と思わず聞き返してしまう。 「こんな下らない嘘を吐いてなんになる」 「それに」と黒羽の視線がこちらを向いた。 「貴方が身を呈して捕らえた相手だ。伊波様にはその権利がある」 「アヴィドには俺から口添えしておく」と静かに続ける黒羽の言葉に思わず黒羽に抱きつきそうになったが、体が思うように動かずそのままベッドに倒れ込んだ。  そんな俺を見て、黒羽は「慌てなくていい」と冷静に続けるのだ。 「兎も角、今は調子を戻すことに専念しろ。不安定な人間の夢は夢魔の大好物だからな」 「わ、わかった……」  言われるがまま、俺はシーツを引っ張って潜る。  ――黒羽が優しい。  安全が保証されてるからか。それとも、少しでも見直してもらえたとかだったらいいな……。  なんて思いながら俺は目を瞑った。

ともだちにシェアしよう!