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岡部という客人を引き連れ、俺は岩片と五十嵐がいるであろう学生寮の自室まで戻ってくる。
生徒会室を出て校舎から学生寮に映るまでが大変だったが、在校生である岡部がいたお陰で途中道に迷いながらも帰ってくることができた。
――学生寮、自室前廊下。
扉に取り付けられたドアノブを捻れば、鍵がかかっていた。なんとなく嫌な予感がして、制服をまさぐり取り出したカードキーを使って扉を開く。
そこには、岩片が一人ソファーで名簿のようなものに目を通していた。そして顔を上げ、部屋に上がってくる俺たちを見た岩片は「ん、おかえり」と口元を緩める。
「一人か?」
「まあな」
どうやら既に五十嵐は戻ったようだ。まさか岩片が失礼な真似をして怒らせたんじゃないのだろうかと思考を働かせてみるが答えは出ない。
それに、岡部の前だ。いくら岩片が親衛隊と認定しようと、現時点ではあまりこちらのことをベラベラ話さない方が得策だろう。
「おっ直人、ようこそ俺のマイルームへ」
「……あ、おじゃまします」
どこか恐縮する岡部に対し「どーぞどーぞ!」とテンションをあげる岩片は言いながら岡部をソファーまで誘導する。
そんな二人を横目に、気が利く俺は飲み物を用意してやることにした。
「さっきは大変だったなー。大丈夫だった?」
言いながら、向かい合うようにソファーに腰を下ろす岩片。恐らく風紀室に連行されたことを言っているのだろう。ああ、思い出しただけで下半身が痛み出してきた。
「俺は……まあ。ああいうことは特に珍しいことでもないんで」
「まじで? しょっちゅう教室まで入ってくんの?」
「風紀委員長の野辺君は教師からの信頼も厚いからよくああやって生徒指導のために呼び出されることも多いんですよ」
信頼が厚いだって? あの変態眼鏡が?
冷蔵庫を開き、中に入っていた炭酸ジュースの2リットルペットボトルを取り出しながら二人の会話に眉根を寄せる。
色々無茶苦茶すぎるあの男が信頼されるような人間には思えなかったが、学園を牛耳る生徒会を含め不良を嫌悪している野辺のことを考えればもしかすれば不良連中を疎ましく思っている教師陣からしてみれば優等生なのかもしれない。髪だけで不良のレッテルを貼られた俺や岡部からしてみれば迷惑この上ないが。三人分のグラスにジュースを注ぎ、俺はそれを二人がいるテーブルまで運ぶ。
「どうぞ」と言いながらグラスを置けば岡部は申し訳なさそうにペコリと頭を下げ、ふんぞり反って背凭れに背中を預ける岩片は一瞥しただけでなにも言わずにグラスを受け取った。この態度の差といったら。岡部の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいところだ。
「教師に信頼って……風紀ってそんなに力あんの?」
そう更に深く突っ込んでくる岩片に、岡部は「力というか……まあ、その……」と口ごもる。
玉潰しという小賢しい技を趣味特技としている時点でハッキリとした野辺の実力はわからない。だからこそ岡部は答えられなかった。
「ハジメ、そういやお前も連れていかれたんだろ。どうだったんだよ」
ここで俺に振るか。岡部に詰問しても仕方ないと悟ったのだろうが俺としては思い出したくない。が、そんな個人的な理由で口を紡ぐことはできない。
「……まあ、強いんじゃねえの」
躊躇いなく男の急所を潰しにかかるぐらいは。
ちょっとクールな感じに決めたのに決まらないのは悪趣味な野辺鴻志のせいに違いない。言ってから真剣に語っているじぶんが恥ずかしくなってくる。
「へぇーー、そんなに強いのか」
俺の言葉に対し、岩片は意外そうに呟いた。もしかしてこいつ野辺のこと詳しく知らなくて親衛隊にするとか言ったんじゃないだろうな。まるで初耳とでも言うような岩片に『あいつはやめとけ!』と止めたいところだが、岡部の手前ぐっと堪える。
「ってことはなに? ハジメがそんな風に言うなんて喧嘩でもあったわけ?」
本当にこいつはなにも知らないようだ。
興味津々になって根掘り葉掘り聞き出してこようとする岩片に岡部は苦笑を浮かべる。
「喧嘩というより……指導ですね」
岩片に尋ねられ、そう口を開く岡部に俺は慌てて「岡部、言わなくていい」と制する。
ぶっちゃけた話金的喰らって気絶したなんて岩片に知られたくない。が、咄嗟にとった言動が裏目に出たようだ。
「なんだよ、指導って」
瓶底眼鏡をキランと光らせた岩片はそうあくまで穏やかな笑みを浮かべ、向かい側に腰を掛ける岡部に迫る。
野次馬根性にも程がある。生き生きし始めた岩片に迫られ動揺する岡部は俺の視線に気付いたようだ。「ええと」と口ごもる岡部は冷や汗を滲ませた。
「……あまり、面白い話じゃないですよ」
「面白い面白くないとかの問題じゃないだろ。俺はなにがあったか知りたいんだよ」
そしてとどめを刺すように真剣な顔をした岩片は「二人の友達として」と続ける。
パーティーグッズのような瓶底眼鏡と前半のもろ本音発言に対し取って付けたようなくっさい台詞のお陰で色々台無しだ。
取り繕うならもう少し丁寧に取り繕えよと内心突っ込みつつ、ちらりと岡部に目を向ける。
岡部の様子が可笑しい。見掛けだけ真摯な岩片に見据えられ目を丸くした岡部の瞳が僅かに輝いていた。まさかこいつ、真に受けたんじゃないだろうなこんな言葉を。
「岩片君がそこまで言うなら……」
やばい。結構まともなやつと思っていたがこいつもこいつで結構あれなのかもしれない。
情に流されやすいのか、そんなことを言い出す岡部になんだか胃が痛み出してきた。
「おい、岡部。いちいちこいつの言うこと真に受けなくて……」
「ハジメ、おかわり」
あまりにも単純な岡部に呆れたように笑いながらそう言いかけたとき、岩片がいつの間にかに空になったグラスをテーブルに置いた。
「俺、コーヒー飲みたいなあ。ブラックで」
そう言う岩片は、言いながらソファーの側に立つ俺を見上げる。
お前コーヒー飲めないだろ。そう言い返そうとして、遠回しに岩片が俺を追い出そうとしていることに気が付いた。
「岩片君、コーヒー飲むんですか?」
「俺んち、両親がコーヒー愛好家でさー小さい頃からミルクの代わりにコーヒー牛乳飲まされて育てられたからさ、六時間置きにカフェイン取んなきゃダメなんだよな」
ここまでデタラメな嘘をつけるのもスゴいと思う。そして「へーそうなんですかー。俺、苦いの苦手なんですよね」と恥ずかしそうにはにかむ岡部の疑い無さもスゴいと思う。でも尊敬はしない。だろ?と得意気に答える岩片はそのままちらりとこちらを見た。
『さっさとしろ』そう岩片の唇が動く。もちろん俺も岩片もカフェインを飲まないこの部屋にコーヒーが置いてあるはずがなく、それをわかってていながらそんなことを言うのだろう。
確か寮内に自販機があったはずだが、買うには一度部屋を出なければならない。恐らく岩片はそれを狙っているようだ。
「わかったよ。買ってくりゃいいんだろ、買ってくりゃあ」
言いながら、俺は岩片と岡部を背に部屋を出た。
「いってらっしゃーい」と語尾にハートが飛びそうなテンションで手を振ってくる岩片が恨めしくてしょうがない。
だからと言って抵抗してはなにされるかわからない。渋々部屋を出た俺は小さく溜め息を吐く。
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