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 ――岩片のやつ、相変わらず小賢しい真似をしやがって。思いながら廊下に出た俺は、この階に付属したラウンジにあったはずの自販機を目指して部屋の前から離れた。  学生寮、ラウンジ。  岡部が岩片に余計なこと言ってないか心配になった俺の足は自然と早くなり、いくらか道に迷ってからようやくラウンジまで辿り着く。クーラーがついてるからかラウンジには数人の生徒が溜まり場にしているようだったが、俺は躊躇わずそのままラウンジの扉を開いた。その際近くに溜まっていた生徒数名に見られたが、生徒たちはにやにやと笑うばかりで特に突っ掛かれることはなかった。  岩片にパシられて気が立っていたいた俺はなんとなくイラつきつつ、構わずそのままラウンジの中に入る。  クーラーがガンガンに効いたラウンジ内には結構な人数がいた。中央の大人数ようのテーブルに集まるように立つ数人の生徒。他にもラウンジ内にはいくつかのチームに別れてて、一番近くにいた生徒に睨まれた。が、特に絡まれることもない。  薄暗いラウンジの中、自販機を見つけ出すことは然程難しくなかった。自販機前に座り込んでいる生徒がいたが、ソファーにふんぞり返る岩片に比べれば造作もない。気にせず自販機まで歩いていき、カードキーを取り出す。  この自室の扉の開け閉めに使うこのカードキーには電子マネーやらなんやらが備えており、この学園での財布代わりになるらしい。詳しくは忘れた。  取り敢えずそのカードキーを使ってブラックコーヒーを買う。これだけじゃどうせ岩片は飲めないだろう、そう考えた俺はついでにパック牛乳を買っていってやることにした。  ガコンと音を立て落ちてくる飲料に、腰を屈めた俺はそのまま缶コーヒーとパック牛乳を取り出そうとする。  そのときだ。仕舞いそびれたカードキーを手にしたままの腕を掴まれ、そのままカードキーを取り上げられる。正直、不覚だった。  缶コーヒーとパック牛乳を手にした俺は片腕でそれを支え、振り向き様に相手の手首を掴む。そして、そこに立っていた人物に目を丸くした。 「元君いたいよぉー……」  薄暗いラウンジ内。背後に立っていた神楽麻都佳はそう情けない声をあげる。その手の中にはカードキーがあり、手首は俺に掴まれていた。 「……なんだ、神楽か」  ろくでもない不良が集まるこの校内、まさかスリかなにかかと身構えた俺は背後に立っていた顔見知りの姿に内心ほっと息をつく。 「驚かせんなよ」と、俺はそのままカードキーを取り返す。 「ちょっとちょっかいかけようと思ったんだけなのにさぁ、元くんすっげー怖いんだもん」 「怖くもなるだろ。カツアゲかなにかかと思った」 「あははっ、元くんにカツアゲするやつなんてそういないんじゃないかな~」 「リンチならありそーだけど」ヘラヘラ笑う神楽はそう変わらない調子で軽口を叩く。  神楽なりのジョークなのか、嫌味なのか、それとも天然なのか。ぽやぽやした雰囲気とは似つかないその言葉に俺は「そっちの方がこえーよ」と笑いながらカードキーを制服に戻す。 「まあねえ。でもでも、元君かっこいいからさぁ結構僻まれてるよー? 『新しく二年に入ったやつがすかしてて気に入らねぇ』って」 「岩片じゃなくて?」 「ああ、あれも結構言われてるよぉ。でも、皆面白がってる感じだからどっちかっつーと元くんのが大人気」  相変わらず緊張感のない声で続ける神楽自身も楽しんでいるように見えるのは俺の価値観の問題なのだろうか。 「どうせモテるんなら可愛い女の子のがいいんだけどな」  そう軽口を返せば、猫のように目を細める神楽は「同感」と笑う。 「ね、ね、せっかくだしさあちょっと奥いかない?」 「奥?」 「そー、奥。個室あんだよね、クーラーガンガン効いててさあ、ソファーふかふかなの。俺元くんとお話したいなあ」 「そんな場所あんの?」 「うん、あるよぉ。だからねぇ競争率高いんだよー」  えっへんと自慢げに胸を張る神楽。それは良いことを聞いた。一応自室にも冷房器具はあるが調整できる温度が決まっていて丁度扇風機を用意しようか迷っていたところだ。が、生憎俺には岩片に飲めないコーヒーを届けるという役目がある。 「じゃ、また今度な」  そう愛想笑いを浮かべた俺は飲み物を抱えたままその場を立ち去ろうとした。 「ええっ待ってよぉ、ノリ悪いよー元くん」  そして、狼狽える神楽に抱き着かれた。否、背後から抱きすくめるように胸元に手を回される。テジャヴ。  五条から抱き締められた上に胸元をまさぐられた感触が蘇り、全身に鳥肌が立った。昨日の貞操の危機がすっかりトラウマとなって記憶に刻み付けられているようだ。つい反射で神楽の手を振り払ってしまう。 「わり、今ちょっと急いでてさ」  振り払われたことにショックを受けたのか呆然とする神楽は寂しそうにこちらの顔を見つめてくる。以前貞操の危機に直面したにも関わらず、あまりにもしょんぼりする神楽に謎の罪悪感に苛まれた俺はつい「明日でもいいか?」と付け足してしまう。 「元君、忙しいんだー……」 「俺は人気者だからな」 「用って、もしかしてあのもじゃもじゃと?」  落ち込む神楽を励まそうと軽い冗談を口にするが普通に流された。  先ほどまでとは打って変わってそう勘繰るような視線を向けてくる神楽に俺は内心ギクリと冷や汗を滲ませる。  なんでバレてるんだ。と思ったが、よく考えれば生徒会室を出る前普通に岩片に会いに行くって言ったような気がする。 「そ、もじゃもじゃと」 「ふーん、へー」 「なんだよ、その顔は」 「俺、もじゃきらい」  そう拗ねたように頬を小さく膨らませる神楽はつまらなさそうに呟く。  そりゃ、見ればわかる。どうやら岩片と神楽はまじで犬猿のようだ。 「あんま言ってやんなって」  このまま愚痴られては無駄に時間を食ってしまう。そう判断した俺は笑いながら話を切り上げることにした。 「あ、そーだ。これ飲む?」  俺は缶コーヒーのついでに購入したパック牛乳を神楽に押し付ける。脈絡もなく牛乳を手渡されて目をきょとんとさせた神楽は「なぁに、これ」と不思議そうに尋ねてきた。 「俺のオススメ、旨いから飲んでみろよ。スッキリすんぞ」  嘘、このパック牛乳は一回も飲んだことないし買ったのも初めてだ。単純なやつに対し、話題を変えるのには餌付けが手っ取り早い。頭がひとつのものにいくから、例えば神楽みたいなやつはころっと態度が変わる。そう心得てるつもりだ。 「俺、炭酸系のが好きだなぁ」 「文句言うなよ。たまにはそういうのもいいだろ?」 「んーまぁね、元くんからのプレゼントだし大切にするよぉ」  いや早く飲んでくれ。先ほどまでのぶすくれた神楽はどこへ、パック牛乳を手にした神楽は嬉しそうに微笑んだ。  よし、落ちた。 「ああ、俺だと思って大切に飲めよな」  そう笑い返す俺は言いたいことだけを言って、神楽が口を開く前に「じゃあ、また明日」と別れを告げる。神楽は「あ」となにか言いかけていたが気付かないフリをした俺は神楽に手を振り返し、そのまま逃げるようにラウンジを後にした。  とにかく、岡部が岩片に余計なことを言っていないかだけが心配だった。  正直、まさかあんなところで神楽と会うとは思わなかった。  タイミングがタイミングならこの前聞きそびれたことや、もう少し込み入った話を聞いてみたかったのだが生憎今俺は岩片の使いっ走りの身だ。まあ、次は話しやすいよう適当に託つけることができたしまだいい収穫なのかもしれない。パック牛乳を手放すことになるとは思わなかったが。

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