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 五十嵐と別れ、俺と岩片はギリギリの時間で教室入りする。  丁度席に座る前にチャイムが鳴っていたが、担任の宮藤は咎めるどころか「ちゃんと朝起きるとか偉いな」と喜んでいた。  生徒が生徒なら教師も教師だなと思ったが、この扱いは嬉しいのでまあいい。  転校して二日目。  昨日のような野次馬はなくなったが、その代わり教室の外には別のものがいた。 「元くーん、元くーん」  半分以上の机が空席になった教室にて。  隣の席で岩片と岡部がゲームで遊んでいるのを横目に黒板前の宮藤の声を聞き流していると、ふと教室の外から間延びした声が聞こえてくる。因みに今休み時間でもなんでもない授業中だ。そしてもう夕方だ。 「元君ってばあ、無視しないでよー」  確かに退屈な授業に飽きていたがこんな展開求めていない。  あまりにも寂しそうなその声に恐る恐る声がする方に目を向ければ、開いた扉の影から生徒会会計・神楽麻都佳がちらちら覗いていた。というかはみ出ていた。  堂々と話し掛けてくるなとか名前を呼ぶなとか今授業中だろとかなんで皆何事もないように授業に集中してるんだとか色々突っ込みたいことはあったが追い付かない。ちらりと岩片に目を向ければ偶然目が合った。 『どうしよう』と目で話しかける俺。『無視しろ』そう小さく岩片の唇が動く。  どうやらこの前神楽にもじゃと言われたことを根に持ってるようだ。私怨かよと思いつつ、まあ妥当だなと自己完結させた俺は岩片の言い付け通りなにも聞こえないことにした。  しかし、それがまずかったようだ。 「元君てばあ! 無視しないでよお!」  情けない声を上げながら教室に入ってくる神楽はそのまま俺の席までやってくる。うわーんと大袈裟に泣き真似をする神楽はしがみついてこようとしてきた。  咄嗟に危険を察知した俺は椅子から立ち上がり神楽を避ける。そしてそのまま神楽の脛に椅子を蹴り当てれば、「う゛っ」と悲痛な声を漏らしながら神楽はそのまま踞いた。 「ひ……酷いよぉハジメ君、俺挨拶しただけなのにぃ」 「うわっ、わり。つい癖で」  膝を抱えるように脛を押さえる神楽の元に慌てて俺は駆け寄る。  昨日能義と五条のことがあったからかやはり防衛本能が強くなったようだ。ぐすぐすと泣き出す神楽に謝れば、隣の席でゲームをしていた岩片は「ぷっ」と小さく吹き出す。慌てて咳払いをし誤魔化す俺は神楽に「大丈夫か?」と声をかけた。 「無理ーもうだめだってぇ、絶対ヒビ入っちゃったよこれ足動かないよぉ」  こんなモヤシみたいなやつでも生徒会に選ばれているのだから多少丈夫で出来ているのだろう。  わざとらしく大根演技をする神楽になんか元気そうだなと思いながら俺は「頑張れ」とだけ答えた。そのまま何事もなかったかのように席に戻ろうとすれば、ガシッと足首を掴まれる。 「ねえハジメ君、責任取って保健室までおんぶしてよぉ」  言いながらすがるように俺の足元抱き着いてくる神楽。  確かに足を出したのは俺だが、それほど強くした覚えもない。どっからどうみても健康優良児な神楽に泣き付かれ、暴力を振った側の俺は断るに断りにくくなる。  どさくさに紛れて尻を揉んでくる神楽の手を払いながら俺は助けを求めるように岩片に目を向けた。 「せんせー、神楽君が足骨折したらしいので保健室までおぶってほしいそうでーす」  すると、なにを思ったのか岩片はそう黒板の前に立つ宮藤に発言する。  それまで特に興味無さそうに授業を続けていた宮藤は「そーか、よし任せとけ」と言いながら持っていた持っていた参考書を閉じた。  宮藤に教室から引っ張り出されそうになり、慌てた神楽は「や、もう大丈夫っ元気になったから! いらない! いらないって!」と声を上げながら俺を盾に逃げる。素晴らしい逃げ足の早さだった。 「……あのなあ、いくらお前が授業出なくてもいいけどな、授業妨害だけはすんなよ」  そう溜め息混じりに続ける宮藤は言いながら壁にかかっていた電話型インターホンの受話器を手に取る。  教師としてそのゆるい発言はどうなのかと思いつつ、腰にしがみついてくる神楽の腕を剥がす俺。  どこかに内線電話を掛けているようだ。なにか受話器に向かってなにか話している宮藤に気になりつつも、尚もしがみついてくる神楽に「ほら大丈夫なんだろ」と言いながら強引に立たせようとしたときだ。 「失礼させていただこう!」  仰々しいデカイ声と共に開きっぱなしの教室の扉から数人の生徒が入ってきた。  きっかりと分けられた七三の黒い髪に細いフチの眼鏡。上まで全てボタンを掛け、キチンと着こなした制服。そして、その左肩には『風紀』と刺繍が入った腕章。  一見インテリっぽそうなその眼鏡の生徒を筆頭にゾロゾロとやってくる数人の生徒。いずれも風紀の腕章をつけ、そして暑苦しいまでに制服をきっちりと着込んでいる。  また変なやつが来た。  いきなりやってきた集団に何事だと目を丸くする俺に「出た」と顔を青くする神楽。  昨夜、能義と五十嵐から聞いた風紀委員の話をちらっと思い出した俺はただならぬ嫌な予感を感じた。 「おーご苦労さん。問題の生徒はそこに。授業妨害にサボり、後はそっちで調べてくれ」 「了解した。後は俺たちに任せて宮藤先生は授業の再開を」  風紀のリーダー格らしきインテリ眼鏡の生徒に、宮藤は「ああ」と頷き持っていた受話器を置く。  どうやら先程の内線電話の先は風紀委員だったようだ。ゾロゾロとやってきた風紀の連中は神楽を見付けると俺からむしるように乱暴に捕らえる。 「痛い、痛いってばあ! もう! 離してよぉ!」  駄々っ子のように手足をばたつかせる神楽に構わず風紀委員は数人がかりで教室の外まで引き摺り出す。  凄まじい荒業だ。神楽に掴まれ乱れた制服を直しながら遠い目をして見送っていたとき、まだ周囲に残っていた風紀が自分を見ていることに気付く。  そして、 「なにをしている。さっさと連れていけ」  やってきたインテリ眼鏡は俺の腕を掴み上げ、そう吐き捨てるように続けた。 「……はい?」  素で意味がわからなかった。  まさかこのインテリ眼鏡は俺が神楽と一緒にはしゃいでいたと勘違いしているのだろうか。いや、まあ確かに騒いでいたかもしれないが、冗談だろ。  呆れたようにインテリ眼鏡を見詰めていると、不意にくいくいと制服を引っ張られた。  何事かと目を向ければ、ゲーム機片手にこちらを見上げてくる岩片が小さく口を動かす。 『こいつ、親衛隊候補。素直に言うこと聞いとけ』  確かにそう岩片は言った。  親衛隊候補だって?このインテリ風紀が?  再びインテリ眼鏡に目を向けたとき、近くの席から「うわわっ」と間抜けな声が聞こえてくる。 「えっ? 俺? 俺もですか?」  焦ったような特徴のない声。  岡部だ。俺同様風紀委員に囲まれた岡部は顔を青くする。先ほどまで我関せずでずっとゲームをしていた岡部が何故目を付けられるのかがわからなかったが、よく考えなくてもそれが問題なのだろうか。 「なにボサッとしている。さっさと歩け!」 「いッ……てぇ」  瞬間、インテリ眼鏡に背中を強く押される。いや、叩かれたと言った方が適切なのかもしれない。  じんじんと痛む背中に気を取られていると今度は髪を掴まれ、インテリ眼鏡は俺を引き摺るようにして歩き出した。  力が強い。少しでも歩くことを渋ったら髪を引きちぎられそうで、嫌々ながら俺はインテリ眼鏡についていく。  神楽や岡部のように複数の風紀委員に連行されるよりかはましなのかもしれないが、一方的に嬲られていい気はしない。  今すぐ振り払いたいところだが、岩片に忠告を受けた今素直に言うことを聞いていた方がいいのかもしれない。  それにしても岩片といい五条といいこのインテリ眼鏡といい、俺は眼鏡運が壊滅的に悪いようだ。そんな下らないことを考えつつ、俺は引っ張られるがままインテリ眼鏡についていく。

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