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翌日。
「あ……おはようございます」
いつものように起床し、いつものように早起きな岩片とともに部屋を出れば扉の前には地味な男子生徒が立って俺たちを出迎えてくれた。
染めたような黒い髪に、長くも短くもない無特徴な髪型。どこにでもいそうでぱっとしないその男子生徒には酷い既視感を覚えさせられる。
「おー、直人おはよー」
思い出しそうで思い出せないそいつの名前を必死に記憶から掘り返していると、扉から出てきた岩片はそう男子生徒に挨拶をする。
そうだ、岡部、岡部直人だ。黒髪になっているからますます影の薄さに磨きが掛かっている。まあ、この学校では岡部のような平凡な容姿・身形の方が珍しいのだろうが。
岩片に声を掛けられ、岡部はぎこちなく会釈する。どこか気恥ずかしそうなのは、イメチェンしたばかりだからなのだろう。
「へー、岡部髪黒くしたんだ。似合ってんじゃん」
「そうですか? ……ならよかったです」
俺の言葉に対し、岡部はもじもじしながら前髪をいじる。いやー本当似合っている。町中に放り出したらモブと同化してしまいそうなレベルだ。因みに嫌味ではない。
「いやー前のもいいけどやっぱ黒もいいな! んじゃ、食堂行くか」
ものすごい切り替え方だ。わざわざ髪染めてくれたのだからもうちょっと他に言ってあげたらいいのにと思いつつ、確かに腹が減ったので岩片の言う通りにする。褒められて満足そうな岡部を仲間にし、俺たちは食堂へと向かった。
食堂で食事を取り、いつものように渡り廊下を使って校舎へと向かう。その道は閑散としていて、俺たちの話し声が響くぐらいだ。殆どの生徒はまだ自室で爆睡してるのだろう。本当にこの学校は滅茶苦茶だな。なんて思いながら先を歩く岩片と岡部の後ろからついていっていると、不意に後方から足音が聞こえてくる。
どうやら他にも真面目組がいたようだ。そう思いながら背後に目を向けたとき、突き当たりからちらりと顔を覗かせる不審人物が一名。確かあれは、生徒会長の政岡零児だ。なんであいつがこんなところにいるんだ。
実は恥ずかしがり屋とかそういう風には見えないし、どちらかと言えばなにかから隠れているようにも見える。
赤茶髪のその不審人物は俺の視線に気付けば、ちょいちょいと手招きさせてきた。
咄嗟に岩片たちに目を向けるが二人は全く気付いておらず、どうやら政岡の狙いは俺だと言うことがわかった。
見なかったことにしたいところだったが、昨日野辺たちから助けてくれたのが政岡だと聞かされているからだろうか。
良心が痛む。
取り敢えず岩片たちに教えようかと思ったが、政岡が恐ろしい血相でいやいやと首を振ってきたので仕方なく岩片たちに気付かれないよう来た廊下を戻り政岡の元へ歩いた。
念のため、政岡に気付かれないよう制服の中の携帯電話を操作して岩片に『政岡零児に呼ばれた。先に行っててくれ。』とメールを入れておく。
「もじゃは? 行ったか? 気付かれてないか?」
俺がやってくるなり政岡零児はそう問い質してきた。どんだけ岩片嫌われてんだよと内心せせら笑いつつ、俺は政岡を安心させるため笑いながら「大丈夫大丈夫」と宥める。
「いやー会長さん早起きだなー。でさ、なんか俺に用あったんだろ? なに?」
なるべく話題の主導権を取られないよう自分のペースに持っていきながらそう俺は政岡に尋ねる。急かすような俺の口調が気に入らなかったのか少しだけ怪訝そうな目をしてこちらを見てきたがそれも束の間。
「昨日のことで謝りたかったんだ。悪かったな、神楽のせいで巻き込んで」
そう申し訳なさそうに続ける強面に俺は心底驚く。寧ろ礼を強要してくるタイプと思っていただけに、まさか謝られるとは思わなかった。
昨日というのは言わずもがな風紀委員の指導のことだろう。目を丸くした俺は驚いたように政岡を見た。
「いいって、気にすんなよ。俺が神楽と一緒になって騒いでたのも事実だし。それに、あんたには助けてもらったわけだしさ」
ありがとう。そう愛想笑いを浮かべ続ければ、政岡は安心したように頬を綻ばせる。
「俺はただ代表としてうちの役員の尻拭いをさせてもらっただけだ。確か……尾張元だったな、後遺症が残るようだったら構わず俺に相談しろよ。風紀のやつらにはこっちから話つけておいてやるから」
一見、なかなかまともなやつだと錯覚してしまいそうになるが、第一印象と五十嵐から聞いたゲームのことを知ってしまったせいかどうしても相手の下心が垣間見えてしまう。岡部もいたのに何故俺だけにこうして謝るのかだとか、もしかして岡部に気付いていなくて政岡は本当にいいやつなのかもしれないだとか様々な思考が過るが相手の言動を丸々鵜呑みにできるほど俺はお人好しではない。
あくまでフレンドリーな態度を取る政岡が本性だろうが演技だろうが、相手がゲームの参加者という時点であまりお近付きになりたくないのは事実だ。
「お、ありがとな。今のところ相談はないから安心しろよ」
あくまで警戒していることを悟られないよう気をつけながら答えれば、政岡は「本当か?」とやはり心配そうな顔をして詰め寄ってきた。
「あいつ手加減無いから、たまにまじで不能にされるやつがいるんだよ。ちゃんと勃つか試したか?」
まじで心配そうな顔をして、政岡はそうセクハラ染みたことを尋ねてくる。
「大丈夫だって、俺が不能なわけないだろ。余裕で勃つから」
詰め寄ってくる政岡から逃げる俺はそう笑いながらあくまで冷静を装いながら答えた。というか、普通にこいつはなにを言い出すんだ。
心配してくれているのか、はたまた人をからかっているのかはわからなかったがどちらにせよ下半身事情について尋ねられていい気はしない。そしていい予感も全くしない。
「本当に勃つのか?」
「だからそう言って……って、ちょ、タンマ! タンマって!」
言い終わる前に下腹部に伸びた政岡の手におもむろに大事な部分を揉まれ、思わず俺は政岡の腕を掴んだ。
「や……勃つって言ってんじゃん、俺」
「機能に障害が出てても風紀からの報復を恐れて言い出さない生徒もいるからな。無事かどうかを調べるのにはこれが手っ取り早いだろ?」
いや確かにそうかもしれないけど、いやそうなのか?もう意味がわからない。
馬鹿そうな身形してるくせにやけに正論固めてセクハラを正当化させてくる政岡に俺は冗談じゃないと顔をしかめた。
構わずスラックスのウエストを弛めてくる政岡に「だから大丈夫だってば」と俺は声を上げる。
「大丈夫なら気にしなくてもいいだろ。調べるだけだっていってんだろ? なに、すぐ済ませる」
「じゃあ別に脱がさなくてもいいだろ」
「着たままがいいのか?」
「……どっちも嫌な場合はどうすればいいわけ?」
そうベルトを掴みスラックスを脱がされないよう力みながら尋ねれば、政岡は「簡単だ」と口許に笑みを浮かべた。
「黙って俺の言うことを聞けばいい」
出ました、本音出ました。自信たっぷりにそう断言する政岡に、ようやく俺は岩片よりタチの悪いやつを前にしていることに気付く。
「やっぱ無理、離せよ」
「それは出来ねえって言ってるだろうが、往生際悪いやつだな」
「じゃあ、オカズもってこいよ。そしたらわかるだろ、不能じゃないって」
「オカズなんていらねえよ」
「は?」
「直接弄った方が早いだろ?」
「せっかく俺がいるんだから手伝ってやるよ」有り得ない。どうやったらそんな思考に辿り着くんだ。そう唇の両端を持ち上げ下品に笑う政岡。
ようやくこいつの化けの皮が剥げたようだ。顔面から血の気が引き、慌てて目の前の政岡の肩を掴み離そうとする。が、逆に手首を取られ、そのまま抱き寄せられた。
「そんなに怖がんなよ。ちょっと確かめるだけだって言ってんだろ?」
腰を強く抱き寄せられ、下半身が密着する。耳元で囁かれ、ぞくりと全身が粟立った。
まるで女相手に口説いてるかのようなその政岡の態度に凄まじい拒絶反応が現れる。
「……っていうか、近くね?」
「知らねえのか、暴れるやつを落ち着かせるには抱き締めるのが一番いいんだよ」
暴れるような原因作ったやつがやったらそれはただの逆効果だけどな。
腰を撫でるように制服の裾を持ち上げる政岡の手はそのままどさくさに紛れて服の中に滑り込んでくる。下着越しに尻を撫でられ、再び貞操の危機を察知した俺は「わかった」と声をあげた。
「なんだよ、わかったって」
「勃起したところ見せればいいんだろ? 自分で勃起させるからさ、一旦離れろよ」
「自分で? なかなか変態だな、お前も」
まさかの変態扱い。人が渋々妥協してやったのにこの態度はいかがなものだろうか。そしてお前に言われたくない。
「いいから離れろよ」と政岡の肩を押し返せば、「わかった」と素直に政岡は俺から体を離した。そして人一人分政岡が離れたとき、俺はすかさず仁王立ちになった政岡の股下に足を滑り込ませ、そのまま思いっきり蹴り上げる。
「ふぎゅっ」
厳つい政岡の口からなんとも可愛らしい声が出た。美形台無しの顔をし、内股のまま前のめりに倒れる政岡。太ももの柔らかい感触が離れない。顔面蒼白になり、床の上で悶絶する政岡を見下ろした俺は内心ほっとし、そのまま踵を返し岩片たちの元へ向かおうとした。
そのときだ。なにかが足元に絡み付き、そのまま強い力で引っ張られた俺は「え」と目を丸くする。
次の瞬間、足の自由を奪われバランスを崩した俺はそのまま派手に転倒する。顎打った。ちょっと泣いた。
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