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「……てんめ゛ぇ、人が優しくしてやってんのによくもぉ……」
背後から聞こえてくる地を這うような低い唸り声。背後で動く影に俺は内心冷や汗を滲ませた。てっきりもう暫くは動けないと予想していたのに、なんということだ。
「人を騙しやがって……おまけに蹴りまで入れるとはいい度胸じゃねえか」
慌てて立ち上がろうとするが、伸びてきた政岡の手に後頭部を掴まれ廊下に押し付けられたおかげで抵抗は身動ぎで終わってしまう。
「この俺に喧嘩売ったこと、覚悟出来てんだろうな」
喉奥から絞り出すような低い声。
うわーに流石やばいな。どうやら金蹴りはまずかったようだ。そんな思考が後悔という念となって胸の奥から込み上げてくる。
床の上に這わされた俺は数秒前の自分がとった軽はずみの行動を悔やんだ。
どうせなら気絶するくらい強くやっておけばよかった。
「いやー悪かった、まじで蹴るつもりなかったんだって。ホント。ビックリしたからつい足滑ったんだよ、ごめんな?」
こんなことで流してくれるようなやつとは思ってないが、これで済むならそれが一番いい。あくまで奴らのゲームの目的はターゲットに告白させることだ。ならば友好的な関係で済ますことが出来ればそれが最良の選択なはずだ。
そう判断した俺はあくまで申し訳なさそうに謝れば、背後からは低い笑い声が返ってくる。
「駄目だ、許さねぇ」
まさかここまで単細胞なやつとは思わなかった。いやまあ過剰防衛を取った俺も悪いのだろうけど、ここでその選択を選ぶのは賢くない。
ベルトをがっしりと掴まれ、そのままウエストをずり下げられそうになる。いくら人気がないとはいえ、ここは廊下だ。今思い出した。ここは廊下だ。学生寮の敷地内である時点でいつどこから人が来るかわからない。
公開露出プレイなんぞ興味もないし体験したくもない俺は慌ててウエストを掴み、脱がされないよう必死に抵抗する。
「ちょっ、待てってば、なあ」
「うっせえ、暴れんな!」
この状況で暴れない方がおかしいだろ。慌てて脱がされないようベルトを掴み上げながらそう背後の政岡に声をかければ、どこぞの強姦魔のような返事が返ってきた。いやあながち間違ってないが。
「取り敢えず、落ち着けよ。な?」
マジギレしてる政岡を宥めるようにそう声をかければ、「誰のせいだと思ってんだよ」と怒鳴り返される。俺のせいです。
しかしここでめげては俺の貞操が危ない。こんな場所で脱処女なんてしたくない。というかこんな場所じゃなくてもお断りだがとにかく、この危機をどうにか回避するしかない。
「取り敢えず聞けよ」
「なにをだよ」
「俺さあ、まじで政岡には悪いことしたと思ってる」
「言い訳なんて聞きたくねえ」
「違う違う言い訳じゃない。政岡の傷を癒すためならなんでもしたいのは山々なんだけどな、こんなところで無理矢理やってもお互い気持ち良くならないだろ?」
なんとか政岡を説得させようとする俺。しかし政岡から見たらケツしか見えないわけだからなんともかっこうがつかない。が、構わず俺は続ける。
「だから一旦この場はお預けにしてさ、ちゃんと環境やら準備やら整えて改めようぜ。悪くないと思うけど、俺は」
まさか、その場しのぎとはいえこんなことを自分から言う日が来るとは。我ながらとんでもないことを言っていると思う。本当政岡から顔が見えなくてよかった。岩片と一緒にいるおかげで色々感化されてしまったのかもしれない。非常に不本意だが、俺の貞操のためなら仕方ない。
「なんだ? 嫌がってた割りにノってんじゃねえの」
「物分かりがいいんだよ」
自分でもなかなか苦しいと思ったがどうやら政岡には効果があったようだ。
「へぇ」と勘繰るように呟く政岡。
背後からの舐めるような視線に寒気が走る。もしかしたらとは思ったが、こいつまじで下半身でものを考えるタイプの人種のようだ。マジギレしてたくせに俺の言葉に気をよくする政岡に安堵する反面、ここの生徒会はこんなやつらしかいないのかと呆れずにはいられない。
「お前、今なんでもするって言ったよな」
そして政岡は確かめるように尋ねてくる。不意にスラックスを脱がせようとしてくるその手から僅かに力が緩んだ。
「例えばどんなことをするんだ?」
察しろよ、そこは。
恐らく背後の政岡はにやけ面を晒してこちらを見下ろしているのだろう。わざわざ人の口から聞き出そうとしてくる政岡に俺は眉間を寄せた。
「……痛くないのならなんでも」
「言ったな?」
なんなんだ、さっきから。やけに意味深な政岡の態度を訝しく思ったとき、スラックスを持ち上げる手首を無理矢理振り払われる。
「うわっ」
そう慌てた俺が再度ベルトを掴もうと体勢を立て直したときにはもう遅かった。
ずるりとスラックスを脱がされ、下着一枚になった下腹部が寒くなる。色々な意味で。
「何度も何度も同じ手に引っ掛かると思ってんのか? お前がなに考えてるかぐらいわかんだよ、ペテン野郎が」
話が違う。そう口を開こうとしたとき、先ほどまでの軽薄な調子はどこへいったのかそう鼻で笑う政岡は言いながら下着をずり下ろした。
嘘だろ、もうすぐ落ちるかと思ってたのに。寒くなる下半身に、顔面から血の気が引いていく。
「し……信じらんねえ」
あまりの緊急事態につい口からは本音が漏れた。床に頭を押さえつけられた状態で政岡の目にどのように映っているのかわからなかったが考えたくもない。
床に両手をつき、腕立てをするようになんとか政岡の下から逃れようとするが、それを察した政岡に更に強い力を加えられ頭蓋骨が軋む。
「人がわざわざ優しくしてやってんのに恩を仇で返したやつが言うか?」
どうやらまだ雑談する余裕はあるようだ。それを言われてはどうしようもないが、だからと言ってこのまま黙ってされるがままになるわけにもいかない。
膝に落ちた服と下着を足首までずらし、抜き取る政岡。本格的にただの露出狂になる俺。色々な意味でこんな姿見付かったらやばい。
「やけにしおらしくなったな。都会育ちのお坊っちゃんは脱がされたぐらいでびびんのか」
「可愛いじゃねえか」そうせせら笑う政岡は俺の髪を引っ張り無理矢理起こさせる。
ようやく無茶な体勢から解放されたと思ったとき、そのまま仰向けになるように腹部を踏みつけられた。
「てめ……っ」
肺に溜まった空気を吐き出すように呻き声が漏れる。
こちらを見下ろしてくる政岡は不適に笑み、「だらしねえ格好だな」と笑った。そして腹筋をぐりぐりと踏みつけてくるその靴の裏が僅かに浮いたと思えば、今度は勢いつけて鳩尾に踵を落とされる。
「ッ、ぅぐ……っ!」
硬い靴底が皮膚にのめり込み、潰れた蛙のような声が漏れた。
急所を刺激を加えられ、痛みで顔をしかめた俺は腹部を腕で押さえる。それも束の間。
長い足を折り、俺の上に馬乗りになる政岡は俺の着ていたワイシャツの胸ぐらを掴んできた。引きちぎる勢いで引っ張られ、冗談だろと目を見張った俺は咄嗟に政岡の腕を掴む。
が、一足遅かった。ぶちぶちと無数の繊維が引きちぎられるような嫌な音がして、前を留めていたボタンが強制的に外される。
有り得ない。買ったばっかなのに。
絶望さながらに硬直する俺を他所に、人の着ているものを強引に剥ぎ取った政岡は楽しそうに笑う。
「いいこと教えてやるよ。俺は合意のセックスよりも嫌がってるやつを無理矢理嬲る方が好きなんだよ」
仮にも生徒代表とは思えないような下品な笑み。
どうりで俺の舌先三寸に落ちないわけだ。めでたく露出狂デビューした俺はマウントポジションに乗っかる政岡を見上げ一人納得する。
「あんた、モテなさそうだな」
「俺の顔よく見ろよ。寧ろモテすぎて困るくらいだ」
いくら顔がよくても俺なら是非丁重にお断りしたいレベルだ。こんな場所で強制全裸にさせる変態なんて。というか自分で言うな。
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