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 ――学生寮、自室前廊下。  なんとかラウンジから脱出することに成功した俺は岩片たちが待つ自室へと戻った。 「ただいまー」  扉を開き、言いながら玄関へ上がる。ソファーに座る二人がほぼ同時にこちらを見た。 「おっせーよ」 「お帰りなさい」  俺を見てにやにやと笑う岩片とどこか申し訳なさそうに微笑む岡部の声が重なる。嫌な予感しかしない。  なるべく俺は平静を取り繕い、「おー」と適当な返事をしながら二人の間に置かれたテーブルへと歩いていった。 「ほら、いつもの」 「お~これこれ。ありがとな」  なーにがこれこれだ。それっぽいこと言いやがって。思いつつ、テーブルの上に缶コーヒーを置けば岩片はそれを受け取る。  そんな岩片を横目で一瞥した俺はそのまま岡部の隣に腰を下ろした。 「いやーでも二人とも災難だったな。ただ説教喰らっただけかと思ってた」  そんな俺を気遣って横にずれる岡部をよそに、岩片はそう相変わらずにやにやにやにや悪趣味な笑みを浮かべたまま続ける。  どうやら全て岡部から聞いたようだ。隣に座る岡部を一瞥すれば不意に目が合い、岡部はびくりと肩を竦めさせる。 「あ……や、でも俺すぐ気絶しちゃったんで尾張君はなにされたかはしらないんですよ」  機転を利かせた岡部は自分なりにフォローをしたようだ。正直蛇足というかなんでそう意味ありげな言い方をするんだ。 「へえ、そうなんだ?」と聞き返す岩片の唇の両端が持ち上がり、弧を描く。相変わらず嫌な笑みだ。  俺は「別に岡部と同じだって」と適当にはぐらかし話題を変えることにする。 「そういや岡部、お前まだ夕食食ってなかったよな。これから一緒に食堂いかねえ?」  我ながら自然な話の逸らし方だと思う。自分の空腹に気付いた俺は、俺同様まだ食事を取っていないであろう岡部を誘ってみることにした。  岡部はというと「俺ですか?」と少しだけ驚いたように目を丸くさせる。 「あ、そーいや俺もまだだったわ」 「なら丁度いいだろ、混む前にさっさと行こうぜ」 「行く行く」  どちらにせよ岩片を一人にさせるつもりはなかったのでついてくる気満々の岩片の態度は有り難かった。  それを合図にするかのように、座ったばかりのソファーから腰を浮かせる俺と岩片。 「あの、俺もいいんですか?」  座ったままおずおずとこちらを見上げてくる岡部。俺が口を開く前に「当たり前じゃん」と岩片が横から口を挟んでくる。  自分から誘っといて「うわやっば無理」と拒否る理由も気もない俺は笑いながら「だってよ」とだけ答えた。そんな俺たちに対して相変わらず緊張したような顔をしていた岡部だったが、「じゃあ、あの……ご一緒させていただきます」と気恥ずかしそうにきごちない笑みを浮かべる。  と、言うわけで俺の提案により食堂へ食事を取りに行くことになった。 ◆ ◆ ◆  たくさんの生徒で賑わう食堂の中、特に目立ったトラブルが起きることもなく食事を済ませた。とは言っても痛いくらいの視線は感じたが、岩片と岡部は暢気にゲーム談義(という名の岡部の一方的な語り)を花を咲かせ気が付いていなかったようだので俺の自意識過剰なだけかもしれない。  と、まあそんなこんなで食堂を出て、そのまま岡部の部屋へ遊びに行くという岩片たちと食堂前で別れて現在に至る。  取り残された俺は一人寂しく自室へと帰る道を歩いていた。食堂で感じた視線は今はもう感じない。が、念のため今日はあまり出歩かないことにしよう。  そう一人決意した俺はアクビ混じりに早歩きで自室へと帰った。  岩片が岡部の部屋から帰ってくるのに然程時間はかからなかった。自室についている風呂場でシャワーを浴び、一人テレビを見ながら寛いでいると施錠していた玄関の扉が開き、荷物を抱えた岩片が戻ってくる。 「おっ、風呂上がり」  部屋を見渡す岩片は、ソファーの上でゴロゴロしている俺を見付けるなりそう声をかけてきた。 「早かったな」てっきりもう少し遅くなるかと思った。  背凭れに寝せていた上半身を起こした俺は帰宅した岩片に目を向ける。  岩片は「まあね」とだけ答え、ソファーに近付いてきたと思ったらそのまま俺の隣に腰を下ろした。ソファーのスプリングが大きく軋む。 「直人の同室のやつが部屋に帰ってたらしくてさーその場で解散」 「同室? なんで?」  ルームメイトなら部屋にいて当たり前じゃないのかと目を丸くさせる俺は思わず聞き返す。  そんな俺に対し、そんくらい自分で考えろよとでも言うような笑みを浮かべる岩片。 「同室のやつ、滅多に部屋に帰らない不良だとかで岡部が怖いからやっぱ今日は無理ってさ」 「へー」  特に岡部に興味があるわけではなかったが、岡部が友達を部屋に上げるのすら躊躇う不良というのは少し気になった。  まあ、岡部ならどんな不良でもビビりそうな感じがするけど。 「ま、そういうこと。俺がいない間、一人でちゃんといい子でお留守番出来たみたいだな」  そんな俺の思案をよそに、小バカにしたような含み笑いを浮かべる岩片に内心むっとしつつ「お前も迷子にならなかったみたいで安心したわ」と笑い返す。

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