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 風紀委員長、野辺鴻志。  制服の乱れを一切許さない模範生徒。変なところで熱血で校則違反者には容赦がない。生徒会役員を筆頭に不良を嫌う、ある意味不良よりもタチが悪い男。そして、バカ。  以上が、ここ短時間でこの親衛隊候補のインテリ眼鏡・もとい野辺鴻志についてわかった事柄だ。  風紀室にて。  解放されると同時に背中を蹴られ転倒させられそうになるが、なんとか手をつき醜態を晒すことにならずに済む。  一足先に引き摺られてきた神楽は床の上で伸びていて、遅れて連行されてきた岡部は神楽同様壁際に踞ったまま動かない。  死屍累々、なんて言葉が過る。  数人の風紀委員が並ぶその室内、俺は目の前に立つ男に目を向けた。 「貴様、見慣れない顔だと思ったら噂の転入生か。ふん、通りでチャラチャラした身形をしているはずだ。頭が悪そうな髪の色だな。一人でちゃんと制服を着ることも出来ないのか」  高圧的な口調に高飛車な台詞。  テーブルに立て掛けられていた竹刀を片手にそう詰るように俺を見下ろす野辺鴻志はそう冷たく笑う。後方の二人が気絶しているのは紛れもなくこの竹刀のせいだ。  膝をつき、正座させられる俺の顎の輪郭をなぞる竹刀。竹刀の先端の固いゴムの感触が触れ、なんとも言えない不快感が込み上げてくる。野辺がこの竹刀を大きく振りかぶればきっと俺の顎はどうにかなるだろう。しかし、野辺鴻志はそれをしない。 「なんだ貴様、その生意気そうな目は。なにか言いたいことがあるようだな」  無いわけないだろ。大有りだ。  そう怒鳴りたいところだがここは我慢。岩片が口説き落としやすくするため、俺はなるべく野辺の気を損ねないよう心掛ける。 「にやにやして、気味が悪いやつだ」  悪かったな、生まれつきなんだよ。  自慢の爽やかな笑顔をにやけ面と形容されるのはなかなか屈辱的だが、生憎これくらいで感情的になるほど熱い性格はしていない。  これから、自分がなにされるかについては床で眠っている二人を見て大体理解していた。ぐりぐりと竹刀の先端で軽く頬を突かれ、野辺は竹刀を持ち直す。  正直、悪趣味極まりない。こめかみに添えられた竹刀に俺は独特の緊張感に力んで、背筋が伸びるのがわかった。  風紀委員長の趣味、それは不良を嬲ること。  因みに不良の定義は染髪しているかどうかのようだ。岡部が連れられ、岩片が無事な理由からそれしか考えられない。  なんて現実逃避しながら俺は竹刀を振りかぶり人の頭に向かってフルスイングしようとする野辺を横目に見た。視界に迫る竹刀に、『うわっやべこれ顔向けちゃダメじゃん』と無意識にとった自分の行動に内心冷や汗を滲ませる。思ったより、自分が竹刀でボコボコにされてる姿を思い浮かべるくらいの余裕はあった。あったからだろうか。  俺の防衛本能が働き、気付いたら目先まで迫った竹刀に手を伸ばしていた。  パシッと乾いた音が響くと同時に、手のひらに凄まじい重力がかかる。手首に違和感が走り、腕にかけて痺れるような鈍い痛みが走った。 「…………」 「…………」  そして、沈黙。  岩片からの命令を忘れ、保身に走った俺は自分が掴んでいる竹刀を見て凍り付いた。  やっちゃった。同様、まさか受け止められるとは思っていなかったらしい野辺は俺を見下ろしたまま動かない。  静まり返る風紀室内。この展開はまずい。恐ろしいくらい凍てつく空間に、そう悟った俺は機転を利かせることにした。 「じゃあ、テイク2ってことで……」  瞬間、再び振りかぶった竹刀に思いっきり殴られた。  人が慣れないボケやってんだから少しくらい相手してくれてもいいんではないだろうか。ここまでくると生徒会の悪ノリの良さが恋しくなってくる。あれもあれで嫌だが。  頭部に二発、頬に一発。腹を蹴られて踞ったところに仰向けにされ、思いっきり踏みつけられる。  ぐりぐりと上履きの裏で腹部を踏みにじられうっかり昼食が出てきそうになったが慌てて口と鼻を塞ぎギリギリスカ注意なことにならずに済んだ。優等生面してとんだバイオレンス男な野辺は咳き込む俺を見下ろし、手にした竹刀を下腹部に突き付ける。 「ふん、なかなかタフなやつだな」  笑う野辺。  演技かかったような尊大口調にニヒルな笑み。こいつ結構中二病入ってそうだななんて思いながらも、竹刀の先端で股間を軽くぐりっと弄られた俺は背筋が凍るのを感じた。  これだ。神楽と岡部が失神した原因であり、一撃。先程まで顔面に食らっていたものをこれから一番デリケートかつ純真な部分を潰されると思えば自然と全身に冷や汗が滲んだ。  風紀委員長、野辺鴻志。趣味は不良いびり。  そしてその中でもお気に入りは玉潰し。ただの変態だ。 「どうした? 先程までの余裕そうな笑みはどこへ行った。ああ、可哀想に。こんなに縮み上がってるじゃないか。なんだ、怖くて仕方ないのか? そんなに下半身が大切か。まあそれもそうだな、女子と交尾するしか楽しみがなさそうな猿の顔をしている。丁度いい機会だ、二度と射精出来ないようしてやる。どうだ、嬉しいだろう? もう煩悩に悩まされずに済むのだぞ! 俺に感謝したまえ!」  そして電波だった。  口を開き大きな高笑いをする野辺に周りの風紀委員たちは何人か顔を逸らし肩を震わせる。なんとか無表情を保っているがどうやっても笑っているようにしか見えない。噴き出すのを堪えているせいか何人か不自然に頬が膨らんでいた。  本来ならば一緒になって指さして笑いたいところだが、そんなアホみたいな当て付けで下半身の危機に晒されている俺からしてみればふざけんな笑うなこっちの身にもなれとしばき倒したいところだがそんな真似をしてみろ。岩片がぷりぷり怒るに決まっている。  しかし、だからといって流石に玉を潰されるのはやばい。でも風紀委員には手を出すなと言われている。じゃあどうすればこの状況を回避出来るだろうか。  答えはただ一つ。俺じゃない誰かが風紀委員に手を出せばいい。  とは思ってみたが、今ここにいる部外者で意識があるのは俺だけだ。  一番使えそうな神楽は真っ先に潰されていた。南無。アニメや漫画ならここでピンチヒッターが登場するはずなんだが、やはりそう上手くいかないのだろうか。逸そのこと、どう回避するかより被虐嗜好を身に付けた方がいいかもしれない。  そう血迷った思考を働かせたときだった。 「……転校生、いいことを教えてやろう」  狙いを定めた野辺はそう低く囁く。先程までのハイテンションはどこへいったのか、そう静かに口を開く野辺に俺はつられて固唾を飲んだ。 「俺は貴様のように充実した毎日を送り、世の中を楽しんでヘラヘラ笑っているような輩が大嫌いだ」  僻みじゃねーか。  そう突っ込みそうになるのと野辺が竹刀を振り上げるのはほぼ同時だった。  そして、その瞬間風紀室の扉がガンッと大きな音を立てる。どうやら扉を蹴られたようだ。  扉越しに『いって』と小さな声が聞こえたような気がしたが聞こえなかったことにする。  再度気を取り直して風紀室の扉が勢いよく開いた。 「おいコラてめーなにやってんだこの糞眼鏡ぇえ!」  凄まじい巻き舌の怒声とともに現れたピンチヒッター。  俺は声のする方を見ようとして、それよりも先に振り下ろされた竹刀が下腹部を突く方が早かった。 「──~~~~ッ!!」  最早声にならなかった。  先端にかかる体重に目を剥いた俺の意識はそのままブラックアウトする。  最後俺の視界に入ったのは、いつしか岩片と揉めていた会長様様と数人の生徒だった。

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