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「おや、会長はいいんですか?」 「あーあいつなら風紀だかなんだかのやつらに引っ張っていかれた。んで暇だったから戻ってきたけど……なんだよすっげーイケメン増えてんじゃん、こういうときはさっさと呼べっつったろハジメ」 『風紀』という単語に眉を潜める能義に構わず、耳打ちしてくる岩片にお前が勝手にどっか行ったんだろと突っ込まずにはいられなかった。 「なあ、お前名前なんてーの」 「ぅえ? お……俺ぇ?」  どうやら次のターゲットが決まったようだ。  俺にまとわりついていた神楽はまさか自分が声をかけられると思ってもいなかったらしい。露骨に顔を引きつらせる神楽は、舌舐めずりをしながらじりじりと詰め寄ってくる岩片から逃げるように後退る。 「お、俺は名乗るほどの者じゃ御座いませんよぉー……」  俺のときは自分から名乗ったくせに、よほど苦手らしい。そういや第一印象からしてあまり岩片にいい印象を持っていなかった。……まあ、大概のやつはそうだろうけどな。特に神楽みたいに容姿を重視するタイプなら余計。 「名乗るほどじゃねえその名前をこの俺が聞いてやるって言ってんだよ。その可愛い声で俺に……もごっ」  公共の場で何を言葉責めしてやがるんだこの男は。慌ててその口を塞ぎ、俺は一旦神楽から岩片を引き離した。ここぞとばかりに逃げ出した神楽はそのまま彩乃の背後に隠れる。  そんな二人を余所に、能義はというとなにやら難しそうな顔をしていた。 「風紀ですか……また面倒臭い方々に捕まりましたね」  風紀委員は、確か生徒会とこの学園を二分にしてるというのは聞いていた。 「別に珍しいことでもない。どうせあいつらが無駄な時間潰すことになるだけだ」 「いえ、会長のことはどうでもいいんですが、その飛び火がこちらに来ないか心配ですね」  五十嵐の言葉に対し、そう小さく息をつく能義。さらりとどうでもいい扱いされた政岡に内心同情しつつ、二人のやり取りが気になった俺は「飛び火?」と聞き返した。 「まあ風紀というくらいですからね、彼らは校則違反者に煩いんですよ。会長がしょっぴかれたことで調子に乗った風紀委員が無茶苦茶な理由付けてこの場にいる全員指導室へ引っ張るなんてことも有り得ないわけではないということです」 「全員って、流石にそれは」 「ええ、全員は言い過ぎましたね。訂正しましょう。私以外この場の生徒全員です」  肝心なところが訂正されてなかった上に悪化している。  流石の彩乃もその言葉に呆れたようだ。 「おい、俺も入れろ」  そこじゃねーだろ。能義、お前も「嫌です」じゃねえよ。仲良しだろやっぱお前ら。 「取り敢えず、私たちも夕食を済ませますか。尾張さんと……そちらの方もどうですか?」 「ひははははひはっへほへほ!」 「なるほど、岩片さんですね。お二人もどうですか? 賑やかな方が楽しいでしょう」  よく聞き取れたな。  最早なにを言ってるかわからない岩片の代わりに、俺は能義に「名案だな」と答えてやる。言いながら、放置したままの俺の夕食を思い出していた。岩片はなんかもごもご言っていた。 「俺はパスだ。食事のときくらい静かに食いたいからな」 「別にあなたの話は聞いていないので会計と遊んでいてください」 「……」 「ええっなんで俺~?」と不満そうにする神楽を他所に俺たちはテーブルへと向かった。  正面に能義、その隣に神楽。んで俺の隣には飯にがっつく岩片。彩乃はしょんぼりしながら帰った。  大人数用のテーブルを囲む俺たち。テーブル席では主に岩片と能義がわいわいと盛り上がっていた。いやなんでこいつら打ち解けてんだ。二人を横目に俺は冷めきった料理を口に運んだ。  人が多いにも関わらず、周りのテーブルには人一人近寄らない。ぎゃあぎゃあ騒いでるから周りに敬遠されているのだろうかと思ったが、周りも周りでなかなか騒がしい。どうやら肝心の面子が敬遠されているだけのようだ。気にはなったが、ごちゃごちゃ混んでいないのは素直に助かる。  そんなこんなで完食後、食事を済ませた俺たちはさっさと食堂を後にした。

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