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夜中何時か。食事を済ませようやく落ち着き二人きりになった俺たちは本日の反省会を始める。とは言ってみるが、ようするにただの雑談だ。
「岩片、お前あの風紀委員のこと知ってたのか?」
学生寮、自室にて。並ぶようにソファーに腰を下ろす俺は、隣で缶コーヒーのプルタブを開ける岩片に目を向ける。
岡部がいなくなって、洗いざらい岡部に吐かせたであろう岩片に今さら恥ずかしがる必要もないはずだ。
「あの風紀委員……って」
俺の問い掛けに対し考え込む岩片だったが、「ああ」とすぐに思い出す。
「眼鏡な。一回ちらっと見た」
「岡部から話聞いたんだろ。あいつまじで止めといた方がいいって」
「なんで? 金的とかおもしろいじゃん。あー、ハジメが玉潰されてボロボロ泣きながら失禁するところ見たかったー」
失禁してねーよ。
相変わらず酷い妄言で脱線させる岩片にそう言い返したいところだったが記憶が無いせいでなんか自信がなくなってきた。いや、大丈夫だ。下着汚れてなかったし。
そう自分に言い聞かせつつ、俺は「想像させんな」と思わず唸る。
「とにかくあいつは岩片に靡かねーって、というか俺がやだ」
「ようやく本音出たな」
そう続ければ、岩片は口を開けて笑った。
「一回不能にされそうになったくらいでそんなビビんなよ」
「されてないからそんなこと言えるんだろ、お前」
「まあね、他人事だし? 嫌なら髪黒くすりゃいいじゃん。そしたらもう絡まれなくて済むかもよ」
ああいえばこういう。いいながら背凭れ部分に肘をかけ、そのまま俺の顔を覗き込んでくる岩片は軽薄に笑った。まあ確かにあいつらが指導室に引っ張るのは黒髪ではない生徒だけだ。
珍しくもっともなことを言う岩片に俺はなにも言い返せなくなる。
「ま、風紀の方は俺から直接声かけるからハジメは気にすんなよ。それに、最初からハジメにはあの風紀に近付いてもらう予定じゃなかったし」
そう軽い調子で続ける岩片の言葉に俺は目を丸くした。
なんで今さらそんなこと言うんだ。そう驚いたが、確かに岩片からあの風紀もとい野辺が親衛隊候補だというのを聞いたのは俺が野辺に捕まってからだ。岩片としても予想外だったのだろう。こちらとしてももう二度と野辺に近付きたくなかったのでそれはありがたい。
ありがたいが……。
「岩片一人で大丈夫か?」
「なんだよ、心配してくれてんの?」
喧嘩もからきし駄目だし、唯一逃げ足が早いくらいしか長所がない岩片があの野辺を説得出来るかどうかが不安だった。
そんな俺の心情を察したのか岩片は「大丈夫」と小さく笑う。
「護衛なら岡部も連れていくつもりだし、あいつにも髪を黒にするよう言っておいたからさ。ま、風紀の件に関してはハジメは気にしなくていいってこと」
なるほど、岡部を使うつもりなのか。それを聞いて安心する反面、岡部はちゃんと了承しているのだろうかと気になってくる。
缶コーヒーに口をつけた岩片は「苦っ」と呻きながらもちびちびそれを喉に流し込んだ。言われたから買ってきたものの、まさか本気で飲むとは思わなかったので少し意外だった。
「ってことで、ハジメにはこれ渡しとくな」
何口か飲んだ缶コーヒーをテーブルの上に置く岩片は言いながらその側に置いてあるファイルを手にした。
それを手渡され、何事かと目を丸くした俺はその中に入っているのが名簿だと気付き、これが今朝五十嵐に頼んでいたものだと理解する。ご丁寧にファイルに入れているものだからすぐに気付かなかった。
「そこに書いてる生徒の顔と名前全員覚えとけよ」
中から名簿を取り出し、紙面に目を走らせる俺に対しそう岩片は続ける。
全員って言われたから結構な人数かと思ったが、片手で数えられるような人数分しか用意されていない。一覧一枚に、後は個人データがびっしりと載った資料が一人一枚ずつ。
「意外と少ないのな」
「まあ、生徒会の息がかかってなくて尚且つ生徒会役員候補生だしな。寧ろよくここまで見付けられたなって感じだろ」
「あーなるほど」
ペラペラと紙を捲りながら俺は岩片の言葉に納得する。
つまり、実力があって生徒会に興味がない連中はこのくらいしかいないということか。
多いのか少ないのかわからなかったが、岩片の言う通り見つかっただけましなのかもしれない。と、資料を眺めていた俺はその中に見覚えがある名前と顔を見つけ、背筋が薄ら寒くなるのを感じた。
「野辺も入ってんのかよ……」
「お前ほんと風紀嫌いになったよな」
「好きでいられるやつなんていねえよ」
野辺鴻志のデータベースを眺め、そのまま顔を引きつらせる俺に岩片は可笑しそうに笑いながら手元の資料を覗き込んでくる。
「尚更興味沸いてきた」
そう口許に笑みを浮かべる岩片に俺は冗談じゃないと小さく息を吐いた。
「どうせまじで潰されたわけじゃないんだから気にすんなよ」
「潰されそうになったから問題なんだよ」
「なんだ、ハジメも結構小心者だな。そんなに気になるんなら俺が確かめてやろうか?」
出た、嫌な笑い。資料を覗き込むように体を寄せていた岩片は言いながら人の太ももの上に手を置く。
「……なに」
徐々にそれを付け根まで撫でるように這わせてくる岩片に顔をしかめた俺は岩片の手首を掴んだ。
「心配なんだろ? 女の子になってないか。見てやるよ」
にやにやと下品な笑みを浮かべる岩片にドン引きする俺。こいつの節操のなさにはつくづく呆れさせられる。
「女の子じゃねーしちゃんとついてるから安心しろ」
「あ? 俺以外の誰に見せたんだよ」
「自分に決まってんだろ」
というかお前にも見せねえよ。
人の言葉をなんでもよからぬ方へ受け取る岩片にこめかみをひくつかせながら俺は即答した。
「セルフとか寂しいやつだな」
そう肩を竦める岩片は文句垂れていたがそのおかしい基準はなんだだとか突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなってきたので敢えて俺は聞かなかったことにする。
「ま、女の子になりたくないんならあんま風紀に目ぇ付けられないようにすることだな」
「俺的にはどっちも美味しいからいいんだけど」話をまとめる岩片はそう余計な一言を付け足す。冗談じゃない。女になった自分を想像し、脳裏に浮かんだハジメ子(仮)に思わず身震いする。
「……ご忠告どーも」
相変わらず他人事な岩片に内心むっとしながらも俺はそう答えた。言われなくてもそうするつもりなのだが、いつどっから沸いてくるかわからないだけ仕方がない。
とにかく、岩片がさっさと野辺を丸め込むのを待つしかない。岩片から手渡された名簿を片手に、俺は心の中で深い溜め息をついた。
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