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「おっせーよ」  校舎内教室にて。  担当教師に教室入室許可証を手渡し、後列にある自分の机までやってくるなり椅子にふんぞり返って座る岩片はそう文句を言ってくる。 「はいはいすみませんでした」  いいながら椅子を引き腰を下ろす。すると、岩片を挟んで隣に座る岡部は耳につけたイヤホンを外し「こんにちは」と声をかけてきた。  おいこいつ普通そうな顔をして授業中に関わらず本格的にゲームしてるぞ。教師止めろよ。 「尾張君、いきなりいなくなるからビックリしましたよ」 「もう腰の調子は大丈夫なんですか?」そんな俺の思案を他所に、岡部はそう心配そうな顔をして尋ねてくる。 「え? 腰?」  なんでいきなり腰の心配をされなきゃならないんだ。  咄嗟に先程政岡に犯されそうになったことを思い出し、全身になんか変な汗が滲む。 「あれ……? 違うんですか? あの、岩片君が『昨日は激しくし過ぎたから腰痛いんじゃないかな』って……」  すると、顔をしかめる俺に対しあわあわと動揺する岡部はそう口を滑らせる。  こいつ、さてはまた岡部に余計なこと吹き込みやがったな。  岡部の口から出た名前に、咄嗟に俺は隣に座る岩片に目を向ける。  すると、岩片は「おいおいそんな物騒な顔して睨むなよ!」と大きく口を開けて笑った。 「昨日のプロレスごっこのことだろ? プーローレースーごーっこー」  言いながら岩片はそう笑いかけてくる。どうやらプロレスごっこで体壊したと適当な理由つけて岡部にフォロー入れていたようだ。非常に紛らわしい。 「まあ夜のベッドの方のプロレスだけどな」  と思った矢先、なんでもないようにそんなことを口走る岩片。お前は本当に想像通りのやつだな。 「あ、でも元気そうでよかったです。あまり無理はしないでくださいね」  そんな俺たちのやり取りに苦笑を浮かべる岡部はそう宥めるように声をかけてくる。  まだなにか勘違いしているようだがわざわざ訂正するのも面倒だったので「ああ、もう大丈夫だから」と笑い返した。 「岡部、ありがとな」  それにしても本当岡部はいいやつだな、どっかの誰かさんとは大違いだ。  体調を気遣ってくれる岡部にほっこりしつつ、そうお礼を口にすれば岡部は気恥ずかしそうに俯く。間に座る岩片が「あれ? 俺にありがとうは? ねえ、俺には?」とかなんか煩かったが無視した。  そして授業中。  落ち着き、携帯ゲーム機で対戦して遊んでいる岩片と岡部の横で五条から取り上げたデジカメを弄る。 「なにやってんだよ、ちゃんとせんせーの話聞けよな」  すると、一旦中断したらしい岩片がゲーム機を机の上に置きながらそう手元のカメラを覗き込んできた。  お前もな。と言い返したくなるのを堪えつつ、俺は「ん、いやちょっと調べもの」と曖昧な返事をする。 「そのカメラがか?」 「ああ、さっき新聞部のやつから取り上げたんだよ」 「なんか撮られたのか?」 「まあ、もう消したけどな」 「チッ、つまんねー。そういうときは俺にも見せろよな」 「見ても面白くねーって」  それどころか不愉快極まりない。  岩片に全裸写真見られたときのことを想像し、ぶるりと背筋を震わせる。 「でも、他のは結構面白いの入ってんぞ」  そして、気を取り直した俺はそう岩片に五条のカメラを手渡した。 「どれどれ?」  言いながらそれを受け取る岩片は、器用にカメラを操作し中のデータ一覧に目を向ける。そして「おおっ」と驚いたような声を上げた。 「イケメンばっかじゃん」 「売り捌いて金にするとか言ってたからな」  にやにやと口許を緩める岩片は俺の一言に「なるほど」と小さく頷いた。それも束の間。データを眺める内に岩片の顔が面白くなさそうなものになる。 「でもさぁ、ハジメが撮られて俺が撮られてないのは可笑しいよな」  なにか変な写真でも見付けたのかと思ったらこいつは真顔でなにを言い出すんだ。 「寧ろ妥当だろ」 「なんだと、あんま調子乗ってっと朝起きたら知らない場所に全裸放置すんぞ」  冗談に聞こえない。 「でも、まあおもしれーな」  そう笑う岩片は「お、零児たちのもあんじゃん」と楽しそうに一枚の写真を選び、大きく表示させた。政岡の写真だ。カメラ目線でポージングを決める政岡の写真がぱっと表示され、他の奴等は皆隠し撮りなのになんでこいつだけカメラ目線なんだよと突っ込まずにはいられない。 「……へえ」  そして、次々と写真を表示させていく岩片はそう意味ありげに呟く。 「なんだよ」 「……いや、すっげーな。よく撮れてるって思って」 「そうか?」  寧ろただの隠し撮りのようにしか見えないが、もしかしたらその隠し撮りの部分を言っているのかもしれない。カメラに目を向けたまま岩片は「そうだよ」と続ける。 「それで? このカメラの持ち主の新聞部はどこにいるんだ」  ようやくカメラから顔を離しこちらを見たと思えば、岩片はそんなことを尋ねてくる。 「は?」  いきなりの問い掛けに思わず俺はそう間抜けな声を漏らした。 「いや、なんでそんなこと聞くんだよ」 「そりゃ興味沸いたからに決まってんだろ。新聞部か? 新聞部に行けば会えるのか?」 「いやいやいや、やめといた方がいいって。絶対。お前合わねーから」  寧ろ意気投合しそうだがそれはそれで厄介極まりない。なにをどう血迷ったのかそんなことを尋ねてくる岩片に俺はそう全力で拒否する。 「岡部岡部、新聞部ってどこにあんの?」  人の話聞けよこいつ。  俺から聞き出すことは不可能だと悟ったようだ。イヤホンをつけてゲームに熱中している岡部のイヤホンを外し、そう問い掛ける岩片にゲームを中断した岡部は「新聞部ですか?」と目を丸くさせる。 「なにか用でも」 「ん、まあ色々。場所わかる?」 「分かりますが……あんま近寄らない方がいいと思いますよ」  そう不快そうに眉を寄せる岡部。確かに五条が部長をしてる部活という時点でそれは俺も思ったが岡部がこんな顔をするのも珍しい。 「なに、そんなに危ないわけ?」 「危ないというか、個人的に……」 「ほら、岡部もそう言ってんだろうが。潔く諦めろよ」  岡部の反応が気にかかったのかそう不思議そうにする岩片に、俺はそう畳み掛けるように続ける。  しかし、岩片は「んー」となんとなく納得いかなさそうな顔をするばかりで。 「なんだよ、その顔は」と尋ねれば「だってさあ」と岩片は口を開く。 「せっかくそいつのパソコン見たら写真いっぱい見れると思ったのに」 「……パソコン? なんでパソコンだよ」 「あれ?  お前気付いてねーの? これ撮影した写真自動でパソコンに送信するやつじゃん」 「ああ、自動で…………は?」  ちょっと待て、こいつ今さらりと重大なこと言わなかったか。  自動で? パソコンに? 機械・プログラム関係に破壊的に弱い俺だが岩片の言葉の意味を理解した俺はそのまま硬直した。 「ちょっと貸してもらっていいですか?」 「ほい」 「どうも」  そんな俺を他所に、岩片からカメラを受け取った岡部はそのカメラを弄り「……やっぱり」と小さく呟く。 「これって五条先輩のですよね」  そう岡部は俺に目を向ける。まさかこのタイミングであの変態眼鏡の名前が出てくるとは思ってもいなくて、心臓が僅かにざわつきだすのがわかった。 「……岡部お前、五条のこと知ってんの?」 「俺一応写真部なんですけど、そのとき先輩とは何度か顔を合わせたことがあるんです」  ドキドキしながら尋ねれば、カメラを弄る岡部はそう小さく笑いながら続ける。  岡部と五条の接点、これは初耳だ。てっきり帰宅部一直線だと思っていただけに、岡部が写真部だというのに驚いた。  言われてみれば、手つきがどこかなれている。岡部が写真部だというのに驚いたのは俺だけではないようだ。 「写真部? お前写真撮んの?」  椅子から腰を上げ、作業する岡部の手元を覗き込む岩片はそう興味津々になって尋ねた。 「はい、よくカメラ持参でイベントとかに行きますよ」  イベントと言われ、町内コンクールに出展する岡部が浮かぶ。ああ、それっぽい。  それにしても、意外だ。もしかして口が軽い五条が岡部になにか吹き込んでないかと心配になったが、岡部の言葉を聞く限りあまり仲がいいわけではなさそうだ。それに、初めて五条と会ったときも写真部は幽霊部員みたいなことを言っていた。その心配は無用だろう。 「あ、多分これ転送先は写真部の方のパソコンだと思いますよ。あともう一つ転送先がありますが、恐らく五条先輩のパソコンですね」 「岩片君たちはパソコンのカメラのデータ見たいんでしたっけ」どうやら画像の自動転送先を調べてくれたようだ。  作業していた手を止め、散々弄くり回したそれを岩片に渡す岡部。それを受け取りながら岩片は「俺はな」と続けた。 「でしたら放課後写真部まで案内しますよ。五条先輩のパソコンの方は無理でも写真部の方なら多分大丈夫です」 「つーかなんで二つも転送先あるんだよ、可笑しいだろ」 「写真部の方は写真を加工する機材やプログラムが揃っているからでしょうね。自分のパソコンに送るよう設定してあるのは俺には分かりませんが、強いていうならなにかあったときの予備かプライベート用ですかね」  まさかデータがまだ残っていると思ってもおらず、内心動揺する俺に対し岡部は「俺ならそうします」と真剣な顔で小さく頷く。  サラリと変なこと言わなかったかこいつ。 「まあ、現役写真部の岡部がいるんなら安心っぽいな!」 「大船に乗ったつもりでとは言いませんが、少しは期待してくれても構いませんよ」 「おー言うじゃねえの」  くそ、どんだけ乗り気なんだこのもじゃ片は。  岩片に褒められて嬉しいのかはにかむ岡部には岩片を止めるという選択肢はないようだ。  こうなったら放課後岩片たちと写真部に行く前になんとかして岡部に頼み込んで写真部のパソコンの俺のデータだけでも削除させるしかない。そう冷静に考えたときだ。 「じゃ、早速行くか!」 「ああそうだよな、今は授業中だからちゃんと放課後になってから…………は?」 「だーかーらー写真部だよ、写真部。さっさと行くぞ」  なにを言い出すんだこいつは、冗談はその顔だけにしろ。  あまりにも突拍子のない岩片に「いや、今授業中なんだけど」と今更なことを口にすれば、黒板を一瞥した岩片は「ここ知ってるからいいんだよ」と笑う。そういやこいつ頭だけはよかったんだよないやふざけんな。 「俺は知らねえよ」 「なら後で俺が手取り足取り教えてやる」  渋る俺に対し、そう下ネタで交わす岩片は「ほらハジメ、直人、さっさと行くぞ」と普通に席を立つ。  しかし、やはりまともな岡部には常識というものがあるようだ。 「お……俺もですか?」 「あったまえだろ! お前が居なきゃはじまんねーって」  渋る岡部に対しそう励ますように岡部の背中を軽く叩く岩片。おい嬉しそうにするな岡部、利用されてるぞお前。  結局岩片にほだされた岡部は慌ててゲームを仕舞う。そして、岡部を味方に付けやがった岩片はこちらを見た。 「んだよハジメ、ノリ悪いな。お前がそんなに行きたくねーなら俺らだけで行くか」  もしかしたら「ハジメがいかないなら俺もいかない!」と言って写真部特攻を諦めてくれるかもしれない。そう思っていたが、どうやらその望みは薄いようだ。  このまま渋ったところで岩片たちに俺の写真を見付かってしまうだろうし、こうなったら俺が直接出向いて岩片たちの隙を狙って写真を削除するしかない。 「……わかった、行くって、行けばいいんだろ」  そう続ければ、岩片は嬉しそうに唇の両端を吊り上げ笑みを浮かべた。 「そうだよ、最初からそう素直になればいいんだよ」  本当にこいつは余計な一言が多いな。

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