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安治の部屋にて。
裁縫の道具があるという安治にのこのこついてきた俺はそのまま安治の後を追うように部屋へ上がった。そして目を丸くする。
「……うっわ、すっげーな」
床を這う大量のコード。
大画面テレビの側には据え置きゲーム機が置かれ、テーブルの上にはデスクトップのパソコンが置かれていた。
そして山のように積まれたDVDやらゲーム。
「お前結構本読むんだな」
壁一面敷き詰められた本棚に目を向けた俺は呟く。安治の容姿からしてどちらかと言えば文字を読むのすら億劫そうなタイプと思っていただけに意外だった。なんとなく興味を抱いた俺は自分の身長から悠々と越える本棚から一冊の本を取り出す。そして、顔をひきつらせた。
「……ってこれ」
少女漫画とはまた違う、マニアックな衣装の目が大きな女の子がポージングを決めたそのきらびやかなピンクの表紙。
萌え、とかいうやつなのだろうか。
オタクという三文字が脳裏に浮かぶ。まさか安治がこのようなものを好む輩とは思ってもいなかった俺は、もう一方の比較的片付いたスペースに移動する安治に目を向けた。
「俺じゃねえよ、そこら辺全部同室のやつのだから」
「勝手に触るとキレるからちゃんと戻しとけよ」そうため息混じりに続ける安治は言いながらテーブルの上にシャツを置いた。
なるほど、そういうことか。一冊一冊丁寧にカバーされた本に随分徹底してるなと内心冷や汗を滲ませつつ、俺は本棚に戻した。これならまだ岩片の方がましだな。
「取り敢えず、そこら辺で好きに寛いどけよ。すぐ終わるから」
安治のルームメイトが気になりつつ、「おー悪いな」と安治に返す。お言葉に甘え、俺は適当な椅子に腰をかけ安治を見守ることにした。
そして数分後。
正直、油断した。自信満々に「任せろ」なんて言うからてっきり得意なのかと思ったが、全然だ。
「いっつ……!!」
「おい、大丈夫かよ」
「……大丈夫だ、親指だから」
ちげーよ制服だよ。いやそっちもだけどさ。
あまりの不器用っぷりに見てるこっちがはらはらして口を挟まずにはいられなくなる。
「無理すんなよ」
「大丈夫だって言ってんだろ」
おまけにこの融通の利かなさ。やっぱ返せと言っても「やだ」と聞かない安治はそっぽ向いて作業を続ける。危なっかしいものの、俺よりかはましだろう。
無理に取り返すのも面倒になってきた俺は大人しく安治を待つことにした。
そして更に数分後。
「出来た! おい出来たぞ!」
なにをそんなにはしゃいでいるのか、いきなり立ち上がった安治は言いながらワイシャツを広げた。
中々雑な結び目だがしっかりと元の位置に付いたボタンに俺は「おお」と拍手してやる。そんな俺に対し安治は嬉しそうに頬を緩めた。
「わざわざありがとな」
そう笑いながらワイシャツを受け取れば、得意気に胸を張る安治は「気にすんな」と笑んだ。
過程よりも結果だ。ボタンがひとつ欠けているが、どうせ第一ボタンは外しているので問題ない。
なんだか久しぶりに人の優しさに触れたような気がしてちょっと感動した。
というわけで、安治から制服を受け取った俺はお礼を言い、そのまま部屋を後にする。
一先ず下着を取り替えるため、廊下に出た俺は同じ階にある自室へと向かった。
安治の部屋を出て一旦自室へと帰った俺は五条の服から制服に着替え、そのまま自室を出た。五条のカメラから俺の写真を取り消したかったが、時間がかかるので教室に持っていって弄ることにする。
政岡のせいで無駄に時間を喰ってしまった。所々制服のシャツに五条の鼻血が着いてて気に入らなかったが洗うのは後ででも出来る。
一先ず俺は校舎へ向かうため、渡り廊下へと足を進めた。
――校舎内、職員室にて。
遅刻者として教室入室許可証を貰うため、俺は職員室までやってきた。政岡でごたごた、五条でごたごた、安治でごたごたでなんかもういつの間にか昼になっているが今からでも間に合うはずだ。まともな生徒がいないこの学校で許可証貰う必要性があるのかはわからなかったが、なにかあったとき役立つ可能性もある。
そういうわけで俺は職員室に貰いに来ていた。
「ってことで雅己ちゃん、教室入室許可証ちょうだい」
「なんだそのいい笑顔は」
そう笑いながら椅子に腰をかける担任の宮藤にねだれば、煙草を咥えていた宮藤は咥えていた煙草を灰皿に押し付け火を消す。その姿に教育者らしさは微塵もなく、どうみても水商売の男そのものだ。
拗ねたような顔をしていた宮藤だったがやがて諦めたように席を立ち、一枚の用紙を取ってくる。
「あんま遅刻は感心しねーけどわざわざ許可証貰いに来ただけましだな。ほら、許可証」
「お、わりーな」
「ありがとうございましただろうが」
「ありがとな!」
そういいながら許可証を受け取れば、「お前な」と呆れたような顔をする宮藤はすぐに頬を緩ませた。本気で怒っているわけではないのだろう。そりゃ馬鹿ばっかのこの高校で一人一人口の利き方を一から教え込んでいたら確実に身が保たないだろうし。
「……ま、いいか。あーそうだ。取り敢えず聞いとくけど遅刻の理由は?」
「理由? んーまあ、ちょっと色々」
まさか生徒会長にケツ弄られた上上級生ボコって知らない不良と仲良くなってましたなんて言えるはずがなく、適当にはしょる俺に宮藤は「色々な」と笑う。
「一番上ボタン取れてる。あとここ、血もついてる」
「お前頭突きしただろ、デコ赤くなってんぞ」ふとそう笑う宮藤に額を撫でられ、目を丸くした俺は思わず後ずさる。
「……やっぱわかる?」
「わかるやつはな。一応湿布貼っとくか」
「いや、いい。そんな痛くねーから」
「そうか。でかい怪我したらいつでも保健室行けよ」
「ご親切にどーも」
離れる宮藤の手。今はすっかり痛みが引いた自らの額を撫でながらそう答えれば、「おー」と宮藤は笑う。
「あ、そうだ。ほら、これやっとくよ」
そう言いながら机の上に置いてあったそれを手に取った宮藤は俺に手渡してきた。
手を広げ、俺は手の中に握らされたそれに目を向ける。掌の上には指定のシャツのボタンがちょこんと乗っていた。
「一応服装違反だからな、風紀に見つかる前に直しとけよ」
そう言う宮藤に思わず「雅己ちゃん……!」と感動する。
いままで影で水商売の男とか言ってごめんね雅己ちゃん。きっとあんたならNo.1取れるよ。
「だから雅己ちゃんはやめろって」
尊敬の眼差しを向ける俺にそう気恥ずかしそうに笑う宮藤。
「ほら、用が済んだらさっさと行け。今の時間なら教室だと思うから」
「りょーかい。ありがとな、先生」
「おー……おおっ?」
先生と呼ばれたのが意外だったのか目を丸くする宮藤。そんなに意外なのかとなんともいえない気分になりつつ俺は宮藤と別れ、貰ったボタンを制服のポケットに仕舞いながら煙が充満した職員室を後にした。
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