40 / 109

29

 数分後。  作業を終えた岡部から五条のセミヌード写真A3計五十枚を受け取った俺はそれを束ね纏めていると、部屋の扉が開いた。言わずもがな、その場に現れたのは五条祭その人だ。 「副会長ー現生五十万ちゃんと用意しましたかー?」  今朝の眼鏡とは違うタイプのお洒落眼鏡をかけた五条は能天気な声を上げながら室内に足を踏み入れ、そこにいた俺たちを見るなり「って人多っ!」と声を上げた。  開口一言金を要求してくる五条に今更呆れはしない。きっと五条もまさか自分の全裸写真がポスターサイズに印刷されているとは思ってもいないはずだろう。 「ああ、先ほどの五十万の件ですがやっぱり無しでお願いします」  そんな五条に対し、そう柔らかく微笑む能義は「元さんが無償で売ってくれるそうなので」と静かに付け足した。いや誰もそんなこと一言も言っていない。ちゃっかりなにを言っているんだこいつは。  そんないきなりの能義の言葉に「元さん?」と不思議そうな顔をして室内にある影に目を向ける。そして、目があった。 「って、うそっ尾張なんでお前ここに……!!」  まるで幽霊かなにかでも見たかのようなリアクション。 「岩片がお前に用があるんだってよ、五条」本当は今すぐ殴りかかりたいところだったがそれをぐっと堪え俺は表向きの用件を口にする。  俺自身の目的は五条の写真を消すことだったが、あくまでも今現在俺は岩片の付き添いでやってきている。岩片たちの前で下手なことを言って先ほどの写真のことを掘り返されあまつさえ本物だったとバレるようなやり取りをするのは賢くない。  そして、俺の言葉に対し「岩片?」と不思議そうな顔をした五条は傍にいた岩片を「って、ぎゃあっ! 生王道君!」と奇声を上げた。 「なにもしかして俺脇役主人公ルート確定? 親衛隊にフルボッコ? でもここ可愛いチワワいねえ! むさ苦しい野郎しかいねえ! クソッ! 勿体ねえ! チワワにリンチされたかったのに!!」 「なに言ってんだこいつは」  いつもに増してハイテンションな五条の独り言に対し流石の岩片も呆れたような顔をしている。  そんな岩片に対し、能義と岡部は「気にしないでください、いつものことなんで」と声を合わせた。無駄に説得力がある。そして、こいつも無駄に順応性が高いようだ。 「んーまあいいや、俺のこと知ってんなら話は早いな」  そう言いながら五条に笑いかける岩片。 「五条祭ってお前のことだよな」 「え? なに? 俺指名? まじで? 尾張がやたら俺に対して酷いと思ったらなるほどな!! 俺フラグか! あっはっは! やばいな! つーか腐男子×王道ってどうなの世間的に。寧ろ俺はオールオッケー! 美少年とかまじ美味いし! サブから攻めポジション昇格とかうめえ!! 総受けもいいけどやっぱ脱処女より奪処女童貞卒ぎょ「いいから人の話を聞けよ」ぎゃべっ! ……おわりひゃんひどひ……」  あまりの話の進まなさに我慢できなくてそう怒鳴ったらビックリした五条は後頭部を壁にぶつける。これは俺が悪いのか。 「あれでも結構痛気持ち良いかも……癖になる……やだ……自分の無限大の可能性が怖い……」  と思った矢先、嬉しそうな顔をして喜んでいたので無視することにした。俺もお前が怖い。 「はしゃぎすぎてすよ、部長。岩片さんがドン引いているじゃないですか。あ、因みに私も引いていますが」  そう笑顔で続ける能義を余所に、俺は「おい岩片、用があるんならさっさと済ませろよ」と岩片に耳打ちをする。  するとなにか考えていた岩片は「おー」となんとも力が抜けるような返事を返してくれた。そして、そのまま分厚いレンズを五条に向ける。 「ってわけで、俺お前のことさあ興味あんだよな。良かったら仲良くしてくんね?」 「セックスを前提によろしくお願いします!!」 「なにを言ってんだバカかお前は!」  岩片の言葉に息を荒くし、そのまま差し出された岩片の手を握り締める五条。あまりにも無謀すぎる五条のアホさ加減に堪えれなくなってそう慌てて止めようとしたら「おっ尾張君、落ち着いて……!」と慌てた岡部に羽交い締めされる。  どうやら俺の剣幕から五条を殴ると思ったようだ。勘違い甚だしい。  そんな俺の心境を知ってか知らずか、五条の馬鹿発言に唇の両端を吊り上げなんとも嫌な笑みを浮かべた岩片は「へえ、なに? お前俺とヤりたいわけ?」と怪しく五条に笑いかける。まずい。変なスイッチが入った。別に五条のケツがどうなろうと知ったこっちゃないが岩片と五条が交わってる姿なんて想像したくないというか見たくない。 「……おい岩片」 「うっせーなハジメ、お前は黙ってろよ。俺が話してんだろ?」 「……っ」  慌てて岩片を落ち着かせようとしたが、それを察した岩片に先に釘を刺されてしまう。命令され、なにも言えなくなった俺は小さく口の中で舌打ちをした。  そして、五条に向き合った岩片はにやにやと相変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべる。 「祭だったな、まー悪くねえな! 仕方ない、そんなに俺とヤりたいんなら「無邪気KY受けと思ったら確信犯小悪魔誘い受け!! 気に入った美形の前だけ変装を解いて誘惑する糞ビッチ王道君まじ萌えんだけど!! これはイケる!!」誰が糞ビッチだ! 犯すぞコラッ!」 「?!」  と思った矢先。見事岩片の台詞を塞いだ五条は岩片の逆鱗に触れてしまったようだ。  いつもの調子で話していたと思ったらいきなり五条の顔面を思いっきり拳をめり込ませる岩片に俺は目を丸くする。「スペア二本目いったあああ!!」という悲痛な悲鳴を上げ吹っ飛ぶ五条。  岩片がキレた……! 今まで一度も岩片が人を殴るところを見たことがなかっただけに一瞬なにが起こったかわからなくて、どうやら驚いているのは俺だけではないようだ。 「岩片君も落ち着いてください……!」  俺から離れ、慌てて岩片を宥める岡部。いつもながら損な役回りである。  そして、そのまま五条に目を向けた岡部はバランスを崩し床の上に座り込んでいた五条に「大丈夫ですか?」と声をかける。 「でも、五条先輩も悪いですよ。岩片君はその王道君だかなんだかとは違います。二次元と三次元を混同させるのはやめてくださいっていつも生徒会の皆様に怒られてるじゃないですか!」 「あーいたたた……なんだ、なんかちまいのがいると思ったら平凡か」  鼻血を拭いながらのろのろと立ち上がる五条にちまい言われたのが癪に障ったようだ。岡部は「岡部ですっ」と言い返す。 「なんだよお前だってコスプレ好きだろうがイベント入り浸るくらい」 「ですからそれとこれとは違うといってるじゃないですか! そもそもただ似ているという一般人となりきろうとしているレイヤーを一つに纏める時点でそれは双方を馬鹿にしているということになりますよ。失礼じゃないですか! いくら身近にコスプレ以外で漫画やアニメのキャラクターに似ている人がいてもせめてこっそり写真撮ってこっそり後付けて住所調べるくらいで我慢してください! 接触でもしたら変質者と勘違いされて通報からの即補導ですよ!」  寧ろそれは変質者より質の悪いなにかだと思う。目を血走らせ矢継ぎ早になにかを力説する岡部から若干心の距離を置かずにはいられない。そんな岡部のとんでもストーカー論に対し人の話を聞いていたのか聞いていないのかティッシュを鼻に詰める五条は納得したように「なるほどな!」と満面の笑みを浮かべた。なるほどじゃねえよ。 「っていうかさ、今までずっと気になってたんだけど岡部って結構オタ……」 「とにかくっ、五条先輩、もう岩片君たちを怒らせるような真似はしないようお願いします」  岡部の口から出てきたコスプレだとか二次元だとか聞き慣れない単語が気になり、そう思い切って尋ねようとしたところを慌てて話を仕切る岡部に遮られる。こいつ、なかなかやるな。 「ところでその眼鏡ってやっぱ変装なの? ちょっと外してみろよ、変装前と変装後の写真ネットで腐女子どもに売り付けたらどんくらいいくかな。いや変装前なら美少年マニアにも高く行くかもしんねーぴぎゃっ」  そして、案の定岡部の話を聞いていない五条は岩片の瓶底眼鏡外そうとして岩片から強烈なビンタを食らっていた。 「お願い! 顔はやめて! せっかくの美形設定なのに!」だとか騒ぐ五条。もうどこから突っ込めばいいのか、五条が想像以上にはしゃいで鬱陶しいので俺は能義に頼んで五条を拘束してもらうことにした。

ともだちにシェアしよう!