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「そう言えば五十嵐、昨日考えがあるっつってたけどさ、あれどうなったわけ?」  このまま岩片の好きにさせておいたらとてつもないナルシスト発言で埋まりそうなので俺はてっとり早く話題を切り換えることにした。その言葉に、五十嵐はこちらに目を向ける。 「手があると言ったやつか」 「そ。それ」 「あれは嘘だ」  ただ一言、五十嵐はそう仏頂面のまま即答する。 「…………」  確かに嘘でもどちらでもいいとは言ったがまさかまじで嘘だとは。しっかりした手が思い付かなかったとしても他に適当なの考えることはできるだろ。  あまりも堂々とした五十嵐に俺は一種の清々しさを感じた。感じはしたが、今この場にそんな清々しさは必要ない。 「んじゃ、どうすんだよ。具体例がなきゃ協力するにもできねーじゃん」  俺たちの気を引きたくてそう発言したことはわかったし、五十嵐の言っていることが全部事実だとして五十嵐自身本気で協力を求めているということも理解出来た。が、肝心の部分がこれじゃあなんとも言えない。 「細かいことは気にするな」  顰めっ面になる俺に五十嵐はそう続ける。気にしないにも程があるだろ。そう怒鳴りそうになるが俺のキャラではない。  周りが暢気かつマイペースなやつらばかりだからだろうか、なんだか俺一人だけがこの状況に焦ってるような気がしてくる。まあ、実際そうなのだろうが。 「なんだよ彩乃、お前なんも考えてなかったのか?」  流石の岩片も呆れたような顔をする。なんだかんだその辺まだ頭は働くようだ。いいぞ、もっと言ってやれ。 「俺が考えるよりもしっかりした策士を見つけたからな」  しかし、そんな岩片に調子崩すわけでもなくそう低く五十嵐は続ける。  策士。あまり聞き慣れない単語に反応した俺はどういう意味だと五十嵐に目を向けた。まさか他にも仲間がいるのだろうか。  が、五十嵐の視線の先にいたのはもじゃもじゃ岩片だ。 「岩片凪沙、お前確か最初転入クラスはS組だったらしいな」  岩片を見据えたままそう静かに尋ねる五十嵐。尋ねられた岩片は少し驚いたような顔をしたが、五十嵐がなにを企んでいるのか気付いたようだ。 「なに? 俺に作戦練ろって言ってんの?」  楽しそうに唇の両端を吊り上げ笑みを浮かべる岩片に、五十嵐は「ああ」と頷いた。  冗談じゃない。なにを考えてるんだ、五十嵐のやつは。いや、もしかしたらなにも考えてないから岩片に頼るのだろうか。だとしても、もっと他にいるだろう。俺とか。 「彩乃の審美眼はいいんだけどさぁ、俺タダ働きするほどお人好しじゃないんだよな」  自分から乗っておいてこの上から目線にはいつも驚かされる。  にやにやと笑いながらそう彩乃に目を向ける岩片に、見定められるような眼差しに顔をしかめる五十嵐は「そうか」と静かに息をついた。 「なにが欲しい。用意出来るものならなんでも用意してやる」  岩片相手に大きく出る五十嵐には感心せずにはいられない。岩片に主導権を取られてしまった今、とにかく相手の気を引こうとする五十嵐の判断は正しいのかもしれない。賢いは言えないが。  そんなこと言ったら岩片が調子に乗るだろ、やめとけ。なんて思いながらも二人の駆け引きの仲裁に入るほどの立場もない俺は内心ハラハラしながらそのやり取りを眺める。  正直、五十嵐の貞操が心配で堪らない。 「んーそうだな。じゃあさ、役員候補にまで選ばれた生徒の名簿持ってこいよ。勿論在学中のやつでな」  てっきり『服を脱いで這いつくばれ!』とかそんなことを言い出すかと思っていた俺は岩片の言葉に目を丸くした。どうやらこの岩片の発言に驚いたのは俺だけではないようだ。 「理由を聞いてもいいか」  そう尋ねる五十嵐に、岩片は「一文字につき服一枚ずつ脱ぐならいいよ」と笑顔で答える。五十嵐はなにも言わなかった。正しい判断だ。 「役員の彩乃なら調べるのはそう難しくないだろ? 選挙にまで出てなくても噂が上がってた生徒でもいい。隅から隅まで調べてそれを俺に教えろよ」  親衛隊候補か。大体なんとなく岩片が考えてることの見当がついた。恐らく岩片は生徒会役員には選ばれなかった生徒を探し親衛隊に使うつもりなのだろう。確かに強い生徒を見付けるのには手っ取り早いだろうが、それの相手をさせられる俺の身にもなってほしい。 「……わかった。なるべく早く調べてやる」  やけに素直に従う五十嵐。  先日までの威圧的な雰囲気がないのが気になったが、もしかしたら思ったよりも空気が読めるやつなのかもしれない。  二人きりにしたら決裂し兼ねないと心配していたが無駄だったようだ。  岩片は自分が作戦を考えることを条件に五十嵐に親衛隊候補をリストアップさせるということで交渉は成立する。  ただただ岩片に策士を任せるということだけが心配で仕方なかった。 「おい」  話が終わり、さっさと校舎へ向かう岩片の後を追って渡り廊下へ向かおうとしたときだ。  ふと、背後の五十嵐に呼び止められる。 「なんだよ」 「お前、あいつとどういう関係だ」  ここに来て何度目の質問だろうか。五十嵐から問い掛けられ、そんなに俺たちの関係が不思議なのだろうかと今さら気になり出す自分がちょっと可笑しくて俺は笑う。 「ただの腐れ縁だよ」  そして、決まったように答えるこのやり取りも何度目だろうか。なんて思いながらそう簡潔に答えた俺は「それじゃ、またな」とだけ呟き、先に行った岩片の後を追い掛ける。  通路を出るまで、背中に突き刺さった五十嵐の視線が痛かった。

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